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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第九章 刀狩者仮免試験
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4‐1 試験の終わりに

 刃災は基本的に一本の妖刀によって変異した斬鬼一体、もしくはそれが新たに生み出した鬼獣が引き起こす。


 だが、観測された時点で危険度ランクが高いと判断された場合は例外だ。


 刃災は、発生する前に周辺一帯には避難勧告がなされるものの、全ての人々が逃げられるわけではない。


 運悪く逃げ遅れた人々は斬鬼に見つからないように息を潜めるしかない。


 こういう状況になった時、逃げ遅れた人の胸の中にはある感情が渦巻く。


 それは斬鬼に対する恐怖だ。


 時間が経てば経つほど恐怖心は大きくなっていき、それが臨界を越えたとき、怨形鬼と並んで最悪と呼ばれる現象が起きる。


『妖刀連鎖顕現』だ。


 恐怖とは負の感情であり、妖刀は負の感情に呼応する形で人々の前に現れる。


 即ち妖刀連鎖顕現とは、被災者の心が恐怖や怒り、恨みと言った負の感情に呑まれることで妖刀が顕現し新たな斬鬼が生まれることなのだ。


 ただこれは怨形鬼と並んで非常に稀な現象であり、危険度のランクが高くとも確実に起きると断言はできない。


 同時に『絶対に起きない』とも言えない。


 そして厄介なのは連鎖顕現によって生まれた斬鬼の方が、最初に現れた斬鬼よりも強くなる傾向があるということ。


 負の感情の大きさが原因だとか、質が原因だとか言うわれているものの明確な原因はつかめていない。


 真実は妖刀を生み出している禍姫のみぞ知るといったところだ。


 過去の刃災の中には連鎖顕現によって助けられたはずの数百、数千の命が犠牲になったものもある。


 海外にまで眼を向けると、一度の刃災によって合計でなんと四本もの妖刀が顕現し、その全てが斬鬼へと変貌。


 刀狩者の奮闘虚しく二つの都市が滅びたという事例もある。


 そのため刀狩者を含めた救助隊は迅速に要救助者を発見し、安全圏に運ぶ必要があるのだ。


 今回雷牙達が挑むのはこういった連鎖顕現を想定した仮免試験だ。


 当然これらの情報は一切流れておらず、流れていると言ってもどこかの試験場がかなり難しく設定されているという情報のみ。


 場所はもちろんのこと、いつどのタイミングで二体目の斬鬼が現れるというアナウンスもない。


 全て突発的に起きるのだ。


「さて、彼らはこの試験をどう切り抜けますかね」


 試験場に併設されている待機場にやってきた亜貴は、場内の様子を写しているカメラにアクセスして複数のモニタを展開する。


 モニタには二体目の斬鬼として扱われる試験官の下へ急行する雷牙達と、救助パネルを安全圏まで運んでいる柚子葉達が見られた。


 距離的に試験官と近いのは救助を任されている柚子葉達だ。


「これまでの録画映像を見るに彼女達の練度も低くはない。試験官と接触する前に救助者パネルを運ぶことは出来なくはありませんが、()()()もそれはわかっているはず……」


 亜貴はホロキーボードを操作してもう一人の試験官を写しているモニタを呼び出した。


 歩み自体は遅いものの狙いは雷牙達ではなく柚子葉達だ。


「このペースだとギリギリで接触する可能性もありますね。その時の彼らの行動もある程度評価に影響が出てくるでしょうね」


 亜貴は期待と心配が入り混じった視線をそれぞれのモニタへ向けた。




 仮免試験の様子は各育成校にも中継されていた。


 玖浄院では教員や鍛錬に付き合った生徒達が受験生を見守っていたものの、雷牙がいる試験場で起きた異変でざわめきが起きていた。


『連鎖顕現を想定した試験っていくらなんでも難度高すぎだろ!』


『さっきの戦闘だって危ないとこはあったし、これはさすがにキツイんじゃ……』


『流石の綱源くんでも難しいかもしれないな』


『ええ。摩雅禰家の御令嬢がいるとはいえ、皆それなりに消耗している。それに相手が悪すぎる』


 教員達も生徒達も雷牙の試験通過が絶望的だと判断したのか、各所で落胆とも取れる声が聞こえた。


 けれど雷牙の担任である愛美はモニタから目を離すことはしなかった。


 瞳にあったのは落胆ではなく、雷牙に対する信頼。


 彼女は教え子が負けるなどと微塵も思っていないのだ。


「……大丈夫。君ならやれる……!!」


 ギュッと胸の前で拳を握りながら呟く。


 彼女の隣には薄く笑みを浮かべる夜雲や龍子の姿があった。


「綱源が餌食になるとはね。この状況をどう見る、龍子」


「はっきり言えば悪いですね。戦力的なことを考えると、勝率は低いです。でも彼は決して諦めないでしょう。どんな状況になろうと死力を尽くすはずです」


「だろうな。まぁ私も彼なら何とかすると思ってはいるが、いささか相手が悪いことは否めないな」


「……はい。でも、斬鬼を討伐する方法は首を斬り飛ばすだけじゃありませんから」


 龍子は不適とも取れる笑みを浮かべた。


 彼女の様子に夜雲もどういうことか納得したようで「あぁ確かに」と頷いた。


「だが彼にそれができるのか?」


「できるできないじゃないでしょう。彼ならやりますよ。愛美先生もそう思うでしょう?」


「当然。彼はしっかり強くなってるからね」


 誰がどう見ても状況は悪い。


 しかし、雷牙の活躍を間近で見てきた者達は決して諦めた様子はない。


 なぜなら綱源雷牙は逆境にこそ勝機を掴み取るからだ。


 一見不利に見えても覆す。


 雷牙はその力を備えているのだ。


「じゃあ私は他の子達の様子も見て来るんで」


「最後まで見ていかないのかい?」


「私の生徒は彼だけじゃありませんから。状況が動いたら報せてください」


 愛美は軽く腰を折ると他の教え子達が移っているモニタの前へ移動した。


「任されてしまった以上、ここで見守っているしかないか。お前はどうする?」


「私はここで最後まで見させてもらいます。どうなるか楽しみなんで」


 龍子は胸の前で腕を組むと、笑みを消した真剣な眼差しでモニタを見やった。




 視線の先で剣閃が疾駆する。


 鋭い音は刃が駆け抜ける音。


 鈍い音は断ち切られた建物が崩壊する音。


「くっそ、思ったより速ぇな!」


 快晴達と共に救助部隊を追う雷牙は口元をゆがめて毒づいた。


 剣閃はどれも雷牙達を狙って放たれたものではない。


 方向を考えると、柚子葉達救助部隊を狙っていると見て間違いないだろう。


「狙いはやはり要救助者パネルでしょうね」


「そういやさっき球磨川先輩最後のパネルを運ぶところだって言ってたな。それを狙ってるってことかよ!」


「斬鬼の性質にも個体差があります。強い者と戦おうとする斬鬼もいれば、弱者から狙う斬鬼も存在します。今回は後者を想定した試験なのだと思います」


「……この試験考えたヤツ性格悪すぎだろ」

 

 眉間に皺を寄せた雷牙は快晴を見やる。


 彼は先ほどから柚子葉に呼びかけているのだが、試験官の攻撃の影響なのかノイズが激しくてはっきりとした声が聞き取れずにいる。


「ダメだ。応答自体はあるが、攻撃音とノイズが激しくてまるで会話にならない」


「とにかく今は急ぎましょう。目測でしかありませんが、恐らく二人目の試験官の実力は、忍野副部隊長を凌駕しているはずです」


 アリスの言葉に幾人かの受験生が喉を鳴らした。


 亜貴でさえ戦闘不能に追い込むのにかなり苦労したのだ。


 そんな彼女を上回る実力を有しているとなると、勝機は薄いと思ってしまったのだろう。


「連鎖顕現だと後に現れた斬鬼の方が強くなるらしいが、そんなところまで再現してくるとはな…」


「本当に性格が悪ぃ……。けど、それはそれで倒しがいがある!」


 眉間に皺を寄せつつも雷牙の口元には笑みがあった。


 他の受験生はそれに驚いたようだったが、誰も彼の言葉を否定はしなかった。


 皆ここで退くなどという考えはとうにないのだ。


 相手がどれだけ強大であろうと、刀狩者である以上逃げ出すことはできない。


 逃げ出してしまった時点で夢は叶わない夢として消えてしまうからだ。


「……そうだな。困難に立ち向かってこその刀狩者だ!」


 快晴も頷き、彼らは速度を速めて救助部隊の下へ急いだ。




 柚子葉のインカムの反応がある場所までやってきた雷牙は周囲を見回す。


 辺りは剣閃によって破壊された瓦礫が散らばっており、砂埃の影響で視界がぼんやりとかすんでいる。


 救助部隊の姿は見えなかったが、ふとゾワリとした感覚が背筋を駆け抜ける。


「退避っ!」


 快晴もそれを感じ取ったようですぐさま指示を飛ばす。


 全員が咄嗟にその場から飛び退くと、鋭い音と共に青い燐光がすぐ近くを駆け抜けていった。


 先ほどから幾度も見ている剣閃だ。


 地面には鋭利な斬り口が残っており、一撃でもくらえば瀕死は免れないことを物語っている。


「なんつー攻撃してきやがる!」


「まだかなり離れてるはずなのにな。すぐに球磨川達を見つけないと……!」


「反応は近いです。恐らく無理に逃げるのではなく、近くに隠れているのだと思います」


 アリスが周囲を見回すものの見える範囲に柚子葉達の姿はない。


 大声で呼びかけてみようかとも考えたが、向こうの実力から察するに下手に声を上げれば確実に居場所を特定される。


 最悪の場合、一気に畳み掛けられて反撃する間もなく終わってしまう。


 それだけはなんとしても避けなくてはならない。


「もう一度こっちから呼びかけてみる。球磨川、聞こえるか? もし聞こえているなら応答を頼む」


 快晴の呼びかけに返ってきたのは無機質なノイズの音。


 皆がやはり通信は無理かと落胆しかけるものの、『ザザッ』というノイズが途切れた音が聞こえた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。


『快晴か!? 聞こえとるで!』


「球磨川! 良かった無事だったか!」


 声の主は間違いなく柚子葉だった。


 通信がつながったことに安堵するものの、彼女の次の言葉は全員の表情を強張らせる。


『無事ってわけでもないなぁ……。救助者パネルは無傷や。せやけど、パネル運んどる途中に攻撃くらってもうて二人が重傷、四人が軽傷って感じや』


「そうか、わかった。一旦合流しよう。幸いなことに向こうはこちらの居場所に気付いていない。どのあたりにいる?」


『ちょい待っててな……』


 柚子葉は通信を切ることなくどこかに向かったようで、息遣いと足音だけが聞こえる。


 すると、二つ先の路地から飛び出す影があった。


『あ、おった! こっちやこっち!!』 


 影が見えると同時にインカムから声が響く。


 全員がそちらを見やると大きく手を振っている柚子葉が見えた。


 そのまま柚子葉と合流すると、彼女達がどれだけ過酷な状況にいたのかすぐにわかった。


 色の抜かれた髪は舞い上がった砂が付着してかなりくすんでおり、頬や腕には切り傷があった。


「大丈夫か?」


「うちは問題あらへん。こんなんかすり傷や。それよかこっち!」


 柚子葉に引っ張られるような形で雷牙達は彼女が出てきた路地の先へ向かう。


「この先のちょい広めの公園に皆おる。攻撃は全然止まへんけど、向こうも探り探りの状態や」


「ああ。状況を把握したらすぐに安全圏まで移動しよう。幸いなことに安全圏まではそれほど遠くない」


「わかっとる。見えたで」


 視線を向けると、路地の先は確かに開けており小さくはあるが周囲のビルともそれなりに離れている公園があり、遊具の近くに救助部隊の面々がいる。


 その中には極楼閣の三人を運んだ受験生の姿もある。


 どうやら戻ってくる途中に二人目の試験官による攻撃が見えたようで、こちらの援護に来たようだ。


 すぐに駆け寄るものの、柚子葉の言ったとおり負傷者の状態は芳しくなかった。


 一人は肩口から背中を深く抉られており、もう一人は太ももから腹にかけて出血が見える。


 軽傷を負っている受験生も頭部近くの出血があるため、放っておける状態ではない。


「すぐに手当てしましょう! 雷牙さん、お願いできますか!」


「わかってる!」


 アリスと共に雷牙は重傷を負っている二人の下へ駆け寄った。


「二人を俺の隣に運んでくれ」


「あ、ああ!」


 動けそうな受験生に指示して重傷を負っている二人を隣に運ばせると、雷牙とアリスは同時に頷いてから行動を起す。


「少し痛むかもしれませんが、我慢できますか?」


「元々かなり痛ぇから、この際痛みなんて気にしてらんねぇって……」


「問題ない。やってくれ……!」


 重傷を負いながらも二人は笑みを浮かべていた。


 アリスはそれに頷くと指先から伸ばした鋼糸を操り、傷口の縫合を始めた。


 彼女の卓越した能力があってことできる芸当だが、本来医療用ではない鋼糸での縫合は鋭い痛みが走ったようで二人は表情をゆがめる。


「……よしっ。雷牙さん、お願いします!」


「ああ。こっから先は一気に治す!」


 ふぅと息をついた雷牙は縫合された傷口を手で覆って霊力を集める。


 霊力は傷口全体を覆い、やがて赤い光の粒子と散らしながら傷口の治癒を始めていく。


「なんちゅう速さの治癒術……」


「俺だけの力じゃないっスけどね。二人にはまだ体力もあるし、霊力もそれなりに残ってる。第二霊脈のおかげって感じっスよ。よし、傷は派手だったけど、重要な内蔵や血管は無事だ。これならあと少しで――」


『治癒が終わる』


 そう伝えようとした時。


 ゾクリ。


 まさにそう形容できる嫌な感覚が全身を駆け抜けた。


 絶対的な力を持った存在に睨みつけられるような感覚だ。


 この感覚を覚えたのは雷牙だけではなかったようで、その場にいた全員が表情を強張らせた。


 同時に、全員の耳に入った金属同士が打ち付けられたような鋭い音。


 もう何度も聞いている音に反応した快晴は声を張り上げた。


「全員、伏せろーッ!!!!!!」


 刹那、轟音と共に一切の容赦がない破壊の一閃が駆け抜けた。


 縦の剣閃ではない。


 横薙ぎの刃だ。


 すぐ真上を駆け抜ける強大な一撃に、雷牙はアリスと重傷者二人を抱き込んで吹き飛ばされないよに耐えるしかできなかった。




「……うん。やっぱりあの辺りで正解だったかな」


 雷牙達からやや離れた場所には黒い戦闘服を纏った青年の姿があった。


 彼の前に広がるのは、自らが起した破壊の痕跡。


 誰が見ても生き残りなどいないと断言できそうな光景だが、青年はこの程度で倒れるはずがないと思っていた。


「君がこの程度で倒れるわけはないだろう」


 彼の呟きが聞こえたのかは定かではないが、視線の先で瓦礫が僅かに動き、砂煙を上げながら数人の受験生が顔を出した。


 その中には青年がよく知る少年、綱源雷牙の姿もあった。


 彼が現れたことに青年はフッと笑みを浮かべる。


 腕章に刻まれている獣は『鼬』。


 それはハクロウの最高責任者である長官、武蔵辰磨直属の精鋭部隊に所属していることを現している。


 ハクロウ斬鬼対策課、特務部隊『零』部隊長。


 京極剣星は笑みを浮かべたまま鬼哭刀に霊力を宿した。

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