2‐3
ハクロウ総本部の斬鬼対策課には各部隊ごとにフロアが割り当てられる。
基本的に部隊員がいつでも出動できるように常駐しているため、意味合い的には都市に点在している刀狩者の詰所に近い。
フロアには部隊長と副部隊長の執務室もあり、基本的に彼らは一日をここで過ごす。
そのうちの一つ、第二部隊に割り当てられたフロアの部隊長室には真壁澪華の姿があった。
「……」
彼女はデスクに腰掛けた状態で、目の前に展開されている新都の地図を見やっていた。
よく見ると、立体ホログラムで再現された新都には赤い光点があった。
数は全部で五つ。
光点から伸びている光の線には日付が表示されており、澪華がそのうちの一つをタップするとホログラム上にモニタが投影される。
モニタに表示されていたのは、無残に切り刻まれた人間の遺体の画像を含めた、死因や個人情報等だ。
光点が現しているのは新都で起きている連続猟奇殺人によって殺害された人々の遺体発見現場だ。
「先日の五件目で被害者は八人、いずれも接点はない全くの他人、年齢層も死亡推定時刻もバラバラ……」
澪華は捜査資料見やりながら事件を見直していく。
彼女がこの事件の担当になったのはつい先日のことだ。
当初はハクロウはこの事件に関与せずに警察に任せることになっていた。
しかし、四件目で状況が変わった。
四件目の遺体発見現場で霊力の残滓が検出されたのだ。
大気中に漂う霊力に人の霊力が干渉すると、使用した場所に痕跡として残る。
それが霊力の残滓だ。
こんなものを残すことが出来るのは、霊力を使うことが出来る者。
霊脈保持者か刀狩者のどちらかになる。
刀狩者や霊脈保持者が起した犯罪はハクロウに捜査権があり、逮捕もハクロウが行う。
そこで今回は澪華が捜査及び犯人逮捕を担当することになったのだ。
「まさか合同捜査とは思いませんでしたけど……」
警察とハクロウが合同捜査をすることは殆どない。
本来であればハクロウへ捜査権が移るのだが今回は少しだけ事情が違い、警察との合同捜査ということに決まっている。
理由としては三件目までで霊力の残滓が検出されておらず、霊脈保持者の犯行によるものか明確に決められていないからだ。
残滓が残すことができるのは霊脈保持者ぐらいのものだが、稀に大気中の霊力がひとところに集まり仮想残滓を生み出してしまうことがある。
この仮想残滓と通常の残滓の判別は非常に難しく、発生直後ならまだしも数時間以上経過してしまうと殆ど判別はできない。
ゆえにハクロウと警察は合同捜査をすることになったのだ。
「だけど、これで合同捜査と言えるのでしょうか」
息をついた澪華の視線の先にあったのはデスクの上にあった数枚の資料。
あれらは警察から資料提供という形で送付されてきたものだが、写真以外はどれもあまり役立つものではなかった。
というかハクロウでも簡単に調べられるものばかりだった。
副部隊長が警察に問い合わせたものの、『情報漏洩を防ぐため』の一点張りで取り付く島もなかったらしい。
「足並みをそろえるのは難しいですね」
警察とハクロウは犬猿の仲だ。
彼らはなんとしても自分達で解決したいのだろう。
けれど刀狩者の影がある以上、警察だけでの対処は危険が多すぎる。
「まぁ被害者が非霊脈保持者だというのも関係しているのかもしれませんが、いがみ合うのは避けたいところ……」
澪華には警察がハクロウと協力しようとしない理由が他にもあるとわかっていた。
今回の事件の被害者は全員『非霊脈保持者』なのだ。
つまるところ、完全な一般人。
「やはりネックになってるくるのはプライドですかね」
警察はどうやらハクロウは霊脈保持者を助け、警察は非霊脈保持者を助ける機関と認識している節がある。
彼らのことを批判するわけではないが、これははっきり言って大昔の思想に凝り固まった考え方だ。
ハクロウが守護する対象は斬鬼や妖刀に脅かされる全ての人命。
そこに霊脈があるとかないとかの隔たりはない。
双方の機関が協力するにはこの考え方をなくす必要があるが、受け継がれてきた風習ほど取り除くことは難しい。
とは言っても、全面的に警察が悪いとも言えない。
創設当初のハクロウは人手不足ということもあって戦闘能力が高い者を積極的に採用していたため、中にはガラの悪い刀狩者も多かったという。
今の警察上層部や、その前の世代の者達はハクロウのそう言った汚点を目の当たりにしている。
そして今の若い世代にも当時の状況は知らされていることだろう。
ゆえに完全には信用できず、敵対心を燃やしていると見るのが妥当だ。
「本当に嫌な遺産を残してくれたものです」
できることなら警察とハクロウが手を取り合って捜査し合える環境を作っておいて欲しかった。
澪華は大きく息をついたものの、すぐに思考を切り替える。
「ぼやいていても状況が変わるわけでもなし、今は出来ることをしますか」
今は警察とハクロウの仲がどうのこうの言っている場合ではない。
殺人鬼を捕まえなければさらに被害者が出てしまう。
部下達が調べてくれた資料に再び眼を通そうとしていると、執務室のドアが軽くノックされる。
「部隊長、冬野です。よろしいでしょうか」
「どうぞ」
返答すると「失礼します」という声と共に若い刀狩者の女性が現れる。
腕には第二部隊の紋獣である『犬』を象った腕章を着けている。
彼女は澪華率いる第二部隊の副部隊長を務めている冬野紗葵。
静かにドアを閉めた紗葵は軽く腰を折って頭を下げた。
「捜査資料と警邏車からの報告に参りました」
「ご苦労様。そうだ紗葵さん、ちょっといいですか」
「はい、なんでしょう?」
紗葵が首をかしげたので「これを見て欲しいのだけど」と報告を聞く前に数枚の画像を投影する。
空中に投影されたそれは殺人事件の被害者の遺体の写真だ。
並みの人間、刀狩者に成り立てならば目を背けたくなるような凄惨な光景だが、紗葵は眉一つ動かすことなく写真を観察している。
「何か気付いたことはありませんか?」
「至極当然というか、ありのまま情報となりますがよろしいですか」
「どうぞ。貴女が気になったことを教えてください」
「はい。被害者全員に共通しているのは、身体を切り刻まれているということです。特に傷が目立つのは四肢と胴にかけて。けれど、それに反して顔や頭には殆ど傷が見られません。死因として考えられるのは、斬撃による出血性ショックでしょうか。表情から察するに息がある状態で徐々に身体を切り刻まれたというのが妥当なところでしょう」
「それに関しては私も同意見です。他にはありますか?」
「犯人像として想定されるのは、殺人に快楽を求める快楽殺人鬼、もしくは猟奇的な殺人を犯すことで世間が慌てふためく様を眺めたい愉快犯、あとは己の存在を知らしめたい承認欲求の強い者が考えられます。ただ、個人的に最後に挙げた犯人像は可能性が低いかと」
「その理由は?」
紗葵は軽く咳払いをすると、再び淡々とした口調で答える。
「仮に今回の犯人が承認欲求の強い……例えば芸術家肌だったとして、遺体を自分の芸術として扱うのならもっと目立った場所に置くのではないかと思いました。それとマスコミへメッセージも送っている可能性もあります。ですが、実際現場を見てみると、人通りの少ない路地裏です。確かに時折人が通ることはあるでしょうが、見つけてもらおうとしていると考えるとやや不自然です。それにマスコミや警察、ハクロウに対するメッセージもない。これらの状況を見てみると、やはり己の承認欲求を満たすのが目的ではないと考えます」
「なるほど。上手く分析していますね。さすがです」
「ありがとうございます。……それと、もう一つだけよろしいですか?」
少し迷った様子を見せながら紗葵は人差し指を立てた。
それに頷くと彼女は写真を見やりながら「やっぱり……」と呟く。
「被害者の傷を見るといささか雑というか素人感が否めません。犯人が刀狩者で、同じ殺し方をするのならもう少し斬り口が滑らかではないかと。ここの傷などは線が歪んでいて訓練を積んだ者の斬り口には見えません」
「では、犯人は刀狩者ではないと?」
「あくまで推測です。可能性の一つとしてお考えください」
紗葵は遠慮がちに言ったものの、澪華は彼女の洞察力を流石だと思った。
澪華も遺体の状態に関しては違和感があった。
紗葵に言うとおり、刀狩者の犯行として考えるにはいささかお粗末なのだ。
決して自慢というわけではないが、どれだけ恨みがこもっていようと刀狩者であれば傷はもっと鋭利で美しい斬り口になる。
けれど遺体の傷はそれが殆ど見られない。
たとえるなら刀を始めて握った者がつけた傷と言うべきか。
「わかりました。貴重な意見ありがとうございます。報告を止めてすみません、続けてください」
「はい。ではまず最初に遺体発見現場周辺の監視カメラの映像から――」
紗葵が報告する捜査状況に耳を傾けながら澪華は先程の意見をまじえ、今後の捜査方針を固めていくのだった。
玖浄院の寮の屋上には雷牙と尊幽の姿があった。
雷牙の前にはマジックで縦に印を入れた竹が並んでおり、彼は呼吸を落ち着けている。
一週間の鍛錬の成果を見せようとしているのだ。
やがて雷牙は纏っている霊力を強め、断切の力を練り上げていく。
「……ッ!」
声には出ない裂帛と共に、視線の先で竹が小気味よい音と共に弾かれた。
続けて他の二つも連続で弾き飛ばすと、竹は見事に断ち切られていた。
「っシ!! 良い感覚だった!」
手ごたえを感じた雷牙はグッと拳を握って断ち切った竹を確認しにいくが、それよりも早く尊幽が「どれどれ」と竹を拾いあげる。
彼女はしばし断ち切られた竹を眺めていたが、やがて満足げに頷いてから雷牙に笑みを見せた。
その様子に雷牙も思わず頬を綻ばせる。
あの反応からして上手く行ったと見て間違いないだろう。
雷牙は歓喜の声を上げようとしたが、それよりも視線の先で尊幽が竹を見せてくる。
「ざんねーん。最初と比べると印にはかなり近づいたけど、これじゃあまだ合格は上げられないわね」
「へ……?」
合格の笑みではなかったことに驚いた雷牙は間の抜けた声を上げてしまったが、すぐに我にかえって尊幽の持っている竹を引っ手繰る。
竹を確認すると彼女の言うとおり印の位置からはずれていた。
けれど誤差は僅か数ミリだ。
「これでもダメなのか? だって、数ミリだぜ!?」
「ダメ。数ミリだろうが一ミリだろうが、印からずれた時点で不合格。最初に言ったはずよ。印の通りに断ち切れって」
「で、でもこれくらい制御できてれば問題なさそうだけど……」
「じゃあそれが人質をとったテロリストや斬鬼だったらどうするの?」
「え……」
「人質をとるのは人間だけじゃない。斬鬼の中には狡猾なヤツもいる。そういうヤツらが人質をとっていて、アンタがその力を使ったとする。だけど、制御不充分だったばかりに人質ごと断ち切ってしまったらどうするの?」
尊幽の声のトーンがガクッと下がり、視線には冷たい光が宿る。
緊張感を感じた雷牙は彼女から視線を外す。
「それは、その……」
「『力が制御できてなかったから仕方ない』って言い訳すんの? ずいぶんな刀狩者もいたもんね」
「そんなことは――!!」
「――ないって言いたいなら、今すぐアンタの中にある変な甘えを捨てなさい」
反論しようと彼女を見やった瞬間、尊幽が目の前に現れて雷牙の胸に人差し指を立てた。
目の前で真紅の瞳が煌々と輝いている。
彼女の威圧感に圧倒され、雷牙は思わず一歩後ろへ足を引く。
「雷牙。焦ることはないのよ。だけど、甘えるのだけはやめなさい。光凛のようになりたいのなら、一切の甘えは捨てること」
「……わかった。わるい、尊幽」
「わかったならいいわよ。んじゃ、これ追加の分ね。また来週見に来てあげるから、鍛錬頑張んなさい」
「え、ちょ、わかったけどアドバイスとかないのか? まさかこれも甘え認定されたり……?」
流石に助言が皆無なのは辛い。
確かに先程の考えは甘えがあったかもしれないが、成長した分の見返りくらいは貰っても良いのではないだろうか。
「アドバイスぅ? ったく、贅沢なんだから……。まぁでもモチベを保つにはアメも必要か……。そうねぇ、参考になるかわからないけど、力を使うときになにをイメージしてるかが重要よ。今はなにをイメージしてんの?」
「今は、こう鬼哭刀を印に向かって振るイメージでやってる。もしかして間違いか?」
「うーん、間違いってわけじゃないけど……でもなぁ、これ教えると鍛錬にならないのよねぇ……。よし、じゃあこうしましょう。鬼哭刀のイメージは間違ってないわ。ただ、鬼哭刀を振る自分をイメージするのは少し違うわね」
「……どういうことだ?」
「もっと単純に捉えればいいのよ。まぁ、私から言えるのは今のところそれくらいかしらねぇ」
尊幽はにんまりと意地が悪い笑みを浮かべると、寮の屋上を囲っているフェンスの上に跳躍する。
「じゃ、私はこれで帰るから。今日は早く寝なさいよー」
「ちょっ!? もう少しくらい――!!」
彼女を止めようとしたが、声を上げた瞬間には尊幽は音もなくいなくなっていた。
夜の静けさだけが残る屋上で雷牙は新たに渡された竹の袋を担ぎ、小さく息をつく。
「もっと単純に、か。よし、もうちょい考えてみるか」
落胆しつつも雷牙は尊幽からの助言を心の中で反芻し、どうしたら断切の力を制御しきれるか考えながら部屋に戻っていく。




