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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
191/421

3-2

 目当ての霊儀石を手に入れた雷牙と刹綱は意気揚々と屋敷へ戻り、霊鉱での収穫を三人に見せた。


 ゴロン、と座卓の上に転がった霊儀石は胎動するように発光している。


「どうどう、おじーちゃん! すごくない? この霊儀石! 雷牙くんが一発で取ったんだよ!」


 刹綱は興奮冷めやらぬ様子で善綱の周りをせわしなく動き回っていた。


 その様子に雷牙は思わず苦笑してしまうが、周囲の雰囲気に少しだけ違和感を覚えた。


 成果を見せただけで満足してしまっていたが、改めて三人の様子を窺うと少々表情が険しい。


 というよりも悩んでいるようにも見える。


 雷牙はすぐ近くにいた宗厳にどうしたのかと問うてみようと思ったものの、それよりも早く「いやまぁ――」と善綱が煙管を置いた。


「――確かにお前の言うとおりすごいことはすごいが……。この霊儀石はどのあたりで取った?」


「霊鉱の最深部にあるドームみたいなとこ。雷牙くんが運んでくれたからすごい早くついたよ」


「妙に早かったのはそういうことか。しかし、やはりあそこで取ったかぁ……うん、そうか……」


 しみじみと噛み締めるように善綱は頷いていたが、表情はやはり渋い。


 宗厳と尊幽はというと先ほどまでの表情から一転、善綱の様子を楽しむように薄く笑みを浮かべている。


「この輝きと霊力の侵食率……。もしや最深部に湧く泉から取ってきたか?」


 善綱の瞳が雷牙に向けられる。


「ああ。泉の中心にあったやつをこう、ざっくりと……」


 つるはしを振り下ろすモーションをしながら言うと、善綱が一際大きなため息をついた。


 さすがにその様子を不信に思ったのか、興奮していた刹綱がおずおずと声を漏らす。


「えっと、もしかてこれ取っちゃダメなヤツだった?」


 刹綱の問いは雷牙もなんとなくだったが予想していた。


 波長の合う霊儀石を取ってきたというのに、芳しくない表情を浮かべている善綱は不自然すぎた。


 もしかするとこれは善綱が大切に取っておいたものだったのかもしれない。


「これを使ったらダメならもう一回俺と刹綱で霊鉱に行ってくるけど」


「うん。雷牙くんがいればそこまで大変な道じゃないしね」


「いや、違う。別に使ってはいけないとかそういう理由があるわけではない」


 二人の提案に善綱は首を振ってから「すまんな」と軽く手を上げる。


「じゃあなんでそんなに微妙な顔してるの?」


「……このクラスの霊儀石となると加工が少々厄介でな」


「厄介?」


 首をかしげながら雷牙が問うと、善綱は頷いた。


 彼は煙管を吸うと座卓に転がっている霊儀石を持ち上げる。


「ざっと見たところこの霊儀石のクラスは特級から超級。霊力の侵食率は八十パーセント後半から九十前半と言ったところじゃ」


「どれだけ安く見積もっても鬼哭刀になったら数千万はくだらないわね。その状態でも一千万近くない?」


「いっ!?」


 かなりあっさりと出てきた巨大な額に雷牙は思わず声を詰まらせる。


 世の中にはもっと高額なものはあるかもしれないが、それでも十分すぎるくらい凄まじい額だ。


「ジュエリー加工されたらもっとやばい値段つくけどね。教えてあげようか?」


 愉悦たっぷりの笑みの尊幽が首をかしげてきたが、雷牙は即座に首を振る。


 けれど改めて見ると凄まじい輝きを放っているとは思う。


 これをそのまま飾っておいても誰も文句を言わないだろう。


 採掘時は集中しすぎていたし、もって帰ってくる時も刀が手に入るという高揚感で全く気にしていなかった。


 雷牙はゴクリと生唾を嚥下すると恐る恐る宗厳に視線を向ける。


「ちなみに聞くけど師匠。アンタの鬼哭刀に使われてる霊儀石って……?」


「特級じゃのう。というか、超級霊儀石を使用した鬼哭刀なぞそうあるものではないぞ。よかったな、雷牙よ」


「いやいやいやよかったなじゃないって! そんな額俺払えないぜ!?」


「問題あるまい。今回の件は無償で引き受けてくれるらしいからのう。そうだったな、善綱」


 肩を震わせなんとか笑うのを堪えている宗厳が善綱を見やる。


 彼は大きく溜息をついてから静かに頷いた。


 しかし、彼の懸念は金額どうこうではないようだ。


「報酬云々、金が云々はどうでもいい。金銭面で困窮しているわけではないからのう。さっき言ったように俺が心配しているのは、この霊儀石の加工が厄介だということだ」


「それってどれぐらい?」


「そうさな……普段お前が使っている霊儀石は下級から上級だ。それが特級ともなると玉鋼との融合工程の難易度がグンと跳ね上がる。軽く十倍は難しいだろう」


「十倍……」


 刹綱が喉を鳴らすのが聞こえた。


 額には汗が滲んでおり、それだけでも十分すぎるくらい加工が難しいことがわかった。


 刀造りに慣れ親しんでいる刹綱があのような反応を見せるのだ。


 十倍という数字は大したこともないように聞こえるが、それは間違いなのだろう。


「師匠、鬼哭刀を造るのって実際どれくらい難しいんだ?」


 雷牙の問いに宗厳は「ふぅむ……」と髭を撫でながら神妙な表情を浮かべる。


「鬼哭刀は普通の刀ではない。霊儀石と玉鋼、この二つの金属を一切の狂いなく混ぜ合わせ、鍛える。もっとも難儀なのは刀となり、霊力を流し込むまで鬼哭刀として完璧に機能するかわからないことだ」


「完成させたはいいけど、いざ持ってみたら斬鬼が切れない鈍らでした。なんてこともあるみたいよ。刀鍛冶を志している若い連中の中にはそうなるのが恐くて、挫折しちゃう子もいるみたいだし。刀狩者以上にシビアなのよ刀鍛冶ってのは」


 ハッと雷牙は霊鉱の中にあった鬼哭刀を思い出す。


 あれらは善綱が造った鬼哭刀の失敗作。


 刹綱は危険な鬼哭刀と言っていたが、あれもようはそうなのだ。


 善綱が心血を注いで造ったにも関わらず、鬼哭刀としては成り立たなかった刀達。


 なぜそんなものを残しているのか。


 理由はきっと己への戒めだろう。


 自分が今まで味わった挫折を忘れないために、あえて霊儀石を取りに行く霊鉱におくことで、技術が錆つかないようにしている。


 己が全力を注いで造った刀が鈍らだった。


 そんな現実を叩きつけられれば若者達が挫折してしまうのも頷ける。


 雷牙は緊張している様子の刹綱を見やった。


 仮にここで彼女が鬼哭刀の製作を辞退しても決して責めはしない。


「刹綱――」


 雷牙は「やめてもいい」と続けようとしたが、善綱がそれよりも早く割って入った。


「――刹綱、無理にとは言わない。少しでも不安があるというのなら、今回は俺に任せるという手もある」


 彼の声は優しいものだった。


 当然だろう。


 後継として期待している孫娘をここで挫折させるわけにはいかない。


 師匠として、いいや祖父としての優しさがそこには見えた。


 しかし、刹綱の返答は正反対のものだった。


「おじーちゃんに任せる? 冗談でしょ。こんな面白そうなこと、これから先経験できるかわからないじゃん」


 顔を上げた彼女はニヤリと笑みを浮かべ、額に浮かんだ汗を拭う。


「雷牙くんの刀造りは絶対、誰にも譲らない! この霊儀石は私と彼が見つけて取ってきた。なら私にはこれを刀にする使命がある! 刀鍛冶として一度請け負った仕事を放棄するなんて絶対にしたくない!」


「刹綱、お前……」


「だからおじーちゃん、この仕事は私にやり遂げさせて。絶対に鈍らにはしない! 私が今持てる技術を全て注ぎ込んで、必ず最高の鬼哭刀を造ってみせるから!」


 座卓にある霊儀石を掴み、力強く宣言した。


 言葉には確かな覚悟、そして確固たる信念があった。


 その硬い信念は誰にも曲げることは出来ない。


 たとえ肉親であったとしても。


 善綱は逡巡する様子を見せたが、やがて煙管から灰を落とした。


 刹綱を見やる視線は鋭く、彼女の覚悟を改めて見定めているようだ。


「……わかった。当初の予定どおり、この仕事はお前に任せる」


「っ!! ありがとう、おじーちゃん!!」


 刹綱は歓喜に打ち震えると霊儀石を抱きしめた。


 孫娘の様子に苦笑した善綱は雷牙を見やった。


「聞いていた通りだ。雷牙、かなり不安かもしれないが、刹綱を信じてやってくれ」


 頼む、と善綱が僅かに下がって頭を下げた。


 刹綱に雷牙の鬼哭刀を造らせる算段だったとはいえ、こればかりは事情が事情。


 尊幽に偏屈だ気分屋だと言われていても彼なりに思うところはあるのだろう。


「信じるもなにも、俺は刹綱が造ることを承諾してるんだ。今更変える気はねぇよ。それに約束してくれただろ? 最高の鬼哭刀を造ってくれるって」


 ニッと笑みを浮かべた雷牙に後悔や不安は見られなかった。


 あるのは刹綱と善綱、二人の刀工に対する信頼だけだ。


「そうだったな。俺としたことがすっかり忘れていた」


「ボケが始まったんじゃなーい?」


 小馬鹿にしたような視線を送る尊幽だったが、善綱は「ほっとけ」と軽く流す。


「では刹綱、工房に行っておれ。尾上(おがみ)が火床に準備をしておるはずじゃ。俺は玉鋼を取ってくる」


「了解!」


「俺も行っていいか?」


「いいよ! ただ、見ててもあまり面白いものではないと思うけど……」


「そんなことない。俺の刀が出来上がっていくところ、そして刀工の仕事ぶりを見れるなんて滅多にないからな。じっくり見学させてもらうぜ」


「……わかった、じゃあ工房に行こう。おじーちゃん! 玉鋼、早く持ってきてよね!」


「わかっとる」


 善綱の返事を聞き、雷牙と刹綱は屋敷の裏手にある工房へ向かった。




「やれやれ、俺としたことが随分と心配性になったものだ」


 二人が出て行くと、善綱は溜息をつく。


 原因は一つ。


 先ほどの霊儀石のやり取りだ。


「ほんと、あれだけ刹綱のこと褒めちぎっておきながらいざ取ってきたら、心配するとか……。どんだけ気弱になってんのよ」


「大切な孫娘のことを案じてなにが悪い。まぁ、俺が考えているよりも大きく成長していたようだがな」


「子供というのはそういうものじゃ。こっちが考えているよりも、彼らの成長は早い」


 しみじみと噛み締めている宗厳の様子からして、彼も似たようなことを味わってきたのだろう。


「苦労するな、宗厳」


「互いにな」


 二人は肩を竦めてそれぞれの弟子の成長を噛み締めている様子だった。


 すると、その空気を破壊するように辟易した様子で尊幽が溜息をついた。


「あーやだやだ、ジジイ二人がしみじみしちゃってさ」


 尊幽は気だるげに肩を落とすと、応接間を出て行こうとする。


「どこへ行く」


「後は刀造るだけでしょ。見守ってたってどうにかなるわけじゃないし、当事者である雷牙がいれば十分。だから私は久しぶりに観光でもしてくるわ」


 そのまま彼女は出て行こうとしたが、最後になにか思い出したのか「あ、そうだ」と襖の端から顔を出した。


「アンタのもう一人の弟子の尾上だっけ? そいつは今回のことちゃんと理解してんの?」


「ああ。既に本人に説明してある。それにヤツは既に俺が一人前と認めている。お前が心配しているようなことはない」


 尊幽の心配事は尾上が刹綱に対して嫉妬し、危害を加えるのではないかというものだろう。


 その心配はわからなくもない。


 超級に近い霊儀石を浸かった鬼哭刀造り。


 刀鍛冶であれば一度は経験して起きたい仕事だろう。


 それを同じ弟子であり、善綱の孫である刹綱が受け持ったとなれば、嫉妬するのは十分ありうる。


 けれど、尾上には大原の刀鍛冶の技術を教え込み、後継として十分に育っている。


「それに尾上は独り立ちも近い。今更妙な気を起してこれまでの努力を不意にすることはせんだろうよ」


 仮にここで刹綱と雷牙が取ってきた霊儀石を奪ったとしても、彼はもう表社会では活動できなくなるだろう。


 事故だったとか、事実無根だとか叫んだとしても、彼の言葉は聞きいれられるはずもない。


 メディアに取り上げられれば、天下五匠である善綱の言葉と、その弟子の言葉、世論が信じるのはどちらだろうか。


 答えは当然前者だ。


 最終的に事実が明らかになれば、問題行動を起したとして間違いなく裏社会のその身を落とす。


 その前にハクロウか警察に逮捕されるだろうが。


「ふぅん、ならいいけど。じゃ、私は観光してくるからあとよろー」


 ヒラヒラと手を振りながら尊幽は屋敷を出て行った。


 すると、彼女の後を追いかけるように宗厳も応接間から出て行く。


「まぁなにかあったとしても雷牙がおる。大の男一人程度武器がなくても制圧できるじゃろう」

 

「行くのか」


「ああ。尊幽を一人にしたらどこに行くかわかったものではない。それにこっちはこっちで調べたいものもあるからのう。夜には旅館に戻るように伝えてくれ」


「わかった。こちらは任せておけ、この刀も万全の状態に仕上げてみせよう」


 預かった安綱を見やると、宗厳は「頼んだ」とつげ、足早に尊幽の後を追った。


 二人を見送り玉鋼を取りに行こうとすると「おじーちゃーん! まーだー!?」と工房から刹綱の急かす声が聞こえた。


「今行くわい」


 少しは待てんのかと呆れながらも善綱は玉鋼の保管庫へ向かい、良質なものを見繕うとそのまま工房へ足を向けた。


 これから始まるのは刹綱にとっては過酷な刀造り。


 一度は彼女には無理ではないかと心配もした。


 けれどそれは刀工『大原刹綱』に対する侮辱だ。


 善綱が出来るのは刹綱を信じることのみ。


 余計な心配など不要なのだ。


 なぜなら彼女はもう刀工として成長しているのだから。

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