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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
182/421

1-5

 宗厳が告げた名前に雷牙はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「天下、五匠……」


 その称号は刀狩者であれば誰もが知っている名だ。


 現代日本において優れた五人の刀工に与えられる特別な称号。


 時に芸術品としても扱われるその刃の美しさは雷牙もよく知っている。


 身近なところで言えば、玖浄院(くじょういん)の生徒会長である武蔵(たけくら)龍子(りゅうこ)が携えている長刀『氷霜』が天下五匠の一人によって鍛えられた業物だ。


 製作者の名前は確か竜胆十士郎。


 そして今、宗厳の口から出た大原善綱の名前も、彼が作った鬼哭刀の数々もインターネット上でよく眼にしていた。


 五匠中最高齢でありながら、いまだ現役。


 刀だけでなく、鞘はもちろん鍔、柄、柄巻など刀装具全てを一人で行う伝説の刀鍛冶だ。


 ただ、鬼哭刀自体はメディアに出回るものの、本人のメディアへの露出は非常に少ない。


 それゆえネットの一部では既に亡くなっているとの噂も出回っているが、宗厳の口振りからしてそれはないようだ。


 伝説の刀工に会える。


 それだけで雷牙は口元を緩ませるものの、すぐに首をかしげた。


「どうした?」


 雷牙の様子を見やっていた宗厳が声をかけると、彼は「いや……」と眉間に皺を寄せる。


「師匠。本当に大原善綱が俺の鬼哭刀を造ってくれるのか?」


 脳裏をよぎったのは資金面での心配だ。


 天下五匠の刀ともなれば最低価格でも数百万からする超高額の刀だ。


 海外のオークションに出展された物の中には億単位の値がついた刀もあるという。


「あぁ、金のことなら問題はないだろう。善綱は金を積まれた積まれないで仕事をする男ではないからのう」


「けど、俺みたいな半人前が行っても門前払いじゃないのか?」


 仮に宗厳の言うとおり善綱が金にこだわらなかったとしても、雷牙のような刀狩者にもなれていない子供にそう易々と刀を造ってくれるとも思えないのだ。


「心配するな。儂からもサポートはしてやる」


「じゃあ頼めば造ってくれるのか?」


「そうだ……といってやりたいのはやまやまだが、残念ながらここではっきりとした答えは言えんのう。なぁ、尊幽」


 宗厳の視線がげんなりとしている尊幽へと向けられる。



「そうねー……。アイツってば変わり者だからね。正直言うとあんまし会いたくはないんだけど……」


「お前は昔からヤツのことが苦手だったからのう」


「そんなに気難しい人なんですか?」


 首をかしげたのは剣星だった。


 彼の疑問に尊幽は「うーん……」と唸る。


「まぁ気難しいって言えばそうなんだけど……あれはなんていうか頑固者っていうのかしらね。堅物っていうか、真面目一辺倒というか、かと思えば妙に気分屋なところもある……ともかくそういうヤツなのよ」


 なるほどと、雷牙は思わず口に出しそうになった言葉を飲み込む。


 尊幽を見ていてわかったことだが、彼女はハッキリ言って面倒くさがりというか適当な節がある。


 わかりやすく例えると生徒会の仕事をサボっている時の龍子だろう。


 そんな彼女から見ると、善綱の人柄は少しばかり硬く相容れないのかもしれない。


「……アンタ今失礼なこと考えてなかった?」


 赤い瞳がギロリとこちらを捉えたので雷牙は勢いよく首を横に振る。


「確かに尊幽の言うとおり善綱は堅物ではあるが、一度気に入った相手にはよくしてくれる。雷牙がすべきなのは、善綱に気に入ってもらうことじゃのう」


「気に入ってもらうって、具体的には何をすればいいんだよ」


「さてな。その辺りもヤツの気分次第じゃからのう。一概に何が正解とは言えん」


 アドバイスなどはなく雷牙は「えぇ……」と呆れ混じりの溜息を漏らした。


 けれど、そんな気分屋な人物が台本どおりの返答を気にいるとも思えない。


 雷牙が少しばかり悩んでいると、宗厳が軽く咳払いをした。


「まぁしいて言うなら、己の芯の強さを見せてやることが一番手っ取り早いかもしれんのう」


 的確なアドバイスではないが師匠なりの優しさというヤツだろう。


 思わず口元に笑みを浮かべ、雷牙はひとまず宗厳の言葉に納得する。


 芯の強さを見せる。


 それが精神的か肉体的かの話かはわからないが、情報がないよりはいい。


「ようはあたって砕けろ的な感じってわけだ」


「もっとも端的かつ簡単に言い表すならそれが正しいかもしれんのう」


「いや、砕けちゃダメなんじゃ……」


「実際に砕けるってわけじゃないって! そんくらいの気概を持って挑むって話だよ」


 美冬の心配そうな声に雷牙は少しだけ慌てた様子でごまかすが、苦しい言い訳にも聞こえなくもない。


 とはいえ、自身がやるべきことはこれで理解できた。


 同情を誘ったりすることは恐らく無駄。


 ならば、己のありったけを見せるのみ。


 今までだってそうしてきたのだ、やってやれないことはない。


 雷牙の表情には決意をはらんだ小さな笑みが浮かんでいた。


 すると、安綱を見やっていた尊幽が「あのさぁ」と声を漏らす。


「方針は決まったわけだけど……この童子切はどうする? 置いていくわけにもいかないでしょ」


「確かにそうですね。雷牙くんが大原善綱さんのところに行くならば、一緒に持っていく必要があります」


「持って行けばいいじゃろう。寧ろその方がアイツもやる気が出るかもしれからのう」


 尊幽達は勝手に話を進めていってしまうが、雷牙からすると何がなにやらサッパリの状況だ。


 しばらくは使うことが出来ないと言われている安綱をなぜ持ち出す必要があるのだろうか。


 寧ろハクロウに置いておいたほうが持ち出すよりも安全に思えるのだが……。


「置いていくわけにいかないって、なんかマズイことでもあんのか?」


 ふと零れた出た疑問に尊幽がキョトンとした表情を浮かべた。


 が、それも一瞬のこと。


 彼女は「あー、そういえば知らないんだっけ」と頷きながら保管ケースのロックを解除した。


 プシュッという空気が抜ける音が聞こえ、ゆっくりとケースの蓋が開いていく。


 瞬間、ケースに封じられていた状態でも感じていた安綱の威圧感が一気に増した。


 思わず生唾を飲み込むと、尊幽が当然とでも言うように安綱を握った。


「直に持つとやっぱ尋常じゃない霊力してるわこの刀」


「持ってて平気なのか?」


「こっちから霊力流し込まなければ平気よ。さて、どうしてコイツを持っていくかだけど……口で説明するよりは見せた方が早いか。ちょっとそこの窓開けてくれる?」


 尊幽の声に美冬が近くにあった窓を開けた。


 外には新都の街並みが広がっており、鮮やかな夕焼けに照らされている。


 一瞬それに気を取られたものの、雷牙は視界の端で尊幽が見事な投球フォームに入ったのを見逃さなかった。


「ちょ――っ!!??」


「――せーの……!!」


 止めようとしたが、掛け声と共に彼女は持っていた安綱を思い切り窓の外へ放り投げた。


 凄まじい勢いで放たれた刃はブーメランのように回転しながら夕日に照らされる新都に飛び出していく。


 雷牙はすぐさまベッドから降りると、若干もたつく足に鞭打って無駄と知りながらも窓から体を乗り出した。


 当然のことながら手が届くはずもなく、視線の先では安綱がきらめきながら落ちていくのが見える。


 サーッと血の気が引くのを感じながらも雷牙は尊幽に驚愕の表情を向けたまま吼える。


「な、なにやってんだよ!? どうやって回収するっていうか、人にでもあたったらどうすんだ!?」


「へーきへーき。どうせすぐに戻ってくるから」


「え……?」


 疑問符を浮かべた瞬間、雷牙は掌が熱くなるのを感じた。


 それに反応すると同時に手の中に眩い光が集束していく。


 やがて集束した光が弾けると同時に、雷牙の腕の中に一振りの刃が現れた。


「これは、安綱……?」


 手の中にあったのは紛うことなく今さっき放り投げられた安綱だった。


「え、どうなってんだ、これ?」


 突然現れた安綱に理解が追いつかずにいると、いつの間にか目の前までやってきた尊幽が安綱を引っ手繰った。


「はーいおしまい。驚いて下手に霊力流し込んだらまた昏睡しかねないからね。これは一旦ケースに戻しまーす」


「あ、ちょ……!」


 言い終えるよりも早く彼女は安綱をケースに収め、すぐさまロックを施した。


 再びケースに封じられた安綱は先ほどのように雷牙の手に現れることはなく、静かに収まっている。


「今のなんだったんだ?」


「簡単なことよ。安綱がアンタを持ち主として認めてるの」


「俺を? でも俺には安綱はまだ使えないって……」


「そうね。けど、それとこれとは話が別。アンタはもう安綱にとして認められてる。だから安綱はアンタのとこに戻ってきたってわけ。たとえアンタがどれだけへっぽこだったとしてもね」


「へ、へっぽこ……」


「事実でしょ」


 なにを今更というように肩を竦める尊幽。


 雷牙はその発言に若干へこみかけたものの、すぐにそれを振り払う。


「へっぽこはともかくとして、なんで刀が戻ってくるんだよ。いくら所有者って認められても、鬼哭刀が勝手に戻ってくるなんて聞いたことないぜ」


「だってそれ普通の鬼哭刀じゃないじゃん」


「それは……そうだけど……」


 確かにそのとおりだ。


 安綱は雷牙と酒呑童子の戦いの折、なにもない夜空から突然現れた。


 あまり気にしないようにはしていたが、なにもない場所から突然現れるという点は鬼哭刀というよりは妖刀に酷似している。


 けれど、安綱からは妖刀特有の不気味な雰囲気は感じられない。


 若干の不安感を抱えながらも雷牙は尊幽に問うてみる。


「安綱は妖刀なのか?」


「うーん、あたらずとも遠からずって感じね。顕現の仕方は妖刀とよく似てはいるんだけど、霊力の波長は妖刀とは真逆の流れなのよね」


「真逆?」


「そう。妖刀を負の流れとするなら、安綱は正の流れって感じ。似て非なるものって言い表すほうがわかりやすいかしらね」


「似て非なる……じゃあ安綱は妖刀じゃないってことでいいんだよな?」


 尊幽は少しだけ笑みを浮かべると静かに頷いた。


 それだけで雷牙はふぅと肩の力が抜けるのを感じた。


 自分が振るっていた力が斬鬼と同じものではなかったことに安堵したのだ。


「まぁ所有者のところに戻ってくるってのは妖刀に近いけどねー。私のこれもそうだし」


 ケラケラと笑いながら言う彼女だが、雷牙はすぐに眉をひそめた。


 彼女はいま私のこれと言いながら腰に差してある刀を握っていた。


 それはつまり――。


「――アンタの持ってるそれって、妖刀なのか……?」


 緊張した様子で問うと、尊幽はニヤッと小悪魔のような笑みを浮かべた。


 一瞬、ゾクリと背中に寒気のようなものが奔り、雷牙は思わず背筋を伸ばしてしまう。


「そうよ。私の持っているこの刀は妖刀」


 赤い瞳が妖しく煌き、吸い寄せられるような感覚に陥る。


 が、それとほぼ同時に彼女の背後に立った宗厳が拳骨を振り下ろした。


 ゴン! という重い音が病室に響き、雷牙が陥っていた感覚もなくなった。


 頭を振って意識をはっきりさせて改めて尊幽を見やると、彼女は「おぉおぉおおぉ……」と呻き声を上げながら頭を押さえていた。


「……まったくこの娘は。病み上がりの人間に何をしかけておるんじゃ」


「ちょっとしたおふざけでしょーに……! つかアンタ霊力こめて殴ったでしょ!? 頭少し陥没してんじゃない!」


「おぬしならすぐに回復するじゃろう。それよりも大丈夫か、雷牙」


「あ、ああ。まだ少しくらっとするけど問題ねぇ……けど、今のって……」


「尊幽の眼に魅了されたんじゃ。本気ではなかったようだが、回復直後のお前には少しばかりきつかったようじゃの」


 宗厳は笑っていたが、雷牙はそれどころではなかった。


 視線は自然と尊幽の持っている刀に注がれ、雷牙は生唾を飲み込む。


「やっぱりその人の持ってる刀って……」


 問いは最後までいかなかったが、宗厳は静かに頷いた。


 すると、剣星が二人に向けて問う。


「やはりそれは妖刀……天都さん、貴方は一体何者なんですか? 少なくとも貴方を連れ帰った僕や僕の部下、そして雷牙くんは知っておく必要があると思います」


 彼からは僅かな敵意を感じた。


 完全に敵対心を持っているわけではない。


 だが、刀狩者である以上、妖刀を持っている者に対して完全に心を許すわけにはいかないのだ。


 尊幽は押さえていた頭を何度か撫でると、宗厳に視線を向けた。


「……構わん。遅かれ早かれ知ることになる。雷牙も無関係ではないし、いずれは各部隊長にも伝わることだしのう」


 肩を竦める宗厳に尊幽は「だね」と頷いてから雷牙と剣星に向き直る。


「そういえば面と向かって自己紹介はしてなかったっけ。それじゃ改めて自己紹介しとこうか」


 彼女は腰の妖刀を抜くと、赤い瞳を再び煌かせた。


 けれど今度は妖しい光はない。


 純粋に美しいと感じる深紅の瞳がそこにはあった。


「私の名前は天都尊幽。この世界においてたった一人妖刀を従え、支配下に置いた者よ」


 ニッと快活に笑った彼女の妖刀は赤黒い霊力を纏っていた。

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