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禍姫。
雷牙は問うた瞬間、宗厳の表情が強張った。
それだけで彼が禍姫の存在を知っていることが理解できる。
「……頼光自身がその名を知っていたのか?」
「ああ。けど、最初に聞いたのは酒呑童子と一緒に消えた百鬼からだ」
「百鬼……こいつだね」
端末で記録をとっていた剣星がクロガネの資料を呼び出して遊漸の写真を空間に写しだす。
「優男って感じだけど……不気味な笑顔ね。蛇みたい」
尊幽の言うとおり、写真の中の彼は笑顔だった。
一見すると確かに優男、好青年然としているが、笑顔は張り付いたようなものでまるで笑った仮面をつけているかのようだった。
雷牙が実際に相対した時も彼は写真と全く同じ笑みを浮かべていた。
「この男も禍姫のことを?」
「ああ。いずれ俺達の前に現れるだろうから覚えとけって」
「なるほど……。では雷牙、百鬼がした話と頼光がお前に伝えた話を交えて教えてくれるか?」
険しい表情のまま宗厳が問うてきたものの、雷牙は「うーん……」と少しだけ言いよどむ。
「いろいろ話してはくれたけど、禍姫の明確な居場所とか正体とかには触れてないぜ? だからもしかすると師匠のほうが調べられてるかも……」
「それでもかまわん。話してくれ」
「わかった。じゃあまずは――」
雷牙は自身の内側にある精神世界の中で対話した頼光から貰った情報をその場にいる全員へ伝えた。
当然のことながらその内容は決して軽んじていいものではなく、宗厳を初めとした全員が硬い表情になったのは言うまでもない。
「――ってのが俺が頼光から聞いた話なんだけど……どう?」
一通り頼光が語った禍姫に関する情報を話し終えた雷牙が宗厳達を見やる。
皆の表情は硬く、殆どは眉間に深く皺がよっていた。
「どう、といわれてもね……」
ようやく口を開いた美冬の表情も緊張と驚愕が入り混じったようなものだった。
彼女は視線を宗厳に向け、彼の反応を見やる。
宗厳は髭を撫でながら考え込んでおり、少しばかり近づきがたい雰囲気が漂っていた。
剣星を見てもそれは同様で、非常に険しい表情で端末を操作していた。
恐らく雷牙が話した内容を纏めているのだろう。
唯一表情があまり変わらずにいたのはソファに寝転がっている尊幽だけだが、彼女からも少しだけピリついた気配を感じる。
「……なるほど。儂が調べたものよりも信憑性がある内容じゃった。よく話してくれたな、雷牙」
「役に立てばいいけど……」
「まぁ結構有意義だったんじゃない? 知ってるのと知らないのとじゃ大分違う話もあったし、ねぇ宗厳」
「ああ。正直なところ儂が調べられたのは禍姫の名前程度だからな。妖刀と関連があるとは思っていたが、その根源の存在とはな」
「けど、それなら霊穴を直したときに感じた嫌な気配も納得がいくわよね」
どうやら二人も少なからず禍姫の気配を感じ取っていたようだ。
「ねぇ、零の部隊長さんも感じたでしょ?」
「……お二人ほど明確に感じたわけではないですが、嫌な感じはしました。まるで何者かに見張られているような感覚でしたね」
「うん、上等上等。にしても、人間を酷く恨んでるか……大昔になにかあったのかしらねぇ……」
「禍姫に関連する何かがあったのは確かじゃろうな。殆どの文献に名前がないことから、当時の人間達に相当なトラウマを与えたはずじゃ」
宗厳の言うことはもっともだ。
彼が調べた文献にも、昔に生きた頼光が調べたものでも共通していたのは、禍姫に関しての情報が余りにも少なすぎることだ。
マイナーな神話や伝説と言ってしまえばそれまでだろう。
けれど、それにしては露骨すぎる。
禍姫という名前や存在そのものを歴史から完全に抹消しようとしているようにしか思えない。
「しかし、これほど隠匿されていた禍姫の存在を知っていた百鬼遊漸と名乗っていた斬鬼の行動はかなり気がかりじゃの」
「うん。……雷牙、アンタはどう思ってんのよ」
「え、俺?」
「当事者なんだからなんか感想みたいのあるでしょ。さっき言い忘れたこととかないわけ?」
唐突に振られ雷牙は一瞬困惑したような表情を浮かべたが、言い漏らしたことを思い出した。
「百鬼と対峙した時アイツの後ろに黒い影みたいのが見えた」
「影? 百鬼が放出してた霊力とかじゃなくて影が見えたの?」
「ああ。それでその影からはなんつーか、人間に対する底知れない恨みとか怒りみたいなのを感じた」
「人間に対する恨み……禍姫の思念体のようなものでしょうか?」
「恐らくはそうだろう。酒呑童子と戦っている時はどうだった?」
「酒呑童子との戦いのときは集中してたから詳しくは覚えてないけど、黒い影みたいなのは見えなかった。アイツからも人間に対する敵愾心みたいなのは感じたけど影ほどじゃなかったかな」
「どちらも同じ斬鬼のはずなのに個体差があるということか……いや、もしかすると――」
「――百鬼は禍姫の側近だということは考えらませんか?」
宗厳が結論にいたるよりも早く告げたのは美冬だった。
皆の視線が自然と彼女に集中する。
「これはあくまで仮説ですが、百鬼は禍姫が表立って行動できない自身をサポートするために生み出した存在で色濃く禍姫の影響を受けている。対して酒呑童子はらいちゃんの話を軸に考えると、人間を絶滅させるために生み出した一つの強力な兵器でしかない」
「なるほど。じゃあ百鬼は酒呑童子よりもさらに強いって考えるのが妥当でしょうね」
「禍姫の影響を濃く受けた個体というなら、それも考えられますね」
「それは多分あたってると思います。アイツは睨んだだけで酒呑童子を萎縮させて、傷ついていたとはいえあの酒呑童子を一撃で昏倒させたんで」
美冬の仮説に雷牙を含め三人が同意を示す。
宗厳も彼女の同じ考えにいたっていたようで、髭を撫でながら頷いていた。
「雷牙の話の中でも禍姫はまだ完全な覚醒を遂げていないということであったし、美冬の仮説は的を得ているかもしれんのう。動けない自身をサポートするため百鬼を生み出し、クロガネに潜入させることで酒呑童子を失わないようにしていたというわけか」
「戦力として失うわけにはいかなかったということでしょうか」
「だろうのう。あれだけの強さを持っておるんじゃ、失えば向こうとしても痛手だろうよ」
酒呑童子の力はまさに災厄と呼ぶに相応しい。
それは直に相対した雷牙が最もよくわかっている。
百鬼も強いのだろうが、それは今は置いておく。
「……なんか、引っかかるな……」
「なにが?」
「いや、なんつーか禍姫はどうして一気に攻めてこないんだろうって思って」
「そりゃ表立って動けないからでしょ?」
「そうにしたって休眠状態でも妖刀をポンポン生み出せてたのなら、一気に数を増やして早い段階で人間を皆殺しにできたはずだろ? なんでそれをしなかったんだ」
「言われてみると確かに……そもそも休眠していた理由ってなんなのかしらね。頼光はなにか言ってなかった?」
問われたものの雷牙は被りを振った。
頼光の口振りからして禍姫が存在していたのは、頼光が生きていた時代よりも以前の時代だ。
何度も話題に上がっているように、肝心なのはその時代なのだ。
禍姫が完全に覚醒していたその時代になにがあったのか、恐らくはそこに人間を恨むようになった理由もあるはずだ。
「禍姫側の事情も気にはなるが今は禍姫を含めた斬鬼を見つけることが先決じゃろうな。禍姫が完全に覚醒したら何が起きるかわからんからのう」
「仮に禍姫にどれだけ凄惨な過去があったとしても、人間を滅ぼそうとしてるヤツとなんて交渉できる余地はなさそうだしね。事情を知ることがあっても、同情できないかも」
雷牙としても尊幽の言葉には同意見だった。
禍姫の過去が悲劇的なものであったとしても、この世界に生きる人々を殺そうとしている者に同情などできない。
どれだけ悲しい過去や恨みを宿していたとしても、それを理由に命を無作為に奪っていい理由にはならないのだ。
「当面は逃げた酒呑童子と百鬼の捜索がメインって感じになりそうね。剣星、その辺りはすぐに捜索できそうなの?」
尊幽の視線が剣星へ向けられたが、彼は渋い表情のままそれを否定する。
「残念ながら襲撃事件から一週間が経過したとはいえ、まだ完全に元の状態で稼動するには時間がかかると思います。本部の刀狩者は新都内に入り込んでいるクロガネの残党狩りに加えて、柏原のような内通者の洗い出しなどやるべきことはまだ多いです」
「これだけ大きな事件でしたし、メンタルケアが必要な人々もいるでしょうしね。壊された建物の復旧もまだかかりそうですし……」
壁に備え付けられたテレビのでは無音ながらもニュースが流れている。
殆どは襲撃事件がメインの内容でその度に火災や倒壊した建物の映像が流れている。
中には五神島に様子を写したものもあり、島内にはハクロウの調査官らしき影が見られた。
「少なくとも一ヶ月近くは動けないって感じね」
「ええ。長官の方には僕が後から報告しておきます。世界にあるハクロウ支部にも協力は仰げるはずなので、収穫なしということはないと思いますよ」
「そればかりはうまくいくことを願うばかりじゃのう」
「そうね。さて、それじゃあ禍姫関連はひとまずそっちに預けておくとして、問題は雷牙の鬼哭刀よねぇ」
尊幽は雷牙を見やりながら「ふぅむ……」と考え込むが、雷牙はそれに首をかしげた。
鬼哭刀とはいうものの、武器自体は彼女の後ろに安綱がある。
鬼哭刀を新調する必要などないと思うのだが……。
「なぁに呆けた顔してんのよ。アンタの武器のことなんだから少しは考えなさいっての」
「いやだって武器ならそこに……」
雷牙は尊幽の後ろに厳重に保管されている安綱を指差すが、彼女は大きな溜息をつく。
「この馬鹿ちん。アンタはこれを握って戦ったからそんな状態になってんでしょうが」
「けど、俺は安綱を託されたわけだし……なにより酒呑童子を圧倒するくらいには戦えたぞ?」
「……まぁ確かにアンタとこの童子切安綱の霊力の波長は合ってるわよ。けどね、残念ながらアンタはコイツをまともには使えてない。仮に次コイツを持ち出して一週間眠りこけない根拠はあるの?」
声は威圧が混じっていた。
一瞬それに臆するように顔を伏せる。
「それは……ない……。けど――!!」
少しだけ語気を強めて反論しようとしたものの、その瞬間、首根っこをつかまれベッドに叩きつけられる。
「ぐっ……!?」
衝撃によって思わず閉じてしまった瞼を開けると、深紅の双眸がこちらを見据えていた。
「自惚れるのはやめておきなさい、坊や。今のままじゃアンタはあの刀を完全には扱えないの。そんな状態で酒呑童子や禍姫を倒せるわけないでしょう?」
「なんだと……!!」
あおってくるような言葉に雷牙は尊幽の腕を掴んで無理やりどかそうとしたが、彼女の細腕は雷牙が全力で握ってみびくともしなかった。
「よく覚えておきなさい。力を制御できないヤツは戦場に出たって迷惑なだけよ。制御できないほどの大きな力は自分だけじゃなくて他人すら巻き込みかねないんだから」
襟首をつかんだ彼女にグッと引き寄せられる。
雷牙は表情を曇らせ、額には汗が滲んだ。
彼女の言葉は雷牙に重くのしかかる。
冷静になって考えてみれば、確かに雷牙には自惚れがあったかもしれない。
頼光に託された安綱で酒呑童子を追い詰めたことで、僅かな気持ちの昂ぶりがあったのだろう。
それゆえ安綱にこだわってしまった。
「それと、次にあの刀を使ってアンタが無事でいられる保証はどこにもないのよ。今回は一週間眠るだけで済んでいたかもしれないけど、次は命を落とすこともあるかもしれない。そうなればアンタの夢だって目指せなくなる」
「俺の、夢……」
「母親……光凛を超える刀狩者になりたいんでしょ。なら、今は我慢しなさい。安綱の力を十全に発揮できるようになるまでね」
そういい残して彼女は雷牙を押さえつけていた腕を放し、ベッドから降りていった。
尊幽から光凛の名前が出たことに驚きはあったが、今は深く追求することはしない。
雷牙は彼女の忠告を自身の中で繰り返していた。
自身がこれ以上自惚れてしまわないように。
「とはいったけど……実際この子に合った鬼哭刀なんて早々見つかる? 霊力はかなりのものだし、属性に耐えられるものってなると、量産されてる鬼哭刀じゃ無理だろうし」
尊幽は雷牙を見やった後、首をかしげながら宗厳に問うた。
すると、彼は「心配することはあるまい」と含み笑いを浮かべながら安綱に視線を向けた。
「雷牙がいずれ安綱を持つのならば、安綱の系譜を受け継ぐ者に新たな鬼哭刀を造ってもらえばよい」
「安綱の系譜……? って、まさか……」
尊幽の表情が若干曇り、見るからに面倒くさそうなものへ変わっていく。
どうやら宗厳の言わんとしていることに心当たりがあるようだった。
宗厳はというとニヤリと笑みを浮かべ、高らかに告げた。
「会いに行くぞ。天下五匠に名を連ねる刀鍛冶、そこの安綱の系譜を受け継ぎし男、大原善綱にな」




