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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
204/421

5-3

 金属を打つ音が工房に響き、同時に火花が舞い散る。


 今は鬼哭刀の元となる玉鋼と霊儀石の融合金属の製作の真っ最中だ。


 刹綱は槌を振り下ろし、二つの素材を均等に混ぜ合わせていく。


 後ろには彼女に向かって霊力を送り込む雷牙の姿があり、額や顔にはじんわりと汗が浮かんでいるのが見える。


 雷牙は思わず汗を拭おうとしたが、金属を鍛える刹綱の姿を見やるとそれをやめた。


 彼女の頬を伝う大粒の汗が見えてしまったからだ。


 刹綱を挟んでいるがゆえに雷牙が感じる熱さはある程度軽減されていた。


 しかし、刹綱は違う。


 真っ赤に燃える火床の温度は千度を軽く越える。


 近づいただけで肌が焼けるような熱さを刹綱は殆ど直に浴びている。


 しかも融合金属を鍛えるため槌を振り下ろすたびに飛び散る火花も彼女の肌を焼く。


 ゆえに雷牙は汗を拭おうとした手を引っ込めたのだ。


 ……この程度でへばっちゃいられねぇよな。


 刹綱はどれだけ熱さを感じても汗は拭わない。


 その一瞬が鬼哭刀造りにおいて命取りになるかもしれないからだ。


 ゆえに雷牙も彼女にならって汗を拭おうとした手を引っ込め、霊力を送り込むことに再度集中する。


 彼女を最大限サポートするため、最適な量の霊力を着実に送る。


 それが今雷牙にできる唯一のことだからだ。


 工房には鋼を鍛える音が絶えず響く。


 それはまるで新たな鬼哭刀を造るため、一歩一歩前へ進む足音のようでもあった。




 隣の工房から聞こえる音に善綱は笑みを浮かべていた。


「刹綱め、随分と楽しげに槌を振るっているな」


 肩をすくめた善綱だったが、それを聞いていた銀磁は怪訝な表情を浮かべる。


「楽しげ、ですか?」


「ああ。この前と比べて音に迷いや不安がなくなった。初日はおっかなびっくり、失敗した次の日は恐怖と不安でいっぱいだった。まぁ俺ぐらい長く刀を造っていると槌を振り下ろした時の音で、ある程度その人間の感情がわかってくるものよ」


「なるほど。僕はそれがわからないということは、まだ師匠の領域に達していないということですね」


「くはは、当然。独り立ちできるとは言ったが俺から見ればお前もまだまだ駆け出しの小僧のようなものだ」


「小僧って……僕はもう三十なんですが」


 若干不満げな銀磁だったが、善綱からすれば彼も刹綱も大差ない。


 もちろんそれは年齢の話で、技術云々はまた別の話だが。


「まぁお前が小僧かどうかは置いておくとして、刹綱がまた前向きに刀造りに取り掛かってくれたのはいいことだ」


「そうですね。あのままだと本当に折れてしまいそうでしたから……彼に感謝するべきでしょうね」


「刹綱を立ち直らせてくれた礼もこめてこの刀も万全の状態にしてやらねばな」


 フッと笑みを浮かべた善綱の前には、抜き身の状態の童子切があった。


 けれど、その形状は昨日と比べると僅かに違っていた。


 昨日まで童子切は柄はおろか、鍔も鞘も、一切の刀装具がない状態だった。


 まさに抜き身の状態であったのだが、今彼らの前にある童子切には柄が出来ていた。


 鉄紺色の柄糸は平巻で全体的に紐による盛り上りが少なく、手に馴染むようにこしらえてある。


「大雑把に分けると残るは鍔と鞘ですが。素材の目星は?」


「それぐらいついている。なんのためにあれだけ失敗したと思っているんだ」


 善綱が指差した方には廃棄された刀装具が山のように積み上がっていた。


 高さは先日尊幽と宗厳が訪れた時の倍ぐらいになっているだろうか。


「しかし、工房と保管庫にある素材は全て使い切ってしまった。発注してある素材は今日中に届く手はずになっているが、俺達の方でも集めて来なければな」


「必要なものは?」


「霊鉱の岩石と質のよい霊儀石、あとは霊穴付近に置いてある乾燥させた木材だな。共に行動しても時間がかかるだけだ。二手に分かれて採取しよう」


「では、僕は木材を取って来ます。多少距離もありますから」


「この俺を年寄り扱いとは、お前も言うようになったな」


「そういう意味ではありませんよ。ただ、その方が効率的だと考えただけです」


「……まぁいい。では、素材を取りに出かけるとするか。刹綱に声は……いや、やめておこう」


 鋼を鍛える音は一定で揺らぎがない。


 集中の極地に達している証拠だ。


 こんな時に声をかければ彼女の邪魔になってしまう。


 雷牙にしてもそうだ。


 一定の霊力を着実に流し込むのは簡単なことにも見えるが、非常に精神をすり減らす作業でもある。


 僅かな霊力の乱れが鬼哭刀の出来を大きく左右してしまうかもしれない。


 善綱は口角を上げると、採掘用のつるはしが入った籠を背負う。


「午後二時までには戻れよ。その頃には発注分も届いているはずだ」


「了解しました。ついでにこの間乾燥させたものの状態も見て来ます。では」


 銀磁は籠を背負うと、軽く一礼してから工房を出て行った。


 彼が向かったのはここから数キロ離れている山間にある霊穴だ。


 規模は小さいが、霊穴から常時吹き出す霊力によって周囲の木々や草花には霊力が染み付いている。


 霊儀石のような変異こそ起していないが、それらの素材は刀装具のいい材料になるのだ。


 今回使うのはそこで長期間乾燥させ、霊力を多量に含んだ木材だ。


 常人であればそれなりに時間がかかる道のりだが、銀磁はかつて刀狩者を志していた者だ。


 霊力で身体能力を向上させればそこまで時間もかからずに往復できるだろう。


「では俺も行くとするか」


 銀磁に続いて善綱も工房を出て行く。


 向かうのは屋敷の裏山の中腹にある霊鉱だ。


 童子切の霊力波長は把握している。


 完璧に一致する霊儀石はないかもしれないが、似ているものを探すことはできるだろう。


「俺の経験と実力の見せ所だな」


 鞘と鍔の素材にはある程度目星がついている。


 あとはその配合量を見極めることだ重要だ。


 善綱の片目は錬鋼眼へ変化していた。


 口元にある笑みは己の技術に対する絶対的な自信を現しているようだった。




 融合金属を打ち続けること数時間。


 不意に鋼を鍛える音が止んだ。


 それに気付いた雷牙が顔を上げると、融合金属を金鋏で持ち上げた刹綱の姿があった。


 赤熱する融合金属は素人目には特に変化があるようには見えない。


 あるとしても二つの素材が合わさって少しだけ大きく見えたくらいか。


 すると、まじまじと融合金属を観察していた刹綱の口角が上がった。


「ふ、ふふふふ……」


 聞こえてきたのは小さな笑い声。


「お、おい。刹綱、平気か?」


 恐る恐る問うてみると、キラリと彼女の瞳が輝いた。


「やったよ、雷牙くん! 融合は完璧!!」


 喜びを露にした刹綱は雷牙に向き直ったものの、それと同時に高温に熱せられた融合金属も同じようにこちらに向くこととなる。


 その高さはちょうど雷牙の鼻先ぎりぎりに赤熱した鋼が突きつけられる形になる。


「あっ……」


 しまったと刹綱の表情が固まったものの、勢いはそう簡単に殺せるものではない。


 一拍置いて僅かに『ジュッ』という何かが焼けるような、蒸発するような音が聞こえた。


「ッ!!!???」


 僅かに感じた熱と音に雷牙は反射的に後ずさる。


 すぐさま鼻が無事が確認すると、幸いなことに火傷などは見られない。


 どうやら鼻先に浮かんだ汗が熱で蒸発しただけのようだ。


 ホッと胸を撫で下ろしてからジト目で刹綱を見やると彼女は「あ、アハハ……」と申し訳なさげな笑顔を浮かべていた。


 彼女の様子に雷牙は小さく溜息をつく。


「見せてくれるのはいいけど、そういうのは一旦落ち着いてからやってくれ……。マジで鼻がなくなるかと思ったぜ」


「ご、ごめん。つい興奮しちゃって」


「まぁいいさ。それだけ融合金属が良い出来だったってことだろ?」


「そう! そうなんだよ!!」


「どわっ!? と、とりあえずその金属を置け! 危なっかしくてしょうがねぇ!」


 興奮気味に詰め寄ってくる刹綱に手には未だに金鋏が握られており、その先には未だに赤いままの融合金属がある。


 治癒術で治せるとはいえ火傷しそうになるのは勘弁だ。


 刹綱は「あぁごめん!」と金床に金属を置くと改めてこちらに向き直る。


「いやぁでも本当に今まで一番良い出来なんだよ。この状態での融合率は完璧。全体に一切の狂いなく霊儀石が行き届いている」


「そうなのか。俺にはまだ真っ赤にしか見えないからよくわかんねぇけど……」


「もう少し冷えればわかると思うよ。この融合率だと多分少し蒼く見えるはずだよ」


「へぇ、それは楽しみだな。すぐに冷えるもんなのか?」


「うーん、急速に冷やす手もあるけど、ここはやっぱり自然に冷やした方がいいかも。その方が発色がいいんだよね」


「じゃあしばらく待ちだな」


 時計を見やるとお昼を少し過ぎたところだ。


 すると、二人の腹の虫が殆ど同じタイミングで鳴った。


「休憩入れずに作業してたから流石に腹減ったな。俺は霊力送ってただけだけど……」


「それじゃあおばーちゃんに頼んでお昼作ってもらおうか。なんでもいい?」


「好き嫌いはねぇから任せる」


「おっけ。じゃあついでにお風呂も入っちゃおうか。流石に汗でベタベタだし……」


 刹綱が言うように雷牙も汗でかなりべたついている。


 汗を流せるのであれば流したい。


「そうするか。これは放っといて平気なのか?」


「ちゃんと隠しておくから大丈夫。あ、そうだ。お風呂一緒に入る?」


「入るか!」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべた刹綱に即座に言い放つ。


「冗談冗談ー」


「ったく……。ほれ、さっさとそれしまって屋敷に行くぞ」


「はーい。ちょっち待っててねー」


 赤い融合金属を金鋏で持ち上げると、彼女は耐熱の保管庫に収納した。


 そのまま厳重に鍵をかけたのを確認し、二人は昼食とシャワーを浴びるため屋敷に戻る。


 ひとまずのところ融合金属は完成し、一つの峠は越えた。


 とはいえまだまだ鬼哭刀完成の道のりは遠く険しい。


 しかし、雷牙と刹綱はこれから先の不安など微塵も感じていないようだった。




「よし、とりあえずはこんなところかな」


 額に浮かんだ汗をタオルで拭った銀磁は満足げに籠の中を見やった。


 籠には以前から乾燥させておいた刀装具に使う木材が所狭しと並んでいる。


 木材は乾燥を始めてから五年以上のもので、その中でも選りすぐりのものだ。


「これと発注分があれば足りるかな。おっと、もうこんな時間か……」


 端末の時計を確認すると午後二時まで十分を切っていた。


 すこしばかり作業に集中しすぎてしまったようだ。


「少し走れば間に合うか。まぁ多少の遅刻なら師匠も許してくれるだろうけど」


 籠を背負うと銀磁は軽く体を解してから霊力で身体能力を強化する。


 彼はそのまま駆け出そうとしたが、ふと足を止めた。


 視界の端に何かを捉えたのだ。


「あれは……」


 そちらに向き直ってみると、森の中少女が歩いていた。


 背丈から察するに小学生低学年かそれよりも下だろうか。


 この山は善綱が所有する私有地で、他人が入ってくることは滅多にない。


 非常に確立の低い話だが、近くの山で親とはぐれてここまで歩いて来たことも考えられなくはない。


 しかし、そう考えると少し妙だ。


 普通こんな山奥で親とはぐれれば子供ならば泣きじゃくるものではないだろうか。


 視線の先にいる少女はただ歩いているだけで、泣いている素振りは見せていない。


「……」


 銀磁は不審に思ったが山中で子供を放っておけるほど冷徹にもなりきれない。


 彼は小さく息をつくと、足早に少女の下へ駆け、声をかける。


「お嬢ちゃん。大丈夫かい?」


 銀磁の声に少女が振り返った。


 服装は簡素なもので真っ白なワンピースとサンダル。


 とてもではないが登山をしにきたという装備ではない。


 肌も病的なまでに白く、僅かに浮き出た血管には痛々しさすら感じる。


 それでいて瞳は鮮血を垂らしたかのように赤い。


 アルビノというヤツなのだろうか。


 尊幽も似たような見た目だったが、彼女はここまで異質ではない。


 少女を前に思うことではないが、少しだけ不気味に見えてしまう。


「お父さんやお母さんはいないのかい?」


 気取られないように問うと、少女は溜息をつくような素振りを見せた。


「……まぁこれでいいや」


「え?」


 疑問符を浮かべた瞬間だった。


 少女の口元が邪悪に歪んだのを銀磁は見逃さず、反射的にその場から飛び退いた。


 すぐさま顔を上げた彼の顔には大粒の汗が浮かんでいた。


 暑さのせいではない。


 少女が発したとんでもない殺意と威圧の影響だ。


「へぇ、よけられるんだ。ただのゴミかとおもったけどちがうみたい」


「…………ッ!!」


 にっこりと笑う少女だったが、それは人間がしていい笑顔ではなかった。


 全身に怖気が走るのを感じ、すぐさま腰の短刀型の鬼哭刀を抜き放つ。


 目の前にいるのは怪物だ。


 斬鬼の姿がよぎったが、とんでもない。


 あれは()()()()()()()()()()


 もっと強大なナニカだ。


 すると、少女の真紅の双眸が強く光った。


 まずいと思ったが既に遅い。


 赤い瞳に射竦められると同時に体から一切の自由が奪われてしまったのだ。


 足も腕も首すらも動かすことができない。


「でもこれくらいでうごけなくなっちゃうんだ。やっぱりあのふたりほどではないみたい」


 少女は残念そうに息をつくとゆっくりとした歩みで近づいてい来る。


 その間もこの場を脱しようとするものの、恐怖で足が竦み動けなかった。


 やがて目の前にまでやってきた少女の手が銀磁の顔に添えられる。


 ()()()()()()()()()()だった。


「だいじょうぶ。いまはまだころさないであげる。だってあなたは……」


 妖しい色香すら感じる声音に背筋が凍り付く。


 真紅の双眸が至近距離で銀磁の瞳を覗き込んでくる。


 カチカチと聞こえるのは自分の歯が鳴らす音。


 純粋な恐怖。


 銀磁の心はそれに埋め尽くされてしまった。


「しばしの間()()()となるのだからな。光栄に思えよ、人間」


 少女の口からまったく別の声が聞こえるのと同時に銀磁の意識は闇に呑まれた。


 ただ、意識が遠のく一瞬。


 彼は師や妹弟子の身を案じるのだった。




「ん?」


 昼食に出してもらった素麺を啜っていた雷牙は次の素麺に伸ばした手を止めた。


 一瞬、なにか妙な気配を感じたのだ。


 刺さるような、肌がひりつくような。


 ともかくあまり気持ちの良い気配ではない。


「どしたの?」


 手を止めたことを疑問に思ったのか刹綱が首を傾げた。


 彼女も、彼女の祖母も今の気配を感じていないようだった。


 自分の気のせいだろうか。


 雷牙は一度周囲を見回したが特に変化があるわけではない。


 そればかりか先程感じた気配は忽然となくなっている。


 まるで最初からなかったように。


「……いや、なんでもねぇ」


 雷牙は首を振ると素麺に手を伸ばす。


 刹綱と彼女の祖母はそれに首を傾げたが深くは追求してこなかった。


「これ食べたら融合金属見に行こ。そろそろ冷えてるはずだから」


「おう。楽しみだな」


 若干の胸のひっかかりを感じながらも、雷牙は昼食を続けた。

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