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雷牙の視線の先では剣星の鬼哭刀と禍断が衝突し、周囲には霊力同士がぶつかる影響でバチバチと紫電が飛び散っている。
禍断の刃は完全に剣星の鬼哭刀に生じた小さな切れ込みに入っていた。
けれど、固定されているにも関わらず刃は切れ込みから外れそうになっている。
剣星が切れ込み部分に霊力を集中させることで禍断を弾こうとしているのだ。
鬼哭刀や妖刀の弱点として挙げられるのが刀に入った傷だ。
斬鬼を葬るために造られるようになった鬼哭刀にはただの刀よりも更なる堅牢さと柔軟さが求められた。
従来の刀で斬鬼に対抗しても人間の倍以上の体躯を誇る斬鬼の一撃を食らえばあっさりと折れてしまう。
そうならない為に考案されたのが刀身に霊力を伝導させることで刃全体の強度を底上げするというものだった。
明らかに刀では斬れなさそうなコンクリートや金属を切断できるのもこれが影響している。
この事実は一般にそこまで浸透しておらず、刀狩者が知識として得ている情報だ。
刀狩者が鬼哭刀に霊力を宿すのは霊力を使うためだけでなく、刀の強度を増すことで刃こぼれや傷から刀を守っているというわけだ。
長く使えれば戦闘中に折れたりして戦えなくなったり、怪我を負うリスクも減る。
しかし、刃に傷が入ると鬼哭刀の堅牢さも落ちてしまう。
霊力が刀身に上手く伝導しなくなってしまうからだ。
ようは霊力を通すことで堅牢になるはずの鬼哭刀の刀身に綻びが生じてしまうということだ。
研究の結果、妖刀にも同じことが言えるようで、刀狩者が妖刀を破壊する際には妖刀に傷を入れ、綻びが生じたところで最大の一撃を叩き込む。
つまり、雷牙の手は間違ってなどいないのだ。
「くっそが……ッ!!!!」
押し返されそうになる禍断をどうにか押しとどめる。
刹綱の話では、一度傷の入った鬼哭刀を折るのは割りと簡単らしい。
それが出来ずにいる原因は剣星の卓越した霊力操作技術によるものだろう。
剣星は刃に出来た傷に霊力をより多く集めることで、刀の強度をぎりぎりで保っているのだ。
「ぎ、いぃいぃ……!!」
悲鳴と嗚咽が混じったような柚子葉の声が聞こえた。
無理もない。
鋼糸である程度固定されているとはいえ、彼女の腹部には剣星の鬼哭刀が突き刺さったままだ。
刃と刃が衝突する震動は想像を絶する痛みだろう。
思わず雷牙は押し込む手を止めそうになるが、垂れた前髪の奥にある眼光がそれを許さなかった。
「……なに、やってんねん……手ェ緩めたら、殺すで……ッ!」
声に弱さはなかった。
あったのはただ一つ。
勝利を掴みとるという絶対的な信念だった。
「手を止めるな、綱源!! これは球磨川達が作ってくれた最後の隙だ!! 逃せば勝機はない! 彼女達の覚悟を無題にするな!!」
ハッとした雷牙は周囲に倒れている仲間達を見やった。
そうだ、剣星を追い詰めることができたのは柚子葉達の決死の行動があってこそだ。
柚子葉だって激痛を伴うことは最初からわかっていたはずだ。
ここで彼女の身を案じて攻撃の手を緩めるなど、柚子葉の――否、雷牙とアリスに全てを託してくれた仲間達の思いを踏みにじることも同意。
雷牙の瞳に宿っていた炎が再び大きく燃え上がる。
「く、おぉッ!!」
「っ!?」
裂帛の声と共に刃が完全に傷に嵌った。
もはや霊力だけで弾き返すことは不可能だ。
「アンタが霊力を一点集中させてるなら……!!」
雷牙の口角が吊り上った瞬間、ズッと音を立てるように鬼哭刀に深く食い込んだ。
禍断は赤く発光し、霊力が集束していることはすぐにわかった。
防御として一点集中させているならば、雷牙は攻撃として霊力を集束させているのだ。
「……俺だってやってやらァ!!!!」
吼えると同時に禍断がさらに深く食い込み、鬼哭刀の半分にまで到達した。
あと少し。
あまりに強く柄を握ったためか、ブチリという皮膚が破ける音と共に血が滴る。
この程度大した傷じゃない。
ここで断ち切れ。
全て出し切れ。
勝利を掴め。
己を鼓舞し、叫ぶ。
「くっそだらぁあぁあぁあぁああぁッ!!!!!!」
絶叫と同時に全身から霊力があふれ出す。
大波濤を思わせるそれは禍断の刃をさらに押し込み、ついにその瞬間が訪れた。
パキン。
響いたのは渇いた音。
次いで周囲に吹き荒れたのは凄まじい衝撃。
砂煙が吹き荒れその場にいた全員の視界を奪う。
やがて視界が晴れてくると受験生の誰かが「あっ」と少しだけ気の抜けた声を漏らした。
皆の視線が徐々に集まり、やがて全容があきらかとなる。
雷牙は禍断を天に掲げるように立っていた。
彼の前には数百メートルに渉って抉れた地面があったが、皆の視線はそこではなくもっと近くに注がれている。
雷牙の目の前。
剣星の鬼哭刀は半分より下の部分から折れ、もう半分は衝撃によって吹き飛ばされたのか柚子葉の腹部からなくなっていた。
全員が固唾を呑んで次に起こることを見守る。
この試験が対斬鬼を想定しているのなら、試験官の持っている鬼哭刀は妖刀と同義。
つまり刀が折られた時点で試験の終了を意味している。
遅れる形でカランという音が木霊した。
鬼哭刀の前半分が落ちてきたのだろう。
すると、それに一拍遅れる形で剣星が笑みを浮かべ、持っていた柄を放した。
カシャンと音を立てながら落下した柄。
剣星は笑みを浮かべたままゆっくりと両手を上げる。
「妖刀を折った。つまりこれで斬鬼は消滅したってことだ。おめでとう、君達の勝ちだよ」
実質的な剣星の敗北宣言。
つまりは受験生側の勝利だが、雷牙達はそれを飲み込むのに少しだけ時間がかかった。
けれど、誰かが「勝ち?」と口にすると口々に声を漏らす。
「今、勝ちって……言った?」
「ああ、言った……」
「ってことは、つまり……!」
「私たち、試験突破できたってこと?」
疑問符を浮かべた受験生が恐る恐る剣星を見やると、彼は静かに頷いた。
瞬間、倒れていた受験生、怪我した受験生全員がその場で大きく手を上げ、叫んだ。
『やったーーーーーーっ!!!!』
歓喜の声と共に中には涙を流す者も現れる。
雷牙はというとようやく気が抜けたようでその場に尻餅をつく。
ゆっくりと快晴を見やると彼も目尻に涙を浮かべながらもグッと親指を立てていた。
それに小さく手を上げて答えたのも束の間、雷牙は同じように倒れこんだ柚子葉に視線を向ける。
「球磨川先輩――」
しかし雷牙が視線を向けた時には既に剣星が彼女の意識を確認して止血を始めていた。
「刺しておいて聞くのもどうかと思うけど、大丈夫かい?」
「まぁ……なん、とか……」
「ごめんね。試験とはいえ手は抜けなかった。一応大きな血管は避けて刺しておいたけど、すぐに医療用ポッドに入った方がいい」
剣星は端末を開くと監視役である試験官に連絡をとって医療用ポッドと人手を手配した。
連絡を終えた剣星は「あ、忘れてた」と思い出したように別のモニタを開き、表示されたボタンをタップする。
直後、試験場全体に試験終了を告げるアラームが鳴り響いた。
「終わった……」
雷牙は全身から力が抜けるのを感じつつも剣星を打ち倒し、試験を突破したことに対する達成感を味わうのだった。
試験を終えた雷牙達は試験場の外壁近くに併設されている待機場所にいた。
柚子葉を含めた負傷者の治療も終わり、皆互いの健闘を讃えたり、連絡先の交換を行うなど親睦を深めている。
が、談笑しつつも彼らはどこかそわそわしているように見えた。
最後まで残っていた試験場の試験が終わったのだ。
仮免試験の合否の発表は全ての試験が終わった時点で行われるため、皆合否の発表がもうすぐ行われるのではないかと落ち着きがないというわけだ。
けれど雷牙は特にせわしないという様子はなかったものの、ふと何かを思い出したのか隣でオレンジジュースを飲んでいたアリスに問うた。
「そういえばアリス、お前京極さんと知り合いなのか?」
「え。な、なんでですか?」
「いや、試験中あの人が出てきたとき、俺に聞いてきただろ。『今、京極と言いましたか?』って。なんか知ってそうな雰囲気だったけど、違うのか?」
「……気のせいじゃないですか? ほら、零のことは一般人には浸透してませんけど、育成校や刀狩者の中ではよく知られてますし。それに一応私も七英枝族なので……」
「あー、それもそうか。俺よりも詳しくて当たり前だわな」
雷牙は納得したように手を叩いたが、アリスの微笑は少しだけぎこちなかった。
けれど雷牙はそれに気づいた様子はない。
すると、待機場所の奥にある扉が開いた。
自然と皆の視線がそちらに集まる。
扉の向こうからは端末を持った亜貴と剣星、そしてこの試験場全体を監視していた試験官数名が現れる。
「全ての試験が終了いたしましたので、これより合否の発表を行います。受験生の皆さんは近くまでお願いします」
監視役の試験官に呼びかけられ、受験生達は早足で彼らの前に向かう。
雷牙もアリスと共に集まると、全員集まったことを確認した試験官が剣星と亜貴を見やってからホロキーボードを操作して雷牙達の前に大型のモニタを投影する。
「こちらのモニタには合格した受験生の番号が表示されます。皆さん、手持ちの受験番号をよく確認してください。また、合否に関係なくこの後は講評の時間が設けられます。では、ご確認を」
試験官がキーをタップするとモニタに受験番号が一気に写し出された。
全員が自分の番号があるか探し始める。
するといち早く見つけた者から「やった! あった!!」と歓喜の声を上がるのが聞こえる。
声はさらに続いて行き、快晴や柚子葉、そしてアリスも自分の番号があったことに喜びを露にしていた。
そして雷牙もまた、自分の番号をモニタの中から発見する。
「あった……!」
自然と頬が緩むものの、その手はグッと握り締められていた。
結果だけを言ってしまうとこの試験場では殆どの受験生が合格を手にしていた。
とある三人を除いては。
「おい、どうなってんだよ!!」
怒号を上げたのは猪倉だった。
彼は周りの受験生を押しのけるように試験官に対して凄まじい剣幕で迫る。
「なんでこいつらが合格で俺達が不合格なんだよ!」
猪倉が指差したのは剣星の攻撃で重傷を負い、安全圏まで退避していた受験生達だった。
彼が言いたいのは自分達と同じように安全圏にいた状態で試験を終えたにも関わらず、なぜ彼らが合格で自分達が不合格なのだということだろう。
鼻息荒く試験官に詰め寄る猪倉だが、試験官は特にこれと言ったリアクションは見せない。
恐らく例年こうやって難癖をつけてくる受験生がいるから慣れているのだろう。
その様子が気にいらなかったのか猪倉は額に青筋を立てた。
すると黙っていた剣星が小さく吹き出した。
「君達が不合格なのは当然のことだよ」
「あぁ!?」
怒髪天をつく勢いで猪倉が剣星を睨み、ゆっくりと距離をつめていく。
「おい、部隊長さんよぉ。俺達が不合格なのは当然だぁ? 随分なこと言ってくれるじゃねぇかよ!」
「君がどれだけ凄んだところで結果は覆らないよ。そもそも君達は忍野さんの攻撃を受けて昏倒したんだろう? それでどうやって合格できると思ったんだい?」
「だから、それだったらコイツらだって似たようなもんだろうが!! 怪我して安全圏に運ばれて大人しくしてただけだ。完全に同列じゃねぇかよ!」
「同列じゃないよ。彼らは自分達がやるべきことをちゃんと実行していた。他の受験生と協力しながら救助者パネルを回収し、鬼獣を想定した敵性ドローンからも守り抜いた。さらには僕の攻撃からもね。その点君達はどうだった?」
剣星の眼光が冷たく光り、猪倉は表情を強張らせる。
「班の和を乱し、指揮官だった彼の指示を無視した結果、忍野さんが放った炎の直撃を受け一瞬で気絶した。これにより戦闘班は当初予定していた手順ではない形で戦闘に入ることとなったばかりか、君達を運ぶために三人の戦力を失ってしまっている。これが試験だったからよかったようなものの、実際の現場でこんなことをすればどうなっていたか、想像するのは容易だと思うよ。命令無視は自分達だけでなく、共に戦う仲間すら危険に晒すんだ。それを肝に銘じた上で、これからも研鑽をつむように」
言葉は厳しかったものの、剣星は最後にちゃんと諭していた。
だが、猪倉は怒りが収まらなかったようで、頬をヒクつかせながら鬼哭刀を抜き放つと剣星に斬りかかろうとした。
「ぶっ殺すッ!!」
普通ならば悲鳴の一つでも上がるものなのだろうが、特にそんなものは聞こえなかった。
試験官達は「やれやれ、またか……」と言いたげに肩を竦めていたし、亜貴も小さく溜息をついていた。
受験生達も何かを察しており、特に剣星の身を案じるような素振りはない。
すると、雷牙の視線の先で剣星が溜息をつきつつ猪倉を見やった。
瞬間、猪倉が鬼哭刀を振りかぶった状態で動きを止めた。
恐らく今、猪倉は剣星の剣気に圧倒されているのだろう。
やがて猪倉は鬼哭刀を落とし、その場に尻餅をついて剣星から逃げるように後ずさった。
「正直に言わせてもらおうか。この程度のことでいちいち腹を立て、人間に鬼哭刀をむけるようなら刀狩者には向いてないよ」
「……!」
反論しようとしているようだが、彼は口を魚のようにパクパクと動かすだけで声はまるで出ていなかった。
完全に剣星の剣気に飲み込まれている。
「まぁ、それでも諦め切れないというのなら不合格者用の補講プログラムがあるから受けてみるといい。自分の在り方を見直すいい機会になると思うよ」
剣星はゆっくりと猪倉に歩み寄り、補講の日程が記された紙を手渡した。
「忘れないことだ。刀狩者は一人だけでなりたつ仕事じゃない。皆と協力して人々を守るんだ。いいね?」
猪倉は頷きこそしなかったものの、渡された紙を握り締め、鬼哭刀を拾ってから取りまきを引き連れてから壁際に引っ込んだ。
剣星の圧倒的な強さの前に自分の無力さを痛感してしまったのだろう。
「さて、まぁいろいろあったわけだけど、講評に移ろうか」
あっけらかんとした様子で微笑む剣星だったが、受験生は先程までの脳裏に焼き付いてしまったようで苦笑い気味だった。
その後、合格者達は試験官から試験中の良かった点や悪かった点を洗い出してもらい、最後には個別の評価が記載された成績表と共に、仮ライセンスも配布された。
「合格者は全員、成績表とライセンスはもらったね? じゃあこれで試験は終わりだけど、何か君達から質問はあるかい?」
講評も終わり、仮免試験そのものが終わろうとしていた時、剣星が皆に問うた。
最初は互いに顔を見合わせていた受験生達だったが、やがて一人の受験生が「はい!」と高く手を上げた。
「えっと、京極部隊長はすごい強さをお持ちですけど私たちでも貴方みたいに強くなれるんでしょうか!」
これ自体は誰もが気になっていた。
というより、聞きたかった質問だろう。
剣星の強さはまさしく人外と言ってもいい域に達している。
いったいどれほどの鍛錬をしたらあの域に達することができるのか。
雷牙も気になって仕方がなかった。
「僕のように、か……。せっかくだし教えておこうか。鍛錬自体はかなりやったよ。それこそ血反吐を吐くレベルでね。けど大切なのは『境界』乗り越えることだよ」
「『境界』?」
「そう。人間、ある程度強くなってくると特定の場所で成長が止まる時があるんだ。それを僕は『境界』と呼んでいる。境界は誰にでもある。重要なのはそれを乗り越えられるかどうかだ。ただ一つだけ言えるのは、ある程度の強さを手にいれて満足した瞬間、それ以上成長はできなくなってしまうということだ。例えば属性覚醒とかね」
少しだけ意地悪げな瞳が雷牙を捉えた。
それに一瞬頬を引き攣らせるものの、雷牙はまだまだ満足などしていない。
「その境界を越える方法はあるんですか?」
「残念ながら明確な方法はないんだ。自分で見つけ出すしかないよ。時折自分の中に意識を集中してみると、もしかしたら何かつかめるかもね。ついでだけど、これも教えておこうかな。君達は僕が属性覚醒を果たしていると思っているかもしれないけど、生憎と僕は覚醒には至っていないんだ」
「えぇっ!?」
驚愕の声が見事にハモった。
当然、雷牙も驚いていたが剣星はニコリと笑いながら語りかける。
「最初はいろいろと思い悩んだ時期もあったよ。でも、刀狩者において属性だけが全てじゃないよ。剣の腕はもちろん霊力操作は日々の研鑽、鍛錬でいくらでも強くなる。境界を越え続ける限りどこまでだってね。大切なのは自分で自分の限界を決めないこと。『まだやれる』『もっと強くなる』そういう精神を持っている人が部隊長や強い刀狩者になれるんだ」
剣星の声はエールのようだった。
彼の言葉の一つ一つは受験生全員の心に響き胸を打つ。
「君達が今日手にした仮ライセンスはそんな強い刀狩者になるための新たな一歩だ。だからどうか、これで満足せずにこれからも頑張って欲しい。以上、なにか他にあるかい?」
これ以上の質問はなかった。
すると剣星は亜貴に視線を向けて彼女にバトンタッチする。
「いいところは殆ど京極部隊長に持っていかれてしまいましたが、皆さんはこれから先、辛い現場に行くこともあるかもしれません。でも、どんな時でも決して諦めず、折れずにいてください。大丈夫、これだけ難しい試験を突破した貴方達ならきっと強い刀狩者になれますよ」
亜貴の言葉は全員の背中を押した。
そして亜貴に続く形で試験官が言葉を繋げる。
「ではこれで仮ライセンス取得試験を終了とします。皆さん、お疲れ様でした。これからも頑張ってください。期待していますよ」
「はい!」
合格者は皆、誇らしげに胸を張った。
こうして過去最高難度とされた仮免試験は終わりを迎えた。
合格した者、不合格だった者と明暗は分かれてしまったが、参加したことで得るものはあっただろう。
彼らはきっと強くなる。
更なる高みを目指し続ける限り。




