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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第八章 堕ちた守護者
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3‐1 憎悪の凶行


「……」


 学生食堂にいる雷牙は誰が見ても燃え尽きていた。


 当然比喩的な意味だ。


 とはいえ彼の瞳にはほぼ生気が感じられず、ぼうっと虚空を見上げており、口もだらしなく半開きになってしる。


『どうしたんだ、綱源のやつ』


『心ここにあらず……っていうかもはや魂が抜けてない?』


『けど、しっかり夕飯は食ってんだよなぁ……』


 周囲の生徒達も呆然としている雷牙のことを心配しているようだったが、雷牙の耳に彼らの声は届いていない。


 雷牙がどうして魂が抜けてしまっているのか。


 理由は当然尊幽から課せられた断切を制御するための鍛錬が行き詰っているからだ。


 今の鍛錬は五つ並べた竹のうち、真ん中の一つを除いて断ち切るというもの。


 第三段階の鍛錬であり、これを攻略してしまえば霊脈解放の許可が下りるのだが正直に言ってまるで進歩がない。


 一週間以上前からこの鍛錬に励んでいるものの、結果は散々である。


 確率的に一番多いのは並べた竹を全て切断してしまうこと。


 ではそうならないように出力を抑えるとどうなるか。


 今度は竹を完全に切断しきれなくなってしまうのだ。


 ここ数日の鍛錬は延々それの繰り返しである。


「はぁ……」


 ようやく雷牙の瞳に生気が戻り、彼は大きな溜息をついてから指を組んだ。


 表情は呆然としていたさっきを比べると幾分かマシに見えるが、眉間には深く皺が寄っておりかなり強張っている。


 はっきり言ってしまうと雷牙は第三段階の鍛錬を少しだけ舐めていた。


 原因としては第二段階を一度やっただけでクリアしてしまったからだろう。


 難しいものだとはある程度思っていたが、心のどこかで侮りがあったのだ。


 今度の壁は高い上に厚く、そう簡単には突破できそうもない。


「どうしたもんかな」


 当然こんなことで諦めるほどやわではないが、まったく進捗がないというのもどうかと思う。


 腕を組んで唸っていると、背後から「雷牙」と呼ばれた。

 

 背もたれによりかかりながら背後を確認すると、夕食が乗っているトレイを持った瑞季がいた。


 彼女はそのまま雷牙の前に座った。


「属性鍛錬の調子はどうだ?」


「……完全にどん詰まり。にっちもさっちもいかねぇ状態になっちまってるよ」


「確か最終段階に進んだと言っていたな。かなり難しいのか?」


「ああ。第一、第二段階と比べると難易度が跳ね上がった感じだな。お前の方はどう……聞くまでもなさそうだな」


 肩を竦める雷牙は瑞季から感じる霊力が以前よりも大きくなっていることに気がついた。


 彼女も雷牙が言わんとしていることを理解したようで、静かに頷いてから答える。


「隠すことでもないから言わせてもらうと、第二霊脈の解放は五割程度と言ったところだよ。三週間近くかかったけれどね」


「俺からすれば解放の鍛錬ができてる時点で羨ましいぜ。あー……。俺も早く霊脈解放してぇ。つーか、実際のとこどんな感じなんだ?」


「どんな、とは?」


「だから第二霊脈解放してみて身体に変化はあったかって話だよ。感覚的に結構違ったりするのか?」


 興味津々といった具合で詰め寄ると彼女は「少し落ち着け」と告げて味噌汁を一口飲んだ。


「感覚的には霊脈の向こう側にもう一つ霊脈があるといった感じだな。今まで行き止まりだと思っていた場所に突然さらに奥へ続く道が現れたと言えばわかるか?」


「限界突破! みたいな感じか」


「簡単な言い方とすればそれに近いかもしれないな」


「いいなぁそれ。俺も早くやってみてー……」


 何度目かになる溜息をつくものの、ふと周囲に違和感を覚えた。


 なにか足りない気がして周囲を見やると、すぐに違和感の正体に気がついた。


「そういえば皆いないけど、どうしたんだ?」


 普段ならこの時間は仲間内で夕食をとるのが日常となっていた。


 けれど、食堂に友人達の姿はなくいるのは上級生や他のクラスの同級生だけだ。


「皆はもう寝たよ。夕食は適当にすませたらしい」


「マジで!? はやくね? だってまだ七時だぜ!?」


 日が暮れているとはいえまだまだ学生が眠るにはあまりにも速過ぎる時間だ。


「皆、霊脈解放の影響で疲れているんだよ。負担が軽いとはいえ、訓練中は常に身体に力が入るし、霊脈の疲労は身体にも現れるからな」


「なるほどねぇ。じゃあお前は?」


「私は……なんというか……慣れた。最初は痛かったが、一度壁のようなものを突破してしまうと、ある程度痛みが軟化するんだ。その後も断続的に痛みは続くが、慣れてしまえばそこまででも……」


 けろりとした様子で語る瑞季に雷牙は少しだけ引き攣った笑いを零す。


 普段当たり前のように接しているからわかりづらいが、考えてみれば彼女は雷牙よりも実力が高い。


 愛美の話では現状一年生でもっとも解放できているのは瑞季だという。


「……流石って感じだな……」


「ん? 何か言ったか?」


「いや、瑞季はすげぇなって思っただけさ」


「お、おだてても何も出ないぞ!?」


「おだててるわけじゃねぇよ。素直にそう思っただけだ。あ、そうだ! 瑞季がよければでいいんだけど、前みたいに鍛錬につきあってくれないか?」


「別にかまわないが、私も属性に目覚めてから長いわけではないぞ? アドバイスできることも限られると思うが……」


「問題ねぇって! ノウハウを少し教えてくれるだけでもかまわねぇ。な、頼む!」


 パン、と両手を合わせて頼み込む。


 尊幽は別に全てを一人で行えとは言っていない。


 そもそも第一段階の時に愛美にアドバイスを貰っているのだから、同級生に教えを乞うてもいいはずだ。


 すると、しばしの沈黙の後小さく息をつく音が聞こえた。


「わかった。教えられることは限られるかもしれないが、君の鍛錬につき合わせてもらうよ。それに人に教えることで私も何か掴めるかもしれないからな」


「そうこなくっちゃな。都合のいい日とかあるか?」


「そうだな……急にはなるが、明後日などはどうだ? 土曜日だし、申請すればアリーナも使用できるだろう」


「全然平気だ。じゃあ明後日の昼過ぎに寮の前に集合でいいか?」


「ああ。問題ないよ」


「よし。そんじゃ、アリーナの使用申請は俺が――」


「――それは私がやっとくよ」


 雷牙の声を遮る形で声が響く。


 二人同時に声のした方に視線を向けると、そこにはデカ盛りのパフェを食べている龍子がいた。


「会長……」


「いやー中々面白そうなこと話してるね、お二人さん」


 彼女はにんまりと笑みを浮かべると、雷牙の隣に腰掛ける。


「私がやっとくってどういうことっスか?」


「ん? 普通にアリーナの使用許可を私がとっておくって意味だよ。まぁその代わりと言ってはあれだけど、私も二人の鍛錬に付き合ってもいい?」


「私達の鍛錬に会長がですか?」


 瑞季が首をかしげるのも当然である。


 龍子は二人よりもずっと強い。


 霊力操作はもちろん、基本的な戦闘能力において彼女は上を行く存在だ。


 そんな彼女が雷牙と瑞季の鍛錬に付き合ってもメリットはないように思える。


 むしろ彼女にとっては邪魔になるのではないだろうか。


「もちろん、二人が嫌なら無理にとは言わないよ。ただ、一緒に鍛錬すれば、色々と教えられると思うんだよねぇ。属性の使い方とかいろいろとー」


 もったいつけた口調の龍子からの申し出に、二人は顔を見合わせる。


 実際のところ龍子が鍛錬に付き合ってくれるのは非常にありがたい。


 実力のある人物から学べることは多い。


 自分に今何が足りていないか、改善するべき点はどこか。


 龍子ほどの実力者であればそれくらい簡単に見抜いてくるだろう。


 やがて二人は頷いてからそれぞれ頭を下げた。


「じゃあよろしくお願いします。会長」


「私からもぜひ、お願いします」


「そんな硬くならなくていいって。かわいい後輩が悩んでたら助けるのが先輩務めだからね。胸を借りるつもりできなさい」


 むふん、と胸を張った龍子は「それじゃあ明後日ねー」と言い残して席を立った。


 まるで嵐が過ぎ去っていったかのようだったが、二人は遠くなっていく彼女の姿を見やりながら小さく息をついた。


「……どう思う?」


「なんかしらあるだろうなぁ。会長のことだし」


「うん、そうだな。会長がああいう顔をするときは大体なにかある」


 入学して約半年。


 ある程度龍子の性格が把握出来はじめた二人は龍子からの申し出に首をひねってしまう。


「まぁでも鍛錬に付き合ってくれるんだからありがたいわな」


「当日までに自分の改善点をピックアップしておくのもいいかもしれないな」


 若干の疑念を抱えながらも雷牙は龍子に呆れられないように明後日までに多少なり成長しておこうと決めるのだった。


 龍子と瑞季という強者二人にアドバイスをもらえるチャンスだ。


 有意義な時間にしなければ。




 部屋に戻ると、雷牙はテレビをつけてベッドに寝転んだ。


 時間的にはバラエティ番組が主でお笑い芸人がドッキリを仕掛けられている様子が映っている。


 特に興味があるわけではないが適当に眺めながら携帯端末でネットを開く。


 テレビと端末のモニタを交互に眺めることを繰り返していたとき、ふと雷牙の視線が端末のモニタに留まった。


 雷牙の目に留まったのはニュースサイトの速報だった。


 ページ上部にはこうある。


『新都で新たな殺人。被害者は三十代女性、発見場所はまたしても路地裏。前五件との関係は?』


「またか……。つかまだ捕まってなかったんだな、この犯人」


 警察とハクロウが捜査しているのにも関わらず、その包囲網を掻い潜り、なおかつ新たな殺人を犯す。


 非常に恐ろしい話ではあるが、自然と興味は湧く。


 被害者に共通しているのは身体を鋭利な刃物で切り刻まれているということのみ。


 個人のつながりは一切なく、犯人からのメッセージなどもない。


 明確な意思のないテロリストと違い、無言ゆえに不気味さがより引き立っている。


 まさに無差別殺人であり、都民達はいつ自分がターゲットになるのかと戦々恐々としていることだろう。


 ニュース記事を読み進めていくと、犯人が刀狩者ではないかと推測している文章があった。


 けれど雷牙はその内容に首をかしげる。


「刀狩者が犯人、ねぇ……。確かに遺体の写真を見た感じや、霊力の残滓があったことを考えるとそう見るのも妥当かもしんねぇけど、どうにもなぁ」


 うーんと唸った雷牙は舞衣に見せて貰った遺体のスクリーンショットを思い出す。


 遺体には無数の斬痕があったが、正直それくらいならば刀狩者でなくとも出来る。


 霊力の残滓だって明確な証拠にはなりえない。


「どうにも刀狩者が犯人に仕立てられてるようで釈然としねぇな」


 クロガネ襲撃事件以降、霊脈保持者と非霊脈保持者の間の溝は深まるばかりだ。


 無論、全ての人々が互いに嫌い合っているというわけではないが、こういった憶測が更なる差別を助長してしまうのではないだろうか。


「まぁ俺がどうこう言っても仕方ねぇか。とりあえず今は、断切に集中しねぇとな」


 引っかかることはあったが、思考を切り替えて端末を閉じると、立て掛けてあった鬼哭刀『禍断』を膝の上に乗せる形で座禅を組む。


 属性の鍛錬は行わないが、イメージをさらに強固なものにするために鬼哭刀に意識を集中させる。


 ようはイメージトレーニングだ。


 小さく息をつき、雷牙は瞳を閉じて己の中に意識を向けた。




 深夜、新都には夜道を歩く大学生のグループの姿があった。


 街灯の光に照らされている彼らの顔は赤く染まっており、呼気からはアルコールの香りが漂っている。


 どうやら飲み会で終電を逃したようだ。


「ったくよぉ。明日も講義あるってのに飲みすぎだぞお前ら」


 グループの中ではまだ酔いの回っていない青年が呆れた声を漏らす。


「まぁいいじゃねぇかよぉ。酔い覚ましと思って夜風にあたるんも風流だぜ?」


「疲れるだけだっつーの。しかもこの道、俺苦手なんだよ……」


「おいおいおい、いい年こいて夜道がおっかねーのかよ! 守ってやろうかー?」


 ギャハハと完全に酔いの回った友人が煽ってきたものの、青年はそれを溜息をつく。


「ちげぇよ。ほら、最近騒ぎになってんだろ? 連続殺人」


「あー、確かこういう人気のない道で死体が発見されてんだっけか? けど平気だろ。さすがにこんだけの人数相手に仕掛けて来やしねぇって」


 ガタイのいい友人の言うとおり、彼らは今八人で行動している。


 いくら殺人犯といえど大人の男八人を相手にする確率は低いとは思う。


「いざとなったら全員でソッコー逃げれば大丈夫だろ」


「酔ってる状態で走れんのかぶっ!?」


 肩をすくめたところで前を歩いていた友人が立ち止まり、背中に思い切りぶつかってしまった。


「何急に立ち止まってんだよ! なんかあったのか?」


 鼻を押さえながら友人の前に周り込むと、彼は「あ、いや……」とあいまいな言葉を呟くのみ。


 街灯に照らされている彼の表情を見やると、先ほどまでの酔いが嘘のように蒼白になっていた。


 大して暑くもないのに額には汗が浮かんでいる。


「お、おい! どうしたってんだよ!」


 ただならぬ様子に肩を揺さぶると、彼は震える指で前方を指差した。


 一瞬、嫌な予感がよぎり、指が向いたほうを見るべきか迷う。


 けれど、思考が追いつく前に反射的に身体がそちらを向いてしまう。


「っ!?」


 青年は息を呑んだ。


 視線の先にあったのは明滅する街灯。


 そして下にあったのはおびただしい量の血を流している()()()()()()()()()()()だった。


 その光景だけでほろ酔い気味だった青年の酔いも一気に醒めたものの、彼らが固まってしまったのは死体を見ただけが理由ではない。


 死体の前に人影があったのだ。


 恐らく男性であろうその人影は死体を眺めていたが、やがて大学生のグループにも気がついたようで頭だけをグループに向けた。


 殺される。


 直感的に青年は目の前の人物が新都を騒がせている殺人犯だと判断し、自分達もあの死体のように殺されるのだと思った。


 本能が逃げろと警鐘を鳴らしているが、恐怖で強張ってしまって動けない。


 だが、人影と大学生の間にあった沈黙は意外な形で破られる。


「う、うわああぁあぁぁああぁあぁっ!?」


 一人の友人が余りの恐怖からか叫びながら逃げ出したのだ。


 その声は決して無意味ではなく、強張っていた大学生達の身体と思考を一瞬で覚醒させ、彼に続く形で皆一目散に駆け出した。


 当然青年もそれに続いた。


 すぐに追いつかれてしまうのではと思ったが、殺人犯と思われる男はいつまでたっても追ってくることはなかった。


 青年はスピードが遅くなることを承知で首を捻って背後を見やる。


 死体の前に立っていた男はしばしこちらを見やっていたが、結局追ってくることはなかった。


 やがて男は踵を返し、夜の闇へ消えて行くがその一瞬、青年は気付いてしまった。


 男が羽織っていたロングコートの背中に入っていた()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()の存在を。


「ハクロウの……刀狩者……?」


 青年は目に焼き付いてしまった衝撃の光景を忘れることができなかった。

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