2-6
「まったく、人が紹介しようとしているというに……」
刹綱との握手を終えると、彼女の背後で倒れこんだ善綱が腰を摩りながら起き上がった。
彼はゆっくりと歩み寄ると刹綱の後頭部を指で弾いた。
「あたっ。なにすんのじーちゃん」
「なにすんのじゃないわ。少しは落ち着け」
「だって戦刀祭で戦ってた子が目の前にいるんだよ? しかも気になってた子。多少はテンションも上がるってもんでしょ」
「せめて俺が紹介してやるまで待っとれという話だ。すまんな、雷牙。孫の無礼を許してくれ」
軽く手を上げて謝罪してきた善綱だったが、雷牙はそれに首を振る。
「別に無礼ってほどでもないさ。ちょっとびっくりはしたけどな。勢いとその……ファンって言われて」
面と向かってファンと言われたことで雷牙は嬉しさ半分、恥かしさ半分といった具合だ。
僅かに顔が赤いのはその影響だろう。
「なぁに赤くなってんのよ。発情期?」
「それを言うなら思春期だ! それに発情もしてねぇ! ファンなんて言われなれてないから恥ずかしかったんだよ」
龍子や轟天館の生徒会長である白鉄黒羽のような、育成校において最強と称される者や、ある程度有名な生徒達にファンがいるのはなんとなくわかる。
実際のところスタジアムでの試合中もそれらしき人々はいたし、学校内でも龍子を含め人気な人物には非公式ではあったがファンクラブも存在している。
まぁ龍子の場合は本人公認らしいが。
ともあれ雷牙はまさか自分にファンがいるなどとは思ってもみなかったのだ。
試合も二試合しただけでクロガネに襲撃されてしまい、大した場面は見せていないはずだ。
ゆえに刹綱にファンと言われたとき、たどたどしい返事になってしまった。
「刹綱はお前の試合を見て直感的に気に入ったらしい。残念なことに俺は見ていなかったがな」
「いやもうほんとすごかったって! たくさん選手がいたけど私の中だと雷牙くんが一番印象的だったもん。こう相手選手が迫った時に赤い霊力を纏いながらズバッと!! まさに一撃必殺って感じだったし!」
興奮気味の刹綱は身振り手振りで雷牙の試合の様子を力説している。
内容的には間違いではないが、やはりこうもがっつり再現されると少し気まずい。
というか親同然の宗厳を前にしてやられるとかなり気恥ずかしい。
「二試合目もすごかったよね。動画何回もリピート再生してたよ! そういえばあの空間に剣閃が残るヤツって技名あったりするの!?」
「あ、あぁ一応はあるけど……」
「じゃあじゃあ、鬼哭刀が出来たらやって見せて! 生で見てみたいから!」
ずずい! と音がしそうなほど刹綱は雷牙に迫ってくる。
それはもう顔と顔の間に隙間が殆どないくらいに。
「わ、わかった。やってみせるから……!」
一旦距離を置いてくれと頼もうとしたとき、彼女が体ごと横にずれた。
「むぎゅ」と妙な声を上げた彼女を押しのけたのは呆れかえった表情を浮かべた善綱だった。
「その話はもう何度も聞いておるわ。話がいっこうに進まんから黙っとれ」
やや低めのトーンで言われ、刹綱は少しだけ不満げな顔をしながらも「……はーい」と雷牙から距離を取った。
ようやくおとなしくなった刹綱に善綱は大きなため息をついた。
すると、宗厳が僅かに吹き出す。
「後進の育成に苦労するのはどこも変わらんのう」
ニヤリと口角を上げた宗厳は長い髭を撫でながら雷牙と刹綱を見比べているようだった。
「ほっとけ。ひとまず話を前に進めるぞ。雷牙、さっき言ったとおりお前の鬼哭刀は刹綱に造らせる。当然大原家のプライドにかけ半端なものは造らせん。安心させるわけではないが俺からもある程度の口出しはする。約束しよう、今のお前に合った最高の鬼哭刀を造らせるとな」
煙管を咥え直した善綱はニッと笑みを浮かべていた。
瞳からは刹綱に対する絶対的に信頼と、自信が見て取れる。
だからというわけではないが、雷牙も彼に対して静かに頷いた。
「よろしく頼む」
「おうとも。できるな、刹綱」
「うん! 画面でも見えてたけど、生でバッチリ見えてるし問題ないよ」
刹綱は人差し指と親指で丸をつくって見せたが、雷牙は少しだけ疑問が浮かんだ。
『見えてる』とはなんのことだろう。
雷牙自身のことなのか、それとももっと別のなにかだろうか。
後者だとするとよりわからない。
別段なにかアクションを起したわけでもないのに、彼女が一体何が見えているというのだろうか。
「……見えてる……。善綱、アンタの孫――」
尊幽は何か察したようだったが、「さて」という善綱の声に遮られてしまい、言葉が続くことはなかった。
「これでようやく行動を起せるな。刹綱、雷牙を連れて裏山に行って来い」
「りょーかい。それじゃあ行こうか、雷牙くん!」
「あ、あぁ!」
若干気がかりなことはあるが、今は答えてもらえるような雰囲気ではない。
雷牙は腕を引かれて屋敷の裏手にある山へ向かっていく。
二人が応接間から出て行き、玄関が開く音が聞こえたところで善綱は深く息をついた。
座っていた座布団に腰を下ろし、紫煙を燻らせていると宗厳が笑みを消して問う。
「善綱、孫に鬼哭刀を造らせる理由はなんだ?」
「最近腰が痛くてな。思うように刀が鍛えられん。故にあの子に――」
「――はぐらかすな。お前のような男が自分の体が痛いことを理由に刀を打たなくなるわけなるまい。何か他に理由があるじゃろう。例えば刹綱の瞳が関係しているのではないか?」
「……やれやれ、さすがにヒントを与え過ぎたか」
善綱は肩をすくめると、瞳を閉じてからもう一度煙管を吸う。
大きく吐き出された紫煙の中で、善綱が右の瞼を開けた。
そこにあったのは蒼銀色に輝く瞳。
瞳孔をぐるりと一蹴するように黒い輪が広がっており、瞳孔を覗き込むと濃い青色の光が見える。
「久しぶりに見たわね。アンタのその眼」
刀狩者の適性があるなしに関わらず、霊脈を有している人間の中には特異な瞳を持って産まれる者がいる。
大きなくくりでは霊眼と称されるそれは、まだ霊力がはっきりと確立されていなかった旧時代は魔眼、邪視と呼ばれていた。
瞳によっては人間を操ることや魅了することも可能とされているが、霊眼は属性覚醒よりも遥かに稀少とされている。
なぜならば後天的に目覚める可能性がある属性と違い、霊眼は先天的に持っていない時点で扱うことができないのだ。
ちなみに尊幽の瞳は霊眼の類ではなく、妖刀の力が起因しているものだ。
「お前の霊眼は人間や霊儀石が発している霊力の波長を色として捉えることができるものだったな。名前は確か、錬鋼眼だったか」
「ああ。瞳孔の周りにある円が多いほどより精密に霊力を視ることができる。刹綱も俺と同じこの眼を持っているというわけだ」
「見えてるとかなんとか言ってたからもしかしてって思ったわ……ってちょっと待った」
納得しかけた尊幽は腕を組んで首をかしげた。
「確かその眼って発動中の時だけ見えるんじゃなかったっけ?」
「そうだ。自分の意思で切り替えることで視ることができる」
「あの子さっき発動してた?」
尊幽は思い返してみたがそれらしい場面はなかった。
一瞬だけ発動していたとも考えられるが、尊幽や宗厳ほどの使い手であれば感知することは容易なはず。
わからなかったということは刹綱は錬鋼眼を発動すらしていなかったことになる。
すると、善綱がニヤリと笑みを浮かべながら瞼を下げた。
次に彼が瞳を開けたとき既に錬鋼眼は見えなくなっていたが、不敵な笑みは変わらない。
「言っただろう。あの子は俺よりも刀造りに恵まれた子だと」
カン、と煙管から灰を落とした善綱の表情はどこか自慢げというか誇らしげなものだった。
「刹綱は両目ともに錬鋼眼だ。しかも瞳孔を囲っている円は三つ。その影響であの子は瞳の力を発動せずとも霊力の波長を視ることができる」
「なるほど、そういうことだったか……。しかし、発動せずとも視ることができるとはいうが、霊眼の長時間の連続使用は脳にかかる負担も大きいはずじゃろう?」
「常に発動しているわけではない。視たい時に見て、より精密に視たい時にのみ発動する。普段は普通の眼と変わらず、脳へのダメージもない」
「ふぅん。それで肝心なとこ雷牙の鬼哭刀を造らせる理由は? 眼だけが全部ってわけじゃないでしょ」
尊幽が首をかしげると善綱は指を立てながら理由を語る。
「一つは刹綱に鬼哭刀を鍛える経験を積ませること。もう一つは俺よりも雷牙の波長に合った霊儀石を見つけることができると考えた」
「だから裏山に共に裏山へ行かせたのか。確か山には霊鉱があったな」
「ああ。刹綱の眼なら雷牙の霊力波長と相性がいい霊儀石を見つけるだろう」
「孫に経験を積ませるために雷牙をダシに使ったわけね」
「まぁ鍛冶師の仕事を見ることができる機会は少ないし、年齢も近い。これから世話になって行く雷牙にとってもいい経験にはなるだろう」
「そ、そうだな。俺もそれを考えていたんだ」
若干上ずった善綱の声に尊幽がジト目を送る。
動揺を見せているあたり、完全に刹綱の経験のことしか考えていなかったようである。
格好つけているが孫に甘い爺の丸出しである。
「……親馬鹿ならぬ爺馬鹿ね。かなり期待してるみたい」
くいくいと宗厳の着物の袖を引っ張って耳打ちすると、彼も同じことを思っていたようで小さく吹き出した。
「……無理もなかろう。智綱が継がなかった分、刹綱への期待が高まっておるのだ。多少甘くなるのもわかる」
「アンタも?」
「当然。雷牙には期待しとるし、かなり甘々じゃ」
「キモ」
「そっちから聞いておいてキモとはなんじゃ」
べしっと尊幽の頭を叩くと宗厳は善綱に視線を戻した。
「で、他にも理由があるのではないか?」
宗厳の声質が僅かに下がったことを感じ取ったのか、善綱は神妙な面持ちで頷いてから尊幽に視線を向けた。
否、より正確に言うならば彼女が手放さずに担いでいる包みの方を見やっていた。
「最後の一つはお前が持っているその刀だ」
「あー、やっぱバレてたわね」
「当然だろう。幾重にも封印を施しているようだが完全に封じることが出来ていない。鍛冶師なくともすぐにわかる。……来る前に言っていた童子切安綱か?」
二人を捉える視線がより鋭利なものへと変わった。
宗厳と尊幽は一度視線を交わし、封印されている安綱を座卓の上に置いた。
善綱は包みをゆっくりと開けて行く。
やがて完全に包みを完全に解くと、ケースの中に封じられた安綱の刀身が露になる。
何もしていないのに淡く発光し、幾重にも施された封印を押しのけるほどの圧倒的な存在感。
何度も見ている宗厳と尊幽ですら自然と引き込まれる美しさだ。
「……これが、童子切……」
ごくりと善綱が喉を鳴らした。
殆ど崩すことがない表情は驚愕に染まっていた。
彼にとっては先祖にあたる人物、大原安綱が造った日本における最強の鬼殺しの刃。
その本物が目の前にあるのだ、驚くのは無理もない。
「で、こいつが最後の理由ってどういうわけで?」
「ん、あぁ。見たところ多重封印術式で誤魔化しているようだが、それでも霊力が零れ出ていた。恐らく抜き身である問題のはずだ。だから俺が垂れ流しになっている霊力を抑えるように柄、鍔、はばき、鞘を造る。細かく言えば他にもあるがな。これだけの刀だ、構成部品を造るのも時間がかかる。ゆえに雷牙の鬼哭刀まで手が回らん」
「なるほどね。確かにずっと抜き身のままってのもアレだしね。とりあえず私は納得できたわ。宗厳はどう?」
「儂からは特にない。まぁ強いて言うなら壊してくれるなと言ったところか」
「壊すか。ご先祖が造った刀だぞ。だが正直に言えば悔しいがな」
ケースを再び包みで覆った善綱の表情は渋かった。
悔しい。
彼はきっと直感的に悟ってしまったのだろう。
安綱が自分が今まで打ってきた刀よりも優れている刀だということを。
刀鍛冶としての自分が今まで持っていたプライドが傷ついたはずだ。
やや気まずい雰囲気が流れたが、その空気を打ち破ったのは善綱自身だった。
「悔しいのは確かだが、いいものを視ることができた。この歳になって目指すものを失いかけてきたが、こいつを見たことで消えかかっていた俺の炉に火がついた……!!」
善綱が浮かべたのは挑戦的かつ野心的な笑みだった。
片目は錬鋼眼に変化しており、やる気がひしひしと感じられる。
そうだ。
大原善綱はこういう男だ。
先祖を超えるような刀を造る。
そんな矜持を胸に宿している男だ。
「手始めにこの安綱の気配を完全に封じてやろう。そして必ずこれを超える鬼哭刀を造ってやろうじゃないか。二人が戻ってきたら早速製作にとりかかるとしよう」
瞳を爛々と輝かせる彼の姿は夢に邁進する若人のようだった。
「――へぇ、じゃあその眼で俺の霊力波長と合致する波長の霊儀石を探すってことか」
先を行く刹綱に聞くと彼女は「そうそう」と頷いた。
屋敷を出てから少し雷牙は思い切って彼女の行っていた「見えている」ということに触れてみたのだ。
最初は隠すかとも思ったのだが、刹綱は非常にフランクに答え、雷牙に錬鋼眼について教えてくれた。
「雷牙くんの知り合いにはいない? 霊眼を持ってる子」
「ああ。刹綱のそれがはじめて見た霊眼だ。にしても……」
雷牙はさっと先を行く刹綱の前に出ると、錬鋼眼となっている彼女の瞳を見やる。
「……やっぱり綺麗な眼だな。宝石みたいだ」
「ちょ、ちょっとー! 煽てたってなにもでないよー!」
「煽ててねぇよ。ただそう思ったから言ってみただけだ」
真っ直ぐで屈託のない感想。
すると、刹綱は恥ずかしくなったのか少し前の雷牙のように顔を赤くした。
それを直感で見抜いた雷牙は少しだけ意地が悪い笑みを浮かべて彼女に問う。
「どした?」
「い、いやぁなんでも! それよりもホラ、霊鉱の入り口が見えてきたよ!」
彼女は錬鋼眼を戻してから道の先を指差した。
見ると山の中腹あたりにぽっかりと穴が開いている。
近づいていくにつれ僅かに自然の霊力が濃くなっていくのを感じながら二人は霊鉱の入り口に立った。
瞬間、雷牙は思わず息を呑む。
「す…………っげぇ……!」
次に出たのは驚愕の声だった。
鉱山というのだから洞窟の中は薄暗いのかと想像していたのだが、彼の前にあったのはまるで違うものだった。
入り口より先に広がっていたのは、大小さまざまな霊儀石。
発している霊力によって常に淡く発光しているそれは洞窟内を青白く照らしている。
ゴツゴツとした岩肌と、キラキラと煌く霊儀石のコントラストはそんじょそこらの絶景の類を遥かに凌駕している。
まさしく綺麗。
その二文字が相応しい場所だ。
「ここが霊鉱。天然の霊儀石が産出される場所だよ。それじゃ、雷牙くんに合った霊儀石を探すとしますか!」
快活に笑った刹綱の瞳は錬鋼眼に変わっており、やる気十分と言った様子だ。
雷牙もそれに頷き、二人は霊鉱の中へと足を進めるのだった。




