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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七.五章 短い夏休み
224/421

3-3

「天葬の焔火か……それは私も知らなかったわね」


 花火大会の成り立ちと正式な名称を語り終えると、舞衣が納得したように頷いた。


 彼女が知らないというのは雷牙を含め、全員が意外そうだった。


「……あによ」


 全員に見られていることに気付いたのか、舞衣は少しだけ眉をひそめた。


「いや、情報通のお前でも知らないことがあるんだなーって思ってよー。昔から舞衣ってなんでも知ってんじゃん?」


「さすがになんでもは知らないわよ。まぁあえて言うなら、この花火大会が被災者の追悼とか、亡くなった刀狩者のために開催されてるってのは知ってたわよ。けど、斬鬼に変わってしまった人を含めるとか、『天葬の焔火』なんて名前がついてるのは知らなかったわ」


「私もその名前は初耳だった。昔は祭りというよりは人々の心や死者の魂を癒すための催事だったんだな」


「みたいだぜ。まぁ時代の流れでこうなっていったらしいけどな」


 周囲を歩く人の数は段々と増えてきた。


 皆花火やら屋台やらが楽しみと言った様子で、追悼などの暗い様子は感じられない。


「経済効果を優先した結果というわけでしょうか」


「ああ、師匠もそう言ってた」


「そればっかりは仕方ないかもね。花火を上げるにしてもお金は必要だし、気持ちだけじゃどうにもならないことだってあるわよ。けど、私達はこの花火大会の真意知ることができたわけだし、花火が上がった時はそういった気持ちでいましょう」


「舞衣の言うとおりだな。私達だけでも追悼と慰霊の感情を忘れないようにしなくては」


「それもわかってはいるけどよ、やっぱり楽しむときは楽しもうぜー。ほら、話してるうちに着いちまったぜ」


 やや先を歩いていた玲汰に声をかけられ雷牙達が視線を向けると、既に海岸近くまでやってきていた。


 屋台が立ち並ぶ海岸線は既に多くの人で賑わっている。


 行き来すら困難なほどごった返してはいないが、不用意に離れるとはぐれそうだ。


「さすがにすげぇ人だな」


「できるだけ離れない方がよさそうねー。瑞季とレオノアは……とりあえず雷牙にくっ付いてればいいとして、玲汰! あんま先に行くんじゃないわよ!」


「わーってるって、てうぉわ!?」


 舞衣が注意したそばから玲汰は人の波に飲み込まれてしまった。


 最初こそ「だ、だいじょぶ! すぐ抜け出す!」と人垣の中で声が聞こえたものの、段々とその声は聞こえなくなってしまった。


 人ごみの中からかすかに手が見えるさまは、なんというかゾンビものの映画で登場人物が集団で襲われているようにも見える。


「ったく、いわんこっちゃないんだから……。仕方ない、私はあの馬鹿回収してくるからあんた達は屋台でも回ってて。好きに飲み食いしてていいから」


「一人で平気か? 俺達も……」


「大丈夫よ。むしろこの場合は一人の方が動きやすいわ。じゃ、また後で連絡するわね」


 舞衣は軽く手を上げると人ごみに消えていった玲汰を探しに行った。


「行っちまったけど、どうする?」


「舞衣さんがああいっていますし、ここは私達だけで回っても問題ないのでは?」


「そうだな。再集合を待っていては屋台を回ることができないかもしれない。花火の前に移動するわけだからな」


「あー、それもそうか……」


 舞衣の話では人の少ない穴場スポットを見つけてあるらしい。


 かなり遠いわけではないらしいが、人の多さを考えると屋台などは早めに回った方が良さそうだ。


 二人には悪い気もするがこの際仕方あるまい。


「じゃあ三人で回ってるか。はぐれるなよ? はっきり言って俺は土地勘ねぇからな」


「大丈夫です! こうやってくっ付いてるので!」


 レオノアは満面の笑顔でさらに密着する。


「わ、私もだ!」


 負けじと瑞季もくっつき、二人は雷牙の挟んだ状態で火花を散らしていた。


 男としては非常に嬉しい状態ではあるが、雷牙は軽く咳払いをすると二人に対して「えっと……」と言いにくそうな表情を浮かべた。


「わるいんだけどよ、少しだけ離れてくれるか? さすがにあちーんだこの状態……」


 雷牙の額には汗が浮かび、首筋にもうっすらと汗が流れている。


 それもそのはず。


 集合場所からここまで来るのにずっと二人と密着状態だったのだ。


 八月も終わりとは言えまだまだ暑い日が続き、夕方でも昼間の暑さは十分すぎるくらいに残っている。


 加えてこの人の多さだ。


 両サイドから密着されているのは流石に熱すぎる。


「あ、すみません。つい……」


「大丈夫か、雷牙?」


「ああ、別にぶっ倒れるって感じじゃねぇよ。とりあえず手ぇ繋ぐくらいでいいか?」


 二人はそれに納得してくれたようで、それぞれ彼の手を握った。


 やや幅を取ってしまうもののその時々によって対応していけばいいだろう。


「じゃ、行くか。追悼の意味もあるけど、お祭りでもあるからな。楽しまねぇと」


「そうだな。ではまずリンゴ飴でも食べに行ってみるか」


「私は綿アメでお願いします!」


 雷牙は二人を連れそれぞれが所望する屋台に向かうのだった。




 雷牙達が会場で屋台めぐりを始めた頃。


 ペントハウスの一室から尊幽が出てきた。


 装いは下着同然のだらしない格好ではなく、ちゃんとした服装だった。


 へそは出ていたが。


「出かけるのか?」


「んー、まぁそんなとこ……。って、アンタは何してんの?」


 端末をいじっていた尊幽は、なにやら茣蓙の準備をしている宗厳を見つけた。


 彼はニヤリと笑みを浮かべると、バルコニーの方を指差した。


「ここからでも花火は見ることができるからのう。板張りでは流石に気分が出なかろう?」


「雰囲気出すってわけね。じゃ、私は出てくるわ。美冬、夕飯は適当に済ませるから、気にしないで」


「わかりました。いってらっしゃい」


「ういー」


 尊幽はヒラヒラと手を振り、適当に答えながらペントハウスを後にする。


「さてっと……まずは屋台で食べ物買いに行こうかしらね。雷牙とかに鉢合わせないようにしないと」


 軽い足取りで尊幽は海岸に並ぶ屋台を目指す。


 雷牙達が集合する場所はわかっているので、逆方向で買い物を済ませれば下手に鉢合わせることはないだろう。


 別に会ってもいいが、彼の友人達に自己紹介するのも面倒だ。


「いずれはすることになるかもだけど、今日はさすがにね」


 向こうは向こうで楽しみたいだろうし、若い世代の輪に年増が入るわけにも行くまい。


 まぁ外見的には彼らと大差ないが。


「屋台で食べ物買ったら、花火の打ち上げ前までにあそこ行かないと」


 尊幽の視線は海岸とは別に方向に向いた。


 花火が上がる方向とは真逆。


 新都のはずれの方だ。


「……せっかく戻ってきてるわけだからね。挨拶くらいはしておかないと」


 悲しみの色が混じった声音で呟く尊幽の瞳には夕焼けに染まる新都の街並みではなく、まったく別のものが写っていた。


 それは思い出。


 遠い日に確かにあった、優しく楽しかった思い出の数々だ。


「ほんとに今日はナイーブになって仕方ないわね」


 尊幽は苦笑を浮かべると感傷に浸りかけた思考を切り替えるため頭を小突いてから花火大会の会場へ向かう。


 思い出に浸るのはもう少し後でもいい。


 今は花火が始まる前に供え物を買いに行かなければ。




 花火大会の会場付近にある公園のベンチには私服姿の湊がいた。


 手には屋台で買ってきたたこ焼きのパックがあるものの手をつけた様子はない。


 彼女は少し先に見える海をぼんやりと眺めているだけだ。


 いや、厳密に言うと少し違う。


 彼女が見ているのは、微かに影が見える人工島。


 数週間前、ハクロウとクロガネの戦場と化した島、五神島だ。


 あの島で湊を含めた多くの刀狩者が酒呑童子率いるクロガネの構成員達と戦った。


 戦果としてはハクロウ側の勝利ではあったが、決して余裕のある勝利とは言えなかった。


 皆の健闘によって一般人の死者は奇跡的に零にできたものの、刀狩者の死者はそれなりに多かった。


 その中には湊の同僚である狼一も含まれている。


「……ほんと、何で死んじゃうのよ」


 いつかはこんな日が来ると覚悟はしていた。


 刀狩者とは死と隣り合わせの職業だ。


 それは当然自分にも言えることだが、被災者の死や仲間の死と隣り合わせという意味も含まれている。


 湊もそれなりの修羅場を潜り抜けてきた刀狩者だ。


 今までたくさんの死を見てきた。


 だがそれは決して死に、慣れているというわけではない。


 多くの死を見てきた彼女にとっても人が死ぬのは見たくない。


 ましてそれが親しかった同僚ともなれば、精神的なダメージは相当だ。


「そういえば、光凛さんの時もこんな感じだったっけ……」


 ふと思い出すのはかつて自分を教え導いてくれた人物、綱源光凛の姿。


 彼女の訃報を聞いたときもこんな風にしばらく呆然としていた気がする。


 湊にとっては狼一の存在も彼女と同じくらい大切なものだったのだ。


 一度大きなため息をついた時、端末にメールの通知が入る。


 緊急招集だろうかとホロモニタを展開するものの、次の瞬間彼女はメッセージの送り主を見て思わず眼を見開いた。


「狼一……!?」


 送り主は既に他界しているはずの狼一だった。


 一瞬頭が混乱しかけたが、よく見るとこれはあらかじめ予約送信されたもののようだ。


 ようは彼が生前に今日この時間に送信されるように設定していたのだろう。


「びっくりさせないでよ、まったく」


 あきれた様子の湊だったが、口元は少しだけ緩んでいた。


 彼女はそのままメッセージを開いて内容を確認すると、どうやら花火を一緒に見に行こうという誘いのようだ。


「まったく、あいつらしいっていえばらしいけど……あれ、ここって……」


 最後の方に書いてあった集合場所の名前に湊は覚えがあった。


 というよりつい最近行ったばかりだ。


 東京湾から少し離れた場所には人工的に作られた高台がある。


 そこには斬鬼と闘う刀狩者が亡くなった時、彼らの名を未来まで残すために名前を刻むための石碑が鎮座している。


 石碑の名前は《英雄の碑》。


 刃災を終結させるため、命を賭して闘った刀狩者達の魂を讃えるためのものだ。


「そうだ。すっかり忘れてたけど、ここって……!!」


 部隊長になってからは花火大会は本部から眺める程度でしかなかったが、思い返してみればここは最初に狼一と花火を見た場所だ。


 高台という好立地ながら慰霊のための石碑という暗いイメージがあるせいで人気はあまりなく、静かに花火を見ることができたことを覚えている。


「っ!」


 湊はすっかり冷えてしまったたこ焼きを一気に食べ終えると、そのまま高台を目指して走り出した。


 花火を見るためだけではなく、狼一という戦友の死と向き合い、前へ進むために。




 はぐれた玲汰と彼を探しに行った舞衣とは一時間くらい経ってからだった。


 彼女が玲汰を捕まえたのはもっと前だったらしいのだが、如何せん人が多すぎたため合流するのに時間がかかってしまった。


「いやー、わるいわるい。まさかあそこまで流されるとは思ってなかったぜ……」


「まったくよ。アンタは昔から世話ばっかかけるんだから。バツとして私になんか奢んなさい。主に甘いもの系で」


「へいへい。雷牙とかも迷惑かけたな。わりい」


「いいって。こっちはこっちで色々と満喫させてもらったからよ」


 雷牙達はあの後それぞれが所望する食べ物系の屋台をメインに回っていた。


 雷牙は焼きそばなどのしょっぱい系、レオノアと瑞季は綿アメやリンゴ飴といった甘いもの系だ。


 正直に言って味は玖浄院の学食の方が上なのだが、屋台の食べ物というのは妙に食べたくなるものなのだ。


「さてさて、それじゃあ合流できたわけだしこっからは五人で回りましょうか。それであと一時間くらいしたら花火の穴場スポットに行くって感じで」


「了解。で、なにから回る?」


「あ、それなら私は金魚すくいやってみたいです! あと射的も!」


 レオノアが声高々に手を上げる。


 どうやら初の日本のお祭りでかなりテンションが上がっているようだ。


「金魚すくいに射的ね。瑞季は?」


「そうだな……型抜きを久しぶりにやってみるのもいいかもしれないな」


「なるほどなるほど。じゃあ近い順に回って行きましょうか。完全制覇は無理かもだけど、思いっきり楽しむわよ!」


「おう!」


 音頭を取った舞衣に続き、雷牙達は八月最後のイベントを満喫するのだった。

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