2-5
門を潜った雷牙達を迎えたのは善綱の妻に迎えられた。
そのまま応接間へ通された雷牙は少しだけ緊張した様子で周囲をしきりに気にしている。
「落ち着きなさいって。別に取って喰われやしないわよ」
様子を見かねたのか尊幽が溜息を漏らす。
が、雷牙は渋い表情を浮かべる。
「いや、そういう心配してるわけじゃねぇよ。ただ、こういう雰囲気苦手っていうか……」
「気にすることはない。堂々をしておればよい」
「堂々って……。師匠、こっち頼む側だぞ?」
「それがどうした。頼む方が強気に出てはいけないなどという道理はない。むしろ『俺の刀を造れ!』というぐらいの気概でいろ」
長い髭をなでる宗厳に雷牙は呆れたように肩を竦めた。
けれど、他愛ないやり取りをしたからか少しだけリラックスはできた。
肩の力を抜いて雷牙は善綱が出てくるのを待つ。
「っと、そんなことやってる間に、来たわね」
尊幽が視線を廊下と応接間を仕切る襖に向ける。
耳を澄ますと確かに竹林のざわめきに混じって廊下を歩く足音が聞こえた。
音の大きさとリズムからして数は一人。
ペタリペタリという音から察するに裸足だろう。
善綱の妻が着物に足袋という出で立ちだったことを考えれば自然と彼女は除外される。
つまり、この足音の主こそ大原善綱で間違いない。
尊幽の視線が雷牙に向けられる。
声には出さなかったが『気張りなさいよ』と言われた気がして静かに頷く。
すると彼女も雷牙が緊張していないことを察したようで、口角を上げて前を向いた。
そして待つこと数秒の後に襖が開き、作務衣姿の老人が現れた。
僅かに白髪が見える禿頭の下には宗厳を軽く凌ぐ巌のような顔があり、眉間には深く皺がよっている。
頬や袖から覗く腕には大小さまざまの大きさの火傷や刀傷のようなものが刻まれている。
雷牙も写真程度ならば見たことがある。
彼こそ童子切安綱を作った大原安綱の直系である、天下五匠の一人、大原善綱その人だ。
彼は廊下から雷牙達を睥睨するように見やると小さく息をついてから応接間に入ってきた。
「すまんな。客人を待たせてしまった」
雷牙達の前に座った善綱が発したのは意外なことに謝罪だった。
気難しいとか、偏屈とか言われていたのでいきなり『興味ない。帰れ』と言われるのかと思っていたがさすがにそこまでではないらしい。
「いやこちらこそすまなんだ。急な訪問を許してくれ」
「構わん。俺とお前の仲だ。多少のことは許す」
顔に似合わずかなり友好的だ。
雷牙は二人の言葉が大げさなのではと思ったが、それも束の間。
善綱は大きなため息をついてから眉間にあたりに指をあてる。
「が、正直に言ってしまうと俺にはまったくと言っていいほどにお前達に用事はないわ。さっさと用件を済ませてさっさと消えろ。俺の製作時間を削るな」
先ほどまでの友好的な雰囲気はどこへやら。
善綱は眼光するどく三人を見据えている。
その迫力たるやまるで歴戦の刀狩者のようだ。
「相変わらず嫌な言い方。こっちは一応仕事もってきてやってんだから感謝しなさいよ」
「うん? 誰かと思えば尊幽か。変化がないのうお前は。背丈も声も昔のまま……乳袋も変わらずとは、難儀な女じゃ」
「あぁ? これは標準サイズってぇのよ。会って早々セクハラ発言とか、ほんと変わって無さすぎ。もう少しマシな年の取り方すれば?」
「ほざけよクソババア。俺より年上のくせに何時までもガキ同然の言葉使い、お前こそマシな年の取り方をせい」
「……殺すわよ。坊や」
「やってみぃ。ババア」
互いを罵りあう二人の間には眼に見えない火花が散っていた。
だがおかげでなんとなく善綱の人間性が少しだけ見えてきた。
彼は恐らく刀を造ることがなによりも好きなのだろう。
それゆえに他者からの依頼の話など無駄。
こうやって話し合うことそのものが面倒でならないのだ。
「……まぁこの二人は会うたびにこんな感じじゃ。気にすることはないぞ」
「了解。というか、寧ろ似たもの同士ってやつなんじゃ――」
「「似てない」」
完全にハモッた状態で二人の眼光が雷牙に向いた。
そういうところだぞ、と思わず言いそうになったが何とか飲み込む。
ここで下手なことを言えばどんなとばっちりが来るかわかったものではない。
特に尊幽から。
「……アンタ今、私の方見て失礼なこと考えなかった?」
「いや、全然」
雷牙は完全にシラをきって尊幽から視線を逸らし、善綱を正面から見据える。
すると彼は口元に指を当て「ふぅむ……」と品定めするようにこちらを見やってきた。
「宗厳、この小僧が?」
「ああ。お前が造った鬼哭刀を持たせたい。名は――」
「――綱源雷牙だ」
宗厳に紹介されるよりも早く雷牙は自分の名前を告げた。
敬語を使った方がよかったかとも思ったが、彼の前では下手な敬語は無駄だろう。
威圧する眼力に応えるように雷牙は一切物怖じしない態度で善綱の瞳を見る。
「ほう……。どんな甘い小僧かと思ったが、なるほど幾ばくかの死線は潜り抜けておるようじゃの。確か戦刀祭に出場していたと聞いたが?」
「そうだ。この子は――」
「お前には聞いておらん。宗厳、俺はこの小僧に聞いている」
口出しをするなと宗厳を嗜めた善綱の視線が再び雷牙を捉える。
「アンタの言うとおり。俺は戦刀祭に出場してた。そして襲撃事件が起きた」
「それに関しては俺も知っている。宗厳からも大雑把には聞いた。だが、お前の口から聞こえてみたい。包み隠さず全て話せ。少しでも隠すようなことをすればこの鬼哭刀の話はなしだ」
声のトーンや口調からして嘘や冗談の類ではない。
いつの間にか用意した煙管に火をつけた善綱を見やった後、雷牙は宗厳と尊幽に視線を向ける。
二人は「話していい」というようにそれぞれ頷き、雷牙もそれに了解を示す。
雷牙は深く呼吸してから善綱を正面に戦刀祭で起きた出来事、そして酒呑童子や百鬼、ひいては禍姫のことにいたるまで全てを彼に語った。
全てを語り終えるにはそれなりの時間を有したが、雷牙はあの島で起きた出来事全てを包み隠すことなく善綱に告げた。
「……これが俺があの島で経験したこと。そして知ったことだ」
すっかり枯れた喉を潤すように出してもらった麦茶を一口であおる。
その間善綱は雷牙の話したことを噛み締めるように頷き、時折紫煙を燻らせた。
「……源頼光、酒呑童子、童子切……。さらには妖刀を生み出す禍姫という存在……にわかには信じられん」
「でも――!」
「わかっている。お前が嘘をついていないことは眼を見ればわかる。いいだろう、隠していないことはわかった、そしてお前達の事情もな」
「じゃあ、鬼哭刀を造ってくれるのか!?」
少しだけ歓喜の笑顔を浮かべる雷牙だったが、善綱は険しい表情のまま被りを振った。
「そう話を急ぐな。まぁ今の話だけでも造ってやらんことはない。切迫しているというのもある程度理解はできる。だが、まだお前の言葉を聞いていない」
「俺の、言葉……?」
「ああ。小僧、お前のやりたいことはなんだ? 俺の刀を使って何を成し遂げたい? それを聞いて初めて鬼哭刀を造ってやろうじゃないか」
「俺がやりたいこと……」
これが尊幽と宗厳が言っていた善綱の試しだということはすぐにわかった。
面接のようにある程度準備はしていた。
が、この僅かな時間だけでもある程度彼の性格は理解したつもりだ。
善綱に前もって用意したような言葉は通用しない。
ならばやることはたった一つだ。
彼が来るまで宗厳が言っていた。
『俺の刀を造れ!』という気概でいろと。
だったらそれを実行するまで。
もはや呼吸を整える必要はない。
雷牙は眼光鋭く善綱を見据えてから語る。
「俺がやりたいことは正直かなりシンプルだ。俺は刀狩者になってたくさんの人を守り助けたい」
「守ってどうする? 賞賛が欲しいのか?」
「……いや、賞賛なんていらない。俺はただ刀狩者として戦って勝ちたいんだ」
己の本能、本心を思い出す。
いつだって雷牙の心には人を守るという気持ちがあった。
けれど、さらにその奥。
心の一番深く、原点と呼ぶべき場所にあったものは違う。
闘いたい。
純粋な闘争本能だ。
酒呑童子と闘っているときだってそうだった。
強い相手を闘うとき、いつも笑みを浮かべてしまう。
狂っている。
万人には決して理解されない戦闘狂としてのあり方。
雷牙はフッと口元に笑みを浮かべてから立ち上がり、善綱に向けていい放つ。
「俺がもっと闘うために、そして勝つためにアンタの力が必要だ。だから俺の刀を造ってくれ……いや造れ、大原善綱」
「……」
両隣にいる宗厳と尊幽からはかすかに息を呑む声が聞こえた。
善綱はというと立ち上がった雷牙を僅かにぽかんとした表情で見上げていたが、やがて口元に笑みを浮かべ、煙管を一気に吸った。
「お前が闘って勝つために刀を造れ、か……」
紫煙を吐き出しながら呟いた彼は灰皿に煙管の中の灰を叩き落としてから立ち上がった。
「俺を前にしてそんなことを言えた子供は小僧、お前が初めてだ。……いいだろう、お前に合う鬼哭刀を造ってやる」
「ほ、本当か?」
「今になっていらなくなったか?」
雷牙は即座に首を振る。
啖呵をきってみたはいいが、実際のところは納得してくれるか不安ではあった。
だが、彼の様子を見るにひとまずは納得させることができたようだ。
安心したからか強張っていた体から力が抜けかけたが、宗厳と尊幽が背中を軽く支えてくれた。
「よくやった」
「お疲れさん。まぁ正直何が言いたいのかよくわからなかったけどね」
「う、うっせぇ! 自分のことを正直に言ったらああなっただけだ!」
「ふぅん。でもまぁいいんじゃない? ただ大勢を助けたいってだけよりも、説得力あったし。なにより自分の欲望丸出しって感じで私は好きよ」
グッと親指を立てた尊幽に雷牙は少しだけ気恥ずかしかったのか、頬をかいてそれをごまかす。
「さて、では鬼哭刀を造る了承も得たことじゃ。さっそく刀作りに取り掛かってくれるのか、善綱」
「ん? 何を言っている。俺が作るわけではないぞ」
「は?」
三人の声が重なった。
空耳なのかピシリ! というなにかが凍り付くようなひび割れるような音が聞こえた気もする。
「は、ちょアンタどういうこと!? アンタが鬼哭刀を造らないって、えぇ!?」
尊幽は善綱に掴みかかる勢いで詰め寄ったが、彼は「待て待て」と手を上げる。
「別に造らんとは言っておらんだろうが。造ることは造る。だが、それは俺の役割ではない」
「どういうこと?」
「知っているかも知れんが、俺には弟子が二人いる。一人は外部からの弟子だが、もう一人は孫娘だ。雷牙、お前の刀はその子に造らせる。なに、鍛冶の技術は十分に卓越している。鬼哭刀の性能としては問題ないものが出来上がるだろう」
「……構わないけど、本当に造れるのか?」
流石に雷牙も渋い表情を浮かべるが、それも無理はない。
あのような問答をしておきながらいざ刀作りは善綱がしないと言われれば当然の反応だ。
「疑うのはわかる。だが、あの子は俺と違って刀を鍛えることに恵まれた子だ。きっとお前の鬼哭刀も作り上げるだろう。それに次代を担う刀狩者と、次代を担う刀鍛冶、いい関係じゃないか。こんな老い耄れが造った刀よりもずっといいだろう」
ニッと笑って見せる善綱には確固たる自信が見て取れた。
孫娘を信頼しているだけではない。
彼女の実力を認めているからこその自信だ。
一瞬、雷牙は迷う素振りを見せたもののやがて静かに頷いた。
「わかった。俺の刀はその子に任せる」
「よし。では呼ぶとしよう、刹綱!! 入って来い!!」
襖のほうに向けて善綱が孫のものと思われる名前を呼んだ。
すると「はーい」という声が聞こえ、すぐ後に襖が開け放たれた。
そこには作務衣姿の少女が立っていた。
セミロングの茶髪の下にはくりっとした瞳があり、程よく焼けた褐色の肌は健康的で快活は雰囲気を感じさせる。
口元から僅かに覗く八重歯にもアクセントとなり、彼女のかわいらしさのとも言える。
「紹介しよう。この子が俺の孫――」
なぜか若干ドヤ顔の善綱が刹綱という少女の肩に手を置こうとしたが、彼女はそれよりも早く雷牙との距離を詰めた。
体重を乗せるものを失った善綱は「のわっ!?」と変な声を上げて倒れこんでいたが、雷牙は刹綱の方が気がかりだった。
彼女はじぃっと雷牙を観察すると、「うん!! やっぱりね!」と満足げに頷いた。
「初めまして、綱源雷牙くん! 私は大原刹綱。そこにいる善綱じーちゃんの孫で、刀鍛冶ね。そして君のファンだよ!」
「俺の、ファン……?」
「うん! よろしくね!」
屈託のない笑顔を向けられ、雷牙はぎこちなく頷く。
すると彼女は雷牙の手をとって強引に握手をしてきた。
あまりの勢いに雷牙は眼を白黒させていたが、彼女の言葉が決して冗談でないことは理解できる。
なぜならば雷牙はここまで眩しい笑顔を見たことがないからだ。
自然と雷牙も彼女の笑顔に引かれ、思わず口元に笑みを浮かべてしまっていた。




