2‐4
今日も今日とて玖浄院の学生達は第二霊脈の解放を目指していた。
アリーナでは生徒達が今まで使われていなかった、霊脈が広げられていく痛みに耐える悲鳴やら呻き声がこだましていた。
雷牙の所属する一年A組でもそれは同様で、皆痛みと必死に戦っている。
「解放方法にも慣れて来た頃合だとは思うけど皆無理はしないで。焦らず自分のペースで進めていいよ」
霊脈解放を行っている生徒達に呼びかけたのは担任の愛美だ。
彼女は呻く生徒達の様子を見回りながら確認している。
霊脈をこじ開けるにはただでさえ痛みが伴う。
ハクロウの研究者の話によれば、霊脈が成長しきっていない十代での解放は、愛美達のように完全に成長しきってしまった大人と比べると幾分かマシな痛みらしい。
愛美にとっては既に終わったことだが、正直あの痛みは思い出したくもない。
あれほどの痛みはないにしろ、学生達の苦しみ方を見るに、やはり痛いことは痛いのだ。
いくら比較的体に負担のかからない解放とは言っても、体調が悪い状態で行えば良い結果など得られない。
「……がんばって、皆」
霊脈解放は他人が手を出してもなにも変わらない。
全て本人達のやる気と根気、そして忍耐次第だ。
教師として、否、一人の大人として子供達を応援することしかできないことにやるせなさを感じる。
少しだけ拳を強く握ると、視線の先にある更衣室へ通じる通路に眼帯をつけた長身の女性の姿が見えた。
「あれは……」
すると、視線の先にいる女性はちょいちょい、と愛美を手招きした。
『ちょっと来い』
声は聞こえずともそう言われているのはなんとなくわかった。
それにやや控えめな溜息をつくと「皆、先生ちょっとだけ外すから休憩してていいよ」と生徒達に一旦休憩を言い渡してから、通路にいる女性の方へ向かった。
「こんなところで油売ってていいんですか皇先生」
「平気だよ。ウチの生徒は放っといても問題ない。なにせ龍子がいるんだからな」
くつくつと笑うのは生徒会長である龍子が所属しているクラスの担任教師、皇夜雲だ。
彼女もかつては刀狩者で一時は斬鬼対策課の部隊長も務めていたが、刃災で負傷して以降は玖浄院で後進の育成に務めている。
右目の眼帯と右頬から左頬にかけて真一文字に刻まれた傷と、首筋からはだけた胸元にかけて見える火傷の痕が眼をひく。
「どうだい、教え子達の様子は」
「誰一人弱音を吐かずに頑張ってますよ」
「うん、そのようだね」
豊満な胸の谷間からタバコを出した夜雲は、火をつけながら休んでいる生徒を見やり満足げに頷いた。
「……先生、ここ一応禁煙なんですけど」
「硬いこと言わないでおくれよ。というか、二人きりなんだから仰々しく『先生』なんて付けなくていい。言ったろう、二人の時は前みたく『先輩』でいいと」
紫煙を燻らせる夜雲は片手で愛美の頭をポンポンと軽く叩く。
愛美と夜雲は教師としても先輩後輩という立場なのだが、実を言うと学生の頃からそんなつき合いなのだ。
ハクロウに入ったときもこんな感じで、彼女はことあるごとに愛美を気にかけてくれる。
けれど愛美は手をやや迷惑そうにはらう。
気にかけてくれるのはうれしいし、夜雲のことは別に嫌ってはいない。
とても親しみやすくていい先輩だとは思っているが、できれば生徒から見える位置でやるのは辞めてほしい。
「先輩。こういうのは出来れば生徒のいないところでお願いします。教師としてなんか色々と示しがつきません」
「平気さ。皆疲れていてこっちなんて見てないからね。というか、見てないときにやってたし」
「……ならいいです。とはなりませんからね?」
一応念を押しておくと、夜雲は残念そうに「わかったよ」と両手を挙げて何もしないことを意思を示した。
「ところで三年生の様子はどんな感じなんですか?」
まだ若干警戒しながら問うと、夜雲は一度紫煙を燻らせる。
「今のところは順調だよ。最低でもあと一週間あれば私のクラスは全員が解放に至るだろうね」
「その辺りは三年生と一年生の霊力使用の経験の差ってヤツですかね」
「だろうね。まぁウチのクラスの場合は龍子がいることで皆が対抗意識を燃やしているんだろう。ああいう子がいると、皆やる気になるんだろうね」
龍子は羨望や尊敬の視線で見られることが多いが、同時に競走や対抗心を刺激する要因でもある。
彼女のように強くなりたい。
彼女を越えたい。
龍子がいることでそういった向上心が刺激されるのだ。
「それはなんとなくわかります。うちのクラスも少し似てますし」
愛美の視線は休んでいる瑞季へ向けられる。
夜雲もそれを確認したようで「ふぅん……」と紫煙を燻らせた。
「痣櫛の御令嬢か。確かに彼女も龍子と似たような存在だな。実際一年生の中だとA組が抜きん出て成長率が高いようだしね」
「はい。クラスの中だと彼女がもっとも解放に近いですね」
「だろうね。溢れる霊力も一学期より大きくなってる」
瑞季の第二霊脈は着実に解放へ向かっている。
当然、その影には彼女の努力があり、クラス全体もそれに鼓舞されるように続いているのだ。
だが、愛美は彼女以外にもクラスを引っ張っている存在があると考えていた。
「とは言っても痣櫛さんだけじゃないんですけどね。クラスの皆がやる気になってる要因は」
「ん? ……あぁ、なるほど。確かに彼の存在も大きいね」
クラスを牽引するもう一人の存在。
それは一人で別の鍛錬をしている雷牙のことだ。
「そういえばここに来る途中で彼を見たよ」
「どんな感じでしたか?」
「うーん、少し悩んでいるようだったかな。まぁ断切の力はピーキーだからね、一筋縄では行かないだろう」
夜雲の言葉に愛美は硬い表情のまま唇に指を当てた。
断切は番外属性の中でも稀有な力であると同時にもっとも攻撃的な力だ。
森羅万象、有形無形、一切合切を霊力によって断ち切る刃の具現。
しかし、当然のことながら強い力はリスクもあり、制御できない状態で扱うと自身の身体を傷つけてしまう。
むしろ傷つく程度ならまだ運が良い方で、運が悪ければ己の腕や足が切断されてしまうし、最悪の場合は身体が裂けて死んでしまう。
雷牙が覚醒した後に愛美が調べた結果、現代までも断切に覚醒した刀狩者は数名確認されているが、彼らの死因の殆どは己の力によって身体を断ち切られてしまうという悲惨なものだった。
今の雷牙の制御は不完全な状態だ。
力も満足に扱えないまま第二霊脈を解放すれば、雷牙だけでなく周囲の人間にすら危害が及ぶ。
だから彼には力が制御できるまで霊脈解放訓練はさせてあげられない。
愛美もそれは十分理解しているし、特別待遇をする気もない。
しかし、こうしている今でも一人で悩んでいる様子がなんとなく目に浮かぶ。
愛美は小さく息をつくと夜雲に向き直った。
「夜雲先輩、頼みを聞いてもらってもいいですか?」
「かわいい後輩の頼みなら聞いてあげるとも。綱源のところへ行きいたいんだろう?」
「バレてましたか」
「そんな表情をしていればすぐにわかるよ。いいよ、行ってあげな。こっちは私が見ておくから、君は教え子を助けてくるといい」
タバコを携帯灰皿に押し込んだ夜雲は薄く笑みを浮かべながらポンポンと愛美の頭に手を乗せる。
彼女はそのまま休んでいる生徒達の下へ行くと「さぁて休憩はおしまいだよ。一年生達ここからは愛美先生に代わって私が監督してあげよう」と告げた。
頭に残っている感触を確かめるように触れた愛美は少しだけうれしげに微笑むと、夜雲の背中に頭を下げてアリーナを出て行いった。
本日何十個目かになる竹が視線の先で空中を舞った。
真っ二つに切断された竹はバラバラに地面に落ちるが、それだけで雷牙は結果を悟る。
「……アレもダメだな」
雷牙の言うとおり、割れた竹は印から僅かにずれた位置で切断されている。
空中を舞った竹がバラバラに落ちたということは、左右でバランスが違うのだ。
「あー……。ちょい休憩……」
落胆の溜息と共に雷牙は仰向けに倒れる。
実を言うと尊幽に見てもらった後、自分なりに色々と考えてどうにかこうにか印に沿って切断することはできた。
だが、残念なことに全て印で断ち切れるわけではなく、十回の内二回成功すればいいくらいの出来だ。
これでは意味がない。
尊幽に求められているのは百発百中の精度での切断だ。
今の状況はスタートラインからちょっと前に踏み出したくらいだろう。
「はぁー……。成長は感じるけどまだまだ先は遠いな。尊幽に言われたことも結局わかんねぇまんまだし」
雲が流れる空に溜息をつく。
アリーナでは今頃瑞季達が霊脈解放を進めていることだろう。
「俺も霊脈解放してぇなぁ……」
再び大きなため息をついた時だった。
じゃり、という砂を踏む音が聞こえた。
頭だけを動かして音のした方を見やると、柔和に微笑む愛美が立っていた。
突然の担任教師の登場に雷牙は少しだけ慌てた様子で跳ね起きる。
「さ、さぼってねーですよ? ちょっと休憩してただけッス!」
「まだ何も言ってないよ!?」
「え、いやだって俺がちゃんとやってるか見に来たんじゃ……」
「あー、うん。まぁあたらずとも遠からずって感じだけど、別に綱源くんがサボってるなんて思ってないよ? というかこの状況を見れば誰も思わないよ」
愛美の視線の先には山になった竹の残骸があった。
鍛錬開始から雷牙が積み上げたものだ。
「ここを通りがかった三年生の担任の先生に聞いたんだけど、行き詰ってる?」
「そうっすね……一応、十回中二回くらいは成功するようになってはいるんですけど、これだとまだ合格ラインには遠いと思うんで」
「だろうね。断切の特性状、十回中十回は成功しないと危険が多いままだからね。そういった状況も考えて、雷牙くんに見せたいものがあるんだ」
愛美は端末を操作して雷牙にも見えるようにホロモニタを展開する。
モニタの中にあったのは断切の属性に関する資料のようだった。
「ハクロウ創設から現代に至るまで断切に覚醒した人は数名確認されてる。これはその人たちの資料を渡しが見やすく纏めたの。古い資料だと見づらかったりするからね」
「こんなにたくさん……しかも見やすいし読みやすい」
モニタの中にある文章は簡潔かつ丁寧に纏められており非常に読みやすい。
「とは言っても資料には使い方とか、コツみたいなものはなくてね。ここに纏めたのは、使用者がどんな風に使っていたかとか、危険な行為とかそういったものがメインなの。だから、ごめんね。多分これは使いこなせるようになってから見た方がいいかも」
「いや、そんなことないっすよ! 多分俺だけだったずっと感覚で使ってたと思うんで、すげぇ助かります」
「ありがとう。そうだ、何か聞きたいことはある? 答えられる範疇なら答えるよ」
「聞きたいこと……」
雷牙は顎に指を当てて考える。
愛美も確か属性覚醒は果たしていると聞いた。
瑞季と同じ流水属性だったはずだ。
ふと、脳裏に直柾と尊幽に言われた言葉がよぎる。
「じゃあ、先生は属性の力を使うとき、なにをイメージしてますか?」
「そうだねぇ……。私の属性は流水だから、やっぱり基本的には水をイメージするかな。技を広げるならそこから流れる水だったり、留まる水だったり、激流だったり波だったりかな」
「辻先輩と同じ……」
「ん? 辻くんにも教えてもらったの?」
「少しだけ助言を貰いました。己を何として捉えるかが重要だって。あとは、この課題を出してきたヤツからはもっと単純に考えて良いって言われてるんスよね」
「ちなみに今は何を考えてるの?」
「一応鬼哭刀を振ることをイメージしてます。でも、多分それでも違うんだと思います」
「鬼哭刀を振るイメージ、か……」
愛美は少し考える素振りを見せる。
すると、何かに気付いたのかポンと手を叩いた。
「なるほど、そういうことか。確かにそのイメージだと断切のイメージから少し外れてるね。どちらかと言うとそれは斬撃属性のイメージに近いかな。断切はもっと単純だと思うよ」
「単純……単純……?」
鬼哭刀を振って断ち切ること以外に単純なことがあるのだろうか。
雷牙は首を捻りながら唸る。
「もしかして綱源くん、一度嵌っちゃうと中々抜け出せないタイプ?」
「そう、かもしんないっす……」
「アハハ、そっかそっか。じゃあ、大ヒントをあげるね。物体を斬る時に必要なものは? これは引っ掛けとかじゃないよ。より単純かつ、シンプルに考えればいいから。絶対に穿った見方はしないこと」
「斬る時に必要なもの……? ハサミとか、刀とか、包丁、ナイフとかですか?」
「うん、すごく近い。じゃあ、それらに共通するものを考えてみようか」
微笑みかけてくる愛美に雷牙は再び考える。
刀、包丁、ハサミ、ナイフに共通すること。
どれも物を斬るという点は共通しているが、直感的に愛美が求めているのはそこではないと理解する。
では、何だ。
斬ることに必要なものと、共通していること……。
「あ……」
少しだけ間抜けな声が響いた。
そうだ、改めて考えてみれば確かに単純なことだった。
いや、単純すぎたがゆえに気付けなかったと言うべきか。
「もしかして、刃ですか?」
緊張しながら問うと、愛美は口角を上げて静かに頷いた。
「うん、そういうこと。疾風の覚醒者が己を風と、流水の覚醒者が己を水として捉えるように断切の覚醒者は自分自身を刃として捉えるのが妥当だと思うよ」
「自分を刃として捉える……」
「そもそも断切は全てを断ち切る力。その力を使うのに、刀を振るイメージは必要ないんだよ。だって君が思い描いたとおりに斬れるんだから。今まではその余計なイメージが入ることで、竹を上手く切断できなかったんだよ」
愛美は雷牙の顔の前で人差し指を立てて微笑む。
「つまり綱源くんは自分のことを全てを切り裂き、断ち切ることができる刃だと思えばいいの。もっとイメージしやすく言うと、自分自身を一本の鬼哭刀として見ることかな」




