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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
197/421

4-2

 刹綱が昨夜説明したとおり、翌日の午後から鬼哭刀の製作が再開された。


 工房では刹綱が作業を進め、雷牙がそれを見守っているが、彼は僅かに首をかしげた。


 違和感を覚えたのだ。


 それは刹綱の表情。


 初日は緊張感もあったようだが、どこか楽しげな表情でかなり柔らかく見えていた。


 心から鬼哭刀造りを楽しんでいるそんな雰囲気だった。


 しかし、今鬼哭刀を造るために霊儀石と玉鋼の融合金属を造っている彼女から感じるのは、緊張感ともう一つの感情。


 ()()だ。


 再び砕けてしまったらどうしようという怖さ、あと一回しかチャンスがないという恐さ。


 とにかく彼女から感じるのは刀造りに対する楽しさではない。


 失敗を恐れてしまう恐怖心だ。


 雷牙は火床に向かう彼女を見やりながら眉間に皺を寄せる。


 どうにかしてその恐怖心を取り除くべきだとは思う。


 最悪なのは彼女が次の鬼哭刀造りでも失敗してしまうことだ。


 そうなった場合、刹綱は刀鍛冶としてのプライドや矜持を打ち砕かれてしまうのではないだろうか。


 雷牙と変わらぬ歳の少女が味わうにはあまりにも辛すぎる挫折になるはず。


 そのどん底から這い上がることは容易なことではない。


 刀鍛冶を諦めてしまう可能性だって充分ありうる。


 無論ここまでは雷牙の推察で仮説でしかない。


 そんなことは起こらないかもしれないし、刹綱は恐怖心に打ち勝って今回で成功するかもしれない。


 だが、仮説が真実になることだってある。


 融合金属を造るため、熱した霊儀石と玉鋼をあわせていく彼女を見やる。


「…………」


 槌を振るうその姿も、鋼と向き合うその精神も確かに刀鍛冶のものだ。


 けれども初日よりも明らかにに動きに余裕がないように思える。


 雷牙は拳を強く握って下唇を噛み締める。


 こみ上げてくるのは己に対する不甲斐なさ、そして悔しさだ。


 刹綱にだけ重荷を背負わせ、自分はなにもできないただの傍観者。


 それがたまらなく悔しくてならない。


 雷牙は一度息をつくと静かに工房を出て行く。


 声をかけようかとも思ったが、今はやめておくことにした。


 雷牙は入り口付近で一度立ち止まると、槌を振り下ろす刹綱を見やる。


「……わるい、刹綱」


 なにもできない自分の無力さを感じながら工房を後にした。




 同じ頃、善綱は預かった童子切と向き合い、難しそうな表情を浮かべていた。


 周囲には千切れた柄巻や、真っ二つに裂けた鍔、破裂したような鞘が転がっている。


「ふぅむ……これでもダメか……」


 眉間に指を当て大きな溜息をつく。


 刹綱が鬼哭刀造りがうまく行っていないのと同じように、善綱もまた童子切に対して四苦八苦していたのだ。


 周囲に散らばっているのは善綱が造った柄や鍔、そして鞘だ。


 童子切が放っている驚異的な霊力を抑えるため、自身が今まで培ったきたものを注ぎ込んで刀装具をこしらえた。


 だが、結果は見てのとおり。


 鞘は刀身を納めただけで爆裂し、鍔は刃に触れただけで裂け、柄は内側からの霊力を抑え切れずに千切れ飛んだ。


「さすがは伝説級の刀。一筋縄ではいかんな」


 顎に手をあてて善綱は再度溜息をついた。


 けれど彼の瞳には失敗に対する恐れは微塵もなく、口角は僅かに上がっているようだった。


 楽しんでいるのだ。


 失敗を重ねているこの状況は彼にとって挫折にはなりえない。


 むしろ、己の腕を磨くいい鍛錬と考えている。


 それに失敗は成功の母とも言う。


「こちらの鞘のほうが僅かだが破裂部分が小さい……材質は変えず、漆に霊儀石の粉末を多めに入れてみるか。鍔の方は霊儀石を多めに使用した方が童子切自体から溢れる霊力を分散させられるだろう。吞込みも同じ材質に揃えるべきか……。柄は材質を変えて巻き方も変えてみるか」


 ブツブツと周囲に散らばっている刀装具の残骸を拾いながら善綱は一つ一つの損傷具合を確かめていく。


 彼の脳内では童子切に合うかもしれない刀装具のイメージが常に浮かんでいる。


 一度試してダメだった組み合わせは捨て、損傷が少なかった刀装具の材質は完全に把握している。


 まだ道のりは遠いが、確実に前には進めている。


「……伝説の童子切。必ず制御しきれるものにしてやる」


 ニッと笑みを強めた善綱は新たな刀装具を作るために工房の外にある保管庫に足を向ける。


 その途中、隣の工房からは刹綱が槌で融合金属を鍛える音が聞こえた。


 が、善綱には幾分かその音に覇気が感じられないように思えた。


「……迷い、いや恐怖心や不安といったところか」


「わかっているなら手伝ってあげてはどうですか?」


 不意にかけられた声に振り返ると大きな袋を背負った銀磁が立っていた。


 彼には刀装具を造るために足りない材料を調達しに出てもらっていたのだ。


「さっきチラッと見てきましたが、刹綱ちゃんかなり思いつめてる感じでしたよ。それに雷牙くんの方も責任を感じているようで」


「雷牙には気にする必要はないと言っておいたのだがな」


「そういわれたとしても、造ってもらった鬼哭刀が霊力を流したことで砕けてしまえば責任だって感じるでしょう。やはり、刹綱ちゃんにはまだ早すぎる案件だったのでは?」


「……」


 善綱は答えなかった。


 確かに銀磁の言うとおり手伝ってやった方がいいのかもしれない。


 超級の霊儀石の加工が難しいとはいえ、善綱のクラスにもなればそこまで難しくはない。


 とはいえここで手伝ってやることが果たして彼女のためになるのだろうか。


 刹綱はこの仕事に取り掛かるまえ、自分の使命だと断言し、誰にも譲らないと言った。


 つまりそれだけの覚悟を持ってこの仕事に向き合ったということだ。


 故にここで彼女を手伝うことは刹綱に対する侮辱に値すると善綱は考えていた。


「いや、これは刹綱の仕事だ。俺は一切手を出すつもりはない」


「……彼女が挫折してしまってもいいと?」


「阿呆。誰もそんなことは言ってないだろうが。俺はな、あの子を信じているからあえて手を出さんのだ。確かに今は鬼哭刀造りに対して恐怖や不安を抱いていることだろう。お前にもそんな時期があったようにな」


 視線を向けると銀磁は一瞬顔を伏せてから静かに頷いた。


「それを乗り越えることであの子はさらに成長できる。これはあの子の成長を促すための試練でもある。お前でも勝手に手を出すことは許さんぞ」


 語気を強めて言うと、銀磁は迷ったような素振りを見せたものの小さく溜息をついてから「わかりました」と呟いた。


「ですが、どうなっても知りませんよ」


「俺の孫だぞ? この程度の苦境、乗り越えられんはずがあるまい」


 得意げに笑みを浮かべる善綱ではあるが、内心では誰よりも刹綱のことを案じている。


 ……刹綱。お前ならきっとできる。恐怖を捨て、前を見ろ、()()()()()を思い出せ。


 善綱は工房から響く槌の音を聞きながら、自分が果たすべき仕事に戻っていった。




 工房から出た雷牙は京都の市街区を歩いていた。


 出てきたのはあの場所にいるのが耐えられなかったからではない。


 どうにかして刹綱の気を紛らわすことができないかと思い、なにかないかと市街まで足を運んだのだ。


 が、雷牙の足取りは重く、表情も芳しくない。


「俺、刹綱が好きなもんとかまったく知らねぇ……」


 雷牙は大きな溜息をつく。


 思い返してみれば、刀造りの最中は殆ど無言のままだった。


 食事の時も刹綱が一方的に雷牙のことを賞賛してきたおかげで、彼女のことを知らなすぎるのだ。


 唯一ある情報といえば刀を造るのが好きなことくらい。


「どーすりゃいいんだよー。地元の土産なんて買ったって意味ないだろうし、グルメって言っても好き嫌いがあるだろうし、グッズとかだって俺センスないし……。第一、京都に住んでる人間に京都のもん渡したって新鮮味なんてねぇよなー……」


 首をひねりながらあてもなく市街に出てきたことを後悔する。


「工房を出てくる時に刹綱の好物でも聞いとくべきだったなぁ。下手なもん買ってって余計に気ィ使わせるわけにもいかないし」


 刹綱の状態は正直言ってかなり芳しくない。


 ここで半端なものを渡すというのは明らかな愚策だ。


 同性ということもあるので尊幽になにかいいものはないかと尋ねようかと思ったが、彼女の場合は挫折とかそういった繊細なことに疎い感じがするので却下。


 新都にいる友人達、という手もあるが刹綱のことをよく知らない状態で話してもいい案は出ないだろう。


「こんなことなら瑞季とかについて来てもらうべきだったかー……?」


 戦刀祭を見ていたなら瑞季のことも知っていただろうし、同性ということもあって仲良く出来たかもしれない。


 しかし、たらればの話をしても状況は変わらない。


 雷牙はどうしたものかと雑踏の声すら遠くなるほどに悩んでいたが、突然聞こえてきたけたたましいクラクションの音で意識を引き戻される。


 最初は車同士のトラブルかと思ったがそのような現場は見受けられない。


 ではこちらが横断歩道を赤信号で渡ってしまったのかと考えたが、そもそもここは歩道だ。


 クラクションを鳴らされるいわれはこれっぽっちもないはず。


「気のせいか……?」


 首をかしげた雷牙は再び歩きだそうとしたが、再びクラクションが鳴り響いた。


 今度は明らかに背を向けた雷牙に対してだ。


「あーもう! なんだってんだよ人が悩んでる時に!!」


 苛立ち混じりに振り返り、クラクションのした方を見ると黒塗りの高級車が路肩に停まっていた。


 自分がなにかしたかと文句でも言ってやろうかと高級車に歩み寄る。


 すると、雷牙が声をかけるよりも早くパワーウィンドウがスライドし、車内にいた人物が明らかになった。


「あ、アンタは……!」


 声を詰まらせた雷牙だったが、車内にいた人物は狙い通りとでも言うようにニッと笑みを浮かべた。


「久しぶりやなぁ、雷牙。元気そうでなによりやわ」


 車内にいたのは、僅かに覗く八重歯を光らせ、いたずらっ子のような笑みを浮かべる幼女――ではなく少女。


 新都の育成校、玖浄院と双璧を成す、西の育成校、轟天館(ごうてんかん)の生徒会長にして七英枝族(ななえいしぞく)


 白鉄(しろがね)黒羽(くろは)だった。


「……今、ウチのことなんや馬鹿にせぇへんかったか?」


「え、あぁいやそんなことはないっスよ!?」


 ジト目で見られ雷牙はすぐさまそれを否定する。


 黒羽は若干納得していないようだったが、「まぁええわ」と頷いた。


「それよか京都でなにしとるん? まさか観光やないやろなぁ」


「あーいやーえっとー……」


 雷牙は伝えていいものかと頭を悩ませる。


 刀作り自体は特に極秘というわけでもないので、禍姫近辺の話を隠す方向で黒羽に京都にやって来た理由を打ち明ける。


 下手に隠すよりはある程度話してしまった方が詮索されないだろう。


「実は酒呑童子との戦いで鬼哭刀が折れたんで、新調しようと思って」


「なるほどなぁ。誰に頼んどるん?」


「え?」


「いや、鍛冶師の名前。鬼哭刀の鍛冶師は京都にチラホラおるから誰かと思うてな」


「……大原善綱、っス」


「はぁっ!?」


 雷牙は小さく告げると、彼女は素っ頓狂な声を上げて車内で飛び上がった。


「お、おお、大原善綱て天下五匠のあの大原かいな! よくまぁ依頼できたもんやな」


「俺の師匠と知り合いだったみたいなんスよ。その繋がりでっていうか……。でも実際に俺の鬼哭刀を造ってるのは本人じゃなくて孫の刹綱って子なんスけどね」


「ほぉ……。ほんまにおもろいやっちゃなー。けど待てーや。ほんなら何であないに落ち込んでたん? がっくし肩落としてたみたいやけど、なんかあったんか?」


「それは……」


 どうやら刹綱を元気付けようと悩んでいるところを完全に見られていたようだ。


 鬼哭刀を新調するのは刀狩者としてはうれしいことだ。


 なのに肩を落としているというのは端から見ればかなり妙だろう。


 雷牙が伝えるべきか否か悩んでいると黒羽は事情を察したのか、ドアを開けて「乗りぃ」と席を空けた。


「なんやわけありみたいやし、こないなとこでする話題でもなさげやな。近くにウチの京都支社があるからそこの応接室で聞くわ」


「いや、でも……」


「遠慮する必要なんてあらへん。話せる範囲でええから話してみぃ。多少は力になれるかもしれんで」


 カラカラと笑う黒羽からの誘いに雷牙は一瞬迷ったものの、やがて車に乗り込んだ。


 同性である黒羽であれば刹綱の置かれている状況を理解できるかもしれないし、なにかいい案が思い浮かぶかもしれないと思ったのだ。


「んじゃ、よろしくお願いします。乗ってからで失礼っスけど……」


「気にせんでええ。ほな、出してくれるか?」


 運転手に指示すると、高級車はゆっくりと発進する。


 しばらく走ったところで、ふと雷牙は黒羽に問う。


「そういや支社って行ってたっスけど、本社は大阪なんスか?」


「せやな。一応新都にもあるで。ほら、もう見えて来たわ」


 黒羽が指差した方に視線を向けると、雷牙は思わず口をあんぐりとあけてしまった。


 視線の先にあったのは高層ビルが立ち並ぶ京都市街の中でも特に巨大なビルだ。


「あれが白鉄重工京都支社や。ちなみに本社ビルはあれよりもでっかいで」


「……マジっスか」


「おう、マジもマジ。大マジやでー」


 ワハハと漫画の登場人物のような笑い方で黒羽はない胸を張った。


 同時に雷牙は思い出す。


 彼女は七英枝族であり、轟天館の生徒会長でもあり、超のつくほどのお嬢様であるということを。

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