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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第十章 目醒めし悪神
289/421

1-2

 自分達の前に広げられた用紙を見て、雷牙は思わず喉を鳴らした。


 用紙にはこう記載されていた。


『玖浄院一年A組所属 綱源雷牙。斬鬼対策課第九部隊での実地訓練を推奨する』


 非常短く簡潔な文章であったが、愛美の言ったとおりこれはハクロウからのスカウトである。


「……これって、マジっすか?」


「もちろん。昨日の夕方に二年生のスカウト組と一緒に送られてきたんだ。急な話になるけど、三人ともどうする? 無理強いはしないって話だけど」


「ぜひお願いします!」


「私も」


「右に同じく!」


 言葉は違えど三人の返答は全て参加の意思を示すものだった。


 僅かな静寂が流れるも、愛美は三人の返答をある程度予想ていたようで小さく頷いた。


 けれど彼女の表情は昼間見せたものと同じくらい硬かった。


「……昼も言ったけど私個人の意見としては一年生の君達に実地訓練はまだ早いと思ってる」


「でも先生、俺は――」


「わかってるよ。君達は私がどれだけ試したり、脅したりしても参加を見送るようなことはしないよね。ハクロウからスカウトが来ればなおのこと……」


 愛美は深く溜息をついてから雷牙、瑞季、レオノアの順で真っ直ぐに瞳を見やった。


 眼光が刃のように鋭い。


 彼女の瞳は教師のそれではなかった。


 プロの刀狩者、それもかなりの実力者が見せるものだ。


 殺意にも似た感覚が瞳を通して三人の全身を駆け抜ける。


「最後の忠告として聞いて欲しい。部隊での実地訓練は警防署に配属されてる一般隊士のそれとはわけが違う。相手にするのは強大な力を秘めた妖刀や斬鬼、そして凶悪な犯罪者も含まれる。訓練とは言ってもお客様のような扱いはしてくれない。恐ろしい現場で活動する確率はかなり高いよ。それでもやり遂げられる覚悟が君達にはある?」


 威圧感はさらに強くなり、その影響からか家具がカタカタと音を立て、コップに入った飲み物の水面すらもざわめている。


 一般人は勿論のこと育成校の学生や、並の刀狩者であっても今の彼女の視線は目を逸らしたくなるほどだろう。


 だが、三人は決して愛美から視線を外すことはしなかった。


 ここで()()()()()()()()()()()()()しているか直感的にわかったからだ。


 やがて三人は殆ど同時に行動を起した。


 返答の言葉を発したのではない。


 深く頷いたのだ。


 彼らの瞳は一切揺らぐことなく、ただ真っ直ぐに愛美を見据えていた。


「……これ以上は野暮かな」


 愛美が小さく笑みを浮かべると今まで感じていた威圧感がフッと消えた。


 雷牙も強張っていた全身から力を抜き、ようやく彼女から視線を外すものの額をなでると少しだけ汗が滲んでいた。


 それは他の二人も同じだったようで、レオノアと瑞季も汗を拭う動作をしていた。


「試してごめんね。教師として君達の覚悟の強さってヤツを見極めたかったんだよ」


「結果は、どんなもんスか?」


「問題はなさそうって感じかな。それじゃあ三人とも実地訓練には参加するって方向でいいね」


 三人は再び頷いた。


 最初から不参加という選択肢などない。


 あるのは参加するという確固たる意思のみだったのだから。


「その用紙に自分の名前を書いて、それで参加の意思があるってことになるから」


 渡されたボールペンで三人は記入欄に名前を書き込み、愛美に手渡した。


「じゃあ今日はこれでおしまい。夜に呼び出してごめんね。あとはこっちで進めておくから部屋に戻って休んでいいよ」


「はい。おやすみなさい、愛美先生」


 それぞれソファから立ち上がり、軽く頭を下げながら自室に戻るためリビングを後にする。


「また明日学校でね。あんまり夜更かししないように!」


 玄関まで見送ってくれた愛美に笑顔で言われ、雷牙達は互いを見やりながら苦笑した。


 寮に戻る道中、雷牙は思わず「スカウトか……」と声を漏らした。


「スカウトってようは指名ってこと、だよな?」


「そうですね。仮免試験の様子を見て判断してもらったのだと思います」


「それだけが全てではないかもしれないがな。だが、指名をもらえたということは、期待されているということでもある。それに答えられるよう、精一杯頑張ろう」


「おう。こうなってくると俄然やる気が出てくんな」


 拳を握った雷牙の口元にはいつもの笑みがあった。


 が、ふと思い出したように「あ、でも……」と腕を組んだ。


「どうかしました?」


「いや、貰ったスカウトは第九部隊って話だけど、隊長さんのこととか知らねーなーって思って……」


「そういうことに関しては後で資料が配布されるだろう。心配する必要はないよ」


「瑞季さんなら三つの部隊長の名前はご存知なのでは?」


「まぁ、知らなくはないが……。まぁ、後で知るのも今知るのも同じか」


 瑞季は顎に指を当てた後、雷牙とレオノアに視線を向ける。


「私がスカウトを貰った第一部隊の隊長は武田(たけだ)信十郎(しんじゅうろう)さん、レオノアがスカウトされた第六部隊の隊長は朔真(さくま)(かがり)さんだ。この二人とは一応面識はあるが会話は殆どしたことがないからほぼ初対面と言っていい。最後に雷牙をスカウトした第九部隊だが……残念ながら私も会ったことはない。ただ名前なら知っている」


「なんて人なんだ?」


「名前は上泉(かみいずみ)雪花(せっか)。年齢は二十代と、部隊長の中では比較的若い人物だよ」


「名前の響き的に女性、ですね?」


 妙に劇画チックになったレオノアが見えたような気がしたが、あえて二人はスルーしておくことにした。


「若くて部隊長やってるってことはかなりの実力者だよな」


 楽しげに呟く雷牙の口元は好戦的に歪んでいた。


 どうやらいつもの悪い癖が出始めているようだ。


「雷牙さん、悪い顔してますね……」


「ああ。あの感じは間違いなく機会があれば模擬戦でもしかけようと思ってる顔だな……。問題児認定されなければいいが……」


「そこまで飢えてねぇわ! お前ら俺を野犬かなんかかと思ってねぇか!?」


「いや野性の戦闘狂だと思ってる」


「野生の戦闘狂って何!? そこまで手当たり次第ですかねぇ!?」


「雷牙さん、もう少し声を抑えましょう。夜も遅いですから」


「お前らが騒がせてるんだけど!」


 二人からの扱いの悪さに雷牙は肩で息をしながら抗議するものの、さきほどのレオノアよろしく見事にスルーされるのだった。


「せっかく部隊の実地訓練に参加できることになったんだ。さっきも言ったが、先方はこちらに期待してスカウトしてくれたのだから、それに恥じない行動をするようにしよう。特に雷牙は不必要に『戦いたい』とか『手合わせしてください』とか言わないように」


「へいへい……。向こうから提案された時だけにしますよー」


「そうした方がいい」


 瑞季は静かに頷いた。


 隣ではレオノアがクスクスと笑っていて雷牙は少しだけバツが悪そうに唇を尖らせていた。




 ハクロウ総本部のラウンジには四人の部隊長の姿があった。


 集まっているのは女性部隊長ばかりで、軽い女子会のようなノリになっていなくもない。


「そういえば朔真隊長。実地訓練のスカウトの方はどうなったんですか?」


 紅茶を飲みながら問うたのは、戦刀祭の警備任務において総隊長を務めた第二部隊の真壁(まかべ)澪華(れいか)だった。


 彼女の問いに対し、篝は垂れた前髪を少しかき上げてから小さく頷く。


「今日玖浄院から返答がありました。参加するとのことです」


「ってことは、篝隊長のとこにレアが行くわけかー。あの子のことよろしくお願いします」


 十二部隊の部隊長である白瀬(しらせ)(みなと)は我が子を送りだすような様子で篝に頭を下げた。


「わかりました。でも湊隊長はなぜ彼女をスカウトしなかったんです? 彼女が幼い頃から知っているのでしょう」


「確かに私もそれは気になったかなー。見知った仲なんだから自分が面倒見てあげたいって思わなかったの?」


 篝の疑問に同調したのはやたらと肌の露出が多い戦闘服に袖を通した第十部隊の部隊長、華斎(かさい)遥蘭(ようらん)だ。


 チーズケーキを頬張りながら首をかしげる彼女に湊は「あー、それは……」と頬を掻きながら苦笑を浮かべた。


「仮免試験の様子見させてもらって私としても面倒を見たいなーって考えてはいたんだけど、ヴィクトリアさんに止められちゃってねー」


「ヴィクトリアさんに?」


「知り合いがいるとどうしても甘えが出てきちゃうかもしれないから出来るだけ面倒は見ないようにって釘を刺されたんだよ」


「なるほど。確かにヴィクトリアさんの言うとおり、知り合いがいると緊張感が抜けてしまう場合もありますからね。妥当な判断だと思います」


 一年生だろうと二年生だろうと実地訓練での扱いは基本的にプロのそれと変わらない。


 下手に知り合いがいれば緊張感を欠いて重傷、最悪の場合は死に直結する事態が起きるかもしれない。


 それはレオノアだけでなく、湊はもちろん他の隊員達も同様だ。


 ヴィクトリアはそういったことが起こらないようにあえて湊に釘を刺したのだろう。


「ふぅん、そういうことだったわけね。そういえば武田のおじさんのとこは?」


「武田のおじさん……って。華斎隊長、さすがにその呼び方はどうかと……」


「本人いないんだから別にいいじゃーん。まぁ本人いてもそう呼ぶけど」


「まぁ武田隊長もそこまで気にしていないようでしたし、状況で使い分ければいいんじゃないでしょうか」


「さっすが澪華さんわかってるぅ! で、誰か知らないの? あの人がスカウトしてたのって瑞季でしょ?」


「瑞季っていうと遥蘭と同じ七英枝族の痣櫛家の子だよね。戦刀祭でもかなり活躍してたよね」


「うん。仮免試験もトップの成績だったみたいで、それがおじさんのお眼鏡にとまったみたい」


 信十郎は後進の育成に関しては前向きで実力が高い者をさらに強くすることにやりがいを感じているらしい。


 彼の指導はかなり厳しく、スカウトされた学生の中には逃げ出してしまう生徒もいるとのこと。


 もちろん悪意があってやっているわけではなく全ては未来ある若者に力つけてもらいたいからあえて憎まれ役をやっているのだ。


 とはいえ一時期は過剰にやりすぎて辰磨から注意されたようだが。


「武田隊長のところも参加するという方向で返事が来ていたようでしたよ」


「おー、今んとこは全員来る感じだ。でも大丈夫かな、瑞季のヤツ。ちょいちょい様子見に行った方がいいかな……」


「遥蘭がそんなに気にしてんの意外かも」


「湊ちゃんでいうとこのレオノアちゃんみたいなもんだって。ちっちゃい頃から知ってるから心配なの」


「そうは言っても()()()()()()()()()()()()()()でしょう。今年はいろいろあってこうやって新都に集合している機会が多かったですが、実地訓練の際は――」



「――あー! 皆で先に食べてるなんてひどいですよー!」



 篝の言葉を遮るような声がラウンジに響いた。


 全員がそちらに視線を向けると、紫がかったふんわりした髪の女性が不満げに立っていた。


 彼女の腕には部隊長であることを現す腕章があった。


 刻まれている紋獣は兎。


 それが意味するのは彼女が第九部隊の部隊長であるということ。


 彼女の名は上泉雪花。


 遥蘭と同じく二十代のうちに部隊長にまで上り詰めた実力者である。


「もー。私が行くまで待っててくださいって言ったじゃないですかぁ」


 怒った様子を見せるているつもりなのだろうが、全体的に柔らかい印象が強すぎてまったくと言って怖い要素がない。


「だってアンタ、ラウンジ行く直前にメールが来たって言ってたじゃん。時間かかりそうだったしこっちだって無駄に時間すごすわけにはいかないっての」


「それはそうだけどさぁ。もうちょっと待っててくれてもいいんじゃない、遥蘭ちゃん!」


「はいはい。次からはそうするって」


 遥蘭は彼女を軽くあしらうと二つ目のケーキを口に放り込んだ。


 おざなりにされたことで雪花はさらにむくれそうになったが、湊がそれを阻む。


「それでメールはなんだったの? 重要案件?」


「あ、はい! そうなんです。実はスカウトを出してた子の返答が来たんですよー! 参加してくれるみたいです!」


「ということは彼、ですね?」


「まぁあの子ならほぼ参加は確実だと思ってましたけど……」


 澪華と湊は小さく肩をすくめる。


 雪花がスカウトした学生は彼女達もよく知っている少年だ。


 かつてハクロウの斬鬼対策課において無類の強さを誇り、戦闘狂とまで言われた綱源光凛の遺児。


「仮免試験でもあの剣星さんを相手に大活躍だったみたいですし、今からでも会うのが楽しみです」


「そう。なら、ちゃんと導いてあげてください、彼……綱源雷牙くんを」


「マジで光凛さんを彷彿とさせる戦闘狂だから、その辺は本当に気をつけて」


「心配ご無用です! これでも指導するのは得意な方なので!! さてと、それじゃあ私も甘いもの甘いものー」


 雷牙がスカウトに応じたことがうれしいのか、彼女は軽快なステップでラウンジのカウンターに並んでいるケーキを吟味しに行った。


「雪花で本当に大丈夫かな?」


「ああ見えてしっかりしているところはあるし、変なことはならないと思うがな」


「あとは雷牙くん次第だね。現場に出たら絶対に驚くと思うけど」


「それって()()()が?」


「多分両方」


「十分あり得ますね……」


 雪花は決して人間性が破綻しているとか、面倒見が悪いとかそういう類の人種ではない。


 むしろ誰からも好かれる性格をしていて、とても親しみやすいとは思う。


 だが、彼女にはとある秘密がある。


 雷牙はそれを見たとき間違いなく驚くだろうし、雪花も雪花で光凛の性格を見事に受け継いでしまった雷牙に驚くことになるだろう。


「……お互いに大変そうだ……」


 湊は小さな溜息をつきながら実地訓練が成功することを願うのだった。

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