1-3
雷牙と玲汰がコーヒーショップで待っている時、女性物の水着売り場では瑞季と舞衣が肩を並べて水着を選んでいた。
しかし、手馴れた様子で水着を選ぶ舞衣とは対照的に瑞季は一つ手にとっては首をかしげるような仕草を繰り返していた。
「……色々とあるが、実際のところどれが一番合っているのだろうか」
「アンタが好きなデザインのを選べばいいのよ。今持ってる水着だってそうやって選んだんじゃないの?」
「いや、あれは水練用のもので所謂競泳水着でな。ネットショップで購入したからこうやって実物を手にとって見るのは初めてなんだ」
「ふぅん……って、アンタ放っておいたら競泳水着で来ることになってたのね」
「そうなるな。だが、水着など究極的に考えれば泳げればいいのではないか? ならばこういった機能性に優れているものの方が良さな気もするが……」
瑞季が手にとって見せたのは競泳水着とまでは行かないが、色も地味でデザインもいまいちパッとしないものだった。
確かに、彼女の言うとおり究極的な話をすれば水着は泳ぐことが出来、大事なところが見えなければいいだろう。
しかし、それではダメだ。
特に、意中の男子がいる女子がそんな地味な選択をすれば、絶対に先手を打たれてしまう。
例えば、今は売り場のさらに奥まった方まで足を伸ばしているブロンド美少女とかに。
「ダメよ、瑞季。そんな地味な水着じゃ雷牙の気を引けないわよ!」
「き、気を引くって……! 私はその、そういうつもりで遊びにいくわけじゃあ……!!」
「何言ってんの! こういう時じゃないとアンタの抜群のプロポーションをアピールできないでしょうが。そのおっぱいは飾りってわけじゃないでしょ!!」
ビシィッ! っと音がしそうな勢いで舞衣が人差し指を突きつけると、瑞季は僅かに頬を赤らめる。
そのまま胸を隠そうとしたものの、勢いあまってただでさえ大きな胸がより一層際立った。
擬音をつけるとすれば『ドタプン』とかそんな感じか。
「いい!? もしもアンタが本当に雷牙のことを思っているんであれば、恥じらいなんて捨てなさい! 持ってる武器を最大限に活用してアイツを悩殺するのよ!」
「の、悩殺!? いや、待ってくれ舞衣、なにもそこまでしなくても――!」
「――オーッホッホッホ。痣櫛瑞季、恐るるに足らず、ですね!!」
「チィっ!! 予測よりも速いっ!?」
突然聞こえたお嬢様笑いに舞衣は表情を険しくさせた。
すると、高笑いが聞こえたほう、即売り場のさらに奥のほうからにんまりとした笑みを浮かべているレオノアが現れる。
両手には数着の水着がある。
どうやら単独で選び抜いてきたようだ。
「厄介なのが戻ってきたわね……! 瑞季、気をつけなさい。あの子に毒されると厄介よ!」
「うん……? ……うん!?」
額に浮かんだ汗を拭うような仕草をする舞衣に瑞季は首をかしげるしかなかった。
なぜ二人はこんなバトル漫画とかでありそうなやり取りをしているのだろうか。
脳内の処理が追いつかずにいると、レオノアの眼光が瑞季を捉える。
「瑞季さん。そのような地味で色気の欠片もない水着で私と勝負なさるおつもりですか?」
「いや、勝負とかそういうのでは……」
「笑止千万!! やはり、雷牙さんを悩殺するのはこの私ですね!」
「なんて自信……! じゃあ見せてもらおうじゃないの! アンタが選んできた水着ってヤツを!!」
「あ、あの、二人ともなぜそこまでテンションが高いんだ……? というかどうして敵対しているような雰囲気に……」
疑問符を浮かべるものの、もはや瑞季の声は届いていないようだった。
「やはり男性が劣情を催す装いといえば肌の露出の多いビキニ! その中でも私が選んだものは……こ・れ・で・すッ!!!!」
「こ、これは……っ!!??」
レオノアが勢いよくなおかつテンション高く二人の前に突き出したのは、紫のビキニ水着だった。
しかし、なんというか、非常に布面積が少ない水着だった。
胸も局部も辛うじて見えない程度でしかなく、少し動いただけでもモノが見えてしまいそうだ。
女子に対してモノというのはいささか変な表現かもしれないが。
「おっと、この程度で驚いてもらっては困りますねぇ。私にはまだまだ用意があるんですから!」
続いて彼女が取り出したのは、Vの字になった水着。
つまるところ紐水着である。
もはや隠す隠さないの問題ではなく、確実に見えている。
主に尻が。
丸出しである。
「な、なんという……!」
瑞季は思わず口元を塞ぐものの、興奮状態のレオノアは止まらない。
「まだまだ行きますよ! 続いてはこちらです。かなり扇情的かつ、大胆すぎると思いましたが、雷牙さんのハートを射止めるためならばこれぐらいの恥じらいは捨てましょう!!」
三度つきだされた水着は前二つと比べると比較的布面積のあるビキニタイプだった。
一瞬それに胸を撫で下ろしそうになる瑞季だったが、先程のレオノアの言葉を思い出す。
布面積が多いのになぜ大胆すぎる?
「ま、まさかアンタそれ……!」
舞衣が驚愕の表情を浮かべ、震える指で突き出された水着を指す。
「フッフッフ、どうやら舞衣さんはお気付きのようですね。そう! 実はこの水着、濡れると透ける素材で出来ているんで――!」
「――はいダメー」
高らかに宣言するまえに先程までのテンションとは裏腹に酷く冷淡な声が割ってはいる。
まさかの素材の話に未だについていけずにいた瑞季がようやく全てを飲み込むと、舞衣がレオノアから三着全ての水着を引っ手繰った。
「あ、なにを!」
「なにを! じゃないでしょうが。なんか面白いから乗ってあげたけど色々と飛ばしすぎよ。全部痴女じゃん! 雷牙を悩殺するまえに通報されてつかまるわよ! 特に最後のヤツなんて一切隠す気ないし!!」
「雷牙さんに見てもらえるのなら本望です!!」
「このおバカ! 雷牙に見られる前に他の大多数の飢えた男共に狙われるわよ! 第一からしてこんなん着てるヤツと一緒にいる私達だって恥ずかしいわ! 雷牙だって悩殺されるまえにドン引きするわよ」
「ガーン……!」
擬音を口にしたレオノアは本気でショックを受けているようだった。
その様子に瑞季は苦笑いを浮かべながら舞衣が引っ手繰った三着のうち一つを手に取ってみる。
「というか、なぜこういった類のものがこんな場所に……?」
「あ、それは奥の方にある仕切られたコーナーにありました」
「仕切られたコーナー?」
レオノアが指差した方を二人が見やると、辛うじてそのコーナーが見て取れた。
天井近くにあるホログラム看板には『彼を悩殺! 夜のお供にぜひ!』などと黒とピンクの文字でいかがわしい雰囲気たっぷりな謳い文句があった。
「……ここの売り場はどの客層まで取り込もうとしてんのよ……」
「少なくとも、これらはプールや海に着て行けるものではないな」
「というわけでレオノア、これはもとあった場所に返してきなさい。そして三人で真面目に『て・き・せ・つ』な水着を選ぶわよ」
「はぁい……」
レオノアはシュンとしながらもゆっくりとした足取りで水着を返しに行くも、何度か二人の様子を窺っていた。
「隠し持っててもダメよー。最後にちゃんとポケットまで確認するからー」
「チッ……!」
舞衣の忠告にレオノアは渋々ながらも従う。
「すごい舌打ちだったな」
「あの子の気持ちは真っ直ぐなんだろうけど、暴走しがちだからねぇ」
「君も随分と楽しそうだったが?」
「あれはホラ、その場のノリってヤツよ。さて、ちゃんとした水着を選びましょうか。瑞季も機能性を重視するだけじゃなくて『かわいい』とか『かっこいい』とか、そういう雰囲気があるヤツで選んでみれば?」
「なるほど……」
「アドバイスってわけじゃないけど、瑞季の場合はやっぱりビキニが一番似合うかもね。下はホットパンツでもいいし、パレオがついてるやつもいいかも」
「わかった、色々と見てみよう」
助言を受け、瑞季は自分の意思で初めて水着を選び始めた。
大胆すぎず、かと言って地味すぎない。
自分の魅力を最大限に引き出せて雷牙を悩殺――もとい、注目されるようなものを選ぶのだ。
「ったく……。なげぇこと待たせやがってよぉ」
瑞季達と合流したのは二時間近く経過してからで、雷牙の正面の席に座っている玲汰は大きなため息をついた。
「いやー、選び始めると止まらなくってさ。私とレオノアは比較的早く決まったんだけど、意外に瑞季が時間かかってね」
「どうせお前が着せ替え人形にしてたんだろー。これにあれも似合うとか言ってよー」
「アハハ、バレた?」
「バレるバレないの問題じゃねぇだろ。お前がやりそうなことなんて大体わかんだよ」
呆れた様子の玲汰は何杯目かになるフラペチーノを啜る。
幼馴染同士のやり取りに雷牙は苦笑した後、瑞季とレオノアを見やる。
「これだけかかったってことは、かなりいいのに決まったのか?」
「もちろんです! なんなら今からお見せしてもいいくらいですよ!!」
「流石にそれはプールまで待たせてもらうぜ。瑞季もいいのは見つかったか?」
「え、あ、あぁ。二人が色々とアドバイスをくれたからな。そのなんだ……えっと……」
瑞季は若干言葉をつまらせながら水着の入っている紙袋の胸に抱いた。
その様子に首をかしげていると、彼女は雷牙の方を伏し目がちに見やりながら問う。
「……雷牙は、楽しみか? 私達の、というか……私の水着姿は……?」
「ッ!!」
瞬間、雷牙は雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
実際にそんな衝撃があったわけではない。
ただ、今の瑞季の態度というか仕草が見たことがないくらいに可愛らしかったのだ。
普段は凛としていて冷静沈着で顔色もあまり変えない彼女が見せた恥かしさと期待のようなものが混じった表情。
美少女といって差し支えない彼女がやると破壊力が抜群すぎる。
「お、お、おおおう。 た、たのたの、楽しみだな、うん」
「そ、そうか……!!」
パァッと瑞季の表情が明るくなった。
再びの衝撃。
雷牙は心臓の辺りを押さえてなんともいえない笑顔を浮かべる。
確か一部の界隈でこういうのを『尊死』というのだったか。
できることなら口に出してしまいたい。
『可愛すぎる』と。
皆がいる前なので必死に言葉を飲み込み、雷牙は何事もなかったようにフラペチーノを啜る。
しかし、当然ながらこんな状態で味など感じるはずもなかった。
二人の間でやたらとポワポワした空気が溢れているのは舞衣も玲汰もすぐにわかった。
付き合ってもいないのに非常に甘酸っぱい空気をかもし出している。
「……あんな状態なのに付き合ってないとかマジ?」
「……ある意味すごい子達よねぇ。というか、いい加減あの空気壊してこないとレオノアが死にそう」
舞衣の言うとおり、レオノアを見やると少しだけ俯いていた。
雷牙も決して彼女のことが嫌いというわけではない。
ただ、誰がどう見ても彼にとっての本命は瑞季なのだ。
この状況はレオノアにとって分が悪いうえに酷だろう。
「レオノアー。だ、大丈夫?」
恐る恐る声をかけようとすると、少しだけ彼女の肩が震えていた。
やはりこの状況は彼女にとってきついものがあるかと、レオノアを一旦二人から遠ざけようと肩をつかむ。
しかし、レオノアをよく見てみると、口元には笑みがあった。
「フフフ……!」
聞こえて来たのはレオノアのくぐもった笑い声。
いよいよもって限界が来てしまったかと舞衣は若干ゾッとしたものの、顔を上げたレオノアは二人、というか瑞季に対して人差し指を突きつけた。
「見せ付けてくれますね、瑞季さん。で・す・がっ!! そんな余裕も今のうちですよ!」
「み、見せ付けるなんて、私は別に……!」
「否定しなくて結構。私としては俄然やる気が出てきました。雷牙さん!」
「えっ!?」
突然人差し指を突きつけられ、雷牙が素っ頓狂な声を上げた。
レオノアはにっこりと微笑みながら彼との距離をぐんとつめて流れるような手つきで手を握った。
「プールはぜひとも楽しみにしていてください。このレオノア、最大最高の美を貴方に披露してさしあげます!」
「お、おおう……。ありがと、な?」
雷牙としてもどう答えたものかわからないのだろう。
首をかしげながら疑問符を浮かべていた。
むふーっと満足げに息をついたレオノアは雷牙の手を離すものの、舞衣はその一瞬に起きた出来事を見逃さなかった。
レオノアが手を離す一瞬瑞季の方を挑戦的な眼光で見やったのだ。
当然、そんな目をされれば瑞季とて黙ってはいられなかったのだろう。
二人の間には目に見えない火花というか、虎と竜が向かい合っているようなビジョンが見えてしまった。
「すんげぇポジティブ。ていうか逆に燃えてるな……」
「心配いらなかったわね。だけど……」
レオノアがショックを受けすぎていなかったのはいいことだが、すこしだけ問題がある。
周囲に視線を向けると、他の客と店員が好奇と若干迷惑そうな視線を向けていた。
まぁあれだけ騒いでいたのだから当然といえば当然だろう。
しかも内容が内容だけに俄然注目を浴びてしまう。
「そろそろ出ましょうか。お昼もまだだし、食べてから色々と周りましょ」
「えー。昼飯食ったら帰ろうぜー。目的は果たしてるわけだしよぉ」
「ダメよ。なんのためにアンタたち男共を集めてると思ってんの?」
「やっぱ荷物持ちか……」
「当然」
がっくりと肩を落とす玲汰とは裏腹に舞衣はニヤリと口角を上げると、やたら長い名前のフラペチーノを飲み終えてから皆に告げる。
「さて、お昼ごはん行くわよー。今日はまだまだ色々回るから、覚悟しときなさい。男二人」
その後、五人は昼を食べた後日が暮れるまで遊びつくしたのだった。
夜、自宅に戻ってきた瑞季は自室の窓際に座って外を見やっていた。
八月も終わりに近づいているものの相変わらず残暑は厳しく今日も熱帯夜らしい。
「今日も楽しかった。それに……」
机のほうに視線を向けると、購入したばかりの水着が入った紙袋がある。
それを見ると自然と口元が緩んでしまう。
が、まるでそんなことを許さないとでも言うように、端末に着信が入る。
ホロモニタを見るとレオノアからだった。
こんな時間に何の用だろうか。
首をかしげながらも着信に出る。
『こんばんは、瑞季さん。すみません、こんな時間に。少しだけいいですか?』
「ああ。問題ないが、なにかあったのか?」
『なにかあったというか、伝え忘れたっていう方が正しいかもですね』
彼女の言葉に首をかしげていると、先程までとは少し違いレオノアの声のトーンがグッと下がる。
『瑞季さん。私は決して負けるつもりはありませんから』
「え……?」
『たとえ今は貴女の方が雷牙さんにとっての一番だったとしても、私は必ずその座を奪い取ります。モジモジしてたら一気に追い抜いてしまいますよ』
「……」
瑞季は答えることができなかった。
これはレオノアから瑞季に対する明確な恋の宣戦布告。
瑞季がはっきりしない態度をとっている中でも、レオノアは一貫として雷牙へ好意を抱き続けている。
彼女の言うとおり、今のような『なぁなぁ』の状態でいればいつか雷牙は離れて行ってしまうかもしれない。
今の自分を客観的に見ると、雷牙の優しさに甘えているだけだ。
『私が言いたいのはそれだけです。では、またプールで会いましょう。そのときは、相応の覚悟で臨むことをオススメします』
最後にクスッと笑ったレオノアは通話を切ってしまった。
だが、それが逆によかったかもしれない。
「相応の覚悟、か。あぁ、そうさせてもらうよ、レオノア」
言うなればレオノアは勝負を挑んできた。
ならばそれに全力で答えるのは当然というもの。
水着勝負という若干意味不明な勝負だが、ここで負けるわけにはいかない。
覚悟を胸に、瑞季は新たに手に入れた武器を見つめるのだった。




