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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七.五章 短い夏休み
225/421

3-4

 茜色だった空が夜の色に染まり、周囲が暗くなった頃。


 雷牙達は祭りの会場である海岸線から少しだけ離れた高台にある公園に向かっていた。


 周囲に人の姿はなく、祭りの喧騒は一切感じられない。


 聞こえるのは秋の訪れを感じさせるコオロギや、スズムシの鳴く声だけ。


「結構上ってきたけど、こんなに高かったかここ……」


 一番後ろを歩いている玲汰が溜息交じりに漏らす。


 雷牙達が屋台が立ち並ぶ海岸線から離れたのが二十分前。


 高台の公園はそこまで高所にあるわけではないが、遊歩道がやや入り組んでいるため中々頂上に到着しないのだ。


「あんまり来ないところだからね。私も二年ぶりくらいに来たし」


「俺なんて中学入った後は一回も来てないぜ。つか、本当にここが絶景スポットなんだろうな」


「俺もそれは気になってた。いくら穴場って言っても人の影がなさすぎだろ」


 ここまで上がってくるのに一度も通行人を見かけなかった。


 こんな時間に下がってくる者はいないにしても、雷牙達と同じ考えの者達が少なからずいると思っていた。


 しかし、前にも後ろにも人の影はない。


 というか人の気配などまるで感じない。


 怖がりというわけではないが、正直不気味である。


「まぁここは慰霊公園だからな。いくら花火が綺麗に見えると言っても一般人にとっては不気味さの方が上回ってしまうんだろう」


「ま、まさかお化けが出るなんてことは、な、ななな、ないですよね?」


 冷静に周囲の状況と人がいない理由を判断する瑞季だったが、レオノアは少しだけどもりながら雷牙の腕を抱き込む。


 むにゅん、と柔らかい感触が二の腕あたりにあたったものの、もはや慣れてしまった。


 この様子を見るに彼女はお化けの類が苦手なようだ。


 ふと、雷牙の瞳が怪しく光るとそれに気付いたであろう舞衣も薄く笑みを浮かべた。


 こういう反応を見るとついついいじめたくなるのが人の性というものなのだろうか。


「どうかねぇ……」


 腕にすがり付くレオノアに雷牙は少しだけ声のトーンを落としながら、やや暗く真剣な表情を浮かべる。


「もしかすると、出るかもしれないぜ?」


「ま、まさかぁ! 雷牙さんってば私を驚かせるために嘘ついてますね!?」


 少しだけ声を張ったレオノアは笑いながらいうものの、声は音が外れていたし、しかも震え声だった。


 怖いくせに強がっているのが丸出しである。


 当然そんな反応をしていれば瑞季や玲汰だって彼女の弱点がわかってしまい、二人は視線を逸らしながら肩を震わせている。


「ね、ねぇ舞衣さん! なにも出ませんよね、ここ!!」


 確認というよりもはや『出ないでくれ!』と言っているように聞こえる。


 その様子についつい笑みが零れてしまう。


 なんとかそれを抑えていると、舞衣がレオノアをなだめるように優しい笑みを浮かべた。


「慰霊公園って言っても墓地ってわけじゃないからね。ここに誰かの遺骨が埋まってるってことはないわよ」


 意外なことに舞衣は雷牙の仕掛けたノリに乗ってこなかった。


 やや残念に思うものの、レオノアがホッと胸を撫で下ろした瞬間に彼女が浮かべた悪魔的な笑みを雷牙は見逃さなかった。


「や、やっぱりー! 私の予想通りでしたよ雷牙さ――」


「――ただ……」


 安心しきったレオノアが再び雷牙の顔を見た瞬間、先ほどまでの優しい声がやや暗いものへ変わった。


 同時にレオノアの表情に戦慄が奔る。


「た、ただ、なんです……?」


「遺骨が埋まってないとは言っても、ここでは年に数回慰霊の儀式が行ってるのよね。当然亡くなった刀狩者の親族が参列して哀悼を捧げるんだけど、そういうことをやってるとね、集まってくるのよ」


「あ、集まるって……?」


「……亡くなった人達の魂よ。たとえここにご遺体がなかったとしても、慰霊してもらえるとわかれば死者はここに留まり続ける。そういった魂はやがてこの公園に縛り付けられて、離れられなくなって地縛霊になっちゃうのよ」


 腕にレオノアの震えが伝わってくる。


 なるほど、舞衣らしい。


 一度相手に安心感を与え、心の緊張が緩んだ隙に付け入る。


 非常に悪魔的な手法だ。


 希望を与えた後に即座にそれを奪うとは。


 なんというサディスト。


「あとレオノア。この道結構カーブが多かったわよね」


「は、はいぃ……」


 もはやレオノアは半泣きであった。


 正直このあたりでネタバラシしてもよさげだが、面白そうなのでもうちょっと見守っておく。


「この先に見えるカーブが最後なんだけどね。実はこの一直線の道には曰くがあってね。夜に通ると……声が聞こえるんだって……」


「こ、声……?」


 やめておけばいいのにレオノアは思わず問い返してしまった。


 瞬間、舞衣の瞳が妖しく光り、彼女は一気にレオノアの恐怖心をあおっていく。


「ある人が言うには呻き声にも、すすり泣く声にも聞こえるらしいんだけどね。一番多いのは――!」


 と、舞衣が恐怖のどん底に叩き落そうとした時。


 コツ。


 という足音のような音が響いた。


「え?」


 一番驚いていたのはレオノアではなく、舞衣だった。


 いや、彼女だけではない。


 雷牙も玲汰も瑞季すらも突然聞こえてきた足音に戦慄した様子。


 レオノアはというとリアクションすらできないほどに硬直し、すごい力で雷牙の腕を抱きかかえている。


「え、う、うそでしょ?」


「いやいやいやいやいや! 聞き間違いかなんかだろ流石に! だってここは慰霊碑があるだけで……」


 凄まじいほどに早口になっていた玲汰だったが、言葉の途中でも足音は着実にこちらに近づいていた。


「どーなってんだ。さっきの話作り話じゃねぇのかよ……!」


「わた、私だって知らないわよ! とっととと、とりあえず男共、盾になんなさい」


「アホか!? 第一お前らがレオノアをおちょくってあんな話しはじめっから!」


「静かに、かなり近いぞ」


 若干パニックになりかけた三人とは対照的に、足音と気配を探っていた瑞季は人差し指を立てた。


 それに雷牙達が頷くと、今までで一番近い場所でコツ、という足音が聞こえた。


 よくよく考えてみるとこの足音は革靴やスニーカーというよりは、女性もののヒールに近い。


 というか仮に幽霊だったとして、足音なんてするものだろうか。


 思考をめぐらせていると「ねぇ、貴方達……」という女性の声が聞こえた。


 全員がそれに思わず背筋を伸ばす。


 幽霊がいると全員が信じているわけではない。


「ど、どーすんだ……。声かけてきたぞ……!」


「し、知らないわよ。玲汰、とりあえずアンタ振り返って友達になってきなさい。コミュ力高めのアンタならいけるでしょ!」


「ざっけんな! 幽霊とお友達になる方法なんてわかんねぇよ!」


 二人は小声ながらも強めの語気で言い合い始めたものの、雷牙と瑞季は別の考えに至っていた。


 周囲の様子と先ほどまでの会話の流れで勝手に幽霊と決め付けていたが、もしかするとただの一般人という可能性はある。


 声をかけてきたのは向こうの方が足が速いからどいてほしいとかそういうのがあるのかもしれない。


 仮に幽霊だったとしたらそのときはその時。


 雷牙と瑞季は同時に頷くと、意を決して振り返る。


 一瞬、「ちょっ!?」という驚愕の声が聞こえたものの、この際なるようになれだ。


「な、なんでしょうか」


 問いかけに答えたのは瑞季だった。


 若干声が上ずっていたのは彼女も少しだけ怖かったからだろう。


 声を聞きながら雷牙はゆっくりと足音の主を見やる。


 最初は暗がりではっきりとした容貌はわからなかったが、うっすらと光る街灯に照らされ、徐々にその姿が露になっていく。


「アンタは……」


 顔が鮮明に見えたことで、ようやく彼女の正体に気がついた雷牙は、安堵と驚きが混じったような声を漏らす。


「貴方達、こんな時間にこんな場所で子供だけでなにを……って、雷牙くんにレアじゃない」


 足音の主も雷牙とレオノアの存在に気付いたようで、少しだけ驚いているようだった。


 そこいたのは、以前レオノアが誘拐された時の事後処理で出会った刀狩者。


 酒呑童子とも闘っていたハクロウの部隊長。


 第十二部隊の部隊長、白瀬湊だった。


 ちなみに、終始静かだったレオノアは途中から完全に意識を失っていたようで、白目を向いていた。




「アハハハ! 私のことを幽霊だと思ってたとはねー!」


 公園までの道のりを歩きながら、湊は雷牙達から先ほどまでの恐怖体験を聞き、腹を抱えて笑っていた。


「ひーひー……。まさかそこまでビビリたおしてるとはねぇ。にしても、ぶふっ!」


「も、もう! 湊さん! 笑い事じゃないですよ!? 本当に怖かったんですから!!」


「ごめんごめん。けど、白目むいてたレアはなかなか新鮮だったわよ」


 湊はもう一度吹き出すものの、レオノアは「もー!」っとぽかぽか音がしそうな駄々っ子パンチを彼女に放っていた。


 そして彼女とは裏腹にいろんな意味で疲れ果てているものが二人。


「ほんと、タイミングって大事よね……」


「ああ。普通に声かけられてたらあそこまでビビらないってのに……」


 玲汰と舞衣は殆ど同時に大きなため息をついた。


 確かに二人の言うとおり、あのタイミングは完璧すぎた。


 一時は本当に幽霊の存在を疑ったほどだ。


「ていうか一番悪いのは雷牙でしょ。アンタが変な気ぃ起してレオノアをビビらせようとするからー!」


「お前だってノリノリだったろうが!」


「まぁまぁ二人とも、何事もなかったわけだしいいじゃないか」


「正直めっちゃ神経磨り減ったからな……。てか、舞衣、あの話マジもんじゃねぇよな?」


「んなわけないでしょ。即興で作った話よ。第一ここにあんなホラーテイストの話なんてあるわけないでしょ」


「あれ? 知らずに話してたの?」


「へ?」


 不意に聞こえてきた湊の声に全員が彼女を見やる。


「それって、どういう……?」


「さっき聞いた感じだと知ってるものだと思ってたんだけどなぁ……。まぁ知らないならいいや。それに、世の中には知らなくていいこともたくさんあるからね。フフフフ……」


 どこか含みのある笑みを浮かべ、湊は雷牙達よりも先へ進む。


 瞬間、風も吹いていないのに周囲の気温が少しだけ下がったような錯覚に落ちいる。


「じ、じじじょじょじょっじょじょ冗談ですですですよね!?」


「さぁって、どうかなぁ。それはお楽しみってやつ?」


 意地の悪く笑った彼女はそのままズンズンと先へ進んでいってしまう。


 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が異様に響く。


 冗談だったとしても先ほどまでの空気が残っているため、得体の知れぬ恐怖心が全員をあおる。


「ま、まってくださーい! 湊さーん!!」


 最初に静寂に耐えられなくなったのはレオノアで、彼女は一目散に湊の下へ駆けて行く。


 それに続いて雷牙達も湊の後を追い、できるだけ彼女の近くに張り付いた。




 それから五分もしないうちに雷牙達は頂上にある公園にやってきた。


 公園といってもなにか遊具があるわけではなく、中央には慰霊碑と炎のようなオブジェ、そして小奇麗な噴水があるだけの広場のようなものだ。


 敷地面積はそれなりにあるので、昼間は割りと一般人の姿も多いらしいが、この時間になってしまうと人の姿はまるで見られなかった。


 いるのは雷牙達だけだ。


「そろそろ花火打ち上がるから展望台に行きましょ。ここからでもよく見えるけど、あそこだともっと綺麗に見えるから」


 舞衣に指示され彼女について行こうとした時だった。


 雷牙達の背後で煌びやかな光が輝き、慰霊公園が少しだけ照らされる。


 次いで聞こえてきたのはドォン、という体の奥底を揺さぶるような低音の爆発音。


 弾かれるように振り返ると、夜空には青や赤、緑といった焔が咲いていた。


 まさに闇夜を照らす大輪の華であった。


「すっげ……」


 思わず雷牙は声を漏らしたが、「雷牙、早くー!」と呼ぶ声が聞こえ止まりかけた足を展望台の方へ向けた。


 その間も背後ではドォン、ドォンという音と共に花火が打ち上がり、八月最後の夜空を煌びやかに照らしていた。

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