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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
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4-1 恐れと挑戦

 夜、善綱の家の工房内は真っ赤な炎で照らされ、ゴウゴウというふいごから空気を送り込む音が響いていた。


 燃え盛る炎の前には刹綱がしゃがんだ状態でジッと火床に視線を向けていた。


 火床の中には素延べと火造りが終わった鬼哭刀の原型がある。


 鬼哭刀造り二日目は大きな問題がおきることもなく順調に進んでいた。


 現在刹綱が取り掛かっているのは、焼入れという作業だ。


 簡単に言えば鬼哭刀の強度を増すために必要な工程といえる。


 室内灯をつけていないのは、刀身の赤熱具合を見やすくするためらしい。


 瞬きすら一切しない刹綱の眼光は鋭く、それこそ刀狩者に匹敵するのではないかというほどだ。


 焼入れに入る前に「ここが結構緊張するんだよねぇ」と苦笑いを浮かべていた刹綱を思い出す。


 それだけこの作業が重要だということだろう。


「……ッ!」


 彼女の作業を見守っていると、不意に動きがあった。


 僅かに険しい表情を浮かべ、刹綱が火床から鬼哭刀を引き抜いたのだ。


 周囲を火花が舞うと同時に雷牙は思わず視線の先にあったものに息を呑んだ。


 真っ赤に赤熱した霊儀石と玉鋼の融合金属による真紅の鬼哭刀が闇の中に浮かび上がったのだ。


「……すげぇ……」


 囁くような声を漏らしたのも束の間。


 真紅の刀身はすぐさま冷却水へと入れられる。


 ジュゥウ、という熱したものが冷却される音と、水が湧きたつような音が工房内に響き渡る。


 音自体は何度が聞いているが、今までのものとは大きさも水に浸す長さも明確に違う。


 彼女の話ではこうやって一気に冷却することで刀そのものの強度を上げるとのこと。


 ちなみに冷却水もただの水ではいいわけではないらしく、ひび割れなどをおこさないようにちょうどいい温度に調節したものらしい。


「……ふぅ……」


 強張っていた刹綱の表情が少しだけ和らいだのが見えた。


 どうやらひび割れなどは起さなかったようだ。


「雷牙くん、明りお願いしていい?」


「あ、ああ」


 近くにあった室内灯のボタンを押すと、白い光が工房を照らし出す。


「よっと……」


 周囲が見えるようになったことで刹綱は冷却水から鬼哭刀を引き上げる。


 刀身には刃文を形成するための焼刃土が被さっており、彼女はそれを手際よくそぎ落としていく。


 ついに露になった鬼哭刀の刀身は鈍い鋼色をしていた。


 刃文は小さく乱れた形をしており、火床から取り出したときよりも反っているように見えた。


「一気に冷やすと硬くなるだけじゃなくて、こういうふうに日本刀独特のしなりが出るんだよ。うん、いい感じー!」


 得意げな笑みを浮かべた刹綱は湯気が立っている冷却水の中に鬼哭刀を入れて何度か水を被せる。


 焼刃土などを落としているのだろうが、雷牙は少しだけ心配になった。


「熱くないのか?」


「うーん、多少は熱い感じもしなくはないけど、慣れちゃった。手の皮もかなり厚くなってるから、これくらいならへーきへーき」


「へぇ、火床を見てる様子もそうだったけど、そういうのも見るとやっぱ職人って感じだな」


「えっへん」


 誇らしげに胸を張った刹綱に苦笑すると、彼女は冷却水から鬼哭刀を取り出して茎の部分に手を当てて温度を確認する。


 瞬間、雷牙は僅かに表情を硬くする。


 焼入れ作業に入る前、刹綱は『これが終わって持てるまで冷やしたら霊力流してね』といっていた。


 つまり、茎の部分の熱さを確かめているということはいよいよその時が迫っているということだ。


「おっけい、これなら持ってられるかな。雷牙くん触ってみて」


「お、おう……!」


 若干動きがぎこちなくなりながらも、雷牙は刹綱に歩み寄り向けられた茎に手を伸ばす。


 触れるとまだ熱を持っていたが、熱いというほどではない。


 そのまま茎を握ると、慣れ親しんだ重さが腕に伝わってきた。


「少し振ったりしてみて。重さとかを確認する感じで」


 刹綱が鬼哭刀を放し、重さが直接腕にかかる。


 けれど嫌な重さではない。


 工房内で何度か振るっていると、自然に口角が上がり気分が昂ぶっていくのを感じた。


「嬉しそうだね」


「そりゃあ、な……」


 感慨深げに呟く雷牙は嬉しさと感動が入り混じったような表情を浮かべていた。


 実際それも無理はない。


 なにせ既に二週間以上鬼哭刀を握っていないのだ。


 まるで自分の体の一部が返って来たかのように感じている。


「重さはいい感じ?」


「ああ、問題ねぇ。軽くて振りやすい」


「ならよかった。んじゃ、いよいよ大詰め、霊力を流してみて」


 スッと刹綱の瞳が錬鋼眼に切り替わった。


 雷牙は一度頷くと、刹綱から少しだけ距離を取って常に纏っている霊力とは別に霊脈から霊力をまわし始める。


「霊力波長は合ってるから、どれだけ霊力を強くながしても平気なはず。ただ、あんまり流しすぎると雷牙くんの霊力の大きさだと工房が吹き飛びかねないからほどほどにね」


「わかった。じゃ、行くぜ……!」


 一度深く呼吸してから雷牙は久々に霊力をあふれ出させる。


 青白いものから徐々に赤色へ変色していく霊力が雷牙と鬼哭刀を包む。


「おー、近くで見るとなおのことすっごい……! 波長もバッチリあってるしこれならいける!!」


 刹綱は鬼哭刀と雷牙の同調を確信したのか、テンション上がり気味に両手を振っている。


 それに苦笑しつつ雷牙は鬼哭刀を見やる。


 赤熱する霊力は鬼哭刀を完全に包み、淡い光を放っている。


 霊力を流す時の疎外感はない。


 むしろ先代の兼定の時よりも早く流れているようにも感じる。


 刹綱も錬鋼眼でその様子がわかったのか、頬を綻ばせていた。


 どちらもが鬼哭刀の完成を確信した。


 瞬間、それは起きた。



 パキン。



 最初に聞こえたのは渇いた音だった。


 まるで卵の殻が割れるような軽い音。


 何があったのかと周囲を見回すも、特にこれと言った変化はない。


 空耳を疑いもしたが、それにしてははっきり聞こえすぎた。


 首を傾げようとしたものの、雷牙はゾクリと嫌な感覚が腕に伝わったのを感じた。


 同時に聞こえるパキパキという音と、徐々に大きくなっていく腕に伝わる震え。


 刹綱も音の正体に気付いたようで、二人はほとんど同時に鬼哭刀へ視線を向ける。


 そこにあったのはちょうど中心のあたりにかすかな亀裂の入った鬼哭刀だった。


 ほんの数秒前まではまともな刀身だったはず。


 今二人の前にあるのは、()()()()()()()だ。


「うそ……」


 信じられないと言いたげな刹綱が漏らしたのは驚愕交じりの声。


 けれど、変化はそれだけで終わらない。


 なんと刀身の亀裂が凄まじい勢いで全体へ広がり始めたのだ。


 パキパキという音は徐々にバキバキという荒々しい音へ変化し、亀裂はやがて雷牙が握る茎にまで及んだ。


 そして亀裂が鬼哭刀全体に行き渡った瞬間、ついに最悪の事態が起きてしまった。


 雷牙の手の中で鬼哭刀は完全に砕けてしまったのだ。


 甲高い金属音を発しながら砕け落ちるその姿を、雷牙と刹綱はただ呆然と見ていることしかできていなかった。


「……」


 両者共に言葉が出なかった。


 先ほどまで腕の中にあった重さは完全に消え、掌にかすかに残った鬼哭刀の残骸は儚く砕けた。


 驚愕と呆然。


 二人の間に流れていたのはただそれだけだった。


 しばらく二人は工房の地面に落ちた残骸を見ていた。


「霊力を感じて来て見れば、苦戦しておるようだな」


 不意にかけられた声に反応すると、銀磁をつれた善綱が工房の入り口付近に立っていた。


「じ、じーちゃん……」


「そんな顔をするな。どれ、少し見せてみぃ」


 善綱は肩をすくめると工房に入って砕けた鬼哭刀を拾い始めた。


 雷牙もいつまでも呆けているわけにはいかないと、砕けてしまった鬼哭刀を拾い集める。


 けれどその心中は決して穏やかなものではなく、複雑な感情が渦巻いていた。


 恐らくそれは作者である刹綱も同様だろう。


 彼女の瞳には未だに状況が信じられないのか僅かに震えており、ショックの影響で錬鋼眼も維持できなくなっていた。




 砕け散った鬼哭刀の破片を集め終えると、善綱がそのうちの一つを拾い上げた。


 彼は拡大鏡を片手に「ふぅむ……」と声をもらす。


「どう? じーちゃん」


 首をかしげながら問いかける刹綱だが、彼は「待っていろ」というだけですぐに答えを出してはくれない。


 刹綱はそれに少しだけムッとした表情を浮かべるものの、雷牙はどこか安堵を覚えた。


 鬼哭刀が目の前で砕けた時、彼女は本当に茫然自失と言った具合で立ち尽くしていた。


 破片を拾い集めている時も少し上の空だったが、今の表情で完全に心が折れていないことがわかった。


「なるほどなるほど。思っていたよりもよく出来ているようだな」


 破片を籠の中に放った善綱から最初に出た言葉は刹綱と雷牙が想像していたものとは別のものだった。


 手ひどく駄目だしされてさらに刹綱の心にダメージを与えてくるのかと考えていたのだが、それほど鬼ではないらしい。


 しかし、そうなってくると疑問が生じる。


 天下五匠である善綱をして『よく出来ている』と言わしめているのに、なぜ鬼哭刀が砕けたのだろう。


 首をかしげていると刹綱が善綱に詰め寄った。


「じゃあなんで砕けちゃったの?」


「そう結論を急ぐな。えーっと、どこだったか……」


 肩をすくめ、彼は籠の中を漁る。


 すると目当てのものが見つかったのか、「これだこれだ」と一つの破片を取り出した。


「刹綱、これが何かわかるか?」


「え……。砕けた鬼哭刀の破片、でしょ」


 何を今更と刹綱は肩を竦めたが、善綱はそれに首を振る。


「そういうことを聞いているのではない。これがどの部分にあった破片かわかるかと聞いている」


「どの部分ってそんなのわかんなくない? こんなに粉々じゃ切先がぎりぎりわかるくらいだよ」


 刹綱の言うことはもっともだった。


 鬼哭刀の原型だったものは完全に砕けてしまっている。


 パズルの名人がいたとしても復元は不可能なほどに。


 それを言い当てろというのは流石に無理ではないだろうか。


「よく見てみろ。錬鋼眼を使った方がわかりやすいかもしれんぞ」


「わかった……」


 善綱からの指示に刹綱は錬鋼眼を発動して破片を受け取ってから凝視する。


 指先にある小さな欠片をまわしたり、別の角度から見てみたり、しばらく格闘していたが、不意になにかに気付いた様子で声を上げる。


「これってもしかして」


「気付いたようだな」


「うん。これ、一番最初に亀裂が入ったところにあった破片、だよね?」


 善綱は静かに頷く。


 刹那自身もかなり驚いたようでもう何度か破片を見やっていた。


「どうしてわかったんだ?」


 錬鋼眼を持たないが故、雷牙は二人に何が見えているのかわからない。


 当事者として何があったのか聞いておく義務があると思い問うてみた。


「んーとね、この破片から出てる霊力波長がほかと比べると少し歪んでるんだよ。霊力の流れがここだけ湾曲してるっていうかそんな感じ」


「じゃあそれが原因で砕けたってことか?」


「たぶん。だよね、じーちゃん」


「ああ。お前が見たとおりだ。その歪みのせいで霊力が全体にうまく反映されず、中心部にのみ負荷がかかった結果、鬼哭刀は砕けてしまったのだ」


「け、けどよ、歪みって言ったってこんな小さな破片にあるヤツだけであんな風になっちまうのか?」


「言われてみると確かに……。大量生産の鬼哭刀の中にも歪みのある刀はあるけど、こんな風にはならないよね」


 大手の兵器製造企業では常に多くの鬼哭刀が量産されているが、霊力を通したからと言って砕けるという事例は存在しない。


 あったとしても霊力の伝達率が悪い程度だろう。


 当然そういったものは市場に出る前に処分されるらしいが。


「それだけ繊細だということだ。鬼哭刀を造る前に言っただろう。超級の霊儀石の加工は厄介だと」


「でもあれは玉鋼との融合が厄介ってだけの話じゃ……」


「阿呆。確かに融合工程とは言ったが玉鋼との融合を指しておるわけではない。下級から上級までならばそれでもよかったが、特級と超級の融合工程とは玉鋼との融合から、素延べ、火造りまでのことだ」


「はぁ!!??」


 刹綱が驚愕の声をあげ、口をあんぐりと開いてしまった。


 けれどそれも無理はないと思う。


 言っては悪いが善綱の説明不足という点もあるものの、まさか融合工程が火造りにまで及んでいるとは。


「これを見るに、玉鋼との融合はよく出来ている。しかし、素延べの段階でこの一箇所にだけ霊儀石の成分が足りなかったのだ」


「それで俺の霊力に耐えられなかったってことか……」


「ああ。だが雷牙、気にすることはないぞ。お前の責任ではないのだからな」


 スッと善綱の瞳が鋭くなり刹綱を見据えた。


「全ては砕けるような鬼哭刀を造った刹綱の責任だ」


「待てよ、善綱のじーさん! 確かにそうだったかもしれないけどそんな言い方しなくたって……!」


 刹綱を責める善綱に反論するように雷牙は彼の前に立つ。


 鋭い眼光はまるで歴戦の勇士を彷彿とさせるが、雷牙は臆した様子なく彼を睨みつける。


 が、善綱の視線と雷牙の視線が交錯することはない。


 彼が見ているのは雷牙の後ろにいる刹綱だけだ。


「刹綱、擁護されてばかりか。どうする? 霊儀石は残り二つ……よく出来たとは言っても次も出来るとは限らんぞ。ここで退くのもいいだろう。お前にはまだ荷が重い仕事だったというだけの話だ。逃げたとは思わん」


 責めるような口調に雷牙はギリッと歯をかみ締める。


 いくら肉親、弟子とは言え言っていいことと悪いことがある。


 彼女は一生懸命鬼哭刀を造ってくれていた。


 それを評価しないような発言は許せるはずもない。


 拳を強く握り、僅かに怒気を見せる雷牙だったがふと彼の肩に手が置かれた。


「刹綱……」


 振り返ると刹綱が微笑を浮かべていた。


 彼女はそのまま一歩前へ出ると、善綱と真っ向から対峙した。


「じーちゃん……いや、師匠。最初に言ったでしょ。これは私の仕事で使命……必ずやり遂げないといけないことなの。だから絶対に降りるなんてことはしない」


 毅然とした態度で善綱を見据えた刹綱からは確かな気迫が伝わってきた。


 しばらく睨みあっていた二人だが、やがて善綱の方が満足したのか「いいだろう」と腰を上げた。


「まぁよく出来ていることは確かだ。お前が()()()()()()()()()()()()()()()()()ば、あるいはできるかもしれんな」


 彼は銀磁をつれて工房を出て行った。


 闇夜に消える後ろ姿を見送っていると、刹綱がその場にへたり込む。


「お、おい。大丈夫か、刹綱!」


「あーうん、へーきへーき。ちょっと鬼哭刀が砕けたショックとじーちゃんに啖呵切ったせいで緊張の糸が切れちゃったみたい。それよかごめんね、雷牙くん」


 刹綱は顔の前で両手を合わせると深く頭を下げてきた。


「私がもっと集中して造ってればこんなことにはならなかったのに……。本当にごめん」


「……気にすんなって。俺もわるかったと思ってる。思い返してみるとちょっと急かしてた感じもするからな」


「そんなことないよ。雷牙くんにとっては大事な武器になるんだから仕方ないことだって」


「刹綱……」


「待ってて、次は絶対に成功して見せるから!」


 拳を上げて笑顔を浮かべる刹綱だったが、それが空元気であることはすぐにわかった。


 精魂こめて鍛えた鬼哭刀が使い物にならないと断定されたどころか砕けてしまったのだ。


 辛くないわけがない。


 なのに彼女はそれを隠そうとしている。


 雷牙は一瞬だけ唇を噛んだが、すぐに笑みを浮かべて刹綱を引っ張り起す。


「楽しみにしてるぜ。けど流石に今日はやめとけよ。時間も時間だからな」


 時計を見やると既に午前零時を回っていた。


 完全に深夜に入っている。


「うっわ、ホントだ……」


「とりあえず今日はこれで終わりだな。明日はゆっくり休んで明後日からはじめてもいいぜ?」


「いやいや流石にそんな悠長なことは言ってらんないよ。明日の午後からはじめるから、来るなら来て」


「……あんまし根詰めるなよ?」


「へーきへーき。じゃ、火の始末して帰ろうか。途中まで送っていってくれる?」


「お安い御用だ」


 ニッと笑みを浮かべて返すと刹綱は「ありがとー」と火の後始末を始めた。


 決して笑顔は崩していない。


 強い女の子だと思う。


 けれど、それは傷つかないという保証にはならない。


 懸念を覚えながらも雷牙は火床の始末をする刹綱を見つめていた。

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