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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第九章 刀狩者仮免試験
273/421

2‐6

 玖浄院、第一アリーナのバトルフィールドには雷牙と龍子がある程度の感覚を空けて向かい合っていた。


 雷牙の腰には禍断が、龍子は長大な鬼哭刀、『氷霜』を手にしている。


 すると龍子が微笑みながら雷牙に声をかけた。


「君から連絡を貰って一週間、楽しみに待たせて貰ったよ」


「そういつはどうも。俺も同じでしたよ。戦刀祭以降会長とは一回も戦えてなかったんで」


「まぁ夏休みもあったりしたからね。私も色々と忙しかったしからね。学生連隊がこれからどういう風に活動するのかとか、ハクロウ側から指示もらったりさ。あとは学校行事の打ち合わせ、書類整理……ホント、生徒会長とかやるもんじゃないよ」


 最初こそ朗らかだったものの、語っていくにつれて龍子の表情はどんどん暗くなって行ってしまった。


 玖浄院を含め育成校は教師が何から何までやってくれるわけではない。


 学校行事は基本的に生徒会が主導で行い、教師陣が口を出したり行ったりしてくれるのは、ハクロウ本部絡みの案件や大人の力が必要になる時だ。


 そのため生徒会長とはかなりの激務なのだ。


 彼女をサポートする他の役職も暇ではないだろう。


「会長も色々と大変っすね」


「ホントだよー。下手にサボろうとすると三咲ちゃんがブチギレるし……」


「それは会長がサボろうとするからじゃ……」


「サボりたくもなるよー。マジでヤバイからね、生徒会の仕事!」


 血走った瞳に偽りはなかったが、ふと龍子は何か思いついたのか手を叩いた。


「あぁでも、学生連隊も生徒会の持ち物って考えれば雷牙くん達にも手伝ってもらえばいいのか……」


「いやいやいや、そもそも連隊の存在自体がまだ浸透してないんだから知らない連中からしたらなんで俺達が生徒会を手伝ってるんだって話になるでしょ」


「そこはホラ、生徒会長権限的な?」


「また副会長がブチギレそうな未来が見えるんスけど」


「あー、確かに」


 両者ともに思い浮かべたのは静かな怒りの表情と、額に青筋を立てた三咲の姿。


 連隊自体は一応生徒会の一部という扱いになってはいるが、それと生徒会の仕事は別なので、連隊を巻き込むとなれば彼女は良い顔はしないだろう。


『ふざけてるんですか?』と言われること間違いない。


 日頃から三咲の厳しさは身をもって体感しているからか、龍子はブルル、と体を震わせる。


「……これ以上考えるのはやめとこう。精神衛生上よろしくないし」


「結局が会長が頑張るしかないってことッスね。ご愁傷様っス」


 労いとも憐れみとも取れる言葉をかける雷牙だったが、暗い表情だった龍子は「けどまぁ……」と不適な笑みを浮かべた。


 視線が交錯した瞬間、ゾッと雷牙は全身に鳥肌が立つのを感じた。


「とりあえず今日まで溜まった諸々は雷牙くんをサンドバッグにして発散させてもらおうかな」


「ちょっ!? 確かに勝負申し込んだのは俺ッスけどサンドバッグって!」


「そうなるのが嫌なら、力を見せることだね。属性覚醒、第二霊脈の解放、そして君自身の今までの経験から学んだことを全て出し切れば、一方的な模擬戦にはならないよ」


 瞬間、龍子は氷霜を一瞬にして抜いた。


 彼女が鞘を放って指を鳴らすと、バトルフィールドの外に一瞬にして巨大な氷が生成され、鞘はその中に納まった。


 だが、氷が発生したのは場外だけではなく、氷霜も氷を纏い、龍子の周囲にも透明度が高く、薄い氷の盾『氷霧』が展開していた。


 この間、二秒にすら満たない出来事である。


「悪いけど全力で行くよ。日頃の鬱憤、晴らさせてもらうからね」


 冷たい光が龍子の双眸の奥で光った。


 萎縮してしまいそうなほどの闘気に雷牙は喉を鳴らしたが、口元には笑みが浮かんでいる。


 そして彼女の闘気に答えるように自身も纏う霊力を一気に上昇させ、禍断を抜き放った。


 既に刃には赤く煌く霊力が宿っており、雷牙は龍子に向けてそれを乱雑に振りぬく。


 龍子がそれに対して防御態勢を取った時、彼女の周囲の空間そのものに赤い斬閃が迸る。


 空間に奔った斬閃は龍子が展開した氷霧を全て断ち切り、浮かんでいたそれは音もなく空中へ消えていった。


 龍子もこれは予想できていなかったようで、驚きの表情を浮かべつつ興味深そうに口角をあげた。


「会長にただ叩きのめされるだけのサンドバッグにはならねぇっスよ」


「……なるほどね。これは楽しめそうだ」


 楽しげに笑った龍子が駆け、それに一瞬遅れる形で雷牙も前に出る。


 観客もなければ声援もない。


 静寂が蔓延るアリーナに刃と刃が衝突する音が響く。


 試合開始を告げるアラームなどはない。


 二人にとってはこの剣戟こそが開始を告げる合図だ。


 そのまま二人は連続して刃を交えていく。


 全てを断ち切る刃と全てを凍てつかせる氷刃が真っ向から激突するたびに、周囲には赤と青のスパークが迸る。


 二人はただ剣戟を重ねていくだけではない。


 龍子の周囲には彼女が生み出した鋭利な氷柱が展開し、すぐさま雷牙を狙って射出されようとする。


 当然、雷牙もそれを黙ってみているほど甘くはない。


 以前までの彼だったならばそれを回避するために距離を取っていただろう。


 しかし、今の雷牙には以前までにはなかった力がある。


 雷牙の瞳に霊力が宿った瞬間、龍子の周囲に対空していた氷柱に斬閃が奔った。


 一度亀裂が入った氷柱はその形を維持することができずに、氷霧と同じように光の粒子となって大気中へ消えてく。


「やるね」


「当然!」


 肉薄した瞬間、龍子から受けた賞賛に雷牙は笑みで返した。


 鍔迫り合いの状態に入る二人だったが、最初に火花が散った瞬間、龍子がその場から飛び退いた。


 刹那、二人の間の空間に斬閃が刻まれる。


「おぉ、こわ。一瞬遅れたら大怪我だったね」


 龍子は肩を竦めて驚いた素振りを見せるものの、表情に焦りなどは一切見えなかった。


 完全に見切った上で回避してみせたのだ。


「……上手く狙えたと思ったんだけどそう簡単にはいかねぇか」


 残念そうに呟く雷牙だったが、それはあくまで口調だけ。


 表情にはまだ模擬戦を楽しむ余裕があるようで、彼は浅く呼吸してから再び龍子との距離を詰める。


 視線の先では龍子が瞬時に展開した氷柱を射出しており、凄まじい勢いで迫ってくる。


 が、それらは禍断を振るうことで、空気中に発生した刃によって切断されていった。


 青い光の粒子と赤い斬閃の中を駆け、雷牙は振りかぶった状態で龍子に向けて刃を振るう。


「ハァッ!!」


 裂帛の声と共に放たれた一閃は龍子を容赦なく襲うものの、間に入った氷刃によって阻まれる。


 キィンという音と共に二人の間で火花が散った。


 完全に防御されているが、雷牙は笑みを崩すことなくグンと刃を押し込む。


 すると、刀身に宿る霊力が一際強く煌いた。


「っ!」


 龍子もそれに気付いたようだが、この距離ならば逃れることはできない。


 刹那、龍子の肩口に赤い刃が発生した。


 霊力で発生した刃とはいえ手ごたえははっきりと雷牙の腕に伝わり、鮮血がフィールドと雷牙の頬に飛び散った。


 このまま切り抜けるかと思われたが、龍子は血を垂らしながらもその場から飛び退いた。


 肩からは血を滴らせているものの、その量は雷牙が予想していたものよりも少なかった。


 ふと足元を見ると、小さな氷塊が転がっていた。


「足元に氷を瞬時に作り出して無理やり後退したってことか」


「まぁ、そういうことだねぇ。にしても油断しちゃったなぁ。あー、いった……」


 肩を押さえている龍子は表情を曇らせると、傷口を確認すると指でそれをなぞった。


 すると、傷を覆うように霊力が集束しゆっくりと傷が癒えていく。


 雷牙がよく使う治癒術だ。


 回復速度が以前よりも早くなっているのは、第二霊脈を解放したことで霊脈に流れる霊力が多くなったからだろうか。


「不思議そうな顔してるけど、私もいろいろと鍛えなおしたんだよ。五神島では大怪我して動けなくなっちゃったからね」


「どんな鍛え方したんスか。治癒速度が段違いなんスけど」


「それは秘密かな。さてと、それじゃあ傷つけられた分、しっかりお返しさせてもらうね」


 笑う彼女の視線に雷牙は背筋に悪寒が走るのを感じた。


 瞬間、雷牙の周囲を囲むように氷柱が展開した。


「っ!?」


 今まで見たこともないほどの瞬間的な氷の生成に思わず眼を見開くものの、雷牙はすぐさま冷静に状況を見極め、その場からの退避と氷柱の迎撃に移った。


 取り囲むようにして展開した氷柱は瞬く間に射出され、雷牙の体を刺し貫かんと迫る。


 それらは赤い刃によって切断されるものの、次から次へと放たれる氷柱は雷牙を攻勢に転ずることを許さない。


「けど、これぐらいならまだ……!!」


 酒呑童子や禍姫と比べれば対処できないほどではない。


 雷牙は寸前まで迫った氷柱を禍断で叩き落すと、スライディングするように動きを止め、迫り来る氷柱を見据えた。


 着弾までは一秒あるかないか。


 だが、それだけの時間があれば十分だ。


 刀身には霊力が宿っており、赤い光を煌々と放っている。


「ふッ!!」


 氷柱によって振り抜かれた横一閃は赤い軌跡を描いた。


 一瞬の静寂が周囲を包むと十を超える刃が空中に現れ、飛来する氷柱を全て叩き落とした。


「っし!」


 技が成功したことに喜びのあまり声を上げる雷牙だったが、これで終わったわけではない。


 相手である龍子を倒さなくては意味がない。


 が、いつの間に彼女の姿は消えていた。


「いい技だねぇ。けど残念、そっちに集中しすぎて色々疎かになってるよ」


「っ!」


 反射的に振り向くと、そこには長刀を構えた龍子が今まさに切りかからんとしていた。


 普通ならばこの時点で表情を崩すはずだが、雷牙の口元には笑みがあった。


 瞬間、龍子の腹部を赤い剣閃が駆け抜ける。


 彼女が背後を取ることを見越して、瞬時に断切を行使したのだ。


「誰が疎かになってるんスか? これぐらいは想定の範囲内っス――」


 得意げに笑った雷牙だったが、ふと異変に気付く。


 腹部を斬ったはずなのに血が出ないのだ。


 どうなっているのかと首をかしげた瞬間、倒れこむ龍子の姿が一瞬にして彼女を象った氷像へ変化した。


「っ!? 氷の像……!」


 気付いた時には既に遅い。


「正解」


 戦慄の声はすぐ近くで聞こえた。


 反応はできた。


 だが、体がそれについていかず、雷牙は腹部に奔った鋭い痛みと冷たさに顔を歪ませる。


 見ると、腹部から入った龍子の刃が背中まで貫通していた。


「ぐぅ……!?」


「反応速度も霊力の操作も格段に上がってる。新技の開発も順調みたいだし、十分誇っていいよ。でもね、まだまだ負けてあげるわけにはいかないんだよ」


 龍子は薄く笑みを浮かべると、突き刺さったままの刃を引抜き雷牙の右肩から左腰までを一息で切り裂いた。


「がっ!?」


 声を詰まらせる雷牙。


 ボタボタと大量の血が流れ出し、口元からも血が溢れる。


 並の学生であれば間違いなく気絶するか倒れこむだろう。


 しかし、雷牙は倒れなかった。


 ふら付く足を踏ん張ってどうにかその場で耐えると、鋭い眼光で龍子を見据える。


「……まだ終わってないって言いたそうだね」


「そりゃそうでしょ……こんなに楽しいのは久しぶりなんスから……!! これで終わりなんて勿体無いっスよ……!!」


 喀血する雷牙の口元は赤く染まっていたものの、表情には楽しげな笑みがあった。


 斬られた傷はすでに治癒術によって修復が始まっており、ジュウっという音を立てながら組織同士がくっつき始めている。


「なんかこうホラーゲームのクリーチャーみたいになってるよ。しかも、すんごい顔してるし小さい子が見たらまず泣くね」


「放っといてください。しゃあないでしょ、癖なんスよ……!」


 口元の血を袖で適当に拭い、雷牙は傷を治療しながら禍断の切先を龍子へ向ける。


「まだまだ行きますよ、会長!」


「いいよ。今日は君が満足するまで付き合ってあげよう!」


 互いに笑みを浮かべながら、二人は刃を交える。


 その日、第一アリーナからは夜になるまで剣戟の音が響いていたという。







 雷牙と龍子が模擬戦を行ってから数週間後。


 ついに鍛錬の成果を見せる時がやってきた。


 多くの学生が各々の鍛えた己の実力を発揮し、刀狩者として活躍するための一歩。


『刀狩者仮ライセンス取得試験』が全国各地に点在する試験場で始まろうとしていた。

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