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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第九章 刀狩者仮免試験
270/421

2‐3

 第二霊脈の解放を終えた翌日の午後。


 雷牙もついに個別鍛錬を始めていた。


 静かに呼吸する雷牙の前には訓練用のパネルが五枚横一列に並んでいる。


 さながら射撃訓練場のような光景であるが、この配置は雷牙にとっては慣れ親しんだものだ。


 パネルの配置は『断切』を制御する時の修業で並べた竹と全く同じ配置であり、やろうとしていることも同じだ。


 真ん中の一つだけを残し、他の四つを切断する。


「霊脈が解放できても属性が制御できてなきゃ意味ねぇからな」


 雷牙はどこか自嘲するような雰囲気があったものの、僅かに上がった口角からは自信が感じられる。


 ふぅ、と息をついてから、鬼哭刀『禍断』を抜く。


 正眼に構えつつ常に纏っている霊力を瞬時に増大させると、体の表面と禍断を、赤く変色した霊力が覆った。


 瞬間、雷牙は禍断を振り上げそのままパネル目掛けて振り下ろした。


 大気を切り裂く縦一閃は赤い軌跡を描く。


 パネルまでは数メートルの距離があり、刃はまるで届いていない。


 けれど、刃を振り下ろしきり、一拍置く形でそれは起きた。


 パキン。


 聞こえたのは渇いた音。


 見ると、視線の先に並ぶパネルに縦に亀裂が奔っていた。


 やがてパネルは自らの重みを支えきることができず、砂煙を上げながら倒れていった。


 倒れたのは中心に立っている一つを除いた四つのパネル。


 切断面は非常に滑らかでまるで研磨された大理石のようだった。


 これで狙い通り、というよりは霊脈が解放されても制御できていることが確信できた。


「うっし、完璧!」


 雷牙はグッと拳を握る。


 だが今のはあくまで個人鍛錬前の最終確認でしかない。


 次の課題となるのは、この力を用いた技を開発することだ。


 今の状態はあくまで断切という属性に目覚め、制御ができるというだけだ。


 これだけでも並の斬鬼や、犯罪者連中程度なら対処できなくはないが、雷牙がこれから戦おうとしているのはその枠に当てはまらないモノ達。


 彼らを打倒するには、この力を技として昇華させ、どんな状況でも対応できるように研磨しなくてはならない。


 ひとまず仮免試験までの目標として、少なくとも二つ、もっとできれば四つくらいは新技を増やしておきたいところだ。


「早く会長とも戦いてぇとこだけど、今のままじゃ軽くあしらわれて終わりだからな。しっかり技を磨いてから挑まねぇと」


 己の力を磨くことを決め、雷牙は新たなパネルを呼び出しつつ技のイメージを固めていく。


 第二霊脈を解放できたとはいえ、友人達に比べればスタートラインに立ったに過ぎない。


 こうしている今も、瑞季や玲汰達は力をつけていることだろう。


 属性覚醒というアドバンテージがあるとはいえ、気を抜いていれば間違いなく置いていかれてしまう。


 聞いた話では仮免試験はその様子が中継されているという。


 もしも友人達が先に試験を終え、雷牙の様子を見た時、がっかりさせるわけにはいくまい。


「まぁうだうだ考えててしゃーねぇ。そろそろはじめるか」


 新たなパネルを準備した雷牙は、禍断に霊力を纏わせて新技のイメージを想像しながら刃を振るった。




「そういえばアンタは昨日行ったの?」


 鍛錬中、不意にかけられた声に舞衣は「え?」と疑問符を浮かべた。


 彼女の視線の先には訓練している時に散らばったコンクリート片の上に座っている一愛がいた。


 最初はなんのことかと思った舞衣だったが、『行った』という情報から昨日の行くような場所や出来事を思い出す。


 すると、すぐに察しがついたようで彼女は「あぁ」と軽く頷いた。


「雷牙のことですか?」


「そ。第二霊脈解放できたらしいじゃん。あんだけでかい霊力だったからさ、気になって見に行ったんじゃないかって思ったの。アンタ、そういうの特に好きでしょ」


「まぁ好きではありますけど……」


 否定する気はない。


 普段どおりなら舞衣も野次馬精神丸出しで雷牙の下へ行くだろう。


 一愛もそう思って問うたのだろうが、舞衣は彼女の問いに横に首を振る。


「昨日は行ってませんよ。すごい震動と音だったから気にはなりましたけど、感覚で雷牙だなってわかりましたし」


「ふぅん、意外だね。アンタの性格というか、性分なら鍛錬を放り出してでも見に行きそうだと思ってたんだけど」


「本音を言えばまぁ行ってみたかったですよ。けど、見に行ったらなんやかんや長居して、鍛錬に割く時間がなくなっちゃうじゃないですか。だったらその時間を鍛錬にあてた方がいいと思ったんですよ」


「へぇ……」


 一愛の瞳が舞衣を捉え、彼女は面白げに笑みを浮かべた。


「先輩が言ったとおり、私は仲間内で一番弱いです。そんな私が時間を無駄にするのはダメでしょう。だから、雷牙のとこに行かなかったのは、鍛錬を優先したかったからです。第一、考えてみれば同じクラスなんだし、霊脈解放の話はいつでもできますからね」


「なるほどね。うん、いい判断してんじゃん。自分の状況を把握して、今やるべきことは何かを考える。強くなるには必要な思考だよ」


「あ、ありがとうございます」


 褒められるとは思っていなかったのか、舞衣は照れ笑いを浮かべた。


「でもたかが一時間やそこら我慢した程度で強くなれるわけじゃないんだけどね」


「ぐ……!」


 はっきりといわれてしまい、舞衣の表情が引き攣る。


 一愛の言うとおり、一時間やそこら鍛錬した程度でいきなり強くなれるわけではない。


 もしもそれができるならすぐにでも実践したくらいだ。


 当然、舞衣だってそんな夢のような方法はないことなどわかっている。


「だから強くなるには積み重ねるしかないんだよ。属性覚醒だってそう。せっかく目覚めても技を磨いたり、出来ることを努力して増やさなかったら意味がない。覚醒したからって踏ん反り返ってる連中の寿命は短いよ」


 一愛の言葉はズン、と舞衣の心に重くのしかかる。


 同い年であれだけの強さを身につけている瑞季や雷牙、レオノア。


 そして彼らよりも上を行く龍子や他の上級生達。


 さらにその上に位置するプロの刀狩者や、部隊長達。


 彼らがそれだけの高みにいるのは、己の強さを磨き、追求したからこそだ。


 皆きっと血反吐を吐くような努力を重ねたに違いない。


「舞衣、アンタはそれに気付けてる。だからこれから先もその考えは捨てちゃ駄目。綱源や痣櫛と一緒にいたいならなおさらね」


「はい!」


「良いお返事。じゃ、休憩はこれでおしまい。鍛錬再開するわよ」


 コンクリート片から降りた一愛は鬼哭刀を抜いた。


 それを確認するや否や、舞衣はその場から飛び退き、近くにあった建造物の影に飛び込んだ。


 二人がいるのは、屋外訓練場の一つ。


 廃墟をモチーフに造られた市街フィールドだ。


 個人鍛錬が始まって数日の間は屋内で鍛錬していた舞衣だったが、ここ最近はこの訓練場に入り浸っていることが多い。


 ここでなら彼女の足りない実力をカバーできる戦い方ができるからだ。


 舞衣が身を隠したことに一愛は満足げに頷いて歩みを進めていく。


「そう。今のアンタの実力じゃ正攻法じゃ難しい。だったら、地形はもちろん、近くにある使えそうなものは何でも使うこと」


 瞬間、一愛の頭上にある信号機が彼女目掛けて落下するものの、一愛はそれが見えているかのように軽いステップで回避する。


「仮免試験は対人戦闘を想定していない。想定してるのは対斬鬼。斬鬼は倒すべき敵だけど、敬意を表すような相手じゃない。だったら、徹底的かつ合理的に攻めるのが吉」


 ニヤリと笑う一愛を、舞衣は廃ビルに空いた穴から見やる。


 一愛は生徒会の役員を務めてはいるが、実力ははっきりいって他の役員よりも劣る。


 霊力量や戦闘力も他を探せば彼女より高い者はいるだろう。


 実際のところ試合形式では彼女はそこまで上位に食い込むことはできない。


 ではなぜ彼女が生徒会の役員となれているのか。


 理由は簡単だ。


 一愛は格上たちと渡り合うために、真っ向勝負という戦法を捨てたのだ。


「学生同士、人間同士の試合形式じゃないんだ。奇襲、不意打ち、騙まし討ち、ブービートラップ、待ち伏せ、その他諸々……戦いを有利に進めるならどんな手でも使う。()()()()()()()()()()()()()()()んだからね」


 前髪をかきあげた一愛の表情はどこか楽しげだった。


 斎紙一愛、彼女の育成校同士で開催される公式戦の戦績はそこまで芳しいものではない。


 特にアリーナやスタジアムなど、遮蔽物のないバトルフィールドでの戦績はいまいちだ。


 けれど、公式戦の中には対斬鬼や、複数対複数を想定した戦いも存在する。


 それらに置ける一愛の戦績は全戦全勝という驚異的な数値だ。


 ゆえに彼女にも二つ名が存在する。


 罠は当然。


 不意打ち、待ち伏せ、奇襲……。


 凡そ卑怯とか、姑息と思われる手は全て使い、策謀を巡らせる。


 そんな一愛についた二つ名は――。


 ――『謀略(ぼうりゃく)童女(どうじょ)』――。


 彼女の戦い方を見た者達が、ある種の嫌悪と畏怖を込めて名づけられた名前だ。


 そもそも斬鬼を複数人で討伐している時点で正々堂々なんてものはない。


 形式ばった試合ならまだしも、命をかけるのだから寧ろご愛嬌だろう。


 個人鍛錬開始時、一愛が舞衣にプライドを捨てろと言ったのは、この戦い方を彼女に教えるためだ。


 舞衣も最初は戸惑ったものの、究極的に考えれば彼女の戦い方は理にかなっていた。


 実力が足りないなら、戦術や作戦でそれをカバーするというのは非常に面白いと思ったのだ。


「さぁて鍛錬の成果、ちゃんと見せてもらおうか」


 呟く一愛の瞳が妖しく光り、口元には謀略を楽しむ笑みが浮かんだ。


 それに答えるように舞衣もまた薄く笑みを零す。




 個人鍛錬が終わり生徒達がそれぞれ帰路につくなか、一愛は後輩達の指導を終えて生徒会室にやってきていた。


 理由は龍子への進捗の報告だ。


 扉を開けて室内に入ると、入れ違いになるように士が出て行くところだった。


「お疲れーっす」


「うん、お疲れ」


 軽い労いの言葉をかけながら、一愛は生徒会室へ入る。


 窓際の黒檀の机にはなにやら書類仕事をしている龍子がおり、会議で使う長机の端にはキーボードを叩く三咲の姿もあった。


「お疲れ、会長に副会長。報告に来たよ」


「りょうかーい。で、後輩達はどんな感じだった?」


 龍子は一愛の声にすぐに反応し、仕事を進める手を休めずに一愛からの報告を聞き始める。


 珍しく真面目に仕事をしている龍子の邪魔にならないようにと、一愛は手早く今日の鍛錬の様子を語っていう。

 

 そのなかには当然舞衣の進捗報告も含まれていた。


「なるほどね。舞衣ちゃんは中々飲み込みがよさそうな感じかな?」


「うん。最初は色々と戸惑ったみたいだけど、今は色々と戦略を考えたりしてるみたい。まぁまだ粗はあるけど、磨けばかなりのものになると思うよ」


「そっか……楽しそうだね、一愛ちゃん」


「まぁ、ね。今までこういうことはあんまりなかったし、教える立場になってみると結構面白いよ」


「ならよかった。じゃあその調子でこれからの指導の方よろしく!」


「はいはい。あ、そうだ。綱源の方はどうなってんの?」


 一愛の問いに龍子は書類仕事の手を止め、不適に微笑んだ。


「雷牙くんも頑張ってるよ。断切の力も恐怖心なく制御できてるし、第二霊脈が解放できたことで規模も出力も上がってるね」


「うっはー、化物具合にさらに拍車がかかってるわけか」


「うん。まぁでも楽しみなのは彼の成長だけじゃないけどね。知ってる? 雷牙くんが第二霊脈を解放したとき、友達は誰も来なかったんだって」


「あぁ、それなら舞衣も行ってないって言ってたよ。鍛錬を優先して考えたんだってさ」


「へぇ、そう……」


 龍子はフッと薄く笑みを零した。


 どうやらなにか思いあたることがあるようだ。


「実はさ三咲ちゃんや士くん、勇護くんからも同じ話を聞いたんだよ」


「ってことはつまり全員が綱源のことが気になりつつも、自分の鍛錬に集中してたってこと?」


「うん。皆雷牙くんを意識して、もっともっと強くなろうとしてるんだよ。だからあえて雷牙くんの下へは行かなかったんだろうね……」


 高級そうな椅子から腰を上げた龍子は窓の外から寮へ帰る生徒の様子を見やる。


「皆が彼を意識して喚起されてる。これはいい兆候だよ」


 期待溢れる声を漏らす龍子に、一愛も静かに頷いた。


 が、浸っている龍子を一気に現実に引き戻す冷たい声が室内に響く。


「会長。手を止めずにさっさと仕事済ませてください」


「あ、はい」


 一切容赦のない三咲の指示に、龍子はいつものふざけた態度すら見せずに仕事に戻っていった。


 どうやら今日の三咲は相当イラついているようだ。


「じ、じゃあ会長、副会長がんばってー」


 とばっちりを受ける前に、一愛はそそくさを生徒会室を後にするのだった。

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