1-1 残り少ない夏休み
「さて……まずは一言いいたいと思います」
指定したファミレスのテーブル席で舞衣は軽い咳払いをしてから集合が遅れる原因となった少年を見やる。
「雷牙、アンタ連絡しなさすぎ!」
ビシッと指さした先にいるのは、ドリンクバーでとって来た炭酸ジュースを啜っている雷牙だった。
「夏休み中はまた集まって遊ぶ約束してたんだから、もうちょいマメに連絡しなさいよ。こっちだって予定立てないといけないんだから」
「あー……。それは悪かった。あっちでもいろいろあって忙しかったんだ」
「鬼哭刀造りが難航したのか?」
「まぁそう、だな。加工が難しい霊儀石だったからさ。時間かかったんだ」
隣に座っている痣櫛瑞季からの問いに雷牙は少しだけ視線を逸らしながら答えていた。
パッと見だと思い出し答えているようにも見えるが、舞衣にはわかっていた。
ああいう仕草をする雷牙、というより人間は大概なにかを隠している。
ここで詰問してもいいがこれ以上話を長くするのも面倒なので、細かい事情は後日聞くことにする。
「私としては雷牙さんが帰ってきてくれただけでうれしい限りです。というか少し見ない間に逞しくなっていませんか?」
「大して変わってねぇから無駄にボディタッチしてくんのはやめい!」
「ちっ……」
「舌打ちした!? 今お前舌打ちしたろ、レオノア!」
雷牙の胸筋に触れようとしていたレオノア・ファルシオンは「なんのことでしょう」と柔和な笑みを浮かべていたが、舌打ちははっきりと聞こえていた。
その横では瑞季も「私も……」と言いたげな様子で雷牙に手を伸ばしている。
無自覚にイチャつこうとする三人に額に青筋が浮かびかかったが、舞衣は一度咳払いして自分をなだめる。
決して三人の様子が羨ましいわけではない。
そう、断じてありはしない。
ここは重要である。
すると、舞衣の咳払いに気付いたのか、三人はこちらに向き直る。
「じゃ、落ち着いたところで、残り少ない夏休みの予定を建てて行きましょうか」
「おう……って言いたいけど、一人足りないぜ」
「確かに玲汰の姿が見えないな。樹と陽那はまだ帰省中だから仕方ないとしても、彼は新都にいるだろう?」
「既読もついてますけど返信がないですね。なにかあったんでしょうか?」
「どうせ寝坊よ。けどすぐに来ると思うわよ。ほら」
舞衣は三人に窓の外を見るように促した。
道路を挟んだ向かい側の歩道には、召集をかけた最後の一人、狭河玲汰の姿がありちょうど横断歩道を渡ろうとしているところだった。
彼は信号が変わるとこちらにやってきながら大きく手を振ってきた。
どうやら気がついたようだ。
そのまま店内に入ってくると、玲汰は「いやーわりぃわりぃ」と汗だくの状態で両手を合わせた。
「出がけにチビ共が遊べ遊べってうるさくってよ。中々抜け出せなくて遅れちまった」
「そんなことだろうと思ったわ。私が出てくるとき騒がしかったし」
玲汰の家は舞衣のすぐ隣にあるのである程度の状況は察しがつく。
恐らくゲームに協力してくれとか色々言われたのだろう。
「舞衣。お前、わかってんなら声くらいかけてくれよ」
「むーりー。だってあの子達に捕まったら私だって巻き込まれるもん。集合かけた私が遅れるわけにはいかないでしょ。ってか、さっさと飲みもん取ってきなさいよ。ちょうどこれからの予定立てようとしてたところだし」
「おう、ちょい待っててくれな」
玲汰がドリンクバーに向かったのを見やながら「やれやれ」と肩を竦めると、雷牙達のほうから妙な視線を感じた。
彼らの方を見やると、案の定なんともいえない笑みを浮かべた雷牙とレオノアがいた。
「なによその気持ち悪い顔は」
「いえ、以前から思っていたことですけど、お二人はなんとも仲睦まじいと思いまして」
「私と玲汰が? やめてよ、誰があんな馬鹿と」
「そうやって否定するとこもあやし――」
言いかけたところで雷牙の頬ぎりぎりを銀色の光が擦過していった。
光の正体は舞衣が突きつけたテーブルナイフだ。
「――やめろって言ってんでしょ?」
自分が出来る最大限の笑みを浮かべながら言うと、雷牙は苦笑いを浮かべて何度か頷いた。
レオノアにも笑顔を見せてやると彼女はすぐに両手を上げた。
とりあえずこれで下手に追求してくることはないだろう。
「まったく、アンタたちと違ってこっちはそういうんじゃないのよ。前から言ってんでしょ。小さいころからの腐れ縁よ、腐れ縁。はい、というわけでこの話はおしまい。ちょうどあの馬鹿も戻ってきたわけだし、さっさと予定立てるわよ」
「へーい……」
雷牙とレオノアはまだ納得していないようだったが、付き合っていたらいつまでたっても話が前に進まない。
なにせ夏休みはあと少ししかないのだ。
こうして予定を立てている時間も有効的に活用しなければ。
玲汰が席についたのを確認し、舞衣は軽く咳払いしてから端末を操作して全員に見えるようにテーブルの中央でホロモニタを展開する。
「とりあえず夏休みの残ってる期間にやる大きなお祭りとか面白そうなスポットもピックアップしておいたから、その中から絶対行きたいやつ何個か選びましょ」
「けど、これはもう決定じゃねぇか? ほら、八月の最終日にやる東京湾でやる花火大会。確か雷牙が入院してたときに話題に挙がってたよな」
「あー、そういや言ってたな。なら、これは決定でいいだろ。レオノアも瑞季も行けるんだよな?」
「問題ない。八月終盤は予定を入れないようにしていたからな」
「私も大丈夫です。その日はちゃんと予定を空けてありますから」
どうやら最終日の花火大会は全員参加可能なようだ。
「おっけい、じゃあここは決まりっと……。他にどこか行きたいとこある?」
「海水浴……って思ったけど、少し時期外れか?」
「そうねぇ、悪くはないけど……」
雷牙の提案に舞衣は若干表情を曇らせる。
決して悪い提案ではないが、彼の言うとおり少しだけ時期が遅い気もする。
「クラゲも多くなってるだろうしなぁ。あれ刺されると結構痛ぇんだよなー」
玲汰の意見も一理ある。
八月後半の海は通年クラゲが多くなる。
無論、刺されなければいい話なのだが、あの痛みを知っているとあまり積極的に入りに行こうとはならない。
「ならば、プールはどうだ? クラゲもいないし、近場にあるぞ」
「いいですね。テレビでも臨海公園近くの大きなプールがリニューアルしたと言ってましたし」
「あぁ、あそこね。私もそれには賛成。雷牙はそれでもいい? 海がいいならそっちにあわせることもできるけど」
「いや、別に海水浴にこだわってるわけじゃねぇよ。俺もそれでかまわないぜ」
「じゃ、二つ目も決まりだな。……けど、ちょっと待てよ。最近あんまそういう場所に行ってなかったから海パン合わねぇかも」
「水着か……そういえば私も新調してないわね。二人は?」
舞衣がレオノアと瑞季に視線を向けると彼女達も首を横に振った。
どうやらこっちと同じで水着を新しくしていないらしい。
「さすがにこの歳で学校指定のスク水は気が引けるわよね。じゃあ、こうしましょう。明日空いてるなら水着を買いに行きましょう。男共も来るようにね」
「そういうのって女子だけの方がいいんじゃねぇか?」
「別に一緒に水着を選べなんていわないわよ。アンタたちは自分達のヤツ選んだら待ってればいいわ。そのあとはまぁ荷物持ち要員になってもらうから」
「出たわーそういうの。第一荷物持ちって言ったってそんなに買うもんあんのか?」
玲汰は繭をひそめたものの、舞衣は肩をすくめる。
「馬鹿ねぇ。女の子ってのは色々あんのよ。で、空いてるの?」
「空いてないことはねぇけど……どうするよ、雷牙」
「俺は別にいいぜ。荷物持ちくらい楽なもんだ」
「ナチュラルに善人だなお前は……。わーったよ、俺も行くぜ。まぁ遊びの一環だと思えばいいだろ」
「なら明日十時半に集合ね。遅れないでよ?」
二人に念押ししてからホロモニタのカレンダーに予定を打ち込んでいく。
みっちりと埋まっているわけではないが、からっぽだった予定が徐々に埋まり始めた。
「さぁてと、それじゃプールの日程も決めないとね。都合の悪い日があったら言ってね。あと、同時進行で他に行きたい場所も決めといて」
複数のホロモニタを展開し、舞衣は残り少ない夏休みの予定を立てていく。
夏休みはこれから先も何度かあるが、この一年の夏休みは今回だけだ。
思う存分楽しまなくては損になる。
自然と舞衣の口元には笑みが浮かび、これから始まることに胸をはせているようだった。
「んじゃ、今日はこれで終わりだけど明日は遅れるんじゃないわよー!」
夕暮れ時、ファミレスから出た雷牙達に舞衣は大きく手を振りながらバス停へ走っていってしまった。
あっというまに見えなくなってしまった彼女の姿に、雷牙は小さく息をつく。
「……舞衣のヤツ、えらく楽しそうだったな」
「わりとイベント好きなヤツだからな。仕切るのも結構好きだし、あとは久々にこうやって集まれて多少テンションが上がってたんだろうな」
「なるほど、そういうもんか。てか、お前は帰らなくて平気なのか? 家は舞衣と同じ方向だろ?」
首をかしげながら問いかけると、玲汰は「ああ、俺はまだ用事があるんだ」と端末を取り出した。
「母ちゃんから帰ってくる時に買い物してきてくれって頼まれててな。だから、帰ることはねぇけど俺もここまでだ。じゃあな、明日遅刻すんなよ」
「お前もなー」
玲汰も買い物に行くため足早に去ってしまった。
残った雷牙とレオノア、瑞季はそれぞれ顔を見合わせると首をかしげる。
「俺達はどーするよ。俺は全然空いてるけど」
「私は特に予定があるわけではないが……」
「私もです。お母様はハクロウに用事があるとかで出ていますし、帰っても暇なんですよね」
「じゃあ適当なカフェとかでもうちょい時間潰すかー」
「だったら京都での刀造りのことを聞かせてくれないか?」
「いいですね! 鬼哭刀造りに立ち会うなんて滅多にない経験でしょうし。すごく興味があります!」
レオノアがムフーっと若干鼻息荒めに間合いをつめてきた。
瑞季も彼女ほどではないにしろ興味ありげにこちらを見つめている。
まぁ話し合いの最中も妙にそわそわしていたので来るだろうとは思っていた。
レオノアの言うとおり、刀狩者自身が鬼哭刀が出来上がる現場に立ち会うのは珍しい。
彼女達も刀狩者の卵として興味があるのも無理はない。
しかし、雷牙は僅かに表情を曇らせる。
思い出すのは京都で起きた出来事。
新たな鬼哭刀『禍断』の完成以外にも、禍姫との邂逅など色々なことがあった。
刀狩者を目指す以上、彼女達もいずれは禍姫と邂逅する日が来るかもしれないが、ここで打ち明けてしまうのはまずいだろう。
昨日帰ってきたときに宗厳か尊幽に聞いておけばよかったと、すこしだけ後悔する。
「雷牙、どうした?」
「え、あぁいや、なんでもねぇ。えっと、新しい鬼哭刀のことだよな。……うん、いいぜ。面白いヤツとも会ったし、写真も取ってあるから見せながら話してやるよ」
とりあえず今は禍姫については触れず、鬼哭刀や刹綱のことを交えながら話せば大丈夫だろう。
二人には、というより皆には時が来たら話せばいい。
「ならば静かなほうがいいだろう」
「まぁ、そうだな。あんましでかい声で話すような内容でもないし……」
「わかった。少し待っていてくれ」
瑞季は少しだけ距離を取ると端末でどこかに連絡を取り始めた。
車の行きかう音や雑踏の声で内容まではあまり聞こえない。
「どこにかけているんでしょうか」
「わかんね。なんかいい場所でもあるんじゃねぇか?」
レオノアとともに首をかしげていると、通話を終えた瑞季が戻ってきた。
「待たせたな。先方に連絡が取れた。今の時間なら個室が空いているとのことだ」
「個室って、どこの?」
「あそこのラウンジだよ」
瑞季が当然のように指差したのは見るからに高級そうな高層ホテルだった。
実際かなり高級だった気がする。
「あそこの総支配人は父と懇意なんだ。私も何度か利用させてもらっていて、ラウンジだけの利用なら無料でいいとのことだった」
「おぉう……ナチュラルに違いを見せ付けていくスタイル……」
「七英枝族は伊達じゃない、ですね……」
それなりに裕福な家庭のレオノアですらこの反応。
生徒会長である龍子や轟天館の黒羽もそうだったが、七英枝族とはなかなかにぶっ飛んだ思考をしているのかもしれない。
あっけらかんとしている瑞季に驚きながらも、雷牙は彼女が用意してくれたホテルのラウンジへ向かった。




