4-5
翌日、雷牙と刹綱は電車を乗り継いで大阪の大型遊園地へ向かっていた。
より厳密に言うと遊園地ではなく、映画などの世界観を落とし込んだ巨大なテーマパークらしい。
まぁそれ自体はどちらでもよい。
テーマパークだろうが遊園地だろうが、ともかく楽しく遊べればそれでよいのだ。
隣に座る刹綱を見やると、タブレット端末をいじっていた。
表情は明るく、昨日の泣き顔のようなくらい表情は見られない。
ひとまずそれに安堵していると、刹綱がこちらを向いた。
「どうかした?」
まじまじと見すぎてしまったようだ。
「え、あぁー……いやー……」
どういう風にいいわけしたものかと迷ったものの、雷牙はなんとか自分らしい答えをひねり出す。
「ひ、昼飯!」
「お昼?」
「そ、そう! どういうのがあるんかなーって思ってよ。なんかオススメあったりするか?」
「まぁいろいろあるけど……もうお昼の心配してるの? さっき朝御飯食べたばっかりだけど」
「いやー、なんつーかできるならそこでしか食べられないもん食いたいなーって思ってさ。は、ハハハハ」
表情を窺っていたことを気取られないように取り繕ったが、かなり渇いた笑いが漏れてしまった。
演技が下手にもほどがあると思う。
刹綱は首をかしげ、怪訝な表情を浮かべていたがやがて納得してくれたのかタブレットに視線を戻した。
「まぁ確かに雷牙くんの言うことももっともだよねぇ。どうせなら私も限定品がいいし」
「だ、だよなー。アトラクションもいいけどやっぱり飯も重要だぜ」
なんとか切り抜けたものの、雷牙の声はまだ上ずっているところがあった。
ここまで取り乱すには理由がある。
昨晩、そして今朝のこと。
刹綱と二人でテーマパークに遊びに行くことを宗厳と尊幽に告げたのだが、それがまずかった。
宗厳の方は「楽しんでこい」と送り出してくれたのだが、問題だったのは尊幽の方だ。
彼女はその話を聞くやいなや「デート? デートよねそれ!」と興奮した様子で詰め寄ってきた。
当然のことながらそれは否定したのだが、人をおちょくるのが性なのか彼女はにんまりと笑みを浮かべてこう言っていた。
『男と女が二人で遊ぶならそれはもうデートでしょー。手が早いわねー』
思い返しただけで今でも口元に手を当てて笑う彼女の姿が頭をよぎる。
それ以降は相手にしないようにしていたのだが、その後もことある事に「デート」と連呼される始末。
しかも今朝は出かける直前に「デート頑張ってねー」とものすごくはつらつとした笑顔で言われた。
気にしなければいいのだが、あれだけ長い間「デートデート」言われていると、これが本当にデートなのでは思ってしまう。
無論、そうでないことは理解しているのだが、周りからみれば普通にそう見えてしまうのかもしれない。
「…………いやいやいや、これはあくまで刹綱に自信を取り戻してもらうためのリラックス休暇だ……デートじゃないデートじゃない…………」
言い聞かせるように刹綱に聞こえない声で繰り返すものの、下手に意識するとまた尊幽のあの顔がチラつく。
「雷牙くん」
「はぇっ!?」
不意に声をかけられ、変な声をあげてしまった。
周囲の乗客から軽く笑われてしまい、照れ隠しに咳払いしてから刹綱に向き直る。
「なんだ?」
「いや、お昼ここでどうかなーって思って。期間限定メニューあるし、口コミもいい感じだからさ」
タブレットを受け取ってディスプレイを確認すると、テーマパーク内のレストランの情報が載っていた。
「ビュッフェスタイルか、確かに良さそうだな。たくさん食っても問題なさそうだ」
「やっぱりいっぱい食べるんだ。そんな感じしたんだよねー。私の友達にも刀狩者志望の子がいてその子もたくさん食べるからさ」
「体力使うし、霊力も食事で回復するからなぁ」
「え、そうなの!?」
「おう。基本的に霊力は睡眠とか休息とかで回復するんだけど、足りない分は食事でまかなっている部分もある。まぁ食事で回復させるのは結構稀らしいけどな」
「ふぅん。ちなみに雷牙くんってどれくらい食べるの?」
「その辺はまぁ後で見せてやるよ。多少は覚悟しといてな」
雷牙の食事風景をはじめて見る者は大概絶句するか、驚愕のあまり箸が止まる。
恐らくは刹綱も同じことになるだろうと思っていると、車内にアナウンスが入った。
どうやら最寄駅に着くようだ。
「もうすぐだね。よっし、じゃあ今日はとことん楽しむよ!」
「おう。軍資金もたんまりあるし、がっつり羽根を伸ばそうぜ」
雷牙と刹綱がテーマパークに到着した頃、善綱の工房には宗厳と尊幽の姿があった。
「そろそろ着いた頃かしらね。私も一緒に行けばよかった」
「お前が一緒では辺に気を使わせるだけで意味がなかろう」
「違うのよ。こう若い二人が青春してるところを眺めていたいって言うかさぁ。気になるじゃん?」
「ただ野次馬したいだけじゃろう」
宗厳は呆れたように大きなため息を漏らした。
昨晩雷牙が帰って出かけると言ったあたりから彼女はずっとこんな調子である。
雷牙は刹綱との色恋沙汰を否定していたが、長いこと人間と接触していない尊幽からすると気になってしょうがないのかもしれない。
まぁ明らかに行き過ぎていたが。
「にしても雷牙もなかなか思い切ったことするわよね。刹綱をリフレッシュさせるために遊びに行こうって誘うなんて」
「そうだな。しかし、お前もよく許したものだな、善綱よ」
宗厳は童子切の整備を行っている善綱に声をかける。
彼は新しく造った刀装具の状態を確認しながら「まぁな」と頷いた。
「刹綱は確かに刀造りの才能はあるが、あれで今まで失敗をして来なかった。ゆえに今回の失敗でかなりへこんでいたようだったからな。息抜きも必要だと考えたまでだ」
「なんやかんやで心配してんじゃーん」
「大事な孫娘だ。心配してなにが悪い。厳しい言葉をかけることはあるが、全てはあの子を成長させるためだ」
「今回の息抜きもその一環というわけかの?」
「……そうだな」
善綱は一度刀装具を置くと、座ったまま宗厳を見やる。
「刹綱が失敗の恐怖から脱するためには、雷牙のような者が必要だと思った。あの子が自分の原点を思い出すためにはな」
「原点?」
「それってつまり刹綱が鍛冶師を目指すきっかけみたいなもんでしょ? それが雷牙とどんな関係があるってーのよ」
尊幽の言葉に宗厳も顔に出すことはなかったが内心では妙だと思っていた。
雷牙は刀狩者で、刹綱は鍛冶師。
どちらもまだ卵ではるが、ゆくゆくは関係が深くなるだろう。
けれどなぜ刹綱が自分の原点を思い出すためになぜ雷牙が必要なのか。
少しだけ考え込んでいると、善綱が鼻を鳴らして笑った。
「お前達が知ったとしても意味はない。気にするな」
「なんでそういう棘のある言い方しかできないのよアンタは」
「こういう性格だからな」
ハッハッハと尊幽を軽くあしらい、善綱は自分の作業に戻っていく。
彼の前には刀の部分ごとに並べられた刀装具があり、これから一つ一つ組み合わせて童子切に最適な刀装具を選ぶのだ。
この作業自体は童子切を渡した時から行っているらしいのだが、昨日までで既に数十回は失敗しているらしい。
善綱の背中から視線を外して工房の廃品置き場を見やると、刀装具の残骸がこれでもかと積まれていた。
破損の仕方も様々で、爆裂したようなものもあれば、綺麗に裂けたような形をしたモノもある。
「刹綱のことばっか気ぃかけてないでアンタもそれちゃんと終わらせなさいよー。刹綱ができてアンタができなかったらマジ笑えないわよ」
「フン、おかしなことをいうババアだ。俺を誰だと思っている。天下五匠の一人だぞ」
「はいはい。ソレハ失礼シマシター」
善綱がこちらを向いていないのをいいことに、尊幽は「べー」と舌を出し、鼻息荒く工房を出て行った。
宗厳はそれを追おうとしたが、その時善綱が小さく呟いた。
「……この程度ねじ伏せられんようでは、童子切を超えるなど不可能だからな……」
誰に向けられたものでもない。
ただ己に言い聞かせるような声に、宗厳は口角をあげると無言のまま工房を後にした。
テーマパーク内や周辺の関連施設にはファミレスはもちろんのこと、多くのレストランが軒を連ねた所謂レストラン街がある。
その一つ、ビュッフェスタイルで食事が楽しめるレストランで雷牙と刹綱は食事を終えて出てきた。
「いやー、それにしてもおっかしかったねー」
雷牙の隣で刹綱は楽しげな笑顔を浮かべている。
「そんなにか?」
「そりゃそうでしょー。だってビュッフェレストランの店員から『お客様。大変申し訳ありませんが、もう少し食事を調整していただいてもよろしいでしょうか』とか普通言われないって」
くくくく、と思い出し笑いを浮かべる刹綱に対し、雷牙は肩をすくめた。
まぁ言われて見ればあの店員の行動もわからなくはない。
レストランで食事をしていた時、雷牙は比較的調節して食事をしていたつもりだ。
だが、調節していたとは言っても雷牙の食事量は尋常ではない。
凄まじい勢いで料理を平らげていく雷牙に危機感を覚えたのか、店員が出てきて言ったのが今さっき刹綱が言っていたセリフである。
「ていうか、店員って行っちゃったけどあの人多分店長だよ。さすがにやばいと思ったんだろうねぇ。あのまま雷牙くんに食べられ続けたら店の食材がなくなるって」
「いやさすがに俺でもそこまでは……いや、できなくはねぇか……」
「否定しないんかーい」
「いや食った先から霊力に変換すれば割と行けそうだなって思って」
「それやられたら大体の飲食店は閉店を覚悟すると思うよ。いやーでも、私の友達でもあそこまで食べる子はいなかったなー」
「それって刀狩者を目指してる友達か?」
刹綱は「そだよ」と雷牙の前に出て後ろ向きに歩きながら笑みを浮かべた。
「幼稚園からのつき合いでね。轟天館にいる子もいるし、星蓮院に行った子もいたかな。ほら、この子達」
端末のホロモニタには刹綱を含めた数人の少女と少年達の写真が写っていた。
これは中学の卒業式の写真だろうか。
「仲が良さそうだな」
「まぁ全員幼稚園からのつき合いだからねー。小さい頃から将来は『刀狩者になるー!』って言ってたっけ……」
懐かしむような表情を浮かべる刹綱。
けれどなぜだろうか、雷牙には彼女の瞳に切なさを感じてしまった。
まるでもうかなわない過去の夢を思い出しているような、そんな雰囲気だった。
「あ、そうだ! この際雷牙くんが刀狩者を目指すようになったきっかけ教えてよ」
「別に構わねぇけど、随分唐突だな」
「いや、昔のこと思い出したら気になっちゃってさー。お願い!」
顔の前で手を合わせた刹綱は可愛らしくウインクして見せた。
先程まで見せていた切なげな瞳のことは気がかりではあるが、雷牙は「いいぜ」と答えから周囲を見回した。
「どうせなら落ち着いて話せるところがいいよな。どっかいい感じのところは……」
「あ、それならこの先にカフェがあったはずだよ。そこ行こっか!」
「そうだな。じゃ、行こうぜ」
二人はそのままカフェに向かう。
話自体は唐突だったが、これはこれでいい機会だ。
刀狩者を目指したきっかけを話せば、自然な流れで刹綱が鍛冶師を目指したきっかけを聞ける。
渋られてもこっちが話したのだからと言ってみれば刹綱も話してくれるかもしれない。
少し卑怯かもしれないが、これはこれで一種の交渉術であると思う。
そして気がかりなのは善綱の言っていた『原点』と言う言葉。
わざと強調するように言っていたことから、刹綱が鍛冶師を志した原点に彼女が今抱いている不安感や恐怖心を取り除けるヒントがあるのかもしれない。
若干の申し訳なさを感じながらも、雷牙は刹綱の後をついて行った。




