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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
213/421

6-6

 手の中にある鬼哭刀の感触に、雷牙の口元には自然と笑みが浮かぶ。


 鬼哭刀の重さは申し分なく、動きを制限しない重さに仕上がっている。


 そして最も評価されるべきは霊力の伝達率。


 先程まで持っていた鬼哭刀が欠陥品というわけではない。


 あれも十分すぎるくらいの切れ味と霊力伝達率だった。


 ただ、この鬼哭刀が雷牙に合い過ぎているのだ。


 霊力は瞬きするよりも速く切先まで行き渡ることはもちろん、あの鬼哭刀では耐えられなかった霊力量も平然と耐えている。


 以前まで持っていた兼定以上の性能だ。


 この感じからすると全力まで上げたとしても問題はなさそうだ。


「刹綱、すげぇよ。お前もこの刀も」


 後ろにいる刹綱に素直な賞賛の言葉を贈る。


「ありがと。でもごめん、時間がなくて完全に刃は研磨できてないんだよ。切れ味はまだ最低限しかないよ」


「問題ねぇよ。霊力が通れば俺の属性でぶった斬れる」


 申し訳なさそうに俯いた刹綱に笑いかけ、霊力を一気に上げる。


 出来たばかりの鬼哭刀ゆえ、一瞬だけチリチリと刃が震えたもののそれはすぐに治まる。


 鬼哭刀に通した霊力は赤く変色し、ぼんやりと刀身に纏っていた霊力は鋭利な刃の形を成していく。


 刃が完全に形成されると、風が雷牙と禍姫の間を駆け抜ける。


 周囲の森から落ちた葉が赤い霊力を纏った鬼哭刀の上を通り過ぎようとした瞬間、それは起きた。


 シュ、というかすかな音とともに幾枚かの葉が一瞬にして切断されたのだ。


 雷牙は一切鬼哭刀を動かしていない。


 それどころか刃は葉の方などむいていなかった。


 ただ鬼哭刀の付近を通っただけで断ち切られたのだ。


「すごい、これが雷牙くんの力……」


 背後で刹綱が驚嘆の声を上げたものの、雷牙はそれに答えることはできなかった。


 ……やっぱ、ぶっつけ本番はかなりきついな……!


 汗こそ出ていないが、雷牙の表情は険しかった。


 酒呑童子との戦いで覚醒した雷牙の属性『断切』。


 万物万象、一切合切すべてのものを一刀のもとに両断する斬撃の究極系ともいえる力。


 断切の力は鬼哭刀周辺にまで影響を及ぼしたため、先程のように舞い落ちる葉を切断したというわけだ。


 ただ、これは雷牙の鍛錬と制御が不充分なために起きた現象だ。


 尊幽の話では断切を完璧に制御した場合、今のような現象は決して起きないらしい。


 完璧に制御された断切は刀身のみに霊力が集中し、余計なものを決して切断しないのだ。


 雷牙の場合は覚醒したのが数週間前だったことに加え、鬼哭刀がなかったゆえに満足な修業ができていない。


 だが、仮にまともな修業が出来ていたとしてもたった数週間でこの力をものにするのは不可能だろう。


 そもそも属性自体が極めることが難しい力なのだ。


 断切は龍子の氷結と並び基本の属性から外れた稀有な能力。


 一生涯かけても極めることができるかできないからしい。


「……それでも今はやるしかねぇ……」


 刹綱にも聞こえない声で雷牙は断切の力を刃に集束させる。


 すると、雷牙の腕に鋭い痛みが奔る。


 刹綱を不安にさせないために顔には出すことはなかったが、今のは斬られた感覚だ。


 その証拠に袖口から血が流れ出ている。


 恐らく肘より下のどこかが数箇所斬られている。


 禍姫ではない。


 これも断切の影響だ。


 ただこれは雷牙の制御不足以外にも鬼哭刀が完璧ではないというのも関係している。


 鬼哭刀の柄や鍔はただの装飾ではない。


 あれらは属性などの余波が使用者を傷つけないよう、力の影響を刀身のみで留めるための防具のとしての役割も担っているのだ。


 雷牙が今持っているのは茎の部分に布を巻いただけの完全な抜き身の刀。


 本来ならば鍔の部分で止まるはずの力が雷牙の手元にまで影響を及ぼしている。


「雷牙くん、大丈夫?」


 険しい顔をしていたことに気付かれたようで、刹綱が声をかけてきた。


 すぐさま雷牙は腕の傷を治癒術で癒して口元に笑みを浮かべる。


「ああ、ちょっと驚いてただけだ。それよりもこれを巻いて俺におぶさってくれ。流石にこの状態でお前を守りながら戦うのはちょっときついからな」


 雷牙が渡したのは鬼哭刀の巻き布だった。


「う、うん……!」


 刹綱は雷牙の腰からそれを通し、手早く体に巻き付け、雷牙が刹綱をおぶる形になる。


 戦う以上、刹綱をここに放り出しておくわけにはいかない。


 禍姫は絶対に刹綱を狙うからだ。


 戦いにおいて弱者から狙うのは常套手段であり、強者の隙を作る手段でもある。


 だからこうやって二人一緒にいた方が守りやすいのだ。


 まぁ、機動力は僅かに落ちるだろうが、剣速にはもう慣れた。


 反応できないなんてことはない。


「わるいな、刹綱。かなり揺れるだろうけど、我慢してくれよ」


「大丈夫。ここまで来たんだからなんだって付き合うよ!」


「ありがとよ」


 口角を僅かに上げて刹綱に感謝した時、視線の先で禍姫がくつくつと笑いだした。


「まったく舐められたものよな。そんな状態で我を倒すというのか?」


「ああ。覚悟しとけ、この鬼哭刀があれば今のテメェくらいなら倒せるぜ」


「ほう、随分と辛そうに見えたがな」


 ニタリと嫌な笑みを浮かべる禍姫。


 どうやら先程までの雷牙の表情からなにか感じ取ったらしい。


「鬼哭刀の性能が高すぎて驚いてただけさ。下手に仕掛けたらお前のほうが怪我するぜ」


「ふん、軽口を叩くのも大概にしておけよ。小娘ごと亡き者にしてやる……!」


 禍姫がグンと態勢を低くして突撃の姿勢を取ると、銀磁の顔に重なる形で女性の顔が浮かび上がる。


 どうやら先程銀磁が抵抗したことで彼の身体の乗っ取りが乱れているようだ。


 それでも彼女の力が低下したわけではない。


 瞬きの間に肉薄してきた禍姫は、雷牙と刹綱の首を同時に落さんと強烈な斬撃を放つ。


 雷牙は刃の軌跡を冷静に見極めると、おぶっている刹綱に衝撃が行かないよう受け流す。


 新たな鬼哭刀は軽いながらも禍姫の重い一撃にすら見事に耐え、刃こぼれの一つすら起していない。


「やっぱり、いい刀だ……!!」


 ニッと笑みを浮かべ、雷牙は禍姫が放った二撃目を回避しカウンターの縦一閃を繰り出す。


 けれど、禍姫とて雷牙程度のカウンターに反応できないほど弱くはない。


 彼女は瞬時に体を反転させ、刃を黒い刀で受け止めた――。


「――ッ!?」


 瞬間、彼女の顔が初めて強張らせ、両者の間で鮮血が舞う。


 血を流したのは禍姫の方だ。


 彼女はすぐにその場から飛び退くと、傷口を押さえながら距離を取る。


 雷牙はそれを確認すると、肺腑に留めていた酸素を一気に吐き出して体を脱力させる。


 彼の前には黒い刀の刀身部分が地面に突き刺さっている。


 なぜ禍姫が受け止めたはずの斬撃が彼女に傷を作り出したのか。


 それは鬼哭刀が黒刃を素通りし、彼女の体に刃が届いたからだ。


 否、厳密に言えば素通りしたのではない。


 黒い刀を雷牙の鬼哭刀が断ち切ったのだ。


 それも豆腐を斬るかのようにあっさりと。


 金属同士が激しく打ち合う火花も出なければ、音すら響かない。


 これが断切の力である。


「ふぅ……」


 雷牙は速くなりかける鼓動を抑えながら静かに呼吸する。


 禍姫を見やると、彼女は冷淡な視線を雷牙とこちらの持っている鬼哭刀に向けていた。


「言っただろ。下手に仕掛けたら怪我するってよ」


 頬を伝う汗を拭いながら、禍姫を煽る。


 すると彼女は体に出来た傷をなぞる。


 ボコボコと気泡のようなものが溢れ、傷が癒えていく。


 斬鬼特有の超再生能力だ。


「……確かに凄まじい力だ。だが、我を幾度傷つけたところで、この男を解放することにならんぞ」


 禍姫は口元に嫌な笑みを浮かべたまま、悠然と折れた刀を構え直した。


 折れたはずの刃は一瞬にして再生しており、先程より纏っている霊力が濃くなっていた。


 どうやらあの一撃だけで断切に耐えられる霊力の量を見極めたようだ。


「貴様の力であればこの男を殺すことは可能だろう。しかし、この男を殺したところで我を殺すことはできない。我の本体にも傷がつくこともない。理解できるか?」


「俺の力じゃその人は救えないって言いたいのか」


「ああ。その小娘の目の前でこの男の首をはねるか?」


「……斬鬼の親玉の癖に人質とってご満悦かよ。やることがみみっちぃぜ」


「どうとでも言うがいい。貴様ら人間の評価など、取るに足らん戯言よ」


 雷牙は嫌悪感を露にしながら禍姫を睨みつける。


 が、彼女の言っていることが間違っていないのも事実。


 銀磁を斬り殺したとしても別の場所にある彼女の本体にダメージはないだろう。


 簡単に言ってしまえばここで死ぬのは銀磁だけであり、雷牙には人を救えなかったという傷が一生ついて回ることになる。


 しかも刹綱がそれを見れば、彼女の心にトラウマを植えつけてしまうことになる。


 当初の予定では黎雄の時のように極大の霊力を叩き込めば禍姫の支配が解けると思ったが、さすがにそこまで簡単な問題でもないようだ。


「雷牙くん、ちょっといい」


「ん?」


 どうやって銀磁を解放したものかと思考をめぐらせていると、おぶっていた刹綱が耳打ちしてきた。


「あのね、さっきの打ち合いの時、錬鋼眼であいつを見てみたんだけど少し変なのが見えたよ」


「変なの?」


「うん。見えたのは霊力波長だったんだけど、色が二つに分かれてた。なんて言うか、水と油みたいな感じで」


「はっきり分かれてたってことか」


「そう。多分小さい方が銀磁さんの霊力で、もう一つの大きくてどす黒い色の方が禍姫の霊力波長だと思う。まぁそれがどうしたって感じなんだけど……」


 刹綱は苦笑いを浮かべたが、雷牙は禍姫を見据えたまま逡巡する。


 彼女の乗っ取りは銀磁の抵抗によって不完全な状態になっていた。


 それはつまり、付け入る隙があるということ。


 そして雷牙の能力は全てを断ち切ることができる刃の力。


 二つに分かれている霊力波長。


 不完全な乗っ取り。


 断ち切り。


 雷牙の中で思考が繋がる。


「……いけるかもしれねぇ」


「え?」


「刹綱、やっぱりお前が居てくれて助かったよ。多分この方法なら尾上さんを解放できるはずだ」


「ほ、ほんとに!?」


「一か八かの賭けになるけどな。乗ってみるか?」


 振り返らずに問うと、刹綱の喉が鳴る音が聞こえた。


 緊張するのも無理はない。


 雷牙とて考え出した策が成功するかどうか、第一できるかどうかすらわからない。


 仮に失敗した場合、銀磁を殺してしまうことになるだろうし、刹綱にその一端を担わせる形になってしまう。


 自分でも意地の悪い問いだと思うが、この策には刹綱の協力が必要不可欠なのだ。


 しばしの沈黙が流れたものの、やがて刹綱が深く呼吸する音が聞こえた。


「……うん、乗った。銀磁さんを助けられる可能性が少しでもあるなら、私もそれに賭けてみたい」


「わかった。じゃあ、鬼哭刀を鍛える時と同じ要領で霊力を同調させるぞ。ただ今回は俺がお前に合わせるんじゃなく、お前が俺に合わせてくれるか?」


「や、やってみる」


「霊力をでかくしろってわけじゃない。波長をシンクロさせる感じだ。そうすれば一瞬だけお前の錬鋼眼の力が俺にも流れ込んでくるはずだ。あとちっとばっか揺れるだろうが、がんばってくれよ!」


 雷牙は刹綱からの返事を聞くまえに鬼哭刀を振るい、斬撃を禍姫に向けて放つ。


 地面をえぐりながら突き進む霊力の刃は、いとも簡単に弾かれるがそんなことお構いなしに立て続けに斬撃をとばしていく。


「遠距離攻撃で時間稼ぎか? なにを狙っているのか知らんが、無駄なことを」


 時間稼ぎ、確かにそうだ。


 だが、これさえうまく行けば希望を掴むことができる。


 背中では刹綱が霊力を必死に練り上げている。


 鬼哭刀を作るため体力も霊力も、そして精神力も全て使い果たしているはず。


 ……わるいな、刹綱。もうちょいがんばってくれ……!


 心の中で謝罪しながら雷牙は一際巨大な斬撃を飛ばす。


 視線の先で禍姫がそれを凄まじい力で弾くのが見え、炸裂した霊力が巨大な土煙を立てた。


 一瞬、視界から彼女の姿が消えたが、すぐに不気味な殺意が土煙の中から飛んできた。


 同時に土煙が僅かに揺らぎ、中から禍姫が飛び出してくる。


「……っ!」


「我を消耗させるつもりか知らんが、そんな小細工が通用すると思うなッ!!」


 憎悪を燃やす眼光が雷牙を捉え、漆黒の刃がさらに黒い霊力を纏うのが見えた。


 刹綱に極力衝撃を与えないためクロスレンジは避けるべきだ。


 雷牙はすぐさま回避に移ろうとした。


 瞬間、一瞬だけ彼の視界にノイズが走る。


 僅かに戸惑うものの、そのノイズが晴れた時、雷牙の瞳には今まで見たことがない光景が映っていた。


 禍姫、いやこの場合は銀磁か。


 彼の体から溢れているどす黒いオーラと、その中にある今にも消えてしまいそうな小さな新緑色のオーラ。


 直感的に雷牙はこの光景がなんなのか理解した。


 これは他者の霊力波長を色として捉えることの出きる瞳、錬鋼眼から見た光景だ。


「刹綱……!」


「なん、とか……同調できた、よね……!!」


「ああ、これだけ見えれば上等だ!!」


 雷牙は刹綱にも見えるように笑みを浮かべると、眼前まで迫っていた禍姫が放った剣閃を寸前で回避する。


 バックステップで距離を取った雷牙は霊力波長の位置を見やりながら、鬼哭刀を鞘に納めるように腰へ持っていく。


 そのまま静かに息をついた雷牙は極限まで態勢を低くして、瞳を禍姫を睨みつける。


「大丈夫か、刹綱」


「もち……って答えたい、けど……正直気を抜いたら意識もってかれそう……!」


「わるいな。刹綱、お前が来てくれて本当に助かったよ。この前言ったよな、お前一緒に戦いたいって。今がそのときだ」


「うん……!」


「二人であの人を助けるぞ!」


「りょう、かい!!」


 刹綱が更に霊力の同調率を上げたのを感じ、雷牙の視界にはより鮮明に禍姫と銀磁の霊力波長がくっきりと映る。


 二つの波長の境目にある僅かな亀裂すらも。


 スーッと雷牙は長い呼吸で一気に肺の中の空気を吐き出し、深い前傾姿勢に入る。


「抜刀術か。それでどうなる? この男を救えるとまだ思っているのか?」


 禍姫の嘲りに答えるつもりなどない。


 雷牙の中にあるのは、『斬る』という感情。


 ただその一点のみ。


「……行くぞ」


 静かに告げると、こくんと刹綱が頷いたのを感じた。


 瞬間、雷牙は地面を蹴りつけて駆ける。


 後ろに流れる景色には眼もくれず、目の前の標的だけを見据える。


 雷牙のただならぬ気迫を感じ取ったのか、禍姫が回避運動を取るものの、絶対に逃がすつもりはない。


 一歩を踏みしめるたびに加速し、彼女との距離を着実に詰めていく。


「この、人間風情が……ッ!!」


 焦燥に顔をゆがめた禍姫は回避しながら雷牙の動きを止めようと剣閃を飛ばしてくるが、極限状態で研磨された雷牙の反応速度は剣閃を凌駕する。


 飛んでくる刃を掻い潜り、さらに距離を詰め、一際強く地面を踏みしめる。


 瞬間、それを待っていたというように禍姫が空中に飛び上がり、笑みを浮かべた。


「これで終いだ、小僧ッ!!」


 放たれたのは雷牙を四方八方から切り刻まんとする、刃の塊。


 触れた瞬間に細切れになることは確実。


 逃げることが得策にも見えるが、雷牙にそんな選択はなかった。


 雷牙は飛び上がった禍姫を追尾するように跳躍する。


 刃の塊が迫るものの、そんなことお構いなしに雷牙は突き進む。


 なぜなら、彼には見えているからだ。


 一見すると隙間などないように見える刃の塊の中に存在する僅かな隙間が。


「フッ!!!!」


 静かな裂帛とともに空中に霊力に足場を作り出してそれを蹴りつけると、さらに加速。


 刃の塊を掻い潜り、ついに雷牙は禍姫に肉薄する。


「っ!」


 最後の足掻きなのか禍姫の刃が迫るが、もはやそんなものは通じない。


 ここは既に必殺の距離だ。



「――(ザン)ッ!!!!」



 二人の姿は夜空に浮かぶ満月に重なる形で交錯し、雷牙は気合いの声とともに鬼哭刀を振りぬいた。


 そのまま両者は地上に降り立ち、雷牙の頬が僅かに裂けた。


 禍姫の方は得にこれといった負傷はなく、彼女はニヤリと笑みを浮かべながら雷牙を見やった。


「く、ククク……。どうやら貴様の目論見は失敗に……ッ!?」


 悦に浸った声音で煽り立てようとした瞬間、彼女は頭を押さえてその場に膝をついた。


「な、んだ……これは……!? 小僧、我になにを……っ!!」


「……俺の力は『断切』。この世の万物万象、一切合切、全ての物を断ち切りる斬撃の極点。それは物質だけじゃなく霊力すらも断ち切ることができる」


「っ!? まさか、貴様……!!」


「ああ。断ち切らせてもらったぜ。尾上さんを縛っていたお前の霊力をな。いや、厳密に言えば尾上さんの霊力を飲み込もうとしていた、お前の精神そのものをな」


 そう、雷牙の考えた策とは、錬鋼眼によって視覚化された禍姫と銀磁の霊力を分断することだったのだ。


 断切は全てを両断する力。


 殆ど賭けであったが、その予想は間違ってなどいなかったらしい。


「馬鹿な、不完全であるとはいえこの我が貴様如きの小僧に……!」


 銀磁の体から徐々にどす黒い霊力が抜けていき、半透明の女性の姿をした禍姫が露になる。


 憎悪と殺意を雷牙に向けてくるものの、霊力だけの存在となった彼女はもはや何もできはしない。


 彼女は銀磁の体を再び乗っ取ろうとするものの、雷牙がそれを許さない。


「無駄だ。お前とこの人との間にあった繋がりは完全に断ち切った。もうお前にこの人は操らせない」


 禍姫は憤怒と憎悪が混じった視線を向けてきたが、雷牙は一切臆した様子もなく鬼哭刀を向け、一息に振り下ろした。


「がっ!?」


「失せろ、禍姫」


 両断された禍姫はいまだしぶとく雷牙を睨みつけていたが、やがてあの不気味な笑みを浮かべる。


「……まぁいい。今回ばかりは我の負けということにしておいてやろう」


「……」


「だが忘れるな、小僧。我らは再び見える運命。この身が完全に復活した時こそ貴様の最後だ。綱源雷牙……!」


 怨嗟の言葉を口にしながら禍姫は夜の闇に溶け込むように消えていった。


 気配は完全になくなり、雷牙は張り詰めていた糸が切れたのか、その場に座り込む。


 ドッと汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。


 長かった極限の命のやり取りがようやく終結した。


 雷牙の勝利、否、雷牙と刹綱の勝利という形で。




 雷牙が禍姫との決着をつけたころ、工房で戦闘を繰り広げていた尊幽もそれを感じ取っていた。


「向こうも終わったかな。んじゃ、こっちも終わりにしようか」


 妖刀を肩に当てた彼女の足元には禍姫の入れ物が踏みつけにされている。


 周囲には激しい戦闘の爪あとが残っており、天災の痕のような有様だ。


 しかし、傷だらけの入れ物とは逆に、尊幽には傷らしい傷はまるでない。


 血の跡も少し前に出血した時のものだ。


「さぁて、最後になにか言い残したいことはある?」


「……なぜ、妖刀を持つ者が人間に与する。貴様は一体なんだ?」


「んー、それは私自身わからないのよねぇ。ほんと、私って……」


 スッと尊幽の瞳に黒い殺意が宿り、彼女は一瞬にして禍姫の入れ物の首を断ち切った。


「……なんなんだろうね」


 入れ物の瞳から完全に生気がなくなったことを確認し、彼女は妖刀を鞘に納めた。


 自分が何者であるのか、それは彼女自身にもわからない。


 けれど、唯一つだけ確かなことがある。


 尊幽にとっても禍姫は敵であり、倒すべき存在ということだ。


「さてっと、雷牙を迎えに行きますか」


 激戦を繰り広げた後とは思えないほどに軽快なステップで尊幽は雷牙たちを迎えに行くのだった。

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