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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
194/421

3-5

 地上へ上がった宗厳は尊幽と共に綱源家を足早に立ち去った。


 理由は単純、禍姫から距離を取るためだ。


 今頃は崩落した瓦礫に押し潰されているだろうが、あれは禍姫本体ではない。


 彼女自身が無尽蔵に生み出している妖刀や斬鬼に近いものだろう。


「あいつ追って来ると思う?」


「いや、それはあるまい」


 充分に距離をあけたところで宗厳は綱源家を見やる。


 崩落の影響か僅かに砂煙が見えたが、その中に禍姫は見えない。


 汚泥のように混濁した気配も感じなくなっている。


 入れ物が使い物にならなくなったことで意識が本体に戻ったと考えるのが妥当だ。


「あれは禍姫が外で活動するために入れ物じゃ。そんなものを作らねばならない理由は一つ、力が完全に戻っておらんのだ」


「入れ物を失ったら、また作り直す必要があるってことね」


「とはいえあくまで推測じゃ。あえてあの姿でいた場合もあるからのう」


 子供の姿をとった理由として他にも考えられるのは相手の油断を誘うか、人の目を誤魔化すことのどちらかのはずだ。


 力に余裕があればそういった行動を起す可能性も充分考えられる。


「そんなことが出来るなら、あんなまどろっこしい真似はしないでしょ。人類滅亡させたいなら本体が出てくればいいだけの話しだし」


「あれも推測の一つに過ぎんわい。まぁお前の言うことも最もだがのう」


 子供の姿ではあったが彼女の力の片鱗は垣間見ることができた。


 あれは本物の怪物だ。


 全力を出していないとはいえこちらと殆ど対等に渡り合っていた。


「正直なところ全力を出されると儂でもキツイのう」


 決して冗談で言っているのではない。


 それだけ彼女は強く、恐ろしい存在といっていい。


 彼女が完全に復活した上で人類滅亡に乗り出せば、被害はそれこそ世界規模になるだろう。


「随分と弱気じゃん。やっぱり年取ったわね」


「弱気ではない。冷静な判断をくだしたまでのこと。全盛期の儂ならばわからんが、こうも年を重ねてしまってはな」


 わざとらしく肩や腰を摩ってみるものの、尊幽は辟易した様子で肩を竦める。


「なぁにが全盛期よ。練度だけなら昔よりも上がってるくせによく言うわ」


「ほう、もしかして慰めてくれているのか?」


「まさか。てか、キツイとか言っておきながら頭ん中では禍姫とどういう風に戦うか算段立ててるんでしょ」


「……ばれたか」


「何年のつき合いだと思ってんのよ。あんたがまだこんな小さなガキに頃から面倒見てやってんだからわかるわよ」


 呆れ顔で溜息をついた尊幽に、宗厳も笑みを浮かべた。


 禍姫の力は確かに強大といえる。


 宗厳をもってしても勝利は望み薄と言ったところ。


 だからと言って負ける未来しか見えないわけではない。


 どのような形であれ勝ちさえすればいいのだ。


 禍姫との戦いは戦刀祭のような試合ではなく、人類の存亡を賭けた戦い。


 即ち戦争だ。


 そこに人間らしいルールなぞ必要ないが、宗厳は少しだけ不服でもあった。


「まぁ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がのう」


「はぁ……。師弟そろって戦闘狂って……」


「いや儂は違うぞ。ただ一人の武人として強者と戦ってみたいという精神があってだな」


「どっちでもいいわよそんなこと。とはいえ、一応一段落したわけだし、その中身、確認したほうがいいんじゃない?」


 尊幽が指差したのは地下室から持ち出した漆の箱だ。


 確かに彼女の提案も最もだ。


「それもそうだな。では京都支部に行くとするか。あそこならば一目を気にすることもあるまい」


「じゃ、行くわよ」


 宗厳は尊幽と共に支部に足を向ける。


 箱の中に何が入っているのかはわからない。


 ただ、願わくば禍姫打倒の糸口になるようなものが記載されていることを望む。


「ところで儂の分の八ツ橋は?」


「あるわけないでしょそんなもん」




 工房では甲高い金属音が響いていた。


 霊儀石と玉鋼の融合金属が鍛えられる音だ。


 真っ赤に熱せられた融合金属は何度も折り返されることでより硬度としなやかさを高めていく。


 この繰り返し作業が折れず、曲がらず、よく斬れる刀を造る上で重要なのだ。


「ふぅ……」


 額に浮かんだ大粒の汗を袖で拭うと、刹綱は融合金属の状態を確認する。


 霊儀石と玉鋼の融合自体はできている。


 槌の音も普段聞いているものと変わりはない。


 鬼哭刀造りは滞りなく進んでいる。


 刹綱は失敗がないようで安堵するものの、掌に走った痛みに表情を曇らせる。


 見ると槌を握り続けていた影響で肉刺が出来ていた。


 だが刹綱にとってそれは珍しいことだった。


 幼少の頃から刀作りに携わっていた彼女の掌には女子らしからぬタコが出来ている。


 ゆえに新たに肉刺が出来るとは思っていなかった。


「まぁでも仕方ないっちゃないか……」


 思い当たる節がないわけではない。


 一瞥するのは金床の上にある赤熱した融合金属だ。


 肉刺ができた原因はこの金属の硬さだろう。


 鍛えている間も感じていたことだが、この融合金属は普段のものより硬い。


 だから普段力を入れていないところに力が入り、肉刺ができてしまったのだろう。


「加工が難しいって聞いたけど、確かにこれは難敵だなぁ」


 針で刺されるような痛みを感じながら槌を握りなおして融合金属を火床に入れる。


 硬さももちろんだが、やたらめったら打てばいいわけでもない。


 融合金属に含まれる霊儀石は非常に繊細で、僅かな力加減の差で霊力の伝達率が悪くなってしまう。


 そうなってしまえばたとえ鬼哭刀が出来上がっても、善綱の言っていた鈍らになる。


 だが、刹綱の場合は他の鍛冶師よりも僅かに有利な点がある。


 錬鋼眼の存在だ。


 彼女の瞳は人や霊儀石の霊力波長を見るだけではなく、融合金属となった状態でも霊儀石がもつ波長を測ることが出来るのだ。


 霊力の伝達率の悪さは、霊儀石の成分が偏ってしまうことが原因だ。


 故にそれを均等にしてやることが重要となるため、彼女は常に錬鋼眼を発動して融合金属を打ち続けた。


 結果として現在火床で熱している融合金属の霊力波長は偏ることなく、均一に混ざり合っている。


「うまく出来たのか?」


 振り返るとどこか緊張した面持ちの雷牙が火床を覗き込んでいた。


「まぁね。けどじーちゃんの言ったとおり、加工が難しいよ。ここまではうまく出来たけど、次の素延べと火造りで失敗すると多分鈍らかな」


「素延べ?」


「簡単に言うと平たくして刀の形に伸ばして行くってこと。火造りはまぁ形を整えるって言った方がいいかな」


「なるほどな。今日でどれくらい進むんだ?」


「うーん、熱しても結構硬かったし何より普通の日本刀と違って繊細さがダンチだからねぇ。今日中には半分ってとこかなぁ」


「そっか……いや、気にせずに進めてくれ。刹綱のペースでいいからよ」


 少しだけ残念そうに見えたがそれも無理はないだろう。


 刀狩者を志す彼にとって鬼哭刀はなくてはならない存在だ。


 戦えない期間は心苦しさがあるに違いない。


「そう落ち込まないで。遅くても素延べと火造りは明日の夕方には終わると思う。夜には焼入れも終わるはずだから、深夜になっちゃうけど握ることは出来るよ」


「マジか!?」


「うん。だから楽しみにしてて、じーちゃんはああ言ってたけど、もしかするとアレの出番はないかもだよ」


 刹綱が見やるのは籠に入れられた玉鋼と割られた霊儀石だ。


 霊儀石を三つに分割したことで、鬼哭刀造りにはある程度余裕ができたが、熱している融合金属の状態は良い。


 錬鋼眼で波長を測っても乱れがない綺麗な波長が出ている。


 決して油断や実力の過信などではない。


 これは刹綱の確固たる自信の現れだ。


「そして握ったあたりで霊力の伝達率もわかるはず。そこで出来上がった刀が鬼哭刀として使えるか、鈍らになるかはっきりするよ」


「わかった、楽しみにしとくぜ。んじゃ、また黙ってみさせてもらうけど……もしかして邪魔だったりするか?」


 雷牙は申し訳なさそうな表情で問うてきた。


「へーきだよ。私って集中すると周りとか気にしなくなるから。大声で叫ばれても動かない時もあるみたいだし」


「すげぇ集中力だな」


「ふふん、もっと褒めていいよー」


 誇らしげに胸を張ると雷牙は「調子いいな」と苦笑した。


 刹綱もそれにつられる形で笑みを零す。




 その後、刹綱による鬼哭刀造りは順調に進み、融合金属は着実にその姿を鬼哭刀へと変化させていった。


 明日には本当に出来上がってしまうのではと思うほどに。


 二人は失敗を想像することすらなかった。




 雷牙が宿泊するホテルに戻ってきたのは陽が完全に暮れた夜だった。


 当初はもう少し早くきりあげて戻ってくる予定だったのだが、刹綱の作業に見入ってしまっていたらこんな時間になってしまった。


 刹綱によって鍛えられた融合金属は徐々に鬼哭刀に変わっていき、完成は間近と言ったところ。


 思わず表情が崩れ、笑みが零れる。


 端から見ると完全に変質者だろうが、うれしくて仕方がないのだ。


 ようやく戦うための刀が手に入る。


 しかも自分に合った完璧な鬼哭刀が。


 これで喜びを露にするなと言うほうが無理な話だろう。


「尊幽あたりが見たらキモイって言われそうだな……」


「キモイわよ」


「どわっ!?」


 スキップでもしそうな勢いだったが、突如として背後からかけられた声につんのめる。


 何とか態勢を立て直して振り返ると、呆れ顔の尊幽が立っていた。


「い、いつから見てた?」


 気配もなく現れたことに驚きながらも問うと、彼女は大きなため息をついた。


「最初から。具体的にはアンタがホテルにについた時から『尊幽あたりがみたらキモイって言われそうだな』くらいまで」


「全部じゃねぇか!」


「ええ。ニヤニヤしててマジでキモかったわ」


 凄まじいくらい冷淡な声で告げられ、雷牙は心に何かが刺さるのを感じた。


「けどまぁその様子だと鬼哭刀は順調みたいね」


「あ、ああ。素延べの段階に入ってるとこだ。早ければ明日には使えるかどうか判断できるってよ」


「あらそう、よかったわね」


 納得したのか彼女は頷いてから雷牙の前を行くと、振り返ることなく問うてきた。


「夕方あたりになんか感じた?」


「夕方? いや、特にはなにも……ていうか、刹綱の作業に集中してたし。なんかあったのか?」


「ちょっとね。部屋についたら説明してあげるわ。宗厳からも話があると思うから」


 尊幽の雰囲気には少しだけ棘を感じた。


 雷牙に非があるわけではなさそうだが、なにかあったのは明白だ。


 けれどなぜだろう。


 雰囲気は尖っているのに緊張感がやや欠けている。


 その原因は彼女の両腕に生八ツ橋やらの京都の土産品が入った紙袋が握られているせいだろう。


 しかもたんまりと。


 あれを一人で食すのだろうか。


「なぁ、ところでその八ツ橋って――」


「――あげないわよ」


 かなり喰い気味で否定され、雷牙は「さいですか……」と苦笑いを浮かべた。


 やがて二人は宿泊する部屋に到着する。


 なお長官である辰磨の計らいでこの階は完全に貸し切っており、雷牙達以外の宿泊客の姿はない。


 シンと静まり返ったホテルのワンフロア。


 けれど数分後、フロア全体はおろかホテル中に響き渡るのではないかという大絶叫を雷牙は発することになる。

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