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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
185/421

2-2

 ハクロウ本部には限られた人物のみが立ち入ることができる領域がある。


 室内はまるで外界との接触を避けるかのように常に暗闇で、来客者が来た時のみ、その足元を淡い光が照らす仕組みになっている。


 そして現在、フロアには宗厳、尊幽、辰磨の姿があった。


 彼らの前には蛍光グリーンの液体で満たされた生体カプセルが三つ並び、暗闇をぼうっと照らしている。


 カプセルの中には壮年の男性二人、初老の女性一人が浮かんでおり、体にはいくつもの管が通っている。


 肌は病的なまでに白く、生気をまるで感じられない。


 人間としての活動は完全に停止しているようだが、気配だけは確かにここにある。


 そう、ここはクロガネ襲撃の折、辰磨が状況を報告するためにやって来たフロアだ。


「相変わらず辛気臭いとこねぇ……」


 尊幽は周囲を見回しながら辟易した様子で肩を竦めた。


 そのままカプセルに浮かぶ三人を見やると、彼女は瞳を僅かに細める


 まるで睨みつけるかのように。


「で、私を戻した理由はなにかしら。お三方」


 冷ややかな声で問うと、真ん中の男性が浮かぶカプセルから機械音声と肉声が混じったような声が響く。


『そうことを急ごうとしないでくれ。久しぶりにこうして出会ったんだ。まずは再会を喜ぼうじゃないか』


「……そうね。こうやってまともに会うのは数十年ぶりかしら?」


『そうなるな。君は本当に変わらない……羨ましいかぎりだよ。その若さを我々は手に入れられなかったからな』


「でもいいじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」


 皮肉るように尊幽は冷笑を浮かべる。


 すると、彼女から見て右のカプセルに浮かぶ女性が僅かな怒気をはらんだ声を上げた。


『随分と言うようになったものね。私達に拾われた小娘の分際で』


「その小娘の力に()()()()()()()()()()()だったかしらねぇ」


『尊幽……』


 明確な苛立ちの声。


 カプセルに浮かぶ女性の表情は一切変わっていないが、尊幽に対する明確な怒りは確かに存在していた。


 同時に尊幽の額に赤いレーザーポインターのような光が浮かぶ。


「ちょっとちょっと。呼びつけておいてこれはないんじゃない?」


『黙りなさい。これ以上余計なことをしゃべれば頭を貫くわ』


「やってみれば? それぐらいじゃどうせ死なないし。まぁその頃にはアンタは死んでるだろうけどさ」


 赤熱する双眸は女性を見据え、凄まじい剣気が溢れ出る。


 まさに一触即発といった光景に辰磨の表情が僅かに強張るものの、宗厳はそれを呆れたように見やっていた。


「……柳世さん。放っておいて平気でしょうか」


「……問題あるまい。光学兵器では尊幽の動きは捉えきれん」


「そうではなく、尊幽が殺しそうなのですが……」


「遊んでおるだけじゃろう。それにすぐに止めるじゃろうて」


 顎をしゃくった宗厳が指したのは沈黙していた三人目の人物。


 彼は睨みあいになっている二人に対して諭すように声をかける。


『落ち着きたまえよ。なにも戦う為に呼び戻したわけではあるまい。尊幽もあまり彼女を刺激してやるな』


「あら、たまにはこういう刺激も必要でしょ? ずーっとなにもせずに浮かんでるだけじゃつまらないでしょう」


『それに関しては一理あるが、かつての仲間同士が争うのは見たくない。両名共に戦意を収めてくれ』


『……わかりました』


「えー? 私は別にやってもよかったけどー?」


「尊幽、その辺りにしておけ。今の状況では話がまるで進まん」


 せっかく収まった事態を再びぶり返すような態度を宗厳が諭す。


 彼女は「はいはい」と溢れ出る霊力を抑え、腕を組みながら改めて三人に向き直った。


「それで私を戻した理由ってなによ。こっちもそんなに暇じゃないんだけど」


『簡単なことさ。君を戻したのは本部の戦力の増強をするためだ。昨日発生したクロガネの襲撃の件もある。我々としてはぜひとも君に共に戦ってもらいたい』


「クロガネくらいだったら新都の刀狩者でもなんとかなるでしょうに。どうして私なわけ?」


『無論、新都の人々、ひいてはこの国の人々を守るためだよ。現行でも大きな問題はないだろうが、戦力を強化することは無駄じゃないと思うがね』


「ふぅん……」


 いぶかしむように男性を見据える尊幽。


 だが、彼の言葉も最もといえば最もだ。


 人を守るのが刀狩者。


 ならば彼の言っていることも頷ける。


 それでも尊幽が彼を信用した様子を見せていないのは、言葉の裏になにかが隠れていると踏んだからだろう。


 何度か頷くしぐさをしてみせた尊幽は口角を上げる。


「……とりあえず了解しとくわ。どうせ拒否したって無理やりやらせそうだし」


『ありがとう、尊幽。彼の守ってきたこの新都を守ってくれ』


「いわれなくてもそうしてやるわよ。けど、一つだけ言わせなさい」


 スッと尊幽の瞳から光が消える。


 幽鬼か死者かと思えるほどに暗く、冷酷な瞳で三人を威圧した彼女には明確な嫌悪感があった。


「お前達如きが彼を語るな」


 低く脅すような声。


 それは三人を震え上がらせるには十分だったようで、彼らの声が聞こえるスピーカーからは『っ』と息を呑むような音が聞こえた。


『……すまなかった。以後気をつけるとしよう』


『しかし、新都を守って欲しいというのは本当だ。辰磨くんからも報告があった禍姫という存在。それが消えた酒呑童子と共にここを襲撃してこないとも限らないだろう?』


「そうね。その時はちゃんと戦ってあげるから安心なさい。まぁここから動けないあんた達を守れるかはわからないけど」


 不敵に笑った彼女は踵を返し、フロアを出て行こうとする。


『どこへ?』


「ちょっと遠出してくるのよ。それぐらいの自由はあっても良いでしょう? 禍姫だってすぐに侵攻してくるわけじゃないし」


『……いいだろう。好きにしたまえ。宗厳、君も一緒か?』


「そうですなぁ。どこかへ行かないように手綱は握っておきますよ」


『ならば安心だ。行って来るといい』


『では我々は議論に戻るとしましょう』


 背後から聞こえる声に尊幽はいらだった表情を浮かべながらフロアを出て行く。


 それに続くように宗厳と辰磨もフロアをあとにした。




「ほんと変わってないヤツら。気持ちが悪いったらありゃしない」


 辰磨の執務室へ戻ってきて早々尊幽が悪態をついた。


 表情にも瞳にも明らかな嫌悪があり、あの三人のことを心底嫌っているようだ。


 応接用のソファにどっかりと腰を下ろた彼女は肘掛に頬杖をついた。


「辰磨もよくあんなヤツらの相手してられるわね。うつ病とか平気なわけ?」


「……ある程度のストレスはあるが、そこまでではない。それに今はマスコミや政府への対処で忙しいからな」


 煙草に火をつけた辰磨も自分の椅子に座り、やや深めに煙をふかす。


 目元を軽くマッサージしているその様子から察するにかなり疲れが溜まっていそうだ。


「無理はしない方がいいわよ。休める時は休みなさいな」


「わかっている。それよりもさっき彼らに遠出すると言っていたが、刀作りの件はもう予定が決まっているのか?」


「こっちは雷牙が退院すればすぐにでも行けることになってるけど。宗厳、向こうは平気なの?」


「雷牙が目覚めた後に連絡したが問題はなさそうだ」


「ふぅん、あのジジイにしちゃ珍しいわね。邪魔だから来るなって言ってくるって思ってたけど」


「安綱のことをちらつかせたからな。自分の先祖が鍛えた刀だ。善綱としても気がかりではあるのだろうよ」


 宗厳の口元にはやや意地が悪い笑みがあった。


 善綱は大原安綱からつづく刀鍛冶の家系。


 しかもその直系にあたる男だ。


 鍛冶の実力は天下五匠と称されるほどに卓越しているが、先祖が鍛えた刀などそう易々と見れるものではない。


 気難しいと評価される彼であっても気になったのだろう。


「国立美術館に保管されておるものは精巧に作られたレプリカだからのう。本物に会うこと自体が貴重じゃろうて」


「天下五剣のうちの一振り……。鍛冶職人としては一度は見ておきたいものということですか?」


「それはどうかしらねー」


 欠伸をした尊幽に辰磨が怪訝な表情を浮かべた。


「違うのか? 職人ならば一度は見てみたい代物だとは思うのだが……」


「確かに辰磨のいうことはもっともじゃ。善綱にその気持ちがないとは言い切れん。しかしな、ヤツはその程度で満足するような男ではない」


「そうよねぇ。刀鍛冶としてのプライドは高いほうだからね。間違いなく安綱を超えようとするはず」


「安綱を、超える……? しかしそれでは雷牙の実力に見合わないのでは?」


「そこに雷牙云々は関係ない。単純に一人の刀鍛冶として、安綱を超えたいのだ。贋作ではそれができないが、本物を見ることによって己の力量を再認識する。まったく、老い先短いジジイだというのによくやる」


「アンタは人のこと言えないと思うけど?」


「ほっとけぃ」


 肩をすくめ宗厳は端末を開いた。


 雷牙の面倒を見ている美冬から連絡が来ていないか確認しているのだろう。


 辰磨は彼の話を聞いて自分がどれほど外界と関わっていないのかを改めて自覚する。


 刀狩者は妖刀や斬鬼から人々を守り、助けることに命をかけるように刀鍛冶にも鍛冶師なりの矜持がある。


 美しい刀を造りたい、誰よりも優れた刀を造りたい、最強の刀を造りたい……。


 個々が持つ矜持は様々だ。


 善綱の場合はそれが先祖を超える刀を造るというものなのだろう。


「……デスクワークだけというのも考え物だな……」


「時間が出来たら私が相手してあげてもいーよ。子供の頃みたいにね」


 誰にも聞こえないだろうと思って呟いたはずだが、尊幽には聞こえていたようだ。


 彼女は「にひひ」と茶目っ気のある笑みを浮かべている。


 それはまだ辰磨が幼かった頃に出会った彼女が時折見せていたものと全く同じで、彼は思わず笑みを零す。


「……ああ、暇が出来たらよろしく頼む。だが、幼い頃のようにはいかんぞ」


「いいねぇ。じゃ、楽しみにしてるよ。宗厳、美冬から連絡来てたー?」


 彼女は瞳に一瞬だけ好戦的な光を宿したものの、すぐにそれをおさめ入院中の雷牙の様子を問うた。


「ああ、ついさっきな。どうやら雷牙は明日には退院できるようだのう」


「なら明日の朝にでも出発ね。私ちょっと買い物してくるから、あとで連絡ちょーだい。じゃっ」


 そのまま疾風が如く尊幽は執務室を出て行った。


「では儂も行くとするかのう。辰磨、あまりは根をつめすぎるなよ」


「ええ。それでは、吉報を待っています」






「すみませんでした……」


「すまなかった……」


 雷牙の前にはしょんぼりとした様子で頭を下げる瑞季とレオノアがいた。


 なぜこんなことになっているのか、それは数分前に遡る。


 美冬が「雷ちゃん」という若干まぎらわしい呼び方で病室に入ってきた後、雷牙は二人に関係性について詰め寄られた。


 普通に育ての親だと説明したのだが何故か二人はそれを信じなかった。


 まぁ美冬の外見が若すぎるということも原因だったのだろうが、その前の段階で若干ヒートアップしていたせいもあり、二人は非常に疑わしい表情を浮かべていた。


「面白いことになってたわねー」


 クスクスと笑っている美冬だが、原因は彼女の行動にもある。


 さっさと雷牙の説明に同意すればいいものをなぜか詰め寄られている雷牙をみて楽しげに笑っていたのだ。


 何度「説明してくれ」と視線で頼んだことか。


 そのたびににんまりとした笑みを返してきたことは決して忘れない。


「ったく。誰のせいだってーの……。つーわけで俺とこの人にはそういうことのはねーの。ちゃんと理解したな?」


「はい……」


「仰るとおりで……」


「……なんか急に大人しくなったな」


 先ほどまで詰め寄ってきた人物と同じとは思えない態度だったが、ともかくわかってくれたならそれでいい。


 ひとまずは一段落ついたので、雷牙は「で……」と美冬に視線を向ける。


「退院の日にち、決まったのか?」


 問いに一瞬美冬が固まったものの、彼女はすぐに思い出した手を叩く。


「そうだったわね。いやー、なかなか面白いもの見せてもらってすっかり忘れていたわ」


「……あの状況のなにがそこまで面白かったんだよ」


「んー、全体的に?」


「もういい。で、退院の日取りは?」


「あぁそれね。退院は明日ね。今日の夜まで異常がなければ朝には退院していいって」


 異常とは言っているが、実際雷牙は自身の体調が悪くないのを感じている。


 絶好調というべきだろう。


 寧ろ思うように体を動かせないことにだるさを感じていたところだ。


「よかったな、雷牙」


「これで刀を造ってもらいにいけますね!」


「おう。後で玲汰とかにも連絡しとかねーとな」


「ああ。では、雷牙の退院もわかったことだし、私達も帰るとしよう」


 一度頷いた瑞季は美冬に軽く会釈する。


「お騒がせしました。近い内にまた彼と遊ぶ予定になっていますが、よろしいでしょうか?」


「もちろんもちろん! 今後ともよろしくお願いしますね。痣櫛瑞季さん」


「はい。レオノア、そろそろ行こう」


「えー。私はもう少し雷牙さんと一緒に……」


 擦り寄ってこようとするレオノアだが、彼女の首を瑞季が引っ掴む。


「退院するまではまだ負担はかけられない。雷牙のことを案じるのなら、我慢も必要だ」


「むー……」


 幼児のようにむくれたものの、瑞季にその攻撃は効かなかったようで彼女はそのままズルズルと連行されていく。


「では失礼します。雷牙、今日は早く寝るんだぞ」


「ら、雷牙さん! それではまた今度ー!!」


「おう。心配してくれてさんきゅな」


 軽く手を振ると二人はそのまま病室から出て行った。


 騒がしかった病室がシンと静まったものの、美冬がにまっとどこか楽しげな笑みを浮かべながら雷牙に問う。


「雷ちゃんのガールフレンドってどっちの子なの?」


「ブハァッ!!??」


 予期していなかった質問に口含んだ水を盛大に吹き散らす。


 病室にキラキラとした水飛沫が舞い、僅かな虹がかかる。


「ゲッホ、ゲホ! うぉえ!! い、いきなりなんなんだよ!?」


「いやーあれだけ躍起になって詰め寄ってたじゃない。だからどっちかは彼女さんなんじゃないかなーって思って。レオノアっていうのは許婚を名乗っていた子でしょ?」


「そ、そうだけど。二人とはまだそういうのはないって!!」


「まだ? まだって言った! ということは近い内にそういうのに発展する可能性があるんだぁ! んー、お母さん楽しみー!」


 きゃー、とテンションを高くくねくねする美冬に雷牙は溜息をついた。


「……子供のそういう話に首つっこんでくるなよ……」


「いいじゃない。雷ちゃんそういうのあんまり教えてくれないし、親っていうのは気になるものなのよ。たとえ血がつながっていなくてもね」


 頭に軽く手が当てられ、そのままなでられる。


 少しだけ気恥ずかしかったが、雷牙は彼女の手をどけることはせず赤くなった頬をかきながら呟く。


「……まぁ、もしもそういう関係になったら一応は連絡するよ」


「うん。楽しみにしているわね」






 そして翌日。


 雷牙は予定通り退院し、新たな鬼哭刀を手にするため宗厳、尊幽と共に京都へ出発した。


 出会うのは安綱の血統である天下五匠の一人、大原善綱だ。

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