3-2
出かける少し前、雷牙はソファでアイスを頬張っている下着姿同然の尊幽に呼び止められ、今日開催される花火大会の本当の名前を知った。
「天葬の焔火……」
「そ。今でこそ東京湾大花火大会なんて大衆受けする名前になってるけど、元々はそういう名前だったのよ」
「けど、慰霊のための花火なら別に名前を変えなくてもよかったんじゃねぇか?」
「ハクロウが開催してるわけじゃないからねぇ。実行委員の考えだって世代ごとに変わってくるだろうし、天葬って妙に仰々しくてなんか辛気臭いと思われたんじゃない? ねぇ、宗厳」
尊幽はソファの背もたれ越しに茶を飲んでいる宗厳に向けて問うた。
「時代の流れだろうな。慰霊のためとは言え、打ち上げる花火もタダではない。経済効果を求めるのであれば名前を変えることも必要だったのじゃろう」
「そういうもんよねぇ。時代の流れってのは本当に恐ろしいわー」
「となると、今の実行委員の方々は慰霊や追悼のつもりであげてはいないのでしょうか?」
雷牙の隣で麦茶を飲んでいた美冬が首をかしげると、宗厳が被りを振るのが見えた。
「いや、それはないじゃろう。実行委員は最初期の家系から変わっておらず、皆花火の意味を代々受け継いでいるはずじゃ。まぁ中には金儲けを考えている者もいるかもしれんが、殆どは理解していると思うがのう」
「ずっと継承し続けるというのは難しいですよね」
「そういうこと言うとまぁ七英枝族だってよく続いてると思うけどね。……まぁ結局のところなにが言いたかったかっていうと、あの花火には追悼の意味もあるから馬鹿騒ぎしすぎるなってことね」
尊幽の視線が雷牙を捉えた。
口調は軽かったが、瞳にあった光は真剣そのもの。
ふと、尊幽がこの話をしてくれた本当の意味が理解できたような気がした。
宗厳よりも前から刀狩者として戦っていた彼女は生きて来た分だけ死を見てきたのだろう。
それは救えなかった被災者の死であったかもしれないし、共に戦っていた仲間の死だったかもしれない。
きっと数え切れないほど多くの死を見てきたはずだ。
だから彼女にとって今日の花火大会は特別なものであり、雷牙のような若い世代にそれを理解して欲しかったのだろう。
「……わかった、友達にも教えておくぜ。一人は知ってそうなヤツもいるけどな」
「わかればよろしい。じゃ、私からのお話はこれでおしまい。今日は楽しんで来なさいな」
咥えていたアイスを食べ終えると尊幽はソファから跳ね起きて自室へ戻っていってしまった。
廊下を歩いていた彼女の背中は少しだけいつもより小さく、どこか寂しそうに見えた。
「師匠」
「ん?」
「尊幽のヤツ、今日はなんか覇気っていうか元気ねぇよな」
「そうじゃな。この日ばかりは思い出してしまうんじゃろう。かつての仲間達や友人達のことを」
「自分だけが不老不死で周りの人たちは年老いてしまうわけですものね……。寂しいのも当然かもしれません」
「だろうな。雷牙、尊幽から聞いたことは忘れないでいてやってくれ。アレはアレで繊細な部分もあるからのう」
「ああ、じゃそろそろ……」
雷牙が腰を上げようとすると「そうだ、言い忘れとった」と宗厳が思い出したように顔をあげた。
「雷牙、天葬の焔火は被災者や斬鬼と闘って死んだ刀狩者のためだけにあるわけではなくてな、斬鬼に変異してしまった者の魂を天に送る意味もあるのじゃ」
「斬鬼になった人の……」
「ああ。彼らとて言ってしまえば妖刀による被害者じゃ。追い詰められ、負の抱え込み、妖刀に魅入られてしまった。誰も好きで斬鬼になったわけではないのだからな。まぁそれだけじゃ、引き止めてわるかったのう」
「いや、色々聞かせてくれてありがとな、師匠。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。あ、遅くなるようだったら連絡してね」
美冬に対して頷きながら雷牙はボディバッグを巻いてペントハウスを後にした。
時間的にはまだ余裕があるが、混雑していることも加味すると少し急いだ方が良いかもしれない。
頭の中でさっき聞いた話を思い返しながら、雷牙は待ち合わせ場所へ向かった。
雷牙を送り出すと、宗厳は時計を確認しながら美冬に問う。
「美冬。花火の打ち上げは何時からだ?」
「午後七時ですよ。見に行ってみますか?」
「いや、この歳になると人ごみはどうにもな。ここからでも見れないことはあるまい」
「ええ。じゃあ、バルコニーで見ますか。室内よりは雰囲気が出るでしょうし」
「そうするかのう。では、冷酒と刺身の準備を頼む」
「そう言うと思って準備してあります」
美冬は得意げな笑みを浮かべると、少なくなっていた宗厳の湯のみに新しい茶を注いでから家事に戻っていった。
長年世話をしているからか、彼女には大体のことは見透かされているようだ。
「……」
宗厳は薄く笑みを浮かべると、茶を一口飲んでから瞳を閉じる。
思い出すのはかつての戦友達。
殆どの者は斬鬼との戦いで命を散らし、生きている友人もかなり少ない。
《武帝》と言われた相棒も既にこの世にはいない。
そして最後に思い浮かぶのは師よりも先に逝った弟子、綱源光凛の姿。
「忘れることなどできんよな」
瞼を開けた宗厳は尊幽が消えた部屋に視線を向ける。
大切な仲間の死。
助けられなかった者の死。
どれも決して忘れられない……否、忘れてはいけないことだ。
だから今日は願おう。
彼らの魂に安息がありますようにと。
雷牙が集合場所にやってくると、意外なことに玲汰が一番乗りで待っていた。
「よう、速いな。玲汰」
「家にずっといるとチビ共がうるせぇからな。少し速く出て来たんだ」
「なるほどな。一緒に連れてけってせがまれたりしなかったのか?」
「したよ。花火大会に行くって言った瞬間、連れてけ連れてけの大合唱だぜ。けど、流石にお前らと一緒に遊ぶのにチビ共の面倒まで見てらんねぇしな。母ちゃんと父ちゃんに押し付けて無理やり出てきた」
「兄貴ってのは大変だな」
「もう慣れてっけどな」
玲汰は苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
なんやかんやで兄として頼りにされていることに悪い気はしていないのだろう。
「瑞季達はまだか」
「俺が出る結構前に舞衣は出かけてたけどな。どっかで道草食ってるか、パパラッチごっこでもしてんのか――」
「――誰がパパラッチですって?」
不意に背後から聞こえた声に思わず雷牙と玲汰は背筋を伸ばす。
恐る恐る振り返ると、ややぶすくれた浴衣姿の舞衣がこちらを睨んでいた。
「お、おう。来てたのか……」
「今ね。ったく、私を人のプライベートに踏み入る下賎な連中と一緒にしないでくれる? 一応線引きはしてるから」
「……どうだかなー……」
「あ゛?」
「ナンデモネーデス」
恐ろしい剣幕ですごまれた玲汰は一瞬で彼女から視線を外した。
「そういや玲汰よりも先に出てたって話だったけど、どっか行ってたのか?」
「あぁ、これ借りに行ってたのよ」
舞衣は着ている浴衣をつまんだ。
舞衣の浴衣は紺色を基調とし、所々に真っ赤な椿の華があしらわれている。
地味すぎず、かといって派手すぎない丁度良い塩梅である。
「貸し浴衣でもやってんのか?」
「違うわよ。瑞季に借りたの、ホラ」
雷牙と玲汰はそれぞれ彼女の示した方に視線を向ける。
そこにはプールの時も見たような人だかりが出来ており、その中心には黒い浴衣を纏った瑞季と、深紅の浴衣姿のレオノアがいた。
二人は薄くメイクもしているようで、雷牙だけでなく玲汰すらも思わず彼女達に見惚れてしまっていた。
すると、二人もこちらに気付いたようで、やや小走りにやってくる。
「雷牙さん、お待たせしましわひゃあ――!?」
慣れない下駄で走ったためかレオノアは前につんのめるようにして倒れかける。
「うぉっと!?」
雷牙は驚きつつも倒れ掛かった彼女を抱き留め、ゆっくりと態勢を立て直させる。
「平気か?」
「は、はい。すみません……」
「謝ることじゃねぇよ。下駄なんて履き慣れてねぇんだから気をつけてな。怪我とかはねぇか?」
「雷牙さんが受け止めてくださったので大丈夫です」
レオノアはどこか嬉しそうな笑顔を浮かべる。
それに安堵していると、周囲から刺すような視線を感じた。
案の定というべきか、視線の正体はプールの時と同じ周囲の男達からの嫉妬と羨みが混じったものだった。
溜息をつくものの、雷牙はふと視線が割と近くからも感じることに気がついた。
気配を辿ると、ややジト目気味の瑞季がこちらを半睨みで立っていた。
「な、なんだよ」
「いや、別に。随分と長く引っ付いているものだと思っただけだ」
「あら、もしかして瑞季さん、嫉妬してます?」
「嫉妬? まさか……」
クールな笑みを浮かべている瑞季だが、雷牙には見えていた。
彼女の額の辺りに薄く血管が浮き出ていたのが。
これ以上事態を悪化させないためにレオノアを一旦引き剥がし、軽く咳払いしてから話題を変える。
「舞衣が瑞季から浴衣を借りたって言ってたけど、全部お前のなのか?」
「ん、あぁ。一応はな。せっかくの花火大会だ。浴衣の方が風情もあるだろう」
「すごかったわよ、瑞季んち。まさにお屋敷って感じで、普通に日本庭園があんの! 部屋数もすごいし、本当にお嬢様って感じで」
「へぇ……。今度行ってみてぇな。瑞季、行っても大丈夫か?」
「あ、あぁ。もちろんだ。都合が合えばそのうち皆を招待しよう」
少しだけ機嫌が直ったようで、引きつり気味だった彼女の表情が柔らかくなった。
ホッと胸を撫で下ろしていると、こちらの様子を見やっていた玲汰が「おーい」と少しだけあきれたような声を漏らす。
「イチャついてんのはそんくらいにしてよー。そろそろ屋台めぐりとかしようぜー。ここで油売ってるとかなり混んでくんぞ」
「確かにそれもそうね。このままだと身動きとれなくなりそうだし」
二人の言うとおり、集合場所の周辺は徐々に人通りが多くなってきた。
中にはレオノアや瑞季の姿目当ても者も見られるが、殆どの人たちは屋台などが並ぶ海岸のほうへ向かっている。
「私達も行くわよ。花火まではまだ時間があるけど、玲汰の言うとおり屋台めぐりもしたいし」
「わかった。雷牙、行こう」
瑞季がごく自然な流れで雷牙の手を握った。
一瞬、それに驚きつつも雷牙は彼女の手を握り返す。
「あー! ずるいです、瑞季さん!! 私もやります!」
彼女に対抗意識を燃やしたのか、レオノアももう片方の手を握る、というより腕を組んできた。
「お、おい、レオノア……」
さすがにこれは密着しすぎではと思い、彼女に声をかけるもののレオノアは恥かしさと嬉しさが入り混じったような笑みを向けてきた。
その破壊力に思わずたじろいでいると、瑞季も彼女を意識してか雷牙の腕を抱くように密着してきた。
「ちょっ!?」
「な、なんだ? レオノアはよくて私はダメなのか?」
「いやそういうわけじゃねぇけど、歩きにくくねぇか?」
「私は全然です!」
「私も問題ない!」
「さ、さいですか……」
即答されてしまい、雷牙は苦笑いを浮かべるくらいしか出来なかった。
「まったく、何やってんだか……。ほら、さっさと行くわよバカップル共ー」
あきれた様子の舞衣に呼ばれ、両手に花状態の雷牙は周囲の視線を一身に浴びながら屋台へ向かう。
しかし、黒髪美少女とブロンド美少女を侍らせているその様子は当然注目を集め、男達からは殺意のある眼光を向けられるのだった。
「そ、そうだ。出かける前に師匠が花火大会の成り立ちを教えてくれたんだ。お前ら知ってるか?」
その状態に耐えられないわけではなかったが、とりあえず雷牙は先を行く舞衣と玲汰に声をかける。
二人が少しでも下がってくれれば多少は周りの目もごまかせるかもしれない。
「成り立ち? 起源ってこと?」
「まぁそんな感じだ。正式名称とか色々教えてもらったぜ。お前らにも教えといてやれって言われたから、少しだけ聞いてくれるか」
二人は足こそ止めなかったものの興味を持ったようで雷牙達と歩く速度をあわせてくれた。
とりあえずこれで周囲からの視線が少しだけごまかせるだろう。
「その話には興味がある。聞かせてくれるか」
「是非お願いします」
両手を塞いでいる瑞季とレオノアにもせがまれ、雷牙は頷くと出かける前に宗厳や尊幽から教えてもらった花火大会の意味は正式な名称を語る。
被災者の追悼と散っていった刀狩者達の慰霊。
そして斬鬼に変貌させられてしまった人たちの魂を天に送るための手向け。
『天葬の焔火』にはそういった気持ちが込められているということを。




