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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
193/421

3-4

 冷たい空気が頬をなでるのを感じながら宗厳は地下階段を進んでいく。


 ある程度予測はしていたことだが、中々に深い作りだ。


「それだけ重要なことがあると考えるべきか……はたまた別の理由か……」


 宗厳は暗闇の階段をライトで照らしながら下る。


「罠の類はなし……。無用心なのか、誰も入ることがないと思っていたのか……」


 警戒心の薄さに呆れ混じりの溜息を漏らすものの、内心ではそれなりに助かっていた。


 宗厳ほどの実力であれば罠を作動させたとしても適当にあしらうこともできるし、特に怪我をすることもない。


 けれど発動した罠にいちいち足を止められるのは面倒なのだ。


 鬼哭刀を使って押し通ることもできなくはないが、老朽化も進んでいるこんな地下で斬撃を放てばたちまち崩れてしまう。


 そうなってくると綱源家が隠している何かを再度発見するのはさらに面倒になるだろうし、最悪消失してしまうだろう。


「まぁ周囲に被害を出さぬよう刃を振るうなど簡単だがのう」


 自分の能力の高さを満足げに評価する宗厳だったが、ふと彼の足が止まった。


 ライトの先に階段がなくなったのだ。


 今までも何度か折り返していて全て階段というわけではなかったが、今度は違う。


 どうやら最奥に到着したようだ。


 再び足を進め階段を下りきってから周囲を照らす。


 そこには三十畳程度の空間が広がっていた。


 壁には紙のようなものが見えたが、如何せんライト一つでは全体を照らすことは難しい。


「なにか光源は……」


 改めて周囲を照らすと支柱の側面に燭台のようなものが見えた。


 宗厳がマッチを擦って燭台に当てると、火は勢いよく燃え上がる。


 どうやら使われていた油が残っていたらしい。


 そのまま全ての燭台に火を燈し終えると、ようやく部屋の全貌が見えてきた。


 入り口の正面、最奥の壁際には祭壇のようなものがあり、漆の箱が安置されている。


 何が封印されているのかわからないが、隠すということはそれなりに重要なもののはずだ。


 だが宗厳が注目したのはそれだけではない。


 四方の壁には壁画のようなものが描かれている。


 決して完全な状態で残っているわけではない。


 経年劣化と地震などによるひび割れの影響で一部は剥がれ落ちており、明確に何が描かれているのかわからない箇所もある。


 ただ、一つだけはっきりしているのは壁画が人間と斬鬼の戦いを現しているということ。


「大昔から戦い続けているということだろうが……」


 顎に指をあてる宗厳の表情はあまり芳しくない。


 人間と妖刀、斬鬼が古くから戦っていたことはある程度解明されていることだからだ。


 ハクロウの前身は正式な名称こそなかったものの鬼狩りと呼ばれており、秘密裏に斬鬼や妖刀の対処を行っていた。


 けれど半世紀以上前に世界中で起きた同時多発的な妖刀顕現と人間の斬鬼化によってその活動は公のものとなった。


 まだ幼かった宗厳も当時のことはよく覚えている。


 ゆえに今更斬鬼と人間の戦いが古くから続いていたことを知らされたところで、あまり有意義な情報とは言えないのだ。


 とはいってもそれはあくまで片側の壁画だけの話。


 もう一方の壁画を見やると宗厳は眉をひそめる。


 壁画の劣化は片側と比べるとやや進んでいたが、何が描かれているかはなんとなく理解できる。


 その中でもっとも宗厳の眼を引いたのは、()()()()に信仰を捧げる人々と、()()()()によって焼けている世界を現した壁画だった。


「黒い太陽と白い太陽……。一方は信仰と救済、そしてもう一方は破滅を現しているのか? しかしなぜ同じ太陽が……」


 太陽は色こそ対照的だったが、輝きの表現は完全に同じだった。


()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 端末に写真として収めながら思考を止めずに壁画を調査する。


 黒い太陽の壁画の隣はほかと比べるとかなり劣化が酷く、黒い太陽と思しき存在が辛うじて見える。


 その下には立ち向かった者の腕のようなものがあり、削れてはいるがかすかに刀のような物もあった。


「黒い太陽に誰かが立ち向かい、そして――」


 最後の壁画を見やると、地に堕ちる太陽が薄く描かれていた。


 災厄を齎した黒い太陽を打ち倒したということを現しているのだろうか。


「これは禍姫を現しているのか……? しかし、そうなると最初の壁画の意味は――――」


 瞬間、宗厳は飛び退いた。


 感じたのは僅かな殺気。


 それだけではない。


 重く不気味で気持ちの悪い禍々しい気配。


 それは間違いなく妖刀や斬鬼特有のものだった。


 飛び退きながら視線を背後に向けると、真っ白な少女が黒い刃を振り下ろしていた。


 ぎょろりと動いた片目は跳躍した宗厳を的確に捉えている。


 ゾクッと背筋に悪寒を感じながらも着地すると、鬼哭刀の鯉口を切る。


「よけられた……。かんがいいんだね、おじいさん」


 白い少女は振り返りながら告げてくる。


 人の体に血よりも赤い瞳は尊幽を連想させるが、少女の瞳は彼女とは決定的に違う。


 尊幽の瞳は同じ赤ながらも澄み切った海のように気持ちよく快活なものだ。


 しかし目の前の少女はどうだ。


 赤い瞳は狂気と憤怒で濁り、まるで汚泥を見ているようだ。


 まさしく斬鬼のそれだ。


「お前は……まさか……」


 戦闘態勢を一切緩めずに少女を睨みつける。


 常人ならば卒倒は免れない宗厳の威圧を少女は正面から受け止めたが一切臆した様子はない。


「にんげんのくせにずいぶんとつよそう」


「……強かったら見逃してくれるのか?」


「だめ。にんげんはころす。ひとりのこらず、ころす」


 舌足らずながらも言葉と声には明確な殺意があった。


 斬鬼と同等かそれ以上の殺人衝動と現すべきか。


「それほどまでに人間が憎いのか……禍姫神よ」


 名前を呼ぶと少女が笑みを浮かべたが、それは笑顔にしては余りにも歪だった。


 笑みを見た瞬間、少女が揺らめいたかと思うと途端に掻き消える。


 思考ではなく体がすぐさま動き、鬼哭刀を抜くと少女が目の前に現れ黒刃を振り下ろす。


 ガキン! と金属が激突する音と共に火花が散り、二人の顔を僅かに照らした。


「やすいちょうはつ。だけどのってあげる」


「それはありがたい。お前さんの力を図るのはこちらとしても願ってもないことじゃ」


「ふぅん……」


「妖刀を生み出し斬鬼を従える実力、見せてもらおうか」


 軽口をたたいているものの、二人の剣戟は止まることがない。


 剣速はもはや捉えることすら不可能で、端から見れば立っている状態の二人の間で火花が散っているようにしか見えないだろう。


 黒刃を振るう少女が禍姫であることは間違いない。


 本来の意味での鬼の首魁にして世界を滅ぼす存在に宗厳は真っ向から挑み、対等に渡り合っている。


 が、彼の表情に余裕などは一切見えない。


 一見すると確かに互角に渡り合っているようにも見えるものの、それはあくまで客観的に見た場合のみの話だ。


 ……見事に遊ばれているな。


 放たれる剣閃は全てが必殺だが、彼女は実力をまるで発揮していない。


 一撃でも喰らおうものなら瀕死、ないしは即死級の斬撃も彼女にとっては児戯程度なのだろう。


「……嫌になるのう、まったく……!!」


 グッと腰を落として禍姫の放った刃に合わせて痛烈な斬撃を放つ。


 重々しい音が地下室に響き、僅かな余波が壁画の一部に斬痕を刻む。


 流石に少女の体との体重差が影響したのか、禍姫を後退させることができた。


「すこしびっくりした。やっぱりつよいね、おじいさん」


 手の甲を僅かに負傷したようで、ぺろりとどす黒い血液を舐めながら禍姫が微笑む。


「力の殆どを出しておらんヤツに言われてもうれしくないのう」


「だしおしみしてるわけじゃないよ。ただ、このからだだとこれがげんかいなだけ」


「随分と情報をよこしてくれるんだな。弱点になっても知らんぞ?」


「じゃくてん? アハハ、おかしいこというね――」


 にんまりを歪な微笑を浮かべる彼女の背後の空間が陽炎のように揺らいだ。


 刹那、宗厳は彼女の背後に鬼の貌を見た。


 巨大な口からは大小さまざまな牙が生え、頭部にはねじれ曲がった角が天を衝くように生えている。


 宗厳に向けられている瞳には明確な憤怒が見て取れる。


「――我に弱点などという物は存在せぬ」


 口調が変わる。


 否、口調だけではない。


 今までは舌足らずで幼児のようだった声質も、大人びた女性のものへと変化している。


「……それがお前の本性というわけか」


 ごくりと喉を鳴らすと禍姫の背後にあった鬼の貌が掻き消えた。


「かもね。さてと、それじゃあおはなしはこれくらいにするね。ころすね、おじいさん」


 声は幼児のものへと戻ったが、殺意はより強烈に宗厳を捉える。


 先ほどまでとは明らかに違う気配に宗厳は警戒を強めた。




「まったく、どうせこんなことになってるんだろうって思ったわ」




 睨み合う両者の間にあった静寂を打ち破るように地下室の入り口の闇の中から気だるげな声が響く。


 完全に気配を絶っていたのかそれとも禍姫の殺気が強すぎたからなのか、まるで気付くことができなかった。


 闇の中から現れたのは、生八ツ橋の箱を持ち数枚を咥えた尊幽だった。


 彼女は宗厳を見やった後、禍姫を一瞥するをゴクンと八ツ橋を呑み込む。


「まったく、いくら禍姫って言っても覚醒しきってない相手に苦戦しすぎ。やっぱ年とったわね、宗厳」


「黙っとれい。別段劣勢になっておるわけではない。少しばかり体を慣らすのに時間がかかっただけのことよ」


「あーはいはい、そういうことにしといてあげる。けど、こっからは私がやるわ」


 箱に入っていた最後の生八ツ橋を口に放り込んだ尊幽は、一瞬にして妖刀を抜くと切先を突きつける。


 すると、禍姫は尊幽を見やったままコテンとどこか愛らしい仕草で首をかしげた。


「あなた、なに?」


「さぁて、なんでしょう」


「それはようとうのはず。なのにどうしておににならないの?」


「はてどうしてでしょう」


 小馬鹿にするような笑みを浮かべた刹那、尊幽の柄尻が禍姫の鳩尾にめり込んでいた。


 グッと捻りを加えた打撃によって禍姫の体は半回転しながら壁画に叩きつけられた。


 衝撃は地下室を揺らし支柱にも亀裂が入る。


「加減せい! 共に生き埋めになるつもりか!」


「私達なら別に問題ないでしょ。それに向こうだってこれくらいやらないと倒せそうにないし、ねッ!!」


 赤い瞳の残光が尾を引きながら禍姫に迫る。


 が、砂煙に中で同じように赤い光が煌いた。


 砂煙の中で刃と刃による火花が炸裂する。


 尊幽はここで禍姫を倒すつもりなのか加減を殆どせずに斬撃を放っていく。


 その度に地下室全体が悲鳴をあげ、余波による斬痕が壁画や支柱を切り付けていく。


「宗厳! ある程度調査は終わったんでしょ。ならそれ持って先に上に上がってなさい!」


 それとは祭壇の上にある漆の箱だろう。


 壁画の写真も取り終えた今、もはやここに用はない。


「逃げろというのか?」


「邪魔!」


 凄まじい剣幕で言われると同時に斬撃が宗厳の鼻先を掠めて行った。


「危ないのう。今確実にこっちを狙っておったじゃろう」


「不可抗力よ! 第一こんなバケモン相手にしてるんだから加減なんで出来るわけないでしょ! 下手に巻き込むのもアレだからさっさと上がって!」


「やれやれ儂も見くびられたものじゃのう……」


 大きな溜息をつきながら漆の箱を抱えると、宗厳は深く呼吸してから鬼哭刀を抜く。


「年を取ったそれは確かに正しい。腰も膝もガタが出始めておる。しかしな――――」


 宗厳の瞳に霊力の光が宿り、烈風が吹き荒れた。


 尊幽はその意図を理解したのか禍姫と距離をあける。


 刹那、烈風を纏った状態のまま宗厳は凄まじい速度で駆ける。


 彼が進むと疾風の刃が荒れ狂い、全てのものを切り裂いていく。


 刃の塊と化した宗厳はそのまま禍姫との距離を詰め、勢いを殺ことなく刃を振り下ろした。


「く――っ!」


 初めて禍姫の表情が苦痛に歪み、どす黒い血が周囲に飛び散った。


 戸惑うことなく切り抜け、そのまま地下室の入り口へ辿り着く。


「――まだまだ足手まといになるつもりはないぞ」


「うわー、すんごいドヤ顔……」


「ふふん」


 既に入り口へ到着していた尊幽が呆れたような声を漏らすが、胸を張って返しておく。


「……むだなことを……」


 かすかに聞こえてきた声に振り返ると、切り刻まれた禍姫が恨めしげな瞳でこちらを睨みつけていた。


「わたしがこれくらいでしぬと……」


「思ってはおらん。それに仮にお前を殺したとて本体に影響はないのだろう。ならば戦うだけ無駄だ。先ほどお前は言ったな、この体だとこれが限界だと。お前の体は人の子の体を乗っ取っているわけではない。外で活動するため子供の体の入れ物を作ったにすぎん」


「……」


「お前を斬る時、ここを支えていた柱も全て切り倒した。じきに崩落が始まる。入れ物が壊れた程度で影響はないだろうが、お前を動けなくさせれば上等じゃ」


「せいぜい押し潰される感覚を味わってなさい。それと覚悟しとくことね。次に現れたら確実に殺してやるわ。本体ごとね」


 尊幽が睨みつけた時、地下室全体が揺れる。


 崩落が始まったのだ。


「行くわよ、宗厳」


「ああ」


 崩れてくる瓦礫の中に残った禍姫を一瞥し、宗厳は地上へと急いだ。


 ただ、崩落の音と共にくつくつと聞こえる笑い声はいつまでも不気味に木霊していた。

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