3‐4
新都を騒がせる連続殺人はつい先日発生したものも含めて合計で七件に上っていた。
被害者は全員が非霊脈保持者の一般人で、身体は鋭利な刃物で切り刻まれている。
当初は猟奇殺人かと思われていたが、現場に霊力の残滓が感知されたことで状況は一変し、現在は刀狩者の犯行も視野に入れてハクロウと警察で合同捜査が行われているらしい。
雷牙と瑞季もその様子は少し前に新都に遊びに出かけたときに見かけている。
ネットやテレビのニュースでも連日のように取り上げられており、犯行の凄惨さや、最近の世論状況もあって刀狩者が犯人ではないかという意見が多いようだ。
だが、龍子が言っているような解放軍が関係しているという話は聞いたことがない。
雷牙と瑞季は一度視線を交わしてから龍子を見やる。
「なんで会長は解放軍が関係してるって思ったんスか?」
「うーん、関係してるっていう明確な根拠を出せって言われると正直苦しいんだよねぇ」
「あくまで仮説、想像の域を出ないということですか」
「そうなるね。だけど、刀狩者や一般人を取り巻く現在の状況を見ると、解放軍にとってはメリットがあると思うんだ」
「メリット?」
雷牙は首を傾げた。
解放軍は刀狩者優位主義を掲げる組織のはずだ。
つまりは刀狩者が世界の実権を握ることを目標にしている。
彼女は現在の状況が解放軍にとってメリットであると言ったが、寧ろ逆なのではないだろうか。
刀狩者が犯人であれば非霊脈保持者である一般人からの風当たりはさらに強くなる。
それこそ一般人は刀狩者にしたがってはくれないはずだ。
そうなれば世界の実権を握ることなど夢のまた夢だ。
「会長、さすがにメリットはないんじゃないっスか? 刀狩者が犯人だったら解放軍だって動きづらくなりそうですけど……」
雷牙の言葉に瑞季も頷いた。
龍子は二人を見やり「確かにね」と二人の意見に同意したものの、「だけど」とさらに付け加える。
「世界の実権を握る方法は別に非霊脈保持者に好意的に見られることだけじゃないんだよ。仮にこのまま刀狩者や霊脈保持者への風当たりが強くなっていったらどうなると思う?」
「そりゃあまぁ関係ないのに酷い扱いを受けたら不満が溜まるんじゃないっスか?」
「私もそう思います。仮に殺人事件の犯人が刀狩者だったとしても、ハクロウで真面目に働いている刀狩者だっていますし」
「じゃあそうやって不満が溜まりに溜まっていったら、最終的に解放軍の思想に傾倒する刀狩者が増えると思わない? 現に今だってそれに似たことが起きかけてるわけだしね」
「っ!」
瞬間、雷牙は以前食堂で見た上級生の言い合いを思い出した。
上級生の一人は非霊脈保持者からの非難や差別意識を目の当たりにしてしまった。
ゆえに彼は『非霊脈保持者なんて守る価値がない』という結論に行き着いたのだ。
そして今龍子が言ったことを考えると、おのずと彼女の考察が見えてくる。
「解放軍の狙いは自分達で一般人を殺して犯行を刀狩者に見せかけることで、世間からの刀狩者に対する風当たりを強くすること。そしてゆくゆくは不満や精神的ストレスを抱えた刀狩者を自分達の仲間に引き入れるってことですか?」
やや緊張した声音で問うと、彼女は静かに頷いた。
「雷牙くんの考えどおりだよ。やり方としては回りくどいかもしれないけど、タイミング的には今ほど適したものはない。刀狩者と言えど人だからね。心の隙につけ込まれたら心身の状態によってはあっさりそっちに傾く。柏原がそうだったようにね」
柏原の掲げていた思想も刀狩者優位主義だった。
彼の場合は解放軍ではなく、クロガネに加担してしまったわけだが作り上げようとしていた世界は解放軍のそれとさほど遠くはない。
「では、会長は今回の殺人事件の黒幕、というより犯人は解放軍だと?」
「今までの話を纏めればそうなるね。だけど、これが真実っていう保証はどこにもない。あくまで私の想像で仮説ってだけ。ようは可能性の話だよ」
龍子は「アハハー」と笑いながら言うものの、決して筋が通っていない話ではない。
見方によっては突拍子もない話にも聞こえるが、可能性の一つとしては十分考えられることだ。
「ハクロウや警察も似たようなこと考えてるんスかね?」
「犯人像の一つとして考えてるとは思うよ。警察の方は……どうかな、寧ろハクロウを疑ってるかもしれない」
「現場に霊力の残滓が残っていれば当然でしょうね」
「そうだね。まぁ犯人探しは大人達に任せておけばいいとして、君達はやるべきことをやりましょう。瑞季ちゃんは技のレパートリーを増やし、雷牙くんは課題をクリアすること」
「へーい……つーかなんで急にこんな話したんスか?」
「それはまぁ休憩いれつつ、犯罪捜査の特訓的な? ハクロウに所属すればゆくゆくはこういう捜査をすることもあるだろうし、そのうち授業でもやると思うから無駄にはならないって」
いつもの調子で笑う龍子に雷牙と瑞季はやや肩透かしを食らった気分だったが、決して無駄な時間ではなかった。
そもそも彼女の話を聞かなければ雷牙は解放軍の存在自体知ることはなかっただろう。
けれど、ふと疑問に思ったことがある。
「あ、じゃあついでに一個質問いいッスか?」
「答えられる範囲なら答えるよん」
「えっと、クロガネや解放軍以外にもそういう組織っているもんなんスか?」
「有名所で言えばクロガネや解放軍がメインになってくるけど、小さいものも含めれば結構な数がいるんじゃないかな。カルト宗教的なものも入れればもっと増えるだろうし、ねぇ瑞季ちゃん?」
「はい。カルト宗教で有名といえば『斬鬼信仰』ですかね」
「『斬鬼信仰』って……まさか、斬鬼を神としてあがめてるとかそういうのか!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、瑞季と龍子はそれぞれ頷いた。
雷牙は信じられないものを聞いてしまったと、驚愕を露にしつつ「マジかよ……」と呟く。
「より正確に言うと斬鬼を神として崇めているというよりは、斬鬼を神の遣いとして見ているらしい。彼らによれば、斬鬼は増えすぎた人類から地球を守る為に神が遣わされた使者なのだとか」
「馬鹿げてんだろ……」
「けど斬鬼信仰の歴史って意外に古くてねー。ハクロウ創設期にはもうあったらしいよ。まぁ殆どはエセ宗教で詐欺紛いだったみたいだけどね。でも中には本気で崇めちゃってる人もいる」
「なんでそんなことになるんスか?」
「刃災で家族や恋人とか大事な人を失って心が壊れちゃった人の拠り所になっちゃったんだろうね。解放軍の話じゃないけど、人間の心なんて脆いものだからね。何色にだって染まっちゃうんだよ」
龍子は呆れ気味に肩をすくめたが、少しだけ遣る瀬無い雰囲気もあった。
「まぁ流石に今回の殺人事件に斬鬼信仰は関係ないと思うけど、禍姫っていう妖刀を生み出している存在が見つかった以上、そういった人たちとも関わることになると思うから一応頭の隅に留めといてね。さて! それじゃあお話はここまで!」
パン、と手を叩いた龍子に雷牙と瑞季は立ち上がることで答える。
「というわけで鍛錬再開! 今日中に出来るようになれとは言わないけど、がんばっていこう!」
やたらテンションが高い彼女に促される形で二人はそれぞれの鍛錬を再開した。
鍛錬は日暮れまで続いたものの、結果からして雷牙は課題をクリアすることは出来なかった。
瑞季も納得のいく結果にはならなかったようで、まだまだ乗り越えるべき壁は多いようである。
二人を先にアリーナから帰した龍子は使用が終わったことを先生達に伝えてから寮への道を歩いていた。
「瑞季ちゃんは良い感じのとこまでは来たかな。雷牙くんはきっかけ次第で開花するかもなぁ……」
考えるのは二人の成長度合い。
正直に言うとどちらも龍子が思っていたよりも進んではいた。
あえて厳しい言葉もかけたが、二人とも順当に鍛錬を積めばもっと強くなれることは間違いない。
瑞季は言わずもがなだが、雷牙の場合は元々の霊力の多さも相まって断切を完全に制御できるようになれば今よりもやれることが増える。
「頑張ってほしいねぇ……うん?」
ふとどこからか声が聞こえてきた。
周囲を見やると近くの屋外訓練場に明りが灯っている。
休日なので鍛錬している生徒がいるだろうが、この時間までやっているのは中々珍しい。
自然と興味を惹かれた龍子は茂みを突っ切って訓練場へ向かう。
近づくにつれて声だけでなく剣戟の音も聞こえてきた。
どうやら模擬戦を行っているようだ。
やがて訓練場の様子を窺える位置までやってくると、視線の先で一人の少年が空中に投げだされながらも何とか地面に着地するところが見えた。
「あれ、玲汰くん……?」
龍子の瞳に映ったのは、玲汰だった。
いや、訓練場にいるのは彼だけではない。
土まみれになりながらも訓練用の鬼哭刀を構え直した玲汰が見ている方にいたのは、同じように鬼哭刀を構えている樹も見て取れる。
さらにその後ろにはレオノアや舞衣、陽那までいるではないか。
「そろそろ良い時間だが、終わりにするか?」
「いやまだだ! 使用時間ギリギリまでやる!」
「……無茶をすると身体に毒だぞ」
「無茶でもやるしかねぇだろ。俺達があの二人に追いつくには、もっと努力しねぇとダメだ。あん時みたいに見てるだけってのはもう嫌だからな」
鼻血を指の腹で拭った玲汰の瞳には確固たる信念があった。
どうやら彼らは雷牙や瑞季に触発されて己のさらに磨こうとしているようだ。
ゾクッと龍子は全身に鳥肌が立つのを感じた。
寒気ではない。
これは興奮だ。
「……いいね」
思わず言葉を漏らした龍子はそのまま茂みから飛び出し、訓練場に盛大な砂煙を立てながら着地し、叫んだ。
「すごくいいよ、玲汰くん! そういう泥臭いながらも努力して友達に追いつこうとする感じ! 生徒会長的には、超! 好! みッ!!!!」
「どわぁ!? か、会長!?」
突然の龍子の登場に玲汰を含めその場にいた全員がギョッとした様子だったが、彼女はそんなこと気にも止めずに告げる。
「よし!! いいもの見せてもらったわけだし、せっかくだから皆に鍛錬をつけてあげよう! さぁ、かかってきなさい! 先輩の胸を借りるつもりで!」
「え、ちょ、会長!? 急に何言ってんですか!?」
「つべこべ言わずにかかってくる! さぁ、さぁ、さぁさぁさぁ!!!!」
完全に興奮状態になってしまった龍子に玲汰の声は届いていなかったが、やがて玲汰達も状況を無理やり飲み込んだようで、その後は全員対龍子の模擬戦が展開されることとなった。
当然ながら玲汰達の攻撃は殆ど掠りもしなかった。
けれど龍子はその結果を攻め立てるようなことはせず、終始満足げに笑っていた。
とはいえ、突然乱入してきた龍子の稽古はそれなりに厳しくもあり、寮に戻る頃には全員が泥だらけになっていたのは言うまでもない。
ハクロウ総本部の上層階にあるラウンジでは、殺人事件の捜査資料を睨みつけるように眺める澪華の姿があった。
「……ふぅ」
息をついた澪華は一旦資料をテーブルに置いてからソファに深く腰掛けて背もたれに身体を預ける。
結論から言うと犯人探しは難航している。
依然として犯人の足取りはつかめておらず、はっきりしているのは殺害方法程度だ。
部下達が犯行現場周辺の防犯カメラの映像を手当たり次第に見ているが、不審人物を発見した報告はない。
「死角を移動している……もしくは土地勘があるのか。あと考えられるとすれば複数人での犯行……」
ブツブツと呟く澪華だったが、結論はまだ出ない。
もう一度「はぁ」と大きく息をつく。
「澪華さん」
不意にかけられた声に反応すると、グラスを持った湊の姿があった。
「あら、白瀬隊長。お疲れ様です」
「私なんかよりも澪華さんの方が疲れてませんか? 例の事件、難航してるみたいですね」
「ええ、そうですね。犯人像がはっきりしなくて……容疑者一人としてハクロウのエンブレムが入ったコートの男がいるんですが、犯行現場周辺にそんな男の姿は見られません」
「解放軍の関与は?」
「考えてはいますが、はっきりはしませんね。いまいち確証が掴めないでいます」
「そうですか……あれ、こいつ……」
ふと湊が被害者のリストを見て怪訝な表情を浮かべた。
「どうかしましたか?」
「あぁいえ、この男どこかで見た気がして……」
「え?」
首をかしげながら湊が持っていた資料を受け取ると、澪華はじっくりとそれを見やる。
資料は二件目に殺害された男性のものだった。
名前は山内秀次。
「この男がなにか?」
「山内秀次……えーっとなんだったっけ……確か結構前にニュースか何かで見た気がするんですよね……」
湊は唸りながら首をひねっていたが、やがて何か思いだしたのか、「あ!」と声を上げた。
「そうだ! そいつ確か五年ぐらい前に起きた連続婦女暴行事件の被疑者の一人ですよ!」
「え?」




