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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
199/421

4-4

 黒羽からいろいろとアドバイスを受け、雷牙は工房へ続く竹林を駆けていた。


 手に持っている袋には帰ってくる途中で見かけた土産物店で買った生八ツ橋とお茶が入っている。


 これで刹綱の恐怖心が和らぐと思ってはいない。


 あくまでこれは休憩のときのお茶請けとして買ってきたまでだ。


「まぁ刹綱からすると面白みがねぇかもしれないけど……」


 地元の人間に地元の土産物を渡すのは正直どうかとは思ったが、なにもないよりはいいだろう。


 竹林を跳躍しながら駆け抜け、そのまま屋敷の塀を飛び越える。


 遠くでヒグラシが鳴く声を聞きながら工房に足を向けるが、ふと違和感を覚えた。


 工房からは金属を鍛える音が聞こえる。


 しかしそれは善綱がいる方の工房だけで、刹綱がいる工房からはまったく音が聞こえなかった。


 妙な胸騒ぎを覚えた雷牙は、足早に工房に向かう。


 そして入り口から中を見やると、金床の近くで膝を抱えうずくまる刹綱がいた。


「刹綱!」


 思わず声を上げて彼女に近づく。


 そのまま彼女の肩を手を置くと、かすかに震えているのがわかった。


 同時に聞こえるのはすすり泣く声。


 僅かに見える横顔からは涙が零れている。


 すると刹綱も雷牙に気付いたようで、消え入るような声を漏らした。


「……ごめん……」


「え……?」


 首をかしげると刹綱がゆっくりと火床を指差した。


 真っ赤に燃える火床の中には、超高温に熱せられ、原型がないほどに溶けてしまった融合金属があった。


「また、ちゃんと、作れなかった……! ごめん、雷牙くん、本当にごめん……!!」


 震える声でしゃくりあげながら刹綱は何度も雷牙に謝罪してきた。


 それが本当に痛々しくて、雷牙も悲しげに表情をゆがめた。


 こんな風になるまで追い詰めてしまった。


 昨日もっと強く「休め」とか「無理をするな」という言葉をかけておくべきだった。


 今日だって途中で抜けるべきではなかったのかもしれない。


 己の無力感をひしひしと感じた雷牙の腕も僅かに震えていた。


 だが、雷牙は拳をグッと握り締めると震えをかき消す。


 なにを後悔しているのか。


 起きてしまったことは変えられない。


 ならば変えるのはこれからのことだ。


 目の前で今にも壊れてしまいそうな少女を助ける。


 雷牙は静かに息をついてから昨晩刹綱がやっていたようにふいごの電源を落とす。


 空気が送られなくなったことで火床の炎は段々と小さくなっていく。


 それを見届けた雷牙は、刹綱の背中に手を当てて優しく摩る。


「ごめんな。一人で抱えこませちまって」


 優しい声音で謝りながら彼女の気持ちを落ち着けるようにゆっくりとなでる。


「そんな風に堪えながら泣かなくていいんだ。泣きたいときは好きなだけ泣けばいい」


 刹綱に寄り添うように雷牙は彼女の隣に腰を下ろす。


 すると、彼女もゆっくりを顔をあげた。


 僅かに涙で濡れた顔だが、瞳からはまだ涙が溢れそうだった。


 それでも流れ落ちないのは、彼女がまだ我慢しているからだろう。


「我慢なんてするな。残った涙全部流しちまえ。余計苦しくなるだけだぜ」


 安心させるように笑いかけると、堰をきったように刹綱の瞳から涙が溢れ出した。


「あ……」


 彼女も予期していなかったのか、驚いたように指で涙をはらおうとしたが、一度緩んでしまった涙腺はそう易々と止められるものではない。


 涙を流しながらこちらを見やってくる彼女に雷牙は頷いた。


 瞬間、刹綱は雷牙の胸に顔を埋め、震える声で泣いた。


「辛かったな、苦しかったな、痛かったよな。ごめんな、一人で重荷を背負わせて。気付いてやれなくて。お前はたくさん頑張ってた。俺はそれを知ってる」


 雷牙は刹綱に対し、頑張れとは一切口にしなかった。


 あったのは今の刹綱よりそい、同調する言葉。


 そして彼女の頑張りを讃える言葉だった。


 言葉をかけながら背中を撫でると、そのたびに刹綱は泣きじゃくった。


 幼子のように泣く刹綱は震える声で「私……私……!」と何かを言いたげだったが、嗚咽が混じっている影響ではっきりとしゃべれないようだった。


「大丈夫、大丈夫だ。焦らなくていい」


 優しく抱き留め、雷牙は刹綱が好きなタイミングで切り出せるように誘導する。


 今は無理に話す必要はない。


 内に溜め込んでいたものを涙と共に吐き出せばいいのだ。


 刹綱もそれに安堵したのか、もはやなにをいうわけでもなくひたすら泣いていた。


 彼女が涙を流し続ける限り、雷牙はそれを受け止める。


 自分にできるのはこれくらいだから。


 刹綱が泣き終わったのは、空が夜と夕日が交わり始め外が暗くなってきたころだった。




「落ち着いたか?」


 工房にあった椅子に座りながら雷牙は刹綱にお茶を手渡した。


「うん……」


 それを受け取る刹綱は若干鼻声で何度かすすっていたが、涙は粗方止まったようだ。


 目もとは涙のせいで真っ赤に腫れていた。


 まぁ、あれだけ泣けば仕方ないと思う。


「ごめん、かなり取り乱して……」


「謝るなって。別に悪いことしたわけじゃないんだからよ。そうだ、生八ツ橋食うか?」


 しゅんとした様子で縮こまってしまいそうな刹綱に八ツ橋の箱を手渡す。


 一瞬キョトンとした様子だったが、刹綱は僅かに口元を緩ませると手を伸ばした。


「地元の人間に地元の土産品ってのもどうかと思ったけど、京都つーとこれかなーって思ってよ。まぁ昨日尊幽がめっちゃ食ってたから食いたくなったってのもあるんだけどな」


 雷牙は気恥ずかしそうに笑うと、刹綱が取ったのを確認してから自分も手を伸ばして二、三枚口に放り込む。


 生というだけあって生地は柔らかく、あんこもちょうどよい甘さ。


 和菓子に分類していいのかわからないが、いい味だ。


「……久しぶりに食べたけど、やっぱおいしい」


「そか。うん? 久しぶり?」


 雷牙は刹綱が美味しいと言ったことに安堵しかけたが、彼女の「久しぶり」という言葉に首をかしげた。


「そんな食わないのか?」


「地元だからね。いつでも食べられるし、そんなにしょっちゅうは食べないよ」


「あー、なるほど。確かに考えてみればそうだよな。じゃあこれを選んだのは割と正解か?」


「うん。最近は食べてなかったから食べたいなーって思ってたところ」


「なら、いいタイミングだったな。よかったよかった」


 少しだけ明るさを取り戻してきた刹綱に雷牙は胸を撫で下ろし、満足げな表情で八ツ橋を口に放り込む。


 初めて食べる八ツ橋の味に舌鼓をうっていると、明るくなりかけた刹綱の表情に再び影が落ちたのが見えた。


「差し入れありがとう、雷牙くん。だけど本当にごめん、二回目も失敗しちゃって。しかも途中で投げ出す形になっちゃって……」


「だぁから気にすんなって。失敗なんて誰だってある。ましてやお前はまともに鬼哭刀が作れるような精神状態じゃなかったんだからよ」


「でも……」


「これ以上この話を続けるつもりならちょっと怒るぞ。俺がいいって言ってんだからいいんだよ。お前のペースで作ってくれればそれでいい」


 食い下がろうとする刹綱の額を指で軽く弾いた。


 彼女は若干不服そうだったが、起きてしまったことはもう変えられない。


 融解してしまった融合金属は元に戻すことはできないのだから、くよくよしたところでしょうがないのだ。


「さてっと、それじゃあこのあとどうするかだけど……」


 雷牙は指についた粉を払い落とし、このあとの予定を確認しようとするが、視界の端で刹綱の肩が一瞬震えたのが見えた。


 やはりまだ鬼哭刀を造る事に不安感があるようだ。


 表情も僅かに強張っており、とてもじゃないが刀造りを再開できるような状態ではない。


 泣くほど辛かったのだから当然といえば当然なのだが。


 やはりここは昼間に黒羽からもらったアドバイス通りに動くのが最適かもしれない。


「とりあえずどっか遊びに行くか」


「え?」


 突然刀造りとは関係ない話を振られ、刹綱はやや上ずった疑問の声を上げた。


 その反応はもっともだと思う。


 鬼哭刀を造ってもらいにきているのに、遊びに行こうというのは確かに妙な話だ。


「だからえーっと……そう! 京都観光だ! 俺こっちくるの初めてだしさ、いろいろと案内してもらいたいなーって思ってさ」


「でも、鬼哭刀は?」


「別に急ぎでもないんだ。夏休みはまだあるし、新学期が始まる前に出来ればそれでいい。刹綱もぶっ続けで刀造りは疲れるだろ?」


「うん、まぁ……」


「だったら決まりだ! 明日は夜まで完全オフのリフレッシュ休暇! 鬼哭刀のことは一旦忘れて、二人で京都観光だ。……あ、でも刹綱からすると見知った風景で面白みもなにもないか。いっそのこと大阪の遊園地とか行ってみるか? なんか有名なのがあったよな」


 刹綱を楽しませようと思考をめぐらせる雷牙は、しきりに表情を変えている。


 すると、その姿が面白かったのか、泣いた後はじめて刹綱が明確な笑い声をあげた。


 その笑顔は昨晩や昼間に見たようなこちらに心配をかけまいとする笑顔ではなく、彼女の心から零れたものであることはすぐにわかった。


「確かに京都案内するのも面白そうだけど、どうせなら私も遊園地の方がいいかな。しばらく行ってないし」


「じゃあそっちにするか。夜はパレードやってるんだっけか?」


「うん。もうちょい後だとハロウィンでゾンビイベントやってるんだけどね。あーでも、もしかしたら夏ってことでホラーイベントもやってるかも。調べとくよ」


「いや、そこは俺に……」


「これくらいなら任せといて。別に負担とかにはならないからさ。……というか雷牙くん、予定組んだりするの慣れてる?」


「うぐ……っ!?」


 痛いところを突かれ、雷牙は思わず変な声を漏らしてしまった。


 確かに彼女の言うとおり、そこまで予定を組むのはうまくない。


 新都で遊ぶ時も結構行き当たりばったりなところはある。


「な、慣れてないデス……」


「だろうねー。結構雰囲気でそういう感じだなーってわかったよ」


「マジですか……」


 若干項垂れた様子で問うと、しみじみと頷かれてしまった。


 しかもサムズアップ付きで。


 先程までとは打って変って楽しげな彼女様子にうれしいやら、悲しいやら雷牙はなんともいえない表情を浮かべる。


「予定は私に任せといて。ちょっと私好みのプランになるかもだけど」


「好きにしてくれてかまわねーよ」


「じゃあそうさせてもらうねー」


 刹綱は残っていた生八ツ橋を食べながら楽しげに笑った。


 彼女の不安や恐怖心を完全に払拭できたわけではないだろうが、先程までの暗い雰囲気と比べればかなりマシになった方だろう。


 自然と雷牙も笑みが零れ、和やかな雰囲気が流れる。


「ずいぶんと楽しそうだな」


 柔らかかった空気に鋭い声音が割って入った。


 視線を向けると工房の入り口に善綱が立っていた。


「じーちゃん……」


 刹綱が少しだけ臆したような声を漏らす。


 恐らく遊びに行くことを咎められると思っているのだろう。


 だが、たとえ咎められたとしても雷牙は全力で彼女をフォローする。


 もとよりこの話は雷牙が提案したことだ。


 彼女に対する咎は全て自分が負えばいい。


「遊園地がどうのと聞こえたが、遊びにでもいくのか?」


「別にいいだろ。刹綱だって頑張ってたし、張り詰めた状態は体にも心にも毒だ」


 刹綱を守るようにして雷牙は善綱に前に立つ。


 眼光は鋭く、まるで威圧されているようだった。


 さぞかし厳しい言葉が来るだろうと覚悟したが、彼から返ってきたのは意外な言葉だった。


「ふむ、確かにそのとおりだな。張り詰めた精神状態ではいい仕事はできん。時には体と心を解すことも大事だ。二人で楽しんでくるといい」


 ニヤリと笑い、善綱は懐から財布を取り出すと、万札を二十枚ほど出して雷牙に握らせた。


「これは俺からの餞別だ。好きに使え」


「え、いいのか!?」


「ああ。足りないか?」


「いやいやいや、足りる! 十分すぎるくらいに!」


「ならばそれで存分に楽しんでくるがいい。なに、時間はあるんだ。自分なりに進めてみろ」


 最後の言葉は雷牙ではなく、刹綱にかけたものだろう。


 昨晩は厳しいことを言っていたが、やはり彼も孫娘のことが心配なようだ。


「じーちゃん……。ありがとう」


「気にするな。孫の面倒を見るのはジジイの特権だ。しかし、これだけは覚えておけ」


 善綱から笑みが消えた。


 スッと据わった瞳には先程の威圧感が戻っている。


「遊びに行くのも、楽しんでくるのもかまわん。けれど、雷牙の鬼哭刀を造るのはお前だ。俺は一切手伝いことはせん。いいな?」


「うん……。わかってる」


 涙の筋を消すように頬を擦った刹綱の瞳はまだ僅かに震えていた。


 善綱もそれを理解しているようで、一度彼女から視線を外すと雷牙を見据えた。


「雷牙。刹綱のことを頼むぞ」


「ああ」


 一切迷いのない返事に彼も満足したのか、ふっと息をついて工房を出て行こうとする。


 が、入り口に差し掛かったあたりで「あぁそうそう……」と何かを思い出したように振り返った。


「遊んでくるのはかまわんが、刹綱に手を出したら殺すぞ」


 最後の最後で凄まじい殺気を含んだ眼光を向けられた。


 そんなつもりは毛頭ないが雷牙は背筋を伸ばして「い、イエッサー!」と外国風に返事をしてしまった。


 その様子に満足したのか善綱は「よし」とだけ告げて工房を去って行った。


「あ、アハハ……大丈夫だった?」


「少しばかり寿命が縮んだかと思ったぜ……。つか、あんなこと言われたけど、さっきの一部始終を見られたら結構やばかったんじゃね?」


 さっきのとは刹綱を抱き留めていた時のことだ。


 刹綱を安心させるためにとった行動とはいえ、あれは手を出しているように見えなくもない。


「へ、平気だよー。……多分」


「多分じゃん! 見られてないよなマジで! いや待て、もしかしたら見られた上の発言だったんじゃねぇか!?」


「お、落ち着いて雷牙くん! あれにはちゃんとした理由があったわけだし!」


 慌てる雷牙をなだめる刹綱。


 その光景はさながら先程までの光景が逆転しているかのようだった。


 結局雷牙が妙に勘繰ったせいで予定を立てるのは若干遅れたが、とりあえず明日は予定通りに遊びにいけることとなった。


 それが吉と出るかはまだわからない。


 けれど親睦を深め、彼女のことを理解するにはいい機会となるはずだ。

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