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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
195/421

3-6

「禍姫と戦ったぁ!!!!????」


 雷牙の声はホテル全体に響き渡りそうな大絶叫であった。


 宗厳と尊幽はそれをある程度予想していたようで、両者共に耳を塞いでいる。


「ど、どういうことだよ! 禍姫と戦ったって、まだ完全復活はしてないって話じゃなかったか!?」


 驚愕の表情を浮かべたまま宗厳に詰め寄る勢いで問いかける。


「落ち着け。確かに戦ったとは言ったが、ヤツはまだ完全に復活したわけではない」


「それって……どういうことだ?」


 首をかしげると宗厳はお茶を一口含んでから説明を始めた。


「儂と尊幽が戦った禍姫はヤツ自身が生み出した不完全な分身に過ぎん。禍姫は外で活動するために急ごしらえの入れ物を造り、我々と接触してきたのだ」


「分身……。でも待てよ、師匠。分身っていうなら何も禍姫本人が出てこなくても生み出した妖刀で変異させた斬鬼に任せるとか、酒呑童子や百鬼遊漸に任せるとかできたんじゃないのか?」


「確かにそれも一理あるけど、少しでも動けるなら私だったらそんなことしないかなー」


 早くも二箱目の八ツ橋に突入した尊幽は三枚一気に放り投げて食していた。


 それにツッコミを入れたい欲をなんとか抑える。


「ムグムグ……。変異したばかりの斬鬼じゃあ手当たり次第に人を殺すだけで、目的を果たす前にハクロウが対処する。酒呑童子だって現れれば鐘魔鏡に探知される。百鬼にいたってはハクロウが捜索中。だったら面が割れてない禍姫が動くのは当然じゃない?」


「しかも外見は幼女といっても変わりない姿だ。雰囲気は異質なものだったが、常人であれば騙すことは可能だろうよ」


「なるほど……」


 二人の説明に雷牙は納得する。


 斬鬼では自分が果たしたいことを達成できるか怪しいし、後者二人は目立ち過ぎる。


 ハクロウに感知されることなく、より確実に目的を果たすのなら禍姫自身が動いた方がいいだろう。


 それに恐らく子供の姿をとったのは、人間の目をごまかすためだけではなく、鐘魔鏡に気取られないようにする狙いもあったはずだ。


 妖刀の権化であったとしても、自身の霊力を限り無くそぎ落とせば僅かな歪み程度の認識で済む可能性がある。


 これらの情報は恐らく百鬼あたりが与えたのだろう。


「けど、そこまでして禍姫はなにをしに来たんだ?」


「そこからがこの話の根幹というより核心と言うべきだろうな」


 スッと宗厳の瞳が据わる。


 空気が張り詰める感覚に雷牙も緊張感を持ちながらソファに腰掛ける。


 それを確認した宗厳はテーブルの上にあった包みを開けた。


「それは?」


「禍姫が襲撃してきた場で手に入れたものだ。お前の母の生家の地下にあった」


「そういえば母さんの生まれた家が京都にあるって言ってたな……」


「ああ。生憎と禍姫を退けたことで殆ど崩落してしまったがな」


 宗厳は包みを空けながら少しだけ俯いた。


 既に住まうものが誰もいなくなった綱源家だが、愛弟子の生家に傷をつけてしまったという事実に申し訳ない気持ちがあるのだろう。


「母さんの家に禍姫が現れたってことは、アイツの狙いは師匠の持ってるそれか?」


 包みを開けた宗厳が持っていたのは黒い漆の箱だった。


「恐らくは、な。いきなり背後から襲われ、そのまま戦闘に入ったもんだから聞きそびれたわい」


「でもあそこに用があったのは間違いないんじゃない? だって、自分のことを調べてた源頼光の直系の家なんだし」


「じゃあ箱の中身は禍姫の弱点が記されてる本とか?」


 ややテンションが上がり気味の雷牙だが、二人はというとそこまでいい反応は示していない。


 尊幽にいたっては非常に気だるげな様子で生八ツ橋を口に放り込んでいた。


「説明するよりは見せたほうが早いな」


 宗厳が「ほれ」と渡してきた箱を受け取る。


 二人の様子に若干の気がかりはあったものの、僅かな胸の高鳴りを覚えながら箱を開ける。


 中には古びた書物があった。


 お約束というか想像通りの品に雷牙は思わず口角を上げたが、次の瞬間その表情が一気に曇る。


 鼻腔をついたのは異臭。


 端的に言えばすえた様な臭いが襲い掛かってきたのだ。


「んが……ッ!? く、くっさ!! なんだよこれ……!!」


 仰け反りそうになりながらも雷牙は汚いものを持つように書物をつまんだ。


 よく見てみると書物にはカビが生えており、非常に強烈な臭気を放っている。


 鼻をつまみながら二人を見やると、どちらもティッシュで作った鼻栓を詰めていた。


 雷牙は鼻をつまんでも僅かに鼻腔に抜けてくる臭気に顔をゆがめながらも破かないように慎重にページを捲る。


 が、数ページ捲ったところで雷牙は首をかしげた。


「師匠、これって……」


 視線を宗厳に戻すと、彼は静かに頷いてから書物を戻すように促す。


 そのまま書物を箱に戻して蓋を閉めるとようやく臭気が弱まった。


「あー、くさくさ……。窓開けるわよー」


 パタパタと手で鼻の辺りを扇ぎながら尊幽が窓を開けた。


 ひんやりとした室内の空気が熱帯夜特有のねっとりとした暑さに変わってしまったが、臭いは多少マシになった。


 深呼吸できるまでに薄くなった臭気に安堵し、雷牙は一度深呼吸する。


「ようやく臭いが抜けてきた……。なぁ師匠、アンタはこの本読めたのか?」


「いいや。まったく読めなかったのう」


 宗厳が肩を竦めるのも無理はないと思う。


 雷牙は漆の箱に視線を落とす。


 臭い自体は我慢できなくはない。


 強烈な臭いではあったが、ガスマスクなどをすれば問題はないだろう。


 問題なのは書物自体にある。


 いたるところにカビが生えているせいで文字の殆どがつぶれて読めなくなってしまっていたのだ。


 さらには紙自体の劣化も進んでおり、力加減を誤れば崩れてしまいそうだった。


「これぞ骨折り損のくたびれもうけってヤツよねぇ」


 三箱目の八ツ橋に突入した尊幽がキングサイズのベッドの上で肩を竦めた。


「長い年月あんな地下室で放置されてればどんなに防腐処理されてても、湿気は吸うしカビだって生えるわよねぇ。少なくとも二十年以上前から誰も立ち入ってないわけだし」


「そりゃそうか……。なんだよー禍姫のことが書かれてると思って期待してたのに……」


 落胆した雷牙は肩を落とすと、宗厳に箱を返しながらソファに寝そべった。


 二人が禍姫と戦うという危険な眼にあったというのに収穫なしというのは残念でならない。


 というより、同じ綱源家の人間として若干の申し訳なさすら感じる。


「いたかもしれない爺ちゃんあたりよー。もうちょい湿気のないところで保管しといてくれよー」


「そう気を落とすな雷牙。収穫はなにもこれだけではないのだからな」


「え?」


 疑問符を浮かべると部屋の明りが消され、宗厳が端末を操作してテーブルの上においた。


 ホロモニタが投影され、三人それぞれに見えるように展開する。


 青白いモニタの中には数枚の写真が浮かんでいる。


 壁画のようだ。


「これは?」


「この書物が安置されていた地下室に描かれていた壁画だ。やや欠けたところも見受けられるが、恐らくこの壁画は禍姫や、妖刀、斬鬼のことが記されていると見て間違いないだろう」


 寝そべった状態から起き上がりながらモニタを見やる。


 宗厳の言うとおり、壁画には角の生えた怪物の姿や、禍々しい妖気を放っている刀剣が見受けられた。


 他にも斬鬼から逃げ惑う人々、災禍に焼かれる集落といったまるで現代の刃災を描いているようなものもある。


 けれど、雷牙の視線はそちらよりも劣化が激しい方の壁画に向く。


「この太陽みたいなのはなんなんだろうな」


「それは儂も気がかりだった。黒と白の太陽は対を成しているようだが、同一のもののようにも見える」


「あー……確かにそうだな……。表現の仕方っていうか、光の感じがよく似てる」


「ただ、ハクロウのデータベースにはなかったけどねー。私の記憶にも似たようなヤツはなしー」


「解明しようにも打つ手なしってことか……。禍姫に近づいたようで近づけてないな」


「仕方あるまい。謎を解明するには時間がかかるものじゃ。寧ろこれだけの情報が手に入ったのだから上々だろうよ」


「けど悠長に構えてる余裕もないだろ? 完全に復活してないとはいえ、禍姫はこっちに接触してきてるわけだし」


 雷牙の心配は当然といえる。


 分身で行動していたということは、完全な覚醒が迫っているということの裏づけでもある。


 弱点がわからないにしろ、禍姫がどういう存在であるのかだけでもはっきりさせておかなければなるまい。


「わかっておるわ。だからあの書物を復元しなくてはならん」


「復元って、できるのかそんなこと」


「できなくはないだろう。辛うじて読める部分もあるし、カビを取り除ければインクの沁み具合などで完全に復元はできないまでもある程度読めるように出来るはずじゃ」


「確か刃災の遺失物とかの復元を専門に扱う部署があったわね。支部にはないんだっけ?」


「あるところにはあるが……残念ながら京都支部にはない。近場だと大阪支部だな。ただ、雷牙の刀造りの間に復元しきれるかは、微妙なところだ」


 あれだけ劣化が進んでいる書物だ。


 復元にはそれなりの時間を有するだろう。


 尊幽や宗厳がこれから東京本部を拠点に活動することを考えると、大阪支部での復元はいささか面倒だ。


「じゃあ本部に戻る? さっき雷牙から聞いた感じ鬼哭刀も案外早くできるみたいだし。そうよね、雷牙?」


「あ、あぁ。確実にとはいえないけど、刹綱は自信ありげだったぜ」


「ふむ……」


 宗厳は髭をなでながら考え込む。


 そもそものところ宗厳が戻るとなれば尊幽も本部に戻る必要がある。


 京都へ来れたのもそういった条件があってこそだ。


 彼女はハクロウが持っている最強戦力の一角。


 下手な行動を起さないために宗厳のようなお目付け役が必要なのだ。


 だから出来るだけ二人は共に行動しなければならない。


 悩む宗厳を雷牙は見やると「なぁ、師匠」と告げる。


「俺なら別に平気だって。もうガキじゃないんだし、新都に帰るくらい一人でも問題ねぇよ」


「新都に戻ってこれるかを心配しているわけではない。禍姫のことが気がかりでな」


「でも退けたわけだろ? それに地下室は崩壊してるんだから、もうここに用はないんじゃないか?」


「いや……ヤツにはまだ別の狙いがあると見ていいだろう。そしてそれは恐らく――」


 宗厳の視線が雷牙に向けられた。


「俺か?」


「確かに考えられるわね。禍姫はピンポイントで綱源家に向かっていたわけだし、それにアンタが安綱を手に入れた時星霊脈の奥の方で不気味な胎動があった。それを加味するとアイツは雷牙のことを認知している可能性が高い」


「ああ。入れ物を作ったうえで雷牙を狙いに来ることは充分考えられる。そして安綱の破壊も視野に入れるだろう」


「流石にそうなるとキツいわね。やっぱりこれを新都に郵送する? その方がこっちをあけずに済むし」


「それが利口かもしれんな。もしくは本部の手の空いている者に取りに来させるか、だろうな」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ二人とも! さすがに俺のことを過小評価しすぎじゃねぇか!?」


 勝手に二人で話しを進められ、雷牙は不服そうに声を荒げた。


「俺だって刀狩者を目指してんだ。別に二人に守ってもらわなくたって……」


「鬼哭刀もないくせによく言うわね。仮にこの状況で禍姫と戦闘になったら真っ先に死ぬのはあんたよ」


「け、けどもう少しで鬼哭刀も完成するだろうし……!」


「完成しなかったら?」


「それは、えっと……」


 答えることが出来なかった。


 尊幽の言うことは当然だった。


 鬼哭刀がなければ刀狩者といえど満足に戦うことはできない。


 雷牙の断切という属性があれば戦えないことはないかもしれないが、属性の鍛錬を始めていないのにいきなり実戦は無理だろう。


 故にこの状況の雷牙は無力に等しい。


 現状の雷牙は守る側ではなく、一般人と同じ守られる側の人間なのだ。


 それがわかっているからこそ、雷牙は拳を握り締めてくやしさを露にする。


 自身の無力感に表情をゆがめる雷牙だったが、不意に口に甘い味が広がった。


 いつのまにか目の前までやって来た尊幽が生八ツ橋を口に突っ込んできたのだ。


「とりあえず甘いものでも食べて落ち着きなさいって。私達だって別にアンタのことを過小評価してるわけじゃないわ。ただ、今は我慢してほしいのよ」


「我慢?」


「ええ。この先、いずれ禍姫は完全に復活する。そうなった時、ヤツとまともに戦える戦力が必要になるわ。アンタの力……()()()()()()()()()()()と私は思ってる」


「頼光にも言われたのだろう。禍姫と戦うことになると」


 宗厳に諭され、雷牙は昏睡状態のときに頼光と話したことを思い出す。


 彼は大いなる宿命だと言っていた。


 それは酒呑童子と頼光の因縁だけではなく、頼光以前の禍姫との因縁も含まれていたのだろう。


「わかってくれ、雷牙。ここでお前を失うわけにはいかん。いずれ来る決戦までお前は生き、力をつけろ」


「そのために鬼哭刀を造ってもらってんでしょ。だから今は我慢しなさいな。ちゃんと守ってあげるから、ね」


 尊幽はニッと笑みを浮かべると小さな拳を前に突き出してきた。


 グータッチしろということだろう。


 僅かに思い悩んだ様子を見せる雷牙だったが、やがて観念したように息をついてから尊幽と拳をあわせた。


「わかった。今回ばっかりは守られとく」


「素直でよろしい。さてと、それじゃあ本部と連絡とりましょうか」


「ああ。辰磨のヤツに伝えておけば問題はあるまい」


 明りがつけられ、二人は手早く本部との通信に取り掛かった。


 その様子を見やりつつ、雷牙は握りこんでいた拳を開いて小さく息をつく。


 尊幽の言うとおり、今は我慢の時期なのだろう。


 ここで焦って行動を誤れば自分だけではなく、多くの人々に危害が及ぶ。


 最悪の場合自分だけの死ではすまなくなってしまうだろう。


 戦えないことに悔しさは存在する。


 けれど、今だけはそれを押しとどめ、充分に戦えるようになるまで待つことが雷牙にかせられた任務だと言える。


 もう一度拳を握りなおした雷牙は、雄雄しくも静かなる闘気を胸の奥で滾らせるのだった。




 けれど翌日……。


 鬼哭刀造りは思いもよらぬ方向へ向かって行くことになることを彼はまだ知らない。

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