2-3
雷牙が京都へ出発した頃。
瑞季とレオノアは都内にある完全個室の喫茶店にやってきていた。
ある人物から集まるように連絡があったからだ。
が、二人は端末を時計を何度か見やりながら表情を曇らせる。
「……遅いですね」
「ああ。結構ルーズな人だからな」
「そうは言っても一時間たちますけど……」
レオノアは大きく溜息をついた。
時刻は午前十一時十二分。
集合時刻は十時だった二人を呼び出した人物は既に一時間十二分の遅刻である。
「なにか重大な様子でしたので応じましたが、私も暇と言うわけではないんですが……」
「出かける用事があるのか?」
「あぁいえ、出かけるわけではないんです。ちょっと鍛錬に時間を多くとりたいなって思って」
「多く? 今のままではダメなのか?」
「はい。戦刀祭を見てい日本の育成校のレベルの高さを実感しました。それにあの襲撃事件のとき、私は鬼哭刀を持っていながら戦うことができませんでした」
ぎゅっと拳を強く握り締めるレオノアからは悔しさが感じられる。
昨日、雷牙の見舞いに行った時には見せなかったどこか思いつめた表情だ。
「足がすくんだわけではないんです。ただ、戦うことができなかったことが悔しいんです。斬鬼や犯罪者と戦うために鍛錬を積んでいたはずなのに」
「それは……」
「仕方ないって言ってしまうのは簡単です。鍛錬と実戦とでは緊迫感もまるで違いますから。ですが、瑞季さんや雷牙さん、会長達は戦っていました。それを見守ることしかできなかったのが、どうしても心残りなんです」
スタジアムにいる時、レオノアはただ見ることしかできていなかった。
彼女の言ったとおり仕方ないと言ってしまうのは簡単だ。
なぜなら酒呑童子と戦うことが許されていたのは選手達のみに限定されていて、選手ではないレオノアが動けばなにをおこすかわからなかったからだ。
状況的に見ればレオノアには一切非はない。
だが、たとえそうだったとしても彼女は後悔していた。
なぜあそこに立てなかったのか。
なぜ一緒に戦えていなかったのか。
そして、なぜ自分が弱いのかと。
「英国にいた時、私は自分が強いって自信があったんです。でも、刀狩者の生まれた国、この日本に来て思い知りました。私はまだまだ弱いんだって」
「……」
瑞季はなにも言わない。
ここで優しく声をかけ、彼女を励ますことはできる。
けれど果たしてそれは彼女を元気付けることになるのだろうか。
下手な励ましは時として逆効果だ。
ゆえに瑞季はレオノアは励まそうとはしない。
ただ彼女の話を聞くことに徹した。
「ですが、自分が弱いって知ることができてよかったです」
レオノアが顔を上げた。
その表情に暗さはなく、口角を僅かに上げた表情にはかすかな自信が感じられる。
「弱さを知ることができたということは、それを改善する余地があるということ。つまりまだまだ成長できるというわけです」
「なるほど、そのために鍛錬を増やすというわけか」
「そうです。瑞季さん、いつまでも私が下にいるとは思わないでくださいね。必ず貴女を追い抜いて見せますから」
ニヤリと笑う彼女に瑞季も自然と笑みを浮かべる。
「最初から君のことを下になんて見ているつもりはないよ。雷牙と同じように君もまた私の良きライバルだ」
「ええ。もちろん、雷牙さんのことに関しても負けるつもりはありませんので」
「こ、ここで雷牙のことは関係なくないか!?」
「そんなことはありませんよ。いつまでも燻った状態でいる貴女と違って、私は最初から雷牙さんに対して感情をオープンにしていますから。待たせる女は嫌われますよ?」
「ぐ、ぬ……!」
瑞季は唸るしか出来なかった。
本来は戦刀祭の終わりに彼に伝えようと思っていたこと。
自分と雷牙しか知るはずのなかったことだが、彼女にはお見通しのようだった。
襲撃事件によって完全にタイミングを失ってしまい、瑞季はどうするべきかと悩んでいたところでもある。
病室というチャンスもあったものの、レオノアだけを除去する方法が思いつかなかった。
それに病室という空間が気になってダメだ。
ムードもなにもあったものじゃない。
一度イメージはしてみたものの、第三者視点から見ると弱っている相手にマウントを取っているように見えてしまったのだ。
「やはりタイミングが重要だな……」
「……そういうことを気にしているといつまでたっても前進しないと思います」
「う、うるさいな! 私にだっていろいろとプランがあるんだ!」
「へぇー……」
「な、なんだそのいやらしい眼は! だいたいレオノア! 君のはあからさますぎるんだ! そんなことでは特別感も感じられないし、雷牙からしても「あぁいつも通りだな」って思うに決まっている!」
「なっ!? わ、私の言葉が軽いと!?」
「そう思われてもおかしくないだろうな!」
「それは聞き捨てなりませんよ瑞季さん!」
白熱する二人の声は段々と個室の外にまで達し始める。
すると、ガラリと通路と個室を仕切る扉が開く。
「盛り上がってるねぇ。外まで丸聞こえだったよ?」
声をかけられ自然と二人の視線がそちらに向く。
ようやく現れた二人を呼び出した張本人、玖浄院の生徒会長、武蔵龍子が楽しげに笑いながら立っていた。
「いやーごめんごめん。急な用事ができて遅れちゃった」
アイスコーヒーを傾けた龍子は片手を上げて二人に謝罪する。
「できることなら遅れると一言連絡をいただきたいんですが」
「はい。私達も完全に暇というわけではないんです」
「だからごめんって。お詫びといっちゃあれだけどここは私が持つから好きなの注文していいよ」
デザートメニューを渡してくる龍子に二人は溜息をつく。
だが、龍子の性格はある程度理解している。
下手に追求したとしても彼女はのらりくらりとはぐらかしてしまうだろう。
ならば遅刻した理由を追求するのは無駄だ。
今はなぜここに集合させたのかを問わなければ。
瑞季とレオノアは視線をあわせると静かに頷いた。
「それで私達に用事とは?」
「うん。二人は雷牙くんの裸を見たことはある?」
「裸!?」
瑞季は思わず頬を赤らめ、レオノアは一瞬だけ鼻息を荒くする。
「ど、どどどどういうことですか!?」
「私と雷牙さんはまだそんな関係には……! いえ、将来的にはなるかもしれませんが……!!」
「あーいや二人が想像してるようなことじゃないよ。ただ、どこかで雷牙くんの肌を直接見たことがないかなーって思ってさ。私もそういうのないからさ」
「……まったく話題がつかめないんですが」
「んー、なんて説明したものかな……。じゃあ少しベクトルを変えようか。雷牙くんの体に傷を見たことはない? 出来るだけ大きなもの」
「雷牙の体の傷……?」
瑞季は腕を組んで自分の記憶を遡る。
そして彼女は「あ」と声をあげて思い出した。
レオノアも同様だったようで彼女もなにか思い出したような表情だ。
「その様子だと見たことがあるのかな?」
「はい。あれは確か選抜戦の決勝の後、皆で雷牙の見舞いに行ったんです。その時雷牙の背中には深い刀傷のような痕がありました」
「私もそれは覚えてます。あまりに大きな傷だったので。雷牙さん言うには修業の時にあやまって出来た傷だと……」
「やっぱりそうか。うん、だとするなら納得が行くかな」
「何がですか?」
「雷牙くんは属性覚醒を果たしていたんだよ。酒呑童子と戦うずーっと前にね。その傷は恐らく覚醒の時にできたものじゃないかな」
龍子の推測に二人は声が出なかった。
けれど、完全にありえないと否定できるわけではない。
「……根拠はなんですか?」
「簡単に言っちゃうと背中の傷かな。斬撃や断切の覚醒者は覚醒時に体のどこかに消えない傷を作ってしまうんだよ。刀で斬られたみたいなやつね」
「なにが理由があってそうなるんですか?」
「残念ながらそれはまだわからない。元々斬撃と断切の覚醒者はかなり少ないからね。どういう原理でそうなっているのかは未だに謎。一説には覚醒時に起きる一時的な霊力の跳ね上がりが原因って話だけど明確はことはまだわかってない」
龍子の端末から送られてきたホロモニタを受け取ると、断切や斬撃の属性に関する論文が投影されていた。
「雷牙はこのことを知っているのでしょうか?」
「いや、知らないだろうね。彼自身自分が覚醒していることに気付いてなかったみたいだし、恐らくは覚醒時のショックで一時的な記憶喪失が起きていたはずだよ」
「でも霊力を使っていればもっと早く気付くんじゃありませんか?」
「恐らくは彼の体がそれを拒んだんだろうね。体があの力を危険だと判断して、雷牙くんが気付かない内に封印してしまったって感じかな。いわば人間の防衛本能ってやつだね」
「なるほど……」
瑞季やレオノアはまだ信じられないと言いたげな表情を浮かべていたが、龍子の言葉には説得力があった。
それに覚醒して間もない雷牙は酒呑童子を斬るために島を両断しかけるほどの斬撃を見せた。
今まで本能的に体が抑えてきた力が一気に解放されたと考えれば龍子の説明もある程度は納得がいく。
アイスティーを一口含み、二人は深く呼吸する。
「最初あの傷を見たとき、私達は斬鬼につけられた傷ではないかと思いました。だから、下手に詮索することはしませんでしたが、まさか断切にそんな特性があったとは……」
「まぁ属性の中でもかなり異色な力だかね。気付かないのも仕方ないと思うよ」
「では雷牙さんのお師匠さんはこのことを知っていたのでしょうか?」
「当然知ってると思うよ。知ってた上で隠してたんだろうね。雷牙くんがしっかり成長するまで決して使わないように」
「彼を守るために?」
「だろうね。記録によると断切の覚醒者の中には自分の力が制御し切れず、最終的には自分自身の力によって断ち切られてしまった人もいるらしいからね」
ごくりとレオノアが喉を鳴らす音が聞こえた。
瑞季も雷牙が彼の力で両断されてしまう光景を想像し、背筋に寒気が走るのを感じてしまった。
「それだけピーキーで扱いが難しい力なんだよ。二人に話したのは、これから先彼の最も近くにいる存在だと思ったから知っておいてもらいたかったんだ」
真剣な眼差しを向けられ二人は頷いた。
二人の反応を見て龍子も安心したのか柔和な笑みを浮かべた。
「よかった。とりあえずは平気みたいだね。それじゃあ私はそろそろ……」
龍子は静かに立ち去ろうとしたものの、その腕をレオノアが掴む。
にっこりと微笑んではいるものの、彼女の腕には強い力が込められているのがわかる。
「えっと、レオノアちゃん? これはいったい……」
「なにを言ってるんですか、会長。まだ用件は終わってませんよ?」
「へ……?」
「そうですよね。瑞季さん」
「ああ。まだ遅刻したお詫びを貰っていない」
瑞季はニヤッと笑いながらデザートメニューを開きながら店員呼び出しのボタンをプッシュする。
やがてやって来たウェイトレスに瑞季は静かに告げる。
「とりあえずこのページのここからここまで。全ていただこう」
「え゛ッ!?」
濁音交じりの驚愕の声を漏らしたのは龍子の顔に大粒の汗が浮かんでいく。
「かしこましました。少々お待ちください」
「あ、ちょまッ!?」
腰を折ったウェイトレスを龍子は呼び止めようとしたが、それよりも早く扉が閉められてしまった。
「とりあえずはこんなところだろう」
「はい。というわけで会長、お会計の方はよろしくお願いします」
「あ、貴女達……。さっきまでの真剣な空気はどこいったのよぅ!」
「「それはそれ。これはこれです」」
きっぱりと告げられ、龍子は苦い表情を浮かべる。
その後、注文したケーキやらのスイーツをレオノアと瑞季は龍子のおごりをいいことに食い荒らした。
ちなみにこの店は少々お高めな値段設定がされている。
七英枝族である龍子であっても財布への打撃はそれなりのものになったらしい。
とある目撃証言によると、満足そうな二人とは裏腹に龍子は酷くげっそりした様子で店から出てきたという。
京都府某所。
竹林の中には純和風建築の屋敷があった。
時折竹林を抜ける風に乗って聞こえるのは、なにかを打つ音。
これは鋼を打ち、鍛える音だ。
屋敷の最奥には刀を鍛えるための工房があった。
禿頭の老人が槌を持ち真っ赤に灼けた鬼哭刀の原型を鍛えている。
表情は険しく鬼気迫る雰囲気を纏っている。
彼こそ安綱の系譜を受け継ぐ刀鍛冶、大原善綱だ。
けれど工房には彼だけではなく、あと二つ人影があった。
一人は二十代後半から三十代中盤くらいの男性。
善綱とは別の火床を使い刀を鍛える様子から察するに彼の弟子であることは間違いないだろう。
そしてもう一人。
男性と同じように別の火床を使って刀を鍛える少女がいた。
すると、善綱が不意に鋼を鍛えるのをやめた。
「……休憩をいれるぞ。手を止めろ」
「はい、先生」
男性はすぐに応じたものの、少女の法はそれを聞かずにまだ鋼を打っている。
「……刹綱」
手を止めない少女――刹綱に善綱が声をかけるものの、彼女はまだとまらない。
それを「やれやれ」と言いたげに見やった彼は一度大きなため息をつく。
「刹綱! 手を止めんかッ!!!!」
「は、はひぃッ!!??」
突然の大声に刹綱はすっとんきょうな声をあげながら飛び上がる。
「な、なにおじーちゃん!?」
「……休憩じゃ。ばーさんの茶でも飲みに行くぞ」
「えー、今良い感じだったんだけどなぁ……」
「阿呆が。下手に根を詰めても良い刀なんぞできん」
「刹綱ちゃん。先生もこう言っていることだし、一旦休憩しよう」
「はーい……」
彼女はむくれながらも火床を消して善綱達と共に屋敷へ戻っていく。
「そういえば今日だっけ、お客さんが来るの」
「ああ。さっき連絡があった。あと一時間か二時間近くでつくらしい」
「どんな人なの?」
「……一人は俺の昔なじみのジジイで、もう一人はちんちくりんの小娘よ。もう一人はよう知らんがジジイの方の弟子らしい」
「確か弟子の子が先生に刀を造ってもらうって話でしたか」
「ああ。まったくあのジジイこっちの都合も考えんのは相変わらずだ」
善綱は肩をすくめるものの表情はどこか懐かしさを感じているようだった。
「おじーちゃんの刀をか……。どんな子なの?」
「苗字は聞き覚えがあるがよく知らん。今年の戦刀祭に出場しておったようだがの。確か名前は……綱源雷牙と言ったか」




