2‐6
週末の夜、雷牙は先週と同じように尊幽と寮の屋上にやってきて、修業の成果を彼女に見せていた。
突き出した腕の先にある竹は、小さな破裂音と共に刻んだ印の部分で断ち切られる。
雷牙はそれに小さくガッツポーズをすると尊幽に向き直った。
「どうだ、尊幽!」
ニッと笑みを浮かべた雷牙だったが、尊幽は特にリアクションすることもなく断ち切られた竹を拾い上げた。
若干肩透かしを食らった気分を味わいつつも、彼女の合否判定を待つ。
尊幽は拾い上げた竹をじっくりと確認すると、やがて満足げに頷く。
「ふぅん、この一週間で随分成長したわね。ちゃんと印のところで斬れてるし、断面も滑らか……。うん、これならとりあえず合格かな」
「本当か!?」
「ええ。良く頑張ったじゃない」
彼女はニヤリと笑うと雷牙の肩を軽く叩き賞賛の言葉を贈る。
それがうれしくてはにかんだ笑みを浮かべるていると、尊幽は「にしても……」と言葉を繋げた。
「予想に反して随分早くできるようになったじゃない。先週のアドバイスの意味がわかったの?」
「ああ。実はあの後も結構行き詰ってたんだけど、少し前に担任の先生に色々とアドバイス貰ってさ、俺自身を一本の鬼哭刀として捉えればいいことに気付いたんだ。お前が言いたかったこともそういうことだろ?」
「そうよ。属性覚醒のイメージは複雑だったり、難しいイメージがあるんだけど、実際はかなり単純なのよ。火焔なら炎、流水なら水、大地なら土とか岩って感じにね」
「ああ、それは先生も言ってたな」
「アンタみたいに最初に躓く子の殆どは属性覚醒が難しいものって捉えすぎてかなり穿った見方をしちゃうのよ。実際アンタもそうだったし」
確かに尊幽の言うとおり、雷牙は断切というか、属性覚醒自体を難しく考えすぎていた。
希少な力ゆえの先入観というヤツだろう。
深読みしすぎたために頭の中でこんがらがってしまった。
「言われてみればかなり単純だったしな」
「まぁ単純でもイメージを固めるのは難しかったりするんだけどね。アンタが早々にイメージを固められたのは、京都で刀造りを間近で見てたからでしょうね」
「それも関係してるのか?」
「あったりまえでしょうが。あんだけ長い間刀が出来上がっていくところ見てたら記憶にしっかり焼き付いてんのよ。まぁ刀狩者だからってのも関係はしてるけど」
肩を竦めた尊幽は、新しく持ってきた袋をまさぐる。
何をするのかと首をかしげていると、彼女は取り出した竹を取り出した。
「そんじゃあ第一段階を攻略できたとこで、第二段階に進みましょうか」
「だ、第二段階ッ!? ちょ、ちょっと待てよ! その感じで言うとその先にも色々待ち構えてそうなんだけど!?」
「察しがいいわね。そのとおりよ。でも安心していいわ、第三段階までしか用意してないから」
「な、なんだぁそっか……いや、待て。まさかとは思うけど、第三まで攻略しないと第二霊脈の解放に進めない、とか……?」
恐る恐る問うてみると、尊幽はにんまりと悪い笑顔を浮かべて頷いた。
「お前これがクリアできたら霊脈解放に進んでいいって……!」
「あれは最低条件の話。それ以降はアンタが勝手に早合点しただけでしょ」
「えー……」
雷牙はがっくりと肩を落とし、死んだ魚のような目をしてしまう。
けれど無理もないだろう。
遅れている皆に追いつけると思っていた矢先に、まだやることがあると突きつけられればこんな顔にもなる。
「大丈夫よ。イメージは固まってるし、あとはそれを応用すればいいだけ」
「……そういうのはもっと早めに説明しといてくれよ」
「ごめんごめん、今度からそうするから。さてと、それじゃあ第二段階の説明するわよ」
「へーい……」
やや不満げに返事をしつつ、尊幽が並べた竹を見やる。
竹は等間隔に五つ並んでいる。
「第二段階の攻略条件はこういう風に並べた竹を一度に全て断ち切ることね」
「同時にってことか?」
「そう。第一段階は属性のイメージを固めて狙った場所を的確に切断すること。第二段階はより強力な力を使って広範囲にあるものを切断するって感じね」
「なるほど……一応聞くけど第三段階はなにすんだ?」
「気が早いわねぇ。第二段階を攻略してからでも良い感じはするけど……。まぁいいか、後で説明する手間も省けるし。第三段階は第一第二を踏まえたうえで、五つ並べたうちの四つだけ切断してもらうわ」
「狙いは?」
「広範囲かつより精密な運用をするためかしらね。まぁ他にも色々クリアしてもうらことはあるけど、霊脈の解放は第三段階を攻略してからね」
「それ、本当だろうな?」
疑いの眼を向けると尊幽は溜息交じりに「そうよ」と頷いた。
どうやら第三段階を攻略すれば本当に霊脈解放に進んでもいいようだ。
雷牙は不満げだった表情を消して並べられた五つの竹の前に立った。
「ここで五つを同時に切断できたらそのまま第三段階に進んでもいいんだろ?」
「いいけど、大きな力を使う分自分を傷つける可能性が上がるから気をつけなさいよ。まぁイメージがしっかり出来てるからあんまし心配しなくてもいいと思うけど――」
尊幽が竹から視線を外した瞬間、パキン、という音が屋上に木霊した。
音は一つではない。
いくつか重なっていた。
まさか、と尊幽が視線を戻すとそこには縦に断ち切られた竹が五つ転がっていた。
雷牙を見やると「ふぅ……」と息を落ち着けている。
「え……できたん?」
「あ、ああ……なんかできた、ぜ?」
彼自身もいきなり成功したことに相当驚いているようで、何故か語尾が疑問系だった。
しばし二人の間には沈黙が流れるものの、やがて尊幽が小さく笑った。
「まったく、随分楽しませてくれるじゃないの。まさか一発クリアするとは思わなかったわ。でもごめん、一つだけいい?」
「なんだよ」
まさか不服でもあるのかと怪訝な表情を浮かべると、尊幽は絶妙に愛くるしい仕草をして手を合わせた。
「見てなかったからもう一回見せて」
「そこは見とけよ!」
「仕方ないじゃん! 私だって一発で成功するなんて思ってなかったし! ほら、さっさと準備してぶった切る!!」
なぜか上から目線の尊幽に雷牙は渋々従って新たに竹を五つ並べ、その前に立ってから意識を己の中に向ける。
そして自身の中に一本の刃を思い浮かべ、一息の後に意識の中でそれを振るう。
直後、並べられた竹は今度は横一文字に断ち切られた。
「ふぅ……。これでいいか?」
「おー……。まさか本当に出来るとはねぇ」
「信じてなかったのかよ……」
「ほら、私って自分の眼でみたことしか信じないタイプだし」
「初耳だわ!」
てへっとぶりっ子っぽく笑ってみせる尊幽に呆れていると、彼女はそれを無視して断ち切られた竹を確認しに行った。
最初に見せたときと同じように断面を確認した尊幽は「うん」と満足げに頷いてから人差し指と親指で丸を作って見せた。
「おっけー、合格。第二段階クリアおめでとさん」
「よっし! ……っ」
雷牙は拳を握って喜びを露にしたものの、握った拳から腕にかけて走った痛みに顔をしかめる。
けれど彼の腕には特に外傷は見当たらない。
尊幽に見つからないように腕を背中にまわすと、彼女は帰り支度を始めながら告げてきた。
「じゃあ私はこれで帰るけど、約束どおり第三段階に進んでもいいわよ。ただ、始めるのは明後日からね」
「どうしてだよ。クリアできたわけだし、別に今日から始めたっていいだろ?」
「この馬鹿ちん」
ビシッと軽めのチョップが雷牙の脳天に炸裂した。
特に痛みはなかったものの虚を突かれたことで背中にまわした腕をとられてしまう。
瞬間、鋭利な刃物で刺されたような痛みが腕を駆け抜けた。
「いっ!?」
思わず表情を強張らせると尊幽が深いため息をつく。
「ほらやっぱり。霊脈に疲労が蓄積してるわね。あとは完全に集束しきれなかった微量の断切の力が筋肉繊維と神経を傷つけてる。今日はもう休みなさい」
「これぐらい治癒術ですぐに治せるって!」
「あのねぇ、霊脈に疲労が溜まってるのにさらに霊力使ってどうすんのよ。今は休息が最優先。明日になったら保健室で検査を受ける。いいわね?」
尊幽の言葉に雷牙はすぐに答えられず、しばし沈黙していると片手で両頬をむぎゅっと掴まれた。
「い・い・わ・ねっ!?」
「う、うっしゅ……」
凄まじい剣幕で迫らる。
彼女はそれに満足したようで「よし」と呟いてからフェンスの上に跳びあがる。
「雷牙。前にも言ったけど、まだ焦る時期じゃないからゆっくりで平気よ。置いていかれるって心配もあるだろうけど、身体に不調がある状態で無理な鍛錬をすればその分ダメージとして返ってくるから、今はしっかり身体を休めなさい」
「……わかった。そうする」
「よろしい。じゃ、早く寝なさいね」
尊幽はヒラヒラと手を振ると、音もなく姿を消した。
夜の静けさだけが残る中、雷牙は新しい竹を取り出して視線を落とす。
一瞬、尊幽との約束を無視して鍛錬を始めてしまおうかという考えがよぎったものの、彼は小さく息をついてから竹を袋に戻す。
「やめとくか。師匠も休息も修業のうちだって言ってたしな」
玖浄院に入学する前の修業時代に宗厳から言われた言葉を思い出し、雷牙は袋を担いで屋上を後にする。
今日、明日は言われたとおり休息に当てる。
尊幽の言うとおり不調が残っていてはベストなパフォーマンスなどできるはずもない。
「さっさと寝るかー」
彼は欠伸をしながら部屋に戻っていった。
玖浄院を後にした尊幽は夜の新都を駆けながら雷牙のことを思い出していた。
「まさか第二段階をいきなりクリアするとはね。さすがは光凛の子って感じかしら……」
自然と笑みが零れるが、瞳にはやや心配そうな色があった。
やがて彼女は高層ビルの屋上で立ち止まり、遠くに見える玖浄院を見やる。
「けど、第三段階はそう簡単に攻略できないわよ。気合い入れなさいね、雷牙」
第一段階はイメージを固める。
第二段階は固めたイメージを基盤により強い力とする。
ここまでは実際そこまで難しいことではない。
けれど、第三段階は難易度がグンと跳ね上がる。
強い力を保持したまま精密な操作を行うことは、霊脈と身体にそれなりに負担をかける。
しかしここを乗り切れば、己の思い通りに霊力を操り、多彩な技を繰り出せるようになる。
あとは雷牙の根性の問題だ。
尊幽は薄く笑みを浮かべるとタンッとビルの屋上を蹴ってペントハウスへ帰宅するのだった。
ハクロウの長官、武蔵辰磨の執務室には彼の他に第二部隊隊長の澪華の姿があった。
二人の表情は硬く、室内の雰囲気は張り詰めている。
「……その話は確かか?」
「いえ、確証はありません。ですがあの視線は恐らく……」
話題は数日前に澪華が街中で感じた妙な視線のことだ。
あれ以降視線を感じることはなかったが、澪華にはどうにもあの視線が気がかりだったのだ。
否、気がかりというと少しだけ語弊がある。
正しくは懐かしい感覚がしたと言うべきだろう。
「彼だというのか?」
「あくまで私の推測でしかありませんが、あの視線の感じからすると可能性は高いかと」
「だが、仮にそれが事実だったとして、彼はどうやって生き残った……」
「わかりません。しかし長官、もしも彼が生きていて今回の事件になんらかの形で関与していた場合は即時捕縛、最悪の場合は殺害の許可をいただけますか?」
澪華の声は酷く冷淡だった。
辰磨は彼女が覚悟を決めていることを感じ取り静かに頷いた。
「許可しよう。君の言うことが事実で、彼が新都で暗躍しているのであればその行動を許すわけにはいかない。見つけ次第捕縛してかまわない。場合によっては殺害も許可しよう」
「ありがとうございます」
澪華は静かに腰を折ると、踵を返して部屋を出て行こうとした。
「真壁、無理はするなよ。彼は君にとって――」
「――問題ありません。既に過去のことですから」
辰磨の言葉を遮るように言い切り、澪華は彼に頭を下げてから執務室を出て行く。
第二部隊の執務室に戻る途中、彼女の脳裏にはとある男の姿がよぎるものの、次の瞬間にはその姿は炎に飲み込まれて消える。
「たとえ彼が生きていたとしても、倒すべき相手ならば容赦はしません」
己に言い聞かせるように呟いた澪華の瞳には強く鋭い光が宿っていた。




