1-1 宿命と覚醒した力
クロガネによる襲撃事件から一週間が経ち、世間がそれなりに落ち着きを取り戻し始めた頃。
夏季休暇に入った玖浄院の学生寮には痣櫛瑞季らが集まっていた。
けれど彼女達の間に会話はなく、表情は暗い。
今日集まっているのは、ハクロウの事情聴取が行われるからだ。
何かを疑われているとかそういうのではなく、単純にあの日、あの場所で何が起きていたのかを記録するための聴取だ。
担任教師である遠山愛美の話によれば今日一日は学生寮に缶詰らしい。
「……静かですね」
長い沈黙を最初に破ったのは、レオノア・ファルシオンだった。
彼女の言うとおり、普段なら生徒達の声で賑わっているはずの学生寮はシンと静まり返っている。
「まぁ夏休みだからね。殆どの生徒は帰省中だろうし」
柚木舞衣は通信端末の操作をやめて周囲を見回す。
すると、彼女に続くように彼女の中ではもっとも小柄な大神陽那が頷く。
「私も今日の夜には実家に戻ることになってるしねー。いっくんもそうじゃなかったー?」
「ああ。聴取が終わり次第帰省することになっている。両親には無事を報告したんだが、帰って来いとうるさくてな」
陽那に話題を振られ、岡田樹は肩を竦めながら答えた。
だが、樹の両親の反応は当然だろう。
無事だとはいえあれだけの事件の真っ只中にいたのだ。
心配するなという方が無理な話だ。
「まーちゃんなんかはどうなん。実家には帰るんでしょ?」
「そりゃあね。検査とかいろいろあって帰れてないし、明日辺りにでも戻るつもり」
「私も同じですね。しばらくは母と一緒に過ごします」
「ねぇ、玲汰だってそうでしょ?」
舞衣は窓際に座っている幼馴染である狭河玲汰に問うたものの、彼はどこか上の空と言った様子だ。
ぼんやりと窓の外に広がっている新都の街並みを眺めている。
「玲汰!」
「うぇっ!? な、なんどわぁ!?」
あまりにも反応がない彼に舞衣がやや強めに声をかけると、彼は驚いた拍子にソファから転がり落ちた。
「ったく、柄にもなくなに黄昏てるんだか……」
「柄にもなくは余計だっての! で、なんだっけ実家に戻るとか戻らないとかの話だっけか?」
「そうよ。おじさんとおばさんから連絡くらい来てるでしょ?」
「ああ。俺も今日の聴取が終わったら実家に戻ることになってる……」
玲汰は答えるもののすぐに新都の方へ視線を向けてしまう。
「さっきからずーっと新都ばっかり見てるけど気になることでもあんの?」
再び上の空になりかける幼馴染に舞衣が問いを投げかける。
すると、彼は険しい表情を浮かべながら腕を組みなおした。
「いや、新都もそうなんだけど……。よくあの島から全員無事に帰ってこれたなって思ってさ」
玲汰は新都だけを見ていたわけではない。
その先にある島、五神島を見ていたのだ。
無論、ここからでは島の形ははっきりと見えない。
だがあの場所で起きた出来事は彼らの記憶に鮮明に刻み込まれている。
ここに集まっている誰もが玲汰と同じことを思っていた。
本当によく生き残れたものだと。
「けど、なんでアイツがここにいないんだよ……!」
アイツ。
震える声で玲汰が漏らした言葉にレオノアは眼を伏せ、舞衣や陽那、樹も苦い表情を浮かべる。
そしてずっと沈黙していた瑞季も顔を上げて反応を示した。
瑞季達が黙っているのは聴取が憂鬱だとか、学生寮に縛られるのが嫌だからとかそういったことが理由ではない。
ここにいるのは六人。
一人足りないのだ。
「……雷牙……」
瑞季がポツリと名前を呼ぶ。
けれど、その本人の姿はない。
「俺達が生き残れたのは雷牙がいたからだ。だけど、アイツは今どこでどうしてんだよ!!」
「……」
瑞季とレオノアは表情を曇らせる。
雷牙を病院へ運び込んだ後、彼は集中治療室へ入れられた。
しばらく彼を看ていた二人だったが、新都へ帰還する折離れ離れになってしまったのだ。
以後の消息は不明。
七英枝族である瑞季の力をもってしても彼がどこにいるのか把握することはできていない。
「アイツは俺達を守るためにたった一人で酒呑童子と戦ってた。なのに俺達は雷牙に礼の一つもいえないのかよ……!」
玲汰は悔しげに拳を握り締めていた。
だが、その悔しさややるせなさは彼だけのものではない。
「玲汰。そう思ってるのはあんただけじゃないよ。私達全員がそう思ってる。けど今は、待つしかないんだよ」
「……ああ、わかってる。わかってんだよ、そんなことは……!」
玲汰はソファに乱雑に腰を下ろすと、大きなため息をついた。
が、彼とは対照的に瑞季は腰を上げる。
彼女は窓に手に触れ、静かに告げた。
「確かに雷牙の消息はつかめていないし、どういう状況なのかもわからない。だが、彼はきっと無事だ」
「どうしてわかるんですか?」
「……わからない」
「え?」
疑問符を浮かべたのはレオノアだけではない。
その場にいた全員が瑞季の言葉に首をかしげた。
瑞季は皆の方へ振り返る。
表情には陰鬱な様子はなく、笑みがあった。
「しいて言うならなんとなく、だ。これと言った根拠はない」
「根拠なしって……」
「変か? だが、雷牙ならきっとこう言ったと私は思うよ」
暗くなっていた全員の表情が僅かに明るさを取り戻した。
「雷牙のことが心配じゃないといえば嘘になるが、いつまでもウジウジしててもしょうがない。今は彼が帰ってくることを信じよう」
「……そうですね。意外にひょっこり現れてくれるかもしれません」
「だね。らいちゃんがあれっぽっちで死ぬとは思えないしー」
不安や心配が消えたわけではない。
ただ、皆の間にあった暗い雰囲気はなくなり、皆しっかりと前を向いている。
瑞季は友人達の様子に満足げに微笑む。
……雷牙。君はきっと帰ってくるだろう?
「……信じているよ」
グッと胸の前で拳を握って新都のどこかにいるはずの雷牙を思い浮かべる。
新都の様子をしばらく眺めていると、不意に声がかかった。
「お待たせしてすみません。こちらの準備が整いましたので、これより聴取を始めさせていただきます」
視線を向けるとハクロウの一般職用の制服を纏った女性が立っていた。
「えーっと、皆さんには指定した場所で個人で聴取に参加していただきます。時間はなるべく一緒に終わるように配慮しますが、多少のズレは了承をお願いします」
女性に配布されたプリント用紙を確認すると、瑞季は一年A組と指定されていた。
「聴取担当者からも説明があると思いますが、答えにくい質問や思い出す際に苦痛があるような場合は無理に返答しなくて大丈夫です。答えられることだけに答えてください。それでは皆さん聴取場所へお願いします」
彼女は頭を下げてから瑞季達の前から去って行った。
女性が消えた後、瑞季は一度友人達と顔を見合わせると静かに頷いてから、指定場所へと向かった。
ハクロウ本部の中には医療施設も完備されている。
患者は刀狩者のみでその殆どが任務で重傷を負った者ばかりだ。
当然のことながら今回の襲撃事件の際に負傷した者達も運び込まれている。
野戦病院のように苦しむ声が聞こえるわけではないが、ベッドの上で包帯を巻かれている彼らの様子は非常に痛々しい。
その施設の一角。
他の患者から離れた場所にある個室に、綱源雷牙の姿はあった。
ベッドで眠っている彼の呼吸は落ち着いており、呼吸器はつけられているが呼吸は安定している。
心電図にも乱れはなく、一定のリズムで心臓は脈打っている。
本当にただ眠っているだけのようだった。
「今日で一週間……。まったく、いつまで眠っているつもりなのかのう。雷牙のヤツは」
廊下から病室を覗き込み大きなため息をついたのは雷牙の師匠である柳世宗厳だ。
「お医者さんの話では命に別状はないとのことでしたが……。これだけ目覚めないとなると、やはり心配ですね」
彼の傍らでは宗厳の世話役でもあり、雷牙の育ての親と呼べる女性、安生美冬が心配そうに雷牙の様子を見やっていた。
美冬がここに到着したのは雷牙が運び込まれるのとほぼ同時だった。
その間病室に入って彼に呼びかけたりはしているものの、いっこうに目覚める気配はなかった。
後から駆けつけた宗厳の声も雷牙には届いておらず、ずっと眠り続けている。
宗厳は雷牙を案じるような視線を向けつつも、近くにあったソファに腰を下ろし息をついた。
「こっちとしては話したいことが山ほどあるんだがのう」
「だからそういうのは早めに話しておくべきなんだってーの」
廊下の暗がりから現れたのは宗厳と零部隊のメンバーが連れ帰った少女、天都尊幽だった。
彼女は自販機で買って来たであろう缶ジュースをあおりながら呆れたような表情を浮かべていた。
「そういう大事なとこを隠そうとする癖、昔っから変わってないわねぇ」
「……仕方あるまい。こればかりは突然告げたとしても飲み込めるほどの話題でもないだろう」
「まぁわからなくはないけどねぇ……。このまま目覚めない可能性だってあるかもだよ?」
尊幽が脅すような声音で告げるものの、宗厳はそれを跳ね除けるように含みのある笑みを浮かべた。
「それはいらん心配だな。雷牙はここで終わるような男ではない。必ず目覚める」
「……ずいぶん期待してんだねぇ」
「当然。なにせ雷牙は儂の弟子だからな。柔な鍛え方はしておらん」
「その顔。あの子の母親の時と同じ。弟子にベタ惚れじゃん」
「師として弟子に期待するのは当然だろう。なんらおかしいことはない」
宗厳は軽い口調だったが、美冬は尊幽の死角になっている彼の拳がきつく握られているのに気がついた。
その様子に美冬は「まったく」と呆れが混じった笑みを浮かべた。
雷牙が確実に目覚めると言っているものの、内心では弟子のことが誰よりも心配なのだ。
口では突き放すようなことを言いつつも、宗厳は雷牙が出て行った後もずっと気にかけていた。
……まったく意地っ張りな人なんだから。
肩をすくめた美冬は眠る雷牙を見やる。
彼は相変わらず静かに眠っており、表情にも苦しげな様子は一切見えない。
医師の話では突然の属性覚醒と体力、精神、そして霊力の膨大な消費が招いた一時的な昏睡状態らしい。
尊幽の言うようにこのまま本当に目覚めないのではと感じるほどの深い眠り。
心の中に嫌なビジョンが思い浮かぶものの、美冬はそれを振り払う。
……大丈夫、あの子ならちゃんと目覚めるはず。
明確な根拠があるわけではない。
しかし、彼が小さな頃から知っている美冬にはわかるのだ。
雷牙は絶対に目覚めると。
「……だってあの人の子供だもんね、らいちゃんは……」
思い浮かべるのは漆黒の髪を結わいた女性剣士、雷牙の実の母親である綱源光凛。
彼女はどれだけ危機的な状況も覆していた。
彼女の面影を強く残す雷牙なら、なんとなくだがやってくれると思える。
「がんばって」
美冬は少しでも雷牙に気持ちが伝わるように指を組んで彼の目覚めを願うのだった。




