エピローグ 刃は誰が為に
パキン、という音と共に五つ並べられた竹のうち、真ん中の一つを除いた四つの竹が断ち切られた。
残った竹には小さな断痕もなく、袋から取り出されたままの状態だ。
間違いなく成功。
グッと拳を握った雷牙は屋上のフェンスに寄りかかって様子を見ていた尊幽に視線を向ける。
彼女は「ふぅん……」と吐息交じりの声をもらすと、残った竹を拾い上げてから雷牙に対して薄く笑みを浮かべた。
「やるじゃん。これなら合格あげられるわ」
「ッし! じゃあ、これで俺も第二霊脈の解放に移っていいんだよな!?」
「ええ、そういう約束だったしね。週明けから始めなさいな」
課題をクリアしたことで雷牙は再び強めに拳を握ってガッツポーズをとった。
ようやくだ。
友人達が先のステージに進んでいるなか前に進めずにいたが、これでようやく彼らと同じステージに進むことができる。
一ヶ月近くの遅れを取り戻すのはそれなりに時間はかかるかもしれないが、雷牙はやる気に満ち溢れた表情を浮かべていた。
「先週の感じだと完全に制御できるまではもう少しかかりそうだったけど、ショッピングモールの襲撃事件でなんか掴んだ?」
「ああ、実はあん時……ってなんで襲撃事件のこと知ってんだよ!」
「おバカ。例えニュースになってなくたってある程度の情報は入って来るのよ。アンタと刹綱が事件に巻き込まれて、ハクロウの手伝いしたことくらいわかってるっての。宗厳だってほぼ毎日ハクロウに出入りしてるんだから当然知ってるわよ。」
「あー……そりゃそうか……」
考えてみればそうだ。
宗厳なら綱源家から持ち帰ったカビだらけの書物の解析で常にハクロウ総本部にいる。
それに加えて辰磨とも知り合いなのだから、澪華から報告を受けた辰磨が彼に教えたとしてもなんら不思議はない。
「まったく、そういうことにはあんまし首を突っ込むなって言っておいたのに」
「仕方ねーだろ。こっちは巻き込まれてたし、あの状況ならハクロウに協力した方が絶対によかったんだよ」
「別に責めるつもりはないわよ。私も状況に応じた行動をしろって言ったし。実際そこで行動したおかげで、課題クリアのきっかけができたわけでしょ?」
首をかしげた彼女は少しだけ不適な笑みを浮かべていた。
ルビーのような瞳に捉えられ、雷牙は頷いてから先ほど言いかけた続きを彼女に告げた。
「あん時子供が人質に取られてさ。俺の周りには武装した襲撃犯が五、六人いて……まぁなんつーかまさにこういう状況だったんだ」
「子供だけを傷つけずに襲撃犯の武器を破壊するってわけね」
「ああ。お前もそう言う状況を見越してこの課題を出したんだろ?」
「まぁね。刀狩者であれば嫌でもそういう状況に遭遇するだろうし、覚えといて損はないと思ったのよ。けど、課題と同じ状況だからっていきなりやるのはかなりの度胸がいるはず。ましてや子供が人質となればプロだって足が竦むわ。行動できた理由があるんでしょ」
「なーんでそう人のことを見透かせるんだよテメェは……」
「長い時間生きてるとそういうのに敏感なんのよ」
ケラケラ笑う姿は背丈も相まってまるでいたずらっ子のようだが、赤い瞳だけはまるで全てを見通しているかのようだった。
『年の功ってやつか』と言いかけるのをなんとか押し込め、雷牙は続きを語る。
「子供が泣いてたんだよ。まぁ母親と引き剥がされて人質にされてるんだから当然なんだけど、その子と眼が合ったとき『助けて』って言われた気がしたんだ」
「その言い方だと実際に言われたわけじゃないわね。その子が助けを求める眼をしてたって感じ?」
「ああ。子供の眼を見た瞬間、ビビッた考えはどっかに消えちまった。人を助けるのが刀狩者なのに、助けるはずの俺がビビッてどうすんだって思って覚悟が決まった」
「で、成功したってわけね」
尊幽は満足げに頷いていたが、雷牙は少しだけ眉間に皺を寄せる。
「でも今思えば危険な行動だったとは思ってる。失敗してた可能性だってあったし……」
「けど失敗しなかったじゃん」
「え?」
「確かに賭けだったかもしれないけど、実際に成功したってことはアンタがそれだけ努力を怠らなかったって証拠。だから肩を落とさずにドーンと胸を張んなさい。むしろドヤ顔でいてもいいくらいだわ」
無い胸を張って見せた尊幽に雷牙は一瞬あっけに取られたが、すぐに小さく吹き出した。
「ドヤ顔はさすがにしねぇよ。けど……うん、そう言ってもらえると少し楽だな。ありがとよ、尊幽」
「もっと感謝してもいいわよー」
「はいはい、感謝してる感謝してる」
これ以上言うと調子に乗りそうだったので適当に返した雷牙だが、実際は彼女が用意してくれた課題をやっておいて本当によかったと思っている。
尊幽に教えられたことや、愛美や龍子からの助言があったからこそあの時、あの場所で最高のパフォーマンスを発揮できたのだ。
「とは言っても、さすがに『仮免』くらいは欲しくなってくるわよねぇ。どうせこれから先もいろんなことに巻き込まれるだろうし……禍姫関連もあるわけだし……」
「『仮免』っていうとあれか? 刀狩者の仮ライセンスのことか」
「そ。毎年十一月半ばくらいにやってる学生向けの『仮ライセンス取得試験』のこと。仮ライセンスって言うと長いから大体『仮免試験』なんていわれるわね」
「確かそれなら愛美先生が今年は一年生から取らせるように動くって言ってたぞ。クロガネ襲撃事件のこともあったからって」
「あっそう。まぁハクロウとしても戦力アップはしたいとこなんでしょうね。じゃあ私から言うことは特にないわ。これからも鍛錬続けなさいね」
尊幽はタン、と軽やかに屋上を蹴るとフェンスの上に立っていつものように姿を消そうとしたが、「あ、そうだ」と何かを思い出したのかくるりとその場で器用に振り返った。
「友達から聞いてると思うけど、第二霊脈の解放、めちゃくちゃ痛いから」
「わかってるよ。けど、痛みにはある程度慣れてるから大丈夫だ」
強力な治癒術の影響で雷牙は痛みに対する耐性がある程度ある。
多少痛くとも音を上げることはないだろう。
するとフェンスの上に立つ尊幽が「へぇ……」とどこかサディスティックな笑みを浮かべた。
「因みに言っとくと霊脈が大きくて扱える霊力が多い子ほど痛みが激しくなるから」
「へ?」
「アンタの場合は……並の十数倍くらいは痛いんじゃないかしらねぇ。ま、頑張んなさいなー」
不吉なことを言い残し、尊幽は音もなくフェンスの上から消えた。
ザァっという風で木々が揺れる音だけが聞こえるなか、雷牙は一人屋上で表情を硬くする。
「……マジ?」
頬を引き攣らせた雷牙はごくりと喉を鳴らした。
痛い痛いとは皆から聞いていたが、まさか彼らより痛いとは思っていなかった。
「ま、まぁなんとかなるだろ。たぶん……」
若干不安になりながらも雷牙は週明けから第二霊脈解放に挑む。
並の刀狩者よりも霊脈が大きいゆえに今でもかなりの霊力を使うことができるが、霊脈を解放できればさらなる飛躍をすることができる。
期待感と不安感を胸に、雷牙は寮の自室へ戻っていった。
そして週明け。
瑞季達と共に霊脈解放訓練に合流した雷牙は恐る恐る渡されたカートリッジを握る。
いきなり痛みが襲ってくると覚悟していたが、意外なことに痛みは襲ってこなかった。
尊幽の脅しかと安堵した雷牙はそのまま一気にカートリッジから霊力を己の霊脈へ送り込んだが、その行動が悪手だった。
ピリッとした感覚が身体に走ったのも束の間。
「いってぇぇえぇえええぇえぇぇぇッ!!!!????」
次の瞬間雷牙は体内を内側から刺されるような、皮膚が捲れあがるような痛みにのた打った。
アリーナには彼の絶叫が響き渡るものの、クラスメイト達はその様子をどこか諦観したような視線で見守る。
皆通ってきた道だからだ。
何人かは『ようこそ』と言いたげに柔和に微笑んでいる。
どこか優しさを感じる彼らの視線に晒されながら、雷牙は訓練時間が終了するまで叫び続けるのだった。
新都での竹宮抹殺の任務を終えた雅藤彰醐は仲間達と共に解放軍の拠点に戻ろうとしていた。
ハクロウの追跡はなく、特に問題なく拠点に戻っているはずだった。
ある人物が現れるまでは。
「こんばんは。解放軍の皆さん」
手配してあったバンに乗り込もうとした時だった。
彰醐は背後から声をかけられ、腰の鬼哭刀の柄に手を添える。
仲間達も警戒心を露にしたがそれも当然のことだ。
解放軍であることを知られたからではない。
重要なのは声が聞こえる距離まで接近を許したということ。
声が聞こえるまで一切気配は感じなかった。
まるで声と同時に現れたような、そんな感じだ。
柄に手をかけた状態のまま振り返ると、明滅する街灯の下にハットを被った男が立っていた。
鬼哭刀のような武器の類はない。
けれど、男から得体の知れない嫌な気配を感じる。
「誰だ、お前は」
警戒しながら問うと、男は「これは失敬」とハットを取りながら仰々しく腰を折った。
「初めまして。私は百鬼遊漸というものです。以後お見知りおきを」
「百鬼……。そうか、お前がクロガネの……」
「さすがにご存知でしたか。まぁ正確に良いますと、元クロガネなんですがね。今はクロガネの存在自体があってないようなものですし」
「確か禍姫とやらがハクロウの敵対勢力だったな。その口振りだと、お前はその禍姫の仲間と言った具合か?」
「そう思っていただいて構いません。後にも先にも私が忠誠を誓っているのはあのお方だけですので」
「あぁそうかい。で、百鬼とやら、俺達に何の用だ? 邪魔者を排除でもしにきたかい?」
既に戦闘態勢には入っている。
仮に向こうが仕掛けてきたとしても、即座に攻勢に移ることは可能だ。
しかし、警戒する彰醐達に対して遊漸は人差し指を立てて小さく左右に振って見せた。
「別に今ここで一戦交えるつもりはありませんよ。今日はあくまで提案をしに来たまでです」
「提案?」
「ええ。貴方達、禍姫様の配下に加わりませんか?」
口元を三日月の形に歪めた遊漸の纏う気配が変わった。
先ほどまではただ不気味な雰囲気だったが、今は明確に重く暗い異質な威圧感になっている。
ハクロウの報道によれば彼は斬鬼神に部類される可能性があるとのこと。
彰醐もそれなりに強い斬鬼とは戦っていたが、これほど重圧感のある気配は始めてだ。
ごくりと生唾を嚥下すると、遊漸はそのまま言葉を繋げた。
「当然貴方達だけというわけではありませんよ。解放軍全員を我らの配下に加えるつもりです。あのお方も流石に配下を無碍にすることはしません。最低限の安全は確保しますが、どうでしょう? 魅力的な提案だと思いますが?」
貼り付けたような笑みを浮かべ、押し潰すような威圧感を放ってくる遊漸に彰醐は眉間に皺を寄せる。
仲間の二人も僅かに気圧されたようだったが、恐怖にかられたような様子はない。
彰醐は彼らに視線を向けてから不適に笑う遊漸を見据えた。
「……残念ながら、その提案は受け入れられない」
「ほう……」
返答に対して遊漸は一瞬驚いたような表情を浮かべる。
断られるとは思っていなかったのだろう。
「俺達解放軍は、人類抹殺を掲げる禍姫とは決して相容れない。俺達は人間を殺したいわけじゃない。霊脈保持者や刀狩者がもっと生きやすい世界を作りたいだけだ。お前達のようなバケモノと一緒にするな」
声に恐怖などは一切なく、堂々たる面持ちと眼力で遊漸と真っ向から対峙する。
彼らの間では遊漸の威圧感と、それに反抗する彰醐達の闘気が衝突する影響で地面に転がっている小石や砂利が僅かに震えていた。
時間にして数十秒の睨みあいが続いたが、結局どちらも手を出すことはなく、最初に声を上げたのは遊漸だった。
「なるほど。私達と貴方達とでは目指すものが違うと……」
「そうだ。わかったならとっとと帰れ。お前のようなヤツに構っているほど俺達は暇じゃないんでな」
「……わかりました。今日のところはこれで手を引くとしましょう。しかし、忘れないことですね。貴方達がどれだけ理想を謳ったとしても、全員が全員それについて行くとは限らない」
「……」
「人間という種は醜い獣だ。自分達が繁栄してこれたのが自分達の力だけだと思い上がっている。大恩を忘れ、今では我らを悪だと断じる……。本当に人間とは、愚かで醜いもの共だよ」
「何を言って……ッ!?」
声音が代わり、まるべ別人が話しているかのような遊漸に声をかけるものの、それを遮るようにどす黒い霊力の突風が吹き荒れる。
攻撃ではないが、殆ど眼を開けていられない。
が、遊漸の声だけは聞こえる。
「……また会おう、解放軍の諸君。今度は我も含めてな……」
瞬間、霊力の突風はおさまり、遊漸の姿も完全に消えた。
気配も感じられず、その場から完全にいなくなっている。
「なんだったんだ、今のは」
あの時、遊漸の中に別の存在を感じた。
遊漸とは比較にならないほどにどす黒い闇の存在。
「まさか、アレが禍姫なのか……」
彰醐は緊張感を露にしつつも、すぐに思考を切り替える。
霊力の乱れがあったことでこの地域を担当している刀狩者が巡回に来るかもしれない。
今は彼らのことを考えるよりもこの場を離れることが優先だ。
三人は硬い表情のままバンに乗り込むと、すぐさまその場から撤退していった。
けれど、彼らの脳裏にはいつまでも遊漸とその背後にあったどす黒い影のイメージが焼き付いているのだった。




