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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
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6-1 禍を斬る

 尊幽は刹綱が工房を移ったこともすぐに察知した。


 最初は何をしているのかと思ったものの、すぐにその意図は理解できた。


 刹綱は鬼哭刀を鍛えようとしているのだ。


 この状況下で鍛えるということは、鬼哭刀の完成は近いと考えていいだろう。


 恐らく、禍姫を追った雷牙に渡すために仕上げるつもりだ。 


「まったく、若い子は本当に無茶するんだから。……まぁ嫌いじゃないけどね」


 ニィっと口角を上げた尊幽は、挟み込むように放たれた黒刃の片方を掴み取り、もう片方を妖刀で受ける。


 出血はない。


 霊力でカバーなどという手は使っていない。


 自身の反射神経と指の力のみで受け止めただけだ。


 が、動きが止まったということは当然隙が生まれる。


「愚か」


 冷ややかな声は頭上から聞こえ、小さな影が西日に照らされて露になる。


 中天に刃を構えた少女が一体見えた。


 口元は嗜虐に歪み、強い殺意を感じた。


 彼女達の狙いは常套手段と言えるだろう。


 相手より数が勝っているのなら、一人、ないしは数人で動きを止め、止めを刺す。


 刃災の現場でも斬鬼に対して刀狩者が取る手段の一つだ。


 しかし、この程度で動きが止まる尊幽ではない。


「その程度で私が殺れるなんて思わないでほしいわね」


 冷笑を浮べた尊幽は小さく呼吸してから己の霊力を一気に放出する。


 妖刀を従えている彼女の霊力はただ放出しただけでも衝撃波となり、小柄な入れ物たちを吹き飛ばすには充分すぎる。


 本当なら他にもいろいろ方法はあったが、一番手っ取り早かった方法がこれだ。


 吹き飛んだ三人はそれぞれ忌々しげに尊幽を睨みつけている。


「おー、怖い怖い。けど本気で来ないアンタたちも悪いんじゃない?」


 入れ物達の動きは決して遅くはない。


 現段階のレベルで言うならハクロウの斬鬼対策課副部隊長クラスの実力はあるだろう。


 しかし、尊幽が予測するに彼女達はまだ本気を出していない。


「私を殺る気なら本気で来ることね。じゃないとぉ――」


 尊幽は右足を引きながらグンと腰を落とした。


 右端にいる入れ物の少女に狙いを定める。


 双眸が燐光を放つと同時に、彼女の周囲で霊力がスパークする。


「――そっ首はねるわよ」


 絶対零度の殺意を向け、彼女は体重と霊力をのせて一気に飛び出した。


 まさしく一瞬。


 瞬きする間もなく少女達の前に現れ、霊力を乗せた刃を完全に首を飛ばす軌道で振り抜いた。


 だが、響いたのは肉を裂く湿った音でも、骨を断つ渇いた音でもない。


 キィン、という甲高い金属音だ。


 見るとすんでのところで尊幽の刃は防がれていた。


 すると、入れ物の少女の顔が残虐に歪み、刃は凄まじい力で弾き返されてしまった。


 妖刀が手元から離れることはなかったが、その場から数歩後ずさる。


「我らが本気を出していないだと? それは思い違いというものだ」


「我らは測っていたのだ。貴様の力を、以前は情報が少ないがために遅れをとった」


「今は違う。この入れ物の体も分配した霊力も、全てあの時の入れ物を上回っている。そして貴様の実力もある程度わかった」


「あっそう。なら、私に勝てる算段でも建った?」


 相手の精神を逆撫でするようにやや芝居がかった口調で煽り立てる。


 が、そんな安い挑発に乗ってくるほど彼女らも甘くはない。


 クスクスと不気味に笑った入れ物たちは、同時に尊幽を見据える。


「ああ。貴様が言ったとおりここからは本気で相手をしてやろう」


「この体に多少ダメージは残るが、所詮は使い捨て」


「我らの勝利になんら影響はない」


 最後の少女が言った瞬間、彼女らの瞳に変化が起きた。


 白眼は黒く染まり、赤い瞳はより赤黒く変色していく。


 同時に周囲を濃密で重い殺気が包み込む。


 肌を焼くような感覚をに尊幽は軽く息をついた。


「……なるほど、確かにハッタリってわけでもなさそうね」


 これだけの殺意、否、憎悪と怨念の塊とでも言うのだろうか。


 まともに喰らえば常人では発狂は免れないはずだ。


 本気を出すというのはどうやら間違いなさそうだ。


 とはいえそれはそれで好都合。


 なぜなら三人の意識は尊幽に集中しているからだ。


 工房で作業している刹綱にはまだ気付かれていない。


「こっちも久しぶりに本気出してみようかな。限定的にだけど」


 尊幽は妖刀を構えると、一瞬だけ殺気を飛ばす。


 刹那、四人の姿が殆ど同時に消失し、一拍置く形で剣戟が響いた。


 放たれるのはどれも尊幽の首を落とさんとする必殺、必滅の刃。


 だが、彼女はそれを全て受け、回避し、弾く。


 そしてやられた攻撃をそっくりそのまま返すように三人を同時に相手取っていく。


 時に恐れられる刀狩者の中でも更に異質。


 魔人、否、その上を行く、人としての理を離れた存在による剣閃は次々に重ねられていった。




 工房の外から聞こえる凄まじい剣戟音。


 時に地面が揺れ、壁や屋根が不穏に軋む。


 普通の人間であればこんな状況下で作業など到底できないだろう。


 早くこの場から逃れたい。


 安全な場所に避難したい。


 誰しもがそういう気持ちが先行し、軽いパニック状態に陥るはずだ。


 しかし、この状況下であっても刹綱は非常に冷静であった。


「……」


 工房の軋みも剣戟音も、恐ろしい殺気も。


 今の彼女の集中力を邪魔することはできないのだ。


 火造りが終わり、若干無骨な鬼哭刀を鑢を用いて丁寧に形を整えていく。


 これが終わればいよいよ焼入れ作業となる。


 鬼哭刀としての性能は雷牙が試したことで保証されている。


 あとはこれに反りを加え、柔軟かつ強固な刀を仕上げるのだ。


「……待ってて、雷牙くん……!!」


 丁寧に、且つ手際よく作業を進めていく刹綱は周りの情報を全て排斥し、目の前の刀のみに向き合っていった。




 銀磁の体を乗っ取り、逃亡を続ける禍姫は山の中で立ち止まり、背後を確認する。


 何か刺されるような鋭利な感覚を覚えたのだ。


 工房の方からかすかに聞こえるのは剣戟の音だろうか。


 最初は雷牙を殺すために置いて来た入れ物達との戦闘かと思ったものの、彼女は念入りに確認するため瞳を閉じた。


 瞼の裏に写ったのは、少し前に戦った尊幽の姿だ。


「……なるほど、あの時の小娘か。鋭い気配がするはずだ」


 どうやら感じたのは彼女の殺気だったようだ。


 目当てのものは入手できたし、下手にやり合う必要はない。


 今は入れ物に彼女の相手を任せ、禍姫は再び逃走を図る。


 が、次の瞬間。


 尊幽のものとは別の気配、気迫を感じ取る。


「これは――」


 強い殺気に隠れてわからなかったが、すぐ近くにまで来ている。


 禍姫が弾かれるように上空に視線を向けると、ほぼ同時に木々の合間から影が躍り出た。



「――禍姫ッ!!!!」



 飛び出してきたのは雷牙だった。


 彼は鋭い眼光をこちらに向け、木刀ではなく白鞘に納められた刀を抜き放つ。


 そのまま体重と落下の加速を乗せた刃が禍姫を襲うものの、彼女は瞬時に作り出した黒い刀でいともたやすく防いで見せる。


「くっ!」


「ぬるい……」


 禍姫は飽きたように溜息をつくと、雷牙を乱雑に振り払う。


 彼は空中で体を回転させて近くの枝に降立つと、切先をこちらに向けてきた。


 その様子に小さく溜息をつく。


「貴様程度が追ってくるとはな。我に敵うと思うのか?」


「生憎とこっちは敵う敵わないで戦うつもりはないんだよ。その刀をテメェに渡すわけにはいかねぇんだ。返してもらうぞ」


「……羽虫風情がこの我に楯突くか。本当に貴様ら人間というのは、苛立たしい存在よな」


 心底辟易した様子の禍姫は、黒刃を振るう。


 瞬間、地面に巨大な斬痕が刻まれ、風圧だけで木々が次々になぎ倒されていく。


「ここで死ね。頼光の血族最後の生き残りよ」




 全身に怖気が走り、鳥肌が立った。


 地面を大きくえぐり地形を変えるほどの斬撃を放ったから?


 違う。


 風圧だけで木々をなぎ倒したから?


 それも違う。


 怖気の正体。


 それは彼女が発している殺意と怨念そのものだ。


 雷牙にだけ向けられたものではない。


 この世界全ての人間、つまりは人類という種そのものを憎悪し、怨みきっている。


 強くて濃い殺意は斬鬼の比ではなかった。


 雷牙は視線の先にいる妖刀の根源、禍姫を見据えたまま一切視線を動かすことはない。


 一瞬でも気を抜けば殺される。


 だが、彼の口角は僅かに上がっていた。


「……なにが可笑しい?」


「さぁな。お前を倒せるかもしれなくてうずうずしてるのかもしれねぇぜ」


「減らず口を……。ならば、せいぜい足掻いてみよ」


 刹那、視線の先で禍姫の姿が消えた。


 全身に走った悪寒は反射的に雷牙に防御の姿勢を取らせた。


 襲って来たのは凄まじい衝撃。


 眼前に現れた禍姫が黒刃を振るい強烈な斬撃を放ったのだ。


 防御が間に合わなければ確実に命を刈り取られていただろう。


 だが、この程度で気圧されるわけにはいかない。


「ウルァッ!!!!」


 グッと柄を握り、雷牙はそのまま黒刃を弾き返す。


 禍姫は一瞬驚いたようだったが、この隙を逃す気はない。


 やることは酒呑童子の時と同じだ。


 守り一辺倒ではいずれ押し負ける。


 ならば、攻め込むのみ。


 僅かな隙を見逃すな。


 活路を手繰り寄せろ。


 己に言い聞かせながら、雷牙は裂帛の雄叫びを上げる。


「オオオオォオォォオオオォオォッ!!!!」


 魂を鼓舞する叫びと共に、雷牙は禍姫に向けて刃を振るう。


 しかし、刃は寸前で止められる。


 大きな火花が散ったが、攻撃の手は緩めない。


「まだまだぁッ!!!!」


 即座に鬼哭刀を戻し、枝を蹴って空中に躍り出る。


 体を捻りながら禍姫の顔面に目掛け、強烈な回し蹴りを撃ち放つ。


 完全に復活した禍姫であればこの程度であれば余裕で対処できただろう。


 だが、彼女が使っているのは自分で作り出した入れ物ではない。


 彼女自身が忌み嫌う人間の体だ。


 銀磁の体には銀磁特有の癖や動作が染み付いてしまっている。


 いかに妖刀の根源とはいえ、たかが数時間で万全に使いこなすことは不可能だ。


「ぶっ飛べッ!!」


 禍姫は咄嗟に腕を上げて防御したものの、既に遅い。


 的確にヒットした蹴打は確かな手ごたえと共に禍姫を吹き飛ばした。


 足に残った感覚的に手首はしばらく使い物にならないだろう。


 斬鬼のような超回復がなければの話だが。


 とはいえ最初から回復させる気は毛頭ない。


 雷牙は空中に足場を作り出し、それを蹴って禍姫を追う。


「……すんません、尾上さん。少し傷めつけさせてもらいます……!」


 禍姫から解放するためとはいえ、何の関係もない彼を巻き込むのは心苦しい。


 だが、やらねばならない。


 ここで彼女の目論見を阻止しなければ、こちらが圧倒的不利に陥ってしまう。


 童子切の奪還はなんとしても成し遂げなければ。




 尊幽にやや遅れる形で宗厳も屋敷へ辿り着いた。


 裏手の工房では戦闘音が響き、衝撃波や斬撃が飛び交っているのが見える。


「善綱を巻き込んでくれるなよ……」


 戦闘の激しさを感じながら、彼は工房へ向かう。


 すると、その途中で尊幽の攻撃によって吹き飛ばされてきた少女の形をした禍姫の入れ物が彼の前に現れる。


「こいつは……」


 すぐさま鬼哭刀の柄に手を伸ばすと、入れ物は宗厳に狙いを定めたのか黒く赤い瞳を不気味に光らせる。


 以前出会った時よりも憎悪や怨念はもちろん、霊力の量も上がっている。


 尊幽を相手にする対抗策を講じたというわけか。


「だが、その程度では――」


『相手にならない』と続けたかったものの、突如として飛来してきた影によってその声は遮られてしまった。


「アンタの相手はこの私でしょうがッ!!」


 怒声交じりに飛び込んできたのは尊幽だった。


 若干砂煙にまみれた彼女は入れ物と宗厳の間に立った。


「……最後まで言わせんかい」


「知らないわよ。てかおっそい! ほんとジジイはノロマなんだから!!」


「無茶を言うでないわ。まぁそれよりも雷牙と善綱は無事か?」


「善綱は雷牙が傷を治したはずよ。今も気配は小さくなってるけど多分生きてる。雷牙には、禍姫を追わせてる」


「なに?」


「善綱の弟子の体を乗っ取ったのよ。んで、今は童子切を持って逃走中。それを雷牙が追ってる」


「なんて無茶を……」


 宗厳は頭を抱えそうになったものの、この際細かい文句は言ってはいられない。


 それに銀磁の体を乗っ取っているということは禍姫の力もいくらか落ちているはず。


 今はそれに賭けるしかない。


「ともかくアンタは善綱を病院に連れてって。傷は治しても適切に処置しないと手遅れになる」


「わかった。刹綱はどうした?」


「工房でまだ刀を造ってるわ。そしてその刀がきっと禍姫を退ける鍵になる」


 尊幽は口角を上げると、眼前にいる入れ物と再び剣戟を交えながら消えていった。


 尊幽があれだけ期待している。


 どうやら刹綱が作りだそうとしている鬼哭刀は相当な出来のようだ。


「ならば、こちらも善綱を救わねばなるまい」


 宗厳は足早に善綱がいる工房へ向かった。

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