2‐2
次の休みに雷牙達は予定していたとおり新都へ遊びに出かけた。
今回の目的は霊脈解放訓練で疲弊した身体と精神のリフレッシュだ。
身体を休めることが目的なら寮でおとなしくしていた方がいいのかもしれないが、身体的には回復できるとしても精神的にはさすがに辛いものがある。
ゆえに今回はどちらかと言うと精神的な休息に近い。
遊ぶ場所も体力を使うような場所ではなく、ゲームセンターやカラオケをメインに置いて、あとは刹綱の東京観光も含めたウィンドウショッピングという予定だ。
「いやー、さっすが東京。京都と全然違うねー」
ゲームセンターで一頻り遊んだ後、電車内で刹綱が楽しげな様子で流れる景色を見やっていた。
「京都だって高層ビルぐらいあるでしょ。大阪だって負けないくらいの大都市だし、そんなに違う?」
「地方都市と東京を比べちゃダメだって。確かに京都も大阪も栄えてはいるけどさ、東京にはこう独特な雰囲気があるんだよね。雷牙くんとかは上京組なわけだし、そんな感じしなかった?」
刹綱が視線を向けたのは雷牙、樹、陽那の上京組三人とレオノアだ。
「あー、まぁ確かに独特って言えば独特だよな」
「高層ビル群が立ち並んでいるからというのも理由の一つだろうな」
「そだねー。私の地元も栄えてはいるけど、新都と比べちゃうとねぇ」
三人はそれぞれ自分が生まれ育った地元を思い浮かべていた。
その反応を見ていた刹綱は「ほらね」と何故か満足げに頷いていた。
「なんていうかさ、混沌としてるんだよね。雑多な雰囲気もありつつ、すごく先鋭的、先進的な感じもするしね」
「混沌って……言い方よ……」
「だが言わんとしていることはなんとなくわかるな」
意外なことに同意したのは東京出身の瑞季だった。
彼女は窓の外に広がる景色のさらに奥を見やっており、自然と皆もそちらを見やる。
視線の先にあったのはハクロウの日本総本部。
天を突くようにそびえる尖塔のようなデザインの中央ビルと、それを囲むように展開している付随ビル群は、他の高層ビルと比較しても異様だ。
「ハクロウの総本部かぁ。うん、確かにアレはほかと雰囲気違い過ぎるわね」
「なんつーか未来的だよな。あそこだけ技術が集約してる感ある」
玲汰も舞衣もこればかりは頷いていた。
実際、ハクロウ総本部には技術力が集約している。
刃災関連は勿論のこと他の技術に関してもハクロウに提供されている技術は別格である。
「今日はあの辺りとか行かないの?」
「近くで見てみたいなら行ってもいいけど、中には入れないわよ? 近くで眺めるだけ」
「そうなんだ。じゃあいいかな、いつでも見れそうだし」
「なら東京観光プラス遊び継続って感じね。ある程度名所めぐりしたら、スパでも行ってみる?」
「スパって言うと温泉か?」
「そそ。レオノアが新しくオープンしたとこの団体チケット貰ったんだって」
「お母様が福引で当てたそうなんです。行く機会がないからというので貰っておきました」
レオノアは懐からチケットを出した。
むふん、と気持ちいいくらいのドヤ顔を披露する彼女に苦笑するものの、リフレッシュするにあたって温泉は良い選択かもしれない。
すると、車内に次の駅を告げるアナウンスが入る。
ちょうど雷牙達が降りる駅だ。
「降りたらまずは腹ごしらえだな。ビュッフェだったっけか?」
雷牙はわくわくとした表情で
「そうだけど、あんま食べすぎないでよ。正直アンタと食べると周囲の注目度爆上がりするから」
舞衣の言ったことにレオノア以外の全員が「うんうん」と頷いた。
雷牙の大食いは見慣れた舞衣達からすればもはやそこまで大したことではない。
だが、外出先となると話は別だ。
アレだけ食べればそれはもう注目を集めてしまう。
雷牙は気にしなくとも、彼とあわせて好奇の目にさらされるのは恥ずかしいのだ。
「でもすごいよねぇ、雷牙くんの食べっぷり。私も最初見たときはびっくりしたし」
「私は全然大丈夫ですよ、雷牙さん! どれだけ人の目にさらされても平気です! というわけでこの婚姻届にサインしましょう!」
「なんでそういう話になるんだよ!」
「アンタたちうっさい! この時点でめっちゃ見られてるから!」
電車内でこんな風に大声で話していればそれは注目を集める。
しかも内容が内容だけに女性からの視線が雷牙に突き刺さっていた。
やがて駅に到着すると、雷牙達はそそくさと昼食を食べに行った。
昼食後は都内の名所を巡っていたが、ふと雷牙は周囲を見回して首をかしげた。
「どした?」
急に立ち止まった雷牙に玲汰が問うと、雷牙は「いや……」と表情をしかめる。
「朝からなんとなく思ってたことなんだけど、妙にパトカーが多いなって思ってさ。それにちょくちょくハクロウの車も見かけるし」
雷牙の言うとおり今日は非常にパトカーやハクロウの警邏車を多く見かける。
大都市であるがゆえに犯罪発生率も多いのでそれの抑止と言ってしまえばそれまでなのだろうが、さすがに多すぎる気もする。
クロガネの残党も拘束しきったという話だし、ここまで警戒する必要があるのだろうか。
「それなら多分これが原因だろうな」
瑞季は思い当たる節があったのか、雷牙に向けて端末のホロモニタを見せてきた。
走り抜けたパトカーからそちらに視線を移すと、なにやら物騒なことが書いてあるネットニュースの記事が表示されている。
「『新都での連続殺人、未だ犯人捕まらず』……。連続殺人?」
「あぁ、そういえばちょっと前から騒いでたね。まだ犯人見つかってないんだ」
刹綱は記事の内容を知っているようで、興味ありげに記事を覗き込む。
「えーっと、今回の被害者は十九歳と二十二歳の無職の男性二人。発見場所は人気のない路地裏ってことは同じ犯人かな?」
「だろうな。発見現場も前四件と同じだし、遺体の状態も殆どかわらないようだ」
「なんか特徴でもあんのか?」
「身体が切り刻まれてんのよ」
答えたのは舞衣だった。
彼女は近くの街路樹に背中を預けながら端末から投影されたキーボードを叩いてなにやらファイルを開いた。
するとある程度操作を終えた舞衣は「ちょっとグロ注意ね」と言ってから、皆に見えるようにモニタを投影する。
全員がそれを覗き込むと、刹綱が「うわ……」と引いた声を漏らす。
他の面々は声こそ出さなかったものの、表情は一瞬にして硬くなった。
モニタに写っていたのは、体を滅茶苦茶に切り刻まれた遺体だった。
「これは二件目の現場だったかな。警察が到着する前に野次馬が取ってSNSに投稿したのよ。当然すぐ削除されたんだけど、スクショとっといて正解だったわね」
「なんでこんなもんスクショしてんだよ……」
「これくらい普通でしょ。それになんかの役に立つかもだし」
「さすが玖浄院きっての情報通というか、ジャーナリスト精神が凄まじいと言うか……」
玲汰と樹はスクショの方ではなく舞衣の行動力、情報収集能力に驚いていたが雷牙は遺体の様子をじっくりと観察していた。
が、遠くから警察官が歩いて来るのを確認した舞衣によってすぐにモニタは閉じられてしまった。
まぁこんな往来であのような画像を見ていればあらぬ容疑をかけられかねない。
雷牙達はそ知らぬ表情で警察官をやり過ごす。
「殺人事件だから警察が見回ったりしてるのはわかるけど、なんでハクロウまで巡回してんのかな?」
「お母さんの話だと、現場に霊力の残滓が残ってたんだってさ。刀狩者が容疑者かもしれないから、一応警察とハクロウで合同捜査ってことになってるみたいよ」
「なぁるほどねー。でもさぁ、こんなご時勢で合同捜査なんてできるんかなぁ? ただでさえ霊脈保持者、非霊脈保持者でピリついてるわけだし」
陽那の懸念は決して否定できない。
彼女の言うとおり襲撃事件以降、霊脈保持者と非霊脈保持者との溝は深くなっている。
夏休み中もデモ活動をしている団体を見かけたし、育成校の生徒にも少なからず影響が出ている。
警察とハクロウもそれぞれが独自に捜査権限を持っているがゆえに、反発しあう可能性は十分に考えられる。
「子供じゃないんだから変にこじれたりはしないと思うけどね」
「私だってそう思いたいけどさ、この現状見ちゃうと疑いたくもなるよねぇ」
陽那は陽気な口調だったが、視線は先程通り過ぎた警察官二人を捉えていた。
警察官は不審人物がいないか周囲を警戒しているようだったが、時折通り過ぎるハクロウの警邏車を見つけるとどこか恨めしそうに睨みつけていた。
やはり警察からすればハクロウと協力するなど愉快ではないのだろう。
そもそもハクロウと警察は仲良し組織というわけではない。
犬猿の仲とも言える両者がこのご時勢で歩み寄ることは非常に難しいだろう。
皆は心配そうに警察官を見やっていたが、雷牙だけは顎に指を置いてずっと何かを考えている様子だ。
するとその様子に気付いたのかレオノアが首をかしげる。
「なにか気になったことでも?」
「ん? あぁ、さっき舞衣に見せてもらった画像で引っかかるとこがあってさ」
「なにか不自然な点でもありましたか?」
「うん。なんつーか、斬り方が雑な気がしたんだよなぁ」
「雑、ですか」
「切り刻まれるんだから雑もなにもないだろって言われるとそこまでなんだけど、仮に犯人が刀狩者だったとしても、妙にお粗末っていうかさ」
「殺人に粗末、粗末じゃないもなくない?」
舞衣の言うとおり、殺人に粗末、粗末じゃないなんて定義はない。
仮に殺人犯が遺体を芸術品のように扱ったとしても、人間の道理から外れている時点で評価には値しない。
「確かにそうなんだけど、どうにも俺にはアレが刀狩者の犯行には思えねぇんだよなぁ。路地裏ってのもなんか変じゃね?」
「人目につかない場所で殺してるわけだし、そこまで変って感じはしないよ?」
「いやぁ、路地裏つっても通りから見える場所もあるしある程度人の通りはあるだろ。それに普通殺人なんかしたら遺体は隠したくなるはずなのに、この事件の犯人はなんかあえてそこに放置してる感じがする」
「人に見つけてもらおうとしていると?」
「まぁそんなとこだな。つっても俺の勘でしかないけど」
決して証拠があるわけではない。
そもそも殺人犯の心理などわかるはずもない。
ただの快楽殺人鬼ならば遺体の処理など考えずに放置する可能性は十分ある。
全ては雷牙の仮説であり、どこにも確証はない。
あくまでさっきの画像を見て感じた違和感から導き出したことだ。
「ですが、既に八人が亡くなっている事件です。なるべく早く捕まって欲しいですね」
「だな。せっかくリフレッシュしに来たのに、これじゃ気が休まらねぇ」
「ならこの話題はここでおしまい!」
パン、と舞衣が手を叩いた。
その音で沈みかけていた空気が少しだけ軽くなる。
「殺人事件は怖いし気になるけど、今私達が優先するのは身体と心のメンテナンスよ!」
「あと私の東京観光ね」
「そう、刹綱の東京観光だってまだ残ってるんだから、いつまでもこの話題を引き摺らない! 今回ばかりは私達に関係はないわけだしね」
「……それもそうだな。プロが捜査してるわけだし、そのうち捕まるだろ。んじゃ、さっさと次の名所行くか! 早く回らねぇとスパに行けなくなっちまうからな」
皆も雷牙に同意するように頷くと、彼らは東京観光の続きを楽しむのだった。
その後、観光を終えてスパでリラックスした雷牙達だったが、あまりにゆっくりしすぎたため玖浄院の最寄り駅に到着する頃には門限が迫っていた。
当然正当な理由なく門限に間に合わなければペナルティを受けるため、雷牙達は学校まで全力疾走するハメになるのだった。
リフレッシュするために出かけたというのに、疲れて帰ってくるとはなんとも皮肉なものである。




