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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
198/421

4-3


 雷牙が通されたのは白鉄重工京都支社の最上階だった。


 大きな窓からは京都の街並みはもちろんのこと、遠くに広がる山々でさえ一望することができる。


 室内も大企業らしく高級そうな調度品が揃えられ、窓際にある黒檀のデスクだけでも高額なのがすぐわかる。


 壁にかかっている時計や絵画などを見てもそれは同様だ。


 普段あまり見慣れぬ光景に思わず生唾を飲み込んでいると、「まぁそれに座りぃ」と黒羽が軽く促した。


 それとはガラステーブルを挟むようにして並んでいる見るからに高級そうなソファのことだ。


 自分の家の持ち物だからというのもあるのだろうが、黒羽は特に遠慮する様子もなく、ボフンと結構な勢いで腰掛ける。


 対して雷牙は若干ギクシャクした動きでゆっくりとソファに座る。


 ふんわりとしたソファの弾力は非常に心地よく、「おぉ……」と吐息交じりに変な声が漏れてしまった。


「なに緊張してんねん」


「いや、こういう高級感のあるところに慣れてないんスよ」


「戦闘やら試合やらやと豪快なくせに変なとこで小さいやっちゃなぁ」


「仕方ねーでしょ。先輩と違ってこっちはガチ庶民なんスから」


「まぁそれもそうやなー。ウチめっちゃ金持ちやし」


「……自分でそれ言うんスか」


 雷牙は若干呆れたような声を漏らしたが、黒羽は当然というように胸を張った。


 残念なことに張るほどの胸はないが。


「さてっと、ほんなら本題に入る前に適当なお茶請けと飲みもんがあった方がええよなー」


 黒羽がガラステーブルの縁をタップすると、空間モニタが投影された。


 モニタにはなにやらメニューのようなものが見える。


「雷牙、なんかリクエストとかあるか?」


「いや特には……というかお茶請けとかなくても気にしないっていうか……」


「阿呆、ウチが招いたんや。ちゃんともてなすのは人として当然やろ。んで、なんか食べたいもんとかないんか?」


 黒羽はモニタをフリックして雷牙の正面に同じものが出るように操作する。


 正面に現れたモニタにはアイスなどの甘いものから、ラーメンやハンバーガーなどがっつり系の食事まで一通り網羅されていた。


「好きなもん頼み。どうせタダやし」


「じゃあフルーツパフェに飲みものはブラックコーヒーでお願いします」


「それだけでええんか? 合宿の時はもっと食べとったやないか」


「今はそんなに腹減ってないんで平気っス」


「そか。そんならウチは宇治金時のカキ氷にでもしとくかー」


 若干残念そうな顔をされたが黒羽は自分のものと合わせて雷牙のものを注文した。




 十数分後、注文したスイーツがガラステーブルに並ぶと、黒羽は秘書の女性を早々に下がらせた。


「さてっと、甘いもんも飲みもんも揃ったことやし、さっきの話の続きでもしよか」


 宇治金時カキ氷を掬った黒羽の視線が雷牙に向けられる。


 話というのは先ほど街中で声をかけられた際に言い淀んだ話題についてだ。


「せっかく新しい鬼哭刀ができる言うんに、なんであないに肩落とし取ったん? 表情もえらい曇り気味やったし」


「……その前に一つだけ約束してください。今からする話は絶対に他言しないって」


 静かに、けれど語気を強めて言うと黒羽も雷牙の考えを汲み取ったのか深く頷いた。


「そんなことせぇへん。で、何があったんや?」


「……実は」


 雷牙は一度息をついてから昨日あったことを語りだす。


 詳細はある程度省いたが、昨晩起きた鬼哭刀の崩壊と、それが原因で刹綱の心に恐怖心が宿ってしまっていること。


 そして鬼哭刀崩壊の一端が自分の責任ではないかということ。


 超級霊儀石など話がややこしくなりそうなところはかいつまんだが、黒羽に話せることは全て話した。


 その間も彼女はカキ氷に手をつけながら静かに聞いてくれており、途中で口を出してくることはなかった。


 雷牙が黒羽に現状を打ち明けようと思った理由は、刹綱と同じ女子だからというのもあるが、強いて言うならもう一つ理由がある。


 黒羽は育成校の生徒会長だ。


 おちゃらけた雰囲気があっても彼女は生徒会長として、轟天館の生徒達を纏め上げ、引っ張っている。


 そんな彼女であればこの状況もどうにか導いてくれるのではないかと考えたのだ。


「……って感じなんですけど。どうっすかね?」


 語り終えた雷牙はアイスコーヒーを口に含み、若干溶けてしまったパフェを頬張る。


 黒羽はというと「ふんふん」とカキ氷を食べながら話を噛み砕くようにして頷いていた。


 すると彼女はスプーンを置いてから雷牙に視線を戻した。


「とりあえずウチのほうから気になったことを言わせてもらうなら。まず一つは、鬼哭刀が壊れてしもうたことに関してはお前に責任はあらへん。こればっかは製作者がちゃんと鍛えることがでけへんかったんが理由や」


「やっぱそうなんスか……」


「ああ。せやからお前が抱え込む必要はないんやけど、落ち込んどるんはそれだけが理由なわけちゃうよな?」


「はい……。さっきも言いましたけど、今日鬼哭刀を造ってる刹綱を見てたら、すごく恐がってるみ感じだったんです。それ見てたらただ待つことしかできない自分がすげぇ無力に思えてきたんスよね」


「んで、刹綱がなにか気分転換できるものはないかと街に出てきたはいいものの、刹綱のことを知らないから余計迷うことになってしもうた、と」


 雷牙に続いて言った後、黒羽は大きなため息をついた。


「難儀なやっちゃなぁお前は。他人の重荷まで背負い込んでどないすんねん。そないな生き方しとったら、柏原みたくなってまうで?」


「そうかもしれないっスけど……いまのまま刹綱を放っておくなんて……」


「気持ちはわからんでもない。せやけどな、捉えようによっちゃあ今のお前の考えは、単なるお節介やで」


「お節介、ですか?」


 問い返すと彼女は頷いてからカキ氷を再び手に取ると、スプーンを雷牙に向けた。


 瞳には怒りというよりも威圧のようなものがあり、雷牙は少しだけ息を呑む。


「確かにお前の言うとおり刹綱は今鬼哭刀を造ることが恐くなっとるのかもしれん。けど、本人だってそれはわかっとるはずや。それでも刀を鍛え続けるんは、必死に恐怖心を振り払おうとしとるんうやないんか?」


「……」


「そんな時に外野がピーチクパーチク口出せば、お節介って思われるのも当然やろ。刹綱が助けを求めてるってんならまた捉え方も違うやろうけど、今のお前の考えはお節介とおりすぎて自惚れやで」


 一瞬、黒羽の姿が尊幽のそれと重なった。


 京都に来る前、彼女にも自惚れるなと注意された。


 あの時は自身の力量に関しての話だったが、今回のこれも大きく見れば似たようなものだろう。


 自分ならば刹綱を助けることができるのではないかという能力の過信。


 そして助けてあげなければという善意の押し売りにも等しい考え方。


 改めて自分の考えを見つめなおすと、確かに自惚れがすぎている。


「刹綱がお前のことを頼ってこないんは、心配をかけたくないってのもあるやろ。せやけど、失敗の恐怖心を自分で乗り越えたいって気持ちもあるはずや。それを汲み取ってやるのも大事なことや。情けも過ぎれば仇となる、よく覚えておくことやな」


「……なるほど」


 彼女の言うとおり、今は刹綱自身を尊重するべき時なのかもしれない。


 下手に口を出したりせずに彼女が自分で恐怖心を振り払うのを待つことも必要なのだ。


「ありがとうございました、黒羽先輩」


「ええよ。育成校は違えど後輩ってことには変わらへん。後輩を導いてやるんは先輩の務めや。まぁこれ自体がちょっとお節介やったかもしれんけどな」


 自分が言っていたことを矛盾を感じたのか、黒羽は照れ隠しなのか頬をかいた。


 再びカキ氷をかきこもうとした黒羽であったが、ふとその手を止めると申し訳なさげに。


「わるい、雷牙。一つだけ訂正させてもらってもええか?」


「訂正?」


「ああ、助けを求めてくるまで待てとは言うたけど、中には無言の訴えってのもあるんよ。せやから一概に助けを求めてくるのを待つのが正解とは言えんわ」


「助けてもらいたいけど、恥ずかしいとか逃げてるみたいで嫌だとかそういう感情が邪魔するって感じですか?」


「簡単に言うならそういうこっちゃな。プライドが高かったりするとよく陥りやすい状態や。刹綱がそういう状態なのかは今の話だけじゃわからんけど、もしそうなら早めに手を貸してやったほうがええかもな」


「了解っス。でも見分け方とかは……」


「そんなもん直感でええやろ。刀狩者の卵なら人の表情の機微くらい見分けてみせぇや」


 突き放すような言い方だったが、導くものとしてはそれが合っているのだろう。


 全てを教えることは簡単かもしれないが、それではいざと言うときに対応し切れない。


 ある程度思考させることで後輩の成長を図っていると考えるのが妥当だ。


 黒羽の場合は若干面倒くさいと思っていそうだが。


「……ちょいちょいウチのことを内心で馬鹿にしてへんか?」


「い、いやぁそんなことはないっスよ!」


 ジト目で見据えられ、雷牙は若干声を上ずらせながら首を振った。


 さすがに生徒会長、雷牙の僅かな機微を見逃さなかったようだ。


「それよりも刹綱のことはどういう風に手助けするのがいいんスかね?」


 話題を変えようと少しだけ溶けてしまったパフェを食べながら問うてみる。


 黒羽はわざとらしい素振りに怪訝な表情を浮かべてはいたが、詮索することをあきらめたのか、溜息をついた。


「そんなもんくらい自分で考えーや。ウチは知らん」


「えー!? 女子同士なんかないんスか、挫折しかけてるところから這い上がるコツみたいなの!」


「個人で違うわそんなもん! 第一、刀狩者と刀鍛冶の時点で変わってくるわ!」


 呆れたように声を荒げる黒羽だったが、考えてみればその言い分は正しい。


 どのようなことが手助けになるのか、恐怖心や不安感を解消できるものはなんなのか。


 それらは皆個人の感じ方の問題で、女子同士だから容易にわかるというものでもない。


「やっぱりそうかぁ……。どういうのがいいんだろうなぁ……」


 雷牙は自身の考えの浅はかさに落胆の溜息を漏らす。


 すると、その姿を見かねたのかカキ氷を食べ終えた黒羽が大きな溜息をついた。


「そないに深く考える必要はないと思うけどなぁ。ようはガス抜きが出来ればええんや」


「ガス抜き?」


「話を聞くかぎり、今は鬼哭刀造りでずっと張り詰めてる状態や。そういった精神状態やと人は一番壊れやすい。せやからその緊張しきっとる体と心を解きほぐすことが大事や。一緒に映画観るんもええし、買い物に出かけるのもええ。とにかく張った糸を緩めてやるんが一番手っ取り早いっちゅうこっちゃ」


「そういうもんスか」


「そういうもんや。うまい飯食って、一緒に遊んで、笑ってれば自然と不安なんてなくなってくるもんやで。後はまぁ意外にそいつ自身の()()みたいなのが影響あるかもしれへんな」


 ニヤリと笑った黒羽に対し、雷牙はいまいち納得がいっていないようだった。


 遊んでストレスを解消するのは理解できるが、()()とはどういうことだろう。


 それを聞いておくべきか悩んでいると、黒羽の端末に着信が入った。


「はいなー」


 雷牙に断ってからそれに出ると、彼女は何度かやり取りをしてから苦い表情を浮かべ始めた。


 やがて「うぃー」と気だるげに返事しながら気だるげに通話を切る。


「なんか問題でもあったんスか?」


「んー、ちょいと会社のことでなー。……時間も時間やし、そろそろお開きにするか。もう相談事はあらへんか?」


 首をかしげながら問うてきた黒羽に雷牙は一瞬頷く素振りを見せたが、「あっ」と思い出したように声をあげた。


「えっと、さっきまでの話とはまったく関係ないんスけどいいっスか?」


「答えられる範囲ならなー」


「黒羽先輩は京都に何しに来たんスか? 大阪に本社があるってことは、地元は大阪っスよね」


「あーそれな。あれや、会社の視察件運営状況の確認で来たんよ。ここ任されてんのウチやし」


「へー……って、こんな馬鹿でかい支社を任せられてる!?」


「親父が社会勉強のため言うて年に何回かさせるんよ。もうちょいしたら工場の方も見に行って、夏休みが終わる頃には報告書にして本社におる親父に提出することになっとる」


 彼女は「やれやれやでー」と肩を叩く仕草をしていたが、雷牙は改めて目の前にいる人物が規格外の大物だということを思い知る。


 現役の学生の身でありながら巨大軍需企業の支社の運営を任せられているとは、さすがお嬢様、さすが七英枝族というべきか。


「なんかすごいっスね、先輩」


「おだててもなんも出ぇへんでー」


「そういうつもりでは言ってないっスよ。それじゃ、仕事の邪魔しちゃ悪いんでこれで失礼します。ありがとうございました、黒羽先輩」


「鬼哭刀、うまく完成するとええな。もし出来上がって暇があったら一戦やろうや」


「受けてたつっスよ」


 再戦の約束をしてから雷牙は殆ど溶けてしまったパフェを飲むように平らげ、やや足早に白鉄重工京都支社ビルを後にする。


 陽は僅かに傾き初め、オレンジ色の光が強くなっていた。


「すこし時間たち過ぎたかもな」


 刹綱を一人にさせてしまったことに罪悪感を覚えながら、雷牙は久々に霊力運用の訓練も兼ねて京都市街を跳ぶように駆けて行った。




 刹綱は工房で槌を振るい鬼哭刀を鍛え続けていた。


 雷牙が出て行ったことには気付いていた。


 正直に言ってしまえばその方が楽だった。


 なぜなら雷牙に気取られることがないからだ。


 自分でもわかっていた。


 昨晩のことがあって以降、鬼哭刀造りを恐れていることに。


 雷牙の前ではそれを隠して笑って見せたが、体と心は正直だった。


 振り下ろす槌が重い。


 融合金属を打つ度にこれが正解なのかと不安感が押し寄せてくる。


 それでも造るしかない。


 これは自分がやると言った仕事で、雷牙が完成を待っている。


 雑念を振り払うようにして刹綱はさらに強く槌を振り下ろそうとした。


「……ッ!?」


 が、掌に走った激痛に顔をしかめ槌を落としてしまう。


 見ると肉刺がつぶれて血が出ていた。


 ズキン、ズキンと刺すような痛みはまるで今の刹綱の心に走る苦しさを体現しているようだった。


「こんなことで……!」


 手を休めるわけにはいかないと刹綱は落とした槌に手を伸ばしたが、槌に手が近づくにつれて痛みと共に震えが激しくなる。


 まるで槌をもつことを体が拒絶しているかのようだ。


「やら、なきゃ……!」


 震えを抑えて再び槌に手をかけたが、満足に力が入らない。


 ふと、目尻から熱いものが流れ落ちた。


 涙だった。


 そんな予兆はまったくなかったのに、突然流れ出してしまったのだ。


「うそ、なんで……」


 袖で何度も擦るものの涙は止め処なく溢れ続ける。


 もはや感情も制御できなくなってしまっていた。


 やがて刹綱はその場に蹲るように座り込んでしまった。


 火床には熱した状態の融合金属があり、このままでは熱しすぎて加工が不可能になってしまうだろう。


 わかっている。


 だが、体が、心が言うことをきいてくれないのだ。


「……ごめん、雷牙くん……」


 小さな謝罪の声とともに刹綱は膝を抱えてすすり泣く。


 人からしてみればたった一度の失敗。


 けれどその失敗は少女の心に深い傷を作るには充分すぎたのだ。


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