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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
192/421

3-3


 工房では金床に置いた霊儀石を前にやや緊張した面持ちの刹綱が小槌とノミを構えていた。


 善綱の話によると、霊儀石を三つに分割する必要があるという。


 今のままでは霊儀石が大きすぎるためある程度の大きさに分割し加工しやすくするのだ。


 鬼哭刀には分割した霊儀石全てを使うわけではなく、一つで十分だと言っていた。


「刹綱、分割するとはいえ適当というわけにはいかん。その瞳で澪儀石をよく見定め、均等に三つになるように分けろ」


「うん……」


「プレッシャーをかけるかもしれんが、ここで失敗すると鬼哭刀の完成度が少し落ちる。欠片を出すことなく綺麗に割るんだ」


 刹綱は深く頷いた。


 そのまま深く頷いた彼女の瞳は錬鋼眼へと変化し僅かに光っている。


 霊儀石に向き合う姿からは闘気に似た気迫が伝わり、雷牙は思わず息を呑んだ。


 これが刀工の集中力、そして刀に向き合う姿勢。


 普通に刀狩者を続けていくだけでは滅多に見ることができない光景だ。


 やがて彼女の額に浮かんだ汗が頬を伝い、顎先から落ちた瞬間。


 刹綱は小槌を振り上げ、霊儀石の頂点に置いたノミを叩いた。


 コン、という甲高い音が工房内に響く。


 刹綱が息をつくと変化が見られなかった霊儀石に亀裂が入った。


 そして次の瞬間、一つの霊儀石は三つに分割された。


 一切無駄なく割られ、小さな欠片すら生まれていない。


 成功だ。


「すっげ……」


 思わず雷牙は口に出してしまったが、刹綱も綺麗に分割できたことに安堵しているようで大きな溜息と共に肩の力を抜いた。


 けれど彼女はすぐに姿勢を整えると見守っていた善綱に視線を向けた。


「これで大丈夫だよね?」


「ああ、成功だ。寸分の狂いなくな」


 善綱はよくやったとは言わなかった。


 表情も崩れておらずいまだ緊張感を漂わせている。


 刹綱もそれを察したようで、一瞬ほころんだ表情をすぐに引き締めた。


「そうだ、安心するにはまだ早い。ここはまだ入り口に過ぎん、ここから先は玉鋼と霊儀石を融合する工程だ。三つに分けたからといって決して油断はするなよ」


「うん」


「それと最初はある程度サポートしてやるつもりだったが、今後は口を一切出さん。お前だけの手で雷牙の鬼哭刀を造るのだ」


「私……だけで……」


 僅かに刹綱の瞳に不安の色がよぎった。


 とはいえそれも無理はないと思う。


 いくらやる気に満ち満ちていたとしても、彼女がこれから造るのは加工難度が最高クラスの鬼哭刀だ。


 善綱に師事しているとはいえ、失敗の恐怖は常に付き纏う。


 しかし、ここで恐れていては刀工としてはやっていけないのだろう。


 目の前で起きているのは雷牙が決して立ち入ることの出来ない領域の話だ。

 

 ただ見守ることしかできないが、雷牙によぎった心配は杞憂となる。


「……心配しないでいーよ。絶対に造って見せるから。なんならこれでおじーちゃんを超えてみせようか?」


 刹綱の瞳に不安はなく、逆に挑戦的かつ野心的な光が宿っていた。


 本当に善綱を超えるつもりでいるのか定かではないが、煽るような台詞に善綱はニヤリと口角を上げた。


「ほう、大きく出たな小娘。では楽しみにしておくとしよう。泣きついてきても俺は知らんぞ」


「泣きつかないよ。そっちも仕事があるんでしょ? 私のことは放っといていいから頑張って」


「わかった。お前もせいぜい頑張れ。行くぞ、尾上」


 善綱はそのままもう一人の弟子である尾上という男性と共に工房を出て行った。


 隣にある別の工房へ向かったのだろう。


 二人の気配が薄くなったところで雷牙は腰を上げて刹綱に声をかけた。


「かなり煽ってたけどあんなこと言って平気なのか?」


「へーきへーき。あれはおじーちゃんが私に本当にやれるのか試しただけだと思うから」


「試す、ねぇ……」


 まぁわかる気はする。


 あれは一種の発破のようなものだったのだろう。


 それにここで刹綱が臆さないのもある程度はわかっていたはずだ。


「最終確認ってわけか」


「うん。それにあれくらい言っとけば自分を追い込めるでしょ? 追い込んだ先に見えるものがあると思うんだよね」


「なるほど。じゃあ、俺も口は出さねぇよ。まぁ素人の俺じゃ口なんて出せないけどな。お前のやりたいように、造りたいように作ってくれや」


「りょーかい。さてっと、それじゃあまずは玉鋼と融合させないと……」


 スッと彼女の視界から雷牙の姿が消えた。


 一瞬にして集中に入ったようだ。


 刀狩者でもこれだけ瞬時に自分を切り替えられるものはいないだろう。


 それに驚きつつも、雷牙は座っていた場所に再び腰を下ろした。


 ここから先は本当に彼女だけの戦いとなる。


 刀狩者とは別の戦場。


 雷牙はそこで戦う刹綱の姿を眼に焼き付けるため、同じように集中するのだった。




「先生、いいんですか?」


 刹綱のいる工房とは別の工房に到着したところで善綱は弟子である尾上――尾上(おがみ)銀磁(ぎんじ)に問われた。


「なにがだ?」


「わかっているでしょう。刹綱ちゃんのことですよ」


 予想はしていたが、やはり刹綱のことを案じているようだった。


 善綱は溜息をついたものの銀磁はさらに続ける。


「あのクラスの霊儀石を用いた鬼哭刀の加工はまだ彼女には早すぎます。先生の助力なくしては……」


「本人があれだけやれると豪語したのだ。やらせてやるのも師のつとめだろう」


「そうかもしれませんが、ここで刹綱ちゃんが挫折でもしたら――」


「――せんよ」


 銀磁の言葉を遮ると善綱は刹綱と同じように金床の前に腰を下ろした。


「あれは必ずやり遂げる。俺はそう信じている」


 なにかを企むような笑みを浮かべている善綱に銀磁は呆れたように溜息を漏らす。


「確固たる理由はあるんですか?」


「自分の弟子の技量を信じてやるのに理由が必要か?」


「……やれやれ、実に先生らしいというかなんというか」


 銀磁は肩をすくめたものの、慣れているのか表情はそこまで暗くない。


 善綱の無茶振りというか根拠のない自信や理由は今に始まったことではないようだ。


 刹綱よりも弟子であった期間が長い彼はそれを長いこと経験してきたのだろう。


「さて、ではこちらも仕事に取り掛かるとするか」


「はい。全力でサポートさせていただきます」


「ああ、よろしく頼む」


 包みから封印された状態の安綱を取り出すと、術式を解除して鬼殺しの刃を解き放つ。


 瞬間、凄まじい威圧感が二人を襲う。


「これほどとは……!」


 封印状態であっても威圧感は感じていたが、直に触れるとまた段違いだ。

 

 けれど善綱は楽しげな笑みを浮かべている。


 瞳には刹綱が見せていた野心的かつ挑戦的な光が見て取れた。


「これが童子切……凄まじいですね……」


「呑まれないように気をつけろよ。妖刀ではないにしろ、この威圧感は人間一人の精神を取り込むことなど造作もないだろう」


「でしょうね……」


 ごくりと銀磁が喉を鳴らした。


 額には火床による熱ではなく、童子切の重圧にあてられたのか汗が滲んでいる。


「あまり無理はするなよ。始めるぞ」


 刹綱が鬼哭刀を作り始めると時を同じくして、善綱もまた安綱との長い戦いを始めた。






 夕暮れ、西の空が濃紺と橙に染まり始めた頃。


「ここに来るのも久しいな」


 宗厳の姿は使われなくなって長いであろう屋敷の前にあった。


 屋敷を囲む塀には亀裂が入り、正面の門の一部は朽ち落ちている。


 表札も既になく、誰の家だったのかすら定かではない。


 けれど宗厳はここがなんなのか知っている。


 ここは雷牙の母であり、宗厳の最初の弟子でもある綱源光凛の生家だ。


 彼女の生前、一度だけ訪れたことがある。


 その時から既に屋敷はこんな有様で人の姿はなかった。


 光凛に詳しく話を聞こうとしても何が起きたのかは覚えていないらしい。


 ただ、気がついたら自分以外の親族全員が亡くなっていたという。


 遺体に目立った損傷はなかったらしく、事故として処理された。 


 幼かった光凛はそのまま施設へ入ることになったらしいが、住人が子供一人を残して亡くなったことを気味悪がり、この屋敷の周囲には人の気配がまるでない。


 屋敷を取り壊す案もあったらしいが、呪いや祟りの類を恐れた周囲の住民は屋敷を取り壊しはしなかった。


「しかしまぁ改めて見るとますますそれに見えるな」


 夕暮れのこの時間帯ということもあるのだろう。


 静寂の中にヒグラシの鳴き声が聞こえるのは非常に不気味で下手なお化け屋敷よりも恐ろしい。


 けれど宗厳は対して気にもとめずに敷地内へ足を踏み入れた。


 最後に来たのは十五年以上前なので当然といえば当然だが、敷地内は非常に荒れ果てていた。


 手入れのされていない庭からは雑草が伸び放題になっており、一部の塀は完全に崩れ落ちている。


 屋敷に眼を向けてもそれは同様で、僅かに見える縁側からは草木が顔を覗かせていた。


 嘆息しながらも宗厳は行く手を阻む草木を適当に伐採しながら屋敷の玄関まで進む。


 開けっ放しになった玄関から土足のまま中へ足を踏み入れる。


 使われなくなって二十年以上が発っているのだ、今更文句を言う輩はいまい。


 懐中電灯で屋敷内を照らしながら宗厳は天井や床を軽く叩きながら進む。


 何かを探しているようだ。


 そもそも宗厳が雷牙の鬼哭刀造りについて来たのか、その理由は二つ。


 一つは当然のことながら善綱との交渉。


 これはあくまで雷牙が失敗した時に考えていたものだったので、鬼哭刀造りが行われている今、特に交渉することはない。


 そしてもう一つがここに来ることだった。


 歴史ある京都にこのような屋敷を構えている時点で、光凛の一族に何かあるとは思っていた。


 とはいえ光凛の記憶がないことや昔の悲惨な経験を思い起させるかもしれないとあまり深く詮索することはしなかった。


 が、戦刀祭襲撃事件の折に雷牙の身に起きた現象。


 彼は酒呑童子と戦っている最中、先祖を名乗る源頼光に出会い、自分の宿命とこの世界の裏で暗躍する大きな影、禍姫のことを伝えられた。


 あの話を聞いた時、宗厳は一つの仮説を立てるに至った。


 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。


 雷牙の話では頼光は禍姫の存在を知っていたらしいが、姿までは見たことはないという。


 逆に考えれば禍姫自身も頼光のことは知らないはず。


 この程度であれば禍姫が光凛の親族を殺す理由にはならないだろう。


 けれど納得できないことが一つ残る。


 それは酒呑童子と戦っていた雷牙が安綱を手にした時に起きた現象だ。


 あの瞬間、宗厳は星霊脈の奥で何かが胎動するような気配を感じたのだ。


 まるで()()()()()()()するように。


 禍姫は妖刀の母と呼べる存在に対し、頼光はそれを葬り去る存在。


 飛躍しているかもしれないが対になっていると言ってもいい関係だ。


 故に思ったのだ。


 頼光や光凛、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないかと。


 頼光が産まれるよりももっと前に、彼の先祖とも言える者が禍姫に致命傷を負わせ、地の底へと追いやった。


 禍姫はそれを忘れることなく力を蓄え、復讐の機会を待ち、光凛の代で実行した。


 それだけの長い時間を待ったのは確実に頼光の血筋を断つためだったのだろう。


 しかし、禍姫にとって誤算だったのは光凛が生き残ったことだ。


 どうやって彼女が生き残ったのかはわからない。


 もしかすると頼光の力が守ったのかもしれないし、運がよかっただけかもしれない。


 さらに言ってしまえばこれらはあくまで宗厳による仮説に過ぎない。


 確実性には欠けるし、一部飛躍している部分も存在する。


 とはいえ完全に否定することもできない。


 答えを得られるのではないかと思い、宗厳は再びここにやって来たのだ。


 だが――。


「……一通り見て回ったが、得にこれと言った収穫はなしか」


 宗厳は屋敷内をくまなく見て回ったものの、収穫らしい収穫はなかった。


 隠し部屋もなければ秘密の蔵書もない。


 至って普通の屋敷という感じだった。


「考えすぎ……いや、まだなにか見落としているのか……?」


 やや落胆した様子で屋敷を後にしようとしたものの、不意に彼の足が止まる。


 宗厳の視線の先にあったのは、屋敷と同じように外壁や屋根に穴が開いた道場だった。


 自然と足がそちらに向かい中に入る。


 道場の中には朽ちた木刀やら、錆びた刀剣が転がっている。


 どうやら剣の修練場だったようだ。


 ひび割れたり、朽ちたりしている床に気をつけながら歩いていると、宗厳はふと違和感を覚えた。


 屋根に開いた穴から外に出て空中から修練場全体を見渡してみる。


 瞬間、宗厳はなにかに気付いたようで僅かに表情をしかめた。


「これは……」


 着地した宗厳は再び穴から修練場に戻り、違和感の正体を確かめる。


 向かったのは修練場の入り口の向かいの壁だ。


 そのまま壁を念入りに調べ、何度か叩いていると他とは明らかに違う音の壁があった。


「やはりそうか」


 納得した宗厳は満足げに頷いた。


 彼が感じた違和感とは、修練場の奥行きだ。


 外観を見ると修練場にはもう少し奥行きがあってもいいはずだった。


 けれど、実際に中に入ってみると妙に狭く感じたのだ。


 これが原型を残していた時代ならばわからなかっただろう。


 ところどころが朽ち、微妙に均衡が崩れていたからこそわかったことだ。


「となると、この向こうになにかがあると考えるのが妥当だが……」


 今度は近くの床や柱を調べると、柱に人工的なくぼみのようなものを発見した。


 くぼみに指を引っ掛けてあけてみると、そこには木製のレバーのようなものがあった。


 強度に若干の不安はあったものの、宗厳はレバーを引っ張る。


 僅かに軋む音が聞こえたが、レバーは壊れることなく作動した。


 同時に歯車が回るような音が聞こえ、宗厳の目の前の壁がゆっくりと上がっていく。


 やがて完全に上がりきった壁の向こうには地下へと続く階段があった。


 先は暗く、懐中電灯で照らしてみても終わりが見えない。


 どうやらそれなりに深い作りになっているようだ。


「やれやれ、年寄りに段差はきついんだがのう」


 冗談交じりに呟きながら宗厳は一歩踏み出し、階段を下がっていく。


 この先に何が待ち受けているのかはわからない。


 しかし、無駄なことはないという確信はある。






 宗厳が地下へと続く階段を下がって行った少し後。


 旧綱源家の屋敷の前に一人の少女が現れた。


 白いワンピースのような服を身に纏った少女は朽ちた屋敷をジッと見つめている。


 一見すると非常に整った顔立ちだが、雰囲気は不気味といっても過言ではなかった。


 過剰なまでに白い肌からは生気をまるで感じない。


 まるで死人のような姿に通りがかった野良猫が警戒心を露にする。


 毛を逆立て威嚇するその姿は怒っているように見えなくもないが、実際は違う。


 その瞳にあったのは間違いなく恐怖だった。


 動物の本能が少女が危険であると判断しているのだ。


「……」


 少女が野良猫を一瞥した。


 そこにあったのは燃え上がるような真っ赤な瞳。


 死人のような白い肌に赤い瞳。


 異様なコントラストがいっそう少女に不気味さを際立たせた。


 ゆっくりと少女は手を伸ばしたが、野良猫は瞬間的にその場から逃げさった。


「……ざんねん。にんげんじゃなかったからなかよくできるとおもったのに……」


 舌足らずな声をもらし、少女は肩を落とした。


 少女はすこしだけ俯いていたが、やがて屋敷の敷地内へ足を踏み入れる。


「あのにんげんをころせばすこしはきもはれるかな」


 快活な笑顔を浮かべた少女だが、赤い瞳禍々しく混濁し、狂気が渦巻いていた。

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