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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第七章 禍を断つ者
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プロローグ 鍛冶師

七章スタートとなります。

やや短めです。


 夏の太陽が容赦なく照り付ける昼下がり。


 近くの雑木林からはしきりにセミの鳴く声が聞こえ、時折吹く風は体に纏わりついてくるような生温かさがある。


「あっついなぁ……」


 屋敷の縁側に腰掛けているのは、世間的に言えば高校生くらいの少女だった。


 セミロングに切り揃えられた茶髪の下には、くりっとした瞳がある。


 程よく焼けた褐色の肌は健康的で奔放な雰囲気を連想させる。


 彼女は氷水の入った水桶に足を突っ込み、ソーダ味のアイスを咥えながらシャツの胸元をつまみ、パタパタと空気を送り込む。


 はしたないとか、下品とかいわれるだろうがこの暑さを前にするなという方が無理な話である。


 風が通るようにつくられている家だが、やはり暑いものは暑い。


 とはいえ、少女は別に暑さに嫌悪感を抱いているわけではない。


「部屋に行けばクーラーがあるけど……まぁ夏にしか味わえないしねぇ。これくらいは我慢しますか」


 寝転がりながら桶の中の水をかき回す。


 これも所謂、夏の風物詩というやつだ。


 少女は満足げに笑みを零すが、風と共に、つけっぱなしにしてあるテレビからどこか緊張感のあるリポーターの声が聞こえた。


『私は今、先日クロガネによって襲撃された五神島の上空に来ています。島全体には凄まじい戦いの痕跡が生々しく刻み込まれています』


 少女は最初は視線だけをそちらに向けたものの、すぐに態勢をうつぶせにして縁側からテレビ画面を覗いた。


 ヘリコプターからの空撮映像には、痛ましい戦いの痕があった。


 場所は五神島(ごしんとう)


 つい先日、次世代を担う刀狩者の卵達が雌雄を決する一大イベント、五神戦刀祭(ごしんせんとうさい)が行われていた島だ。


 最初は滞りなくトーナメントが行われており、テレビで中継されていた試合の様子は少女も見ていた。


 が、戦刀祭は襲撃者によって中断されてしまった。


 その襲撃者こそ、国際犯罪組織クロガネ。


 学生同士のトーナメントが行われていた島は一気に災禍の渦巻く戦場と化した。


 クロガネの首魁は自らを十五年前に顕現した斬鬼(ざんき)村正(むらまさ)であること、そして自身が大昔悪逆の限りを尽くした鬼、酒呑童子(しゅてんどうじ)であることを明かした。


 酒呑童子を初めとした幹部連中は大勢の人質をとった状態で学生達と試合を行った。


 始まったのは試合というには余りにも惨い蹂躙だった。


 戦刀祭に選抜されたといっても、学生達とクロガネとでは実力に差がありすぎたのだ。


 試合の様子はテレビでも中継されており、全てのチャンネルは試合の様子を写していた。


 日本中、いや恐らく世界中が固唾を呑んでテレビを見ていたかもしれないが、試合の様子が全て中継されることはなかった。


 四人目の試合の終盤に駆けつけたハクロウの部隊長達の登場により、スタジアムでの戦闘はさらに激化し、中継していたカメラが破損したのかテレビ中継は終わってしまったのだ。


 そのままもどかしい時間がすぎること数時間、朝方になってようやく事件の終わりが告げられた。


 襲撃事件はハクロウ側の勝利。


 酒呑童子は配下の幹部と共に逃亡しているとのこと。


 朝のニュースでそれを見たとき、少女はホッと胸を撫で下ろしたことを覚えている。


 というより、多くの人々が似たような反応をしたと思う。


『見えますでしょうか。スタジアムの一角は酒呑童子の斬撃によるものなのか、大きく斬りとられています』


 リポーターの言葉はどこか曖昧だったが、テレビを見ている少女にはそれが刃によって齎された破壊の痕跡であることは()()()()()()()


 そして画面越しからでも伝わってくる不気味かつ不快な霊力(れいりょく)も。


「……あれが酒呑童子の霊力」


 霊力はある程度の時間が経過してもその場に残留する。


 特に斬鬼の者は人間のそれより重たいと表現するべきなのか、人間の霊力よりも残っている時間が長いのだ。


「なんて黒くて重たい霊力。確かにあれはヤバげだねぇ……」


 霊力が集まっているのか、少女の瞳は僅かに発光が見られた。


 その瞳にはと酒呑童子が操っていた霊力が黒い影や靄のようにうつっている。


 見ているだけで不快な気分になってきたのか、彼女は視線を逸らそうとしたが、ふとテレビ画面の中でなにかが光った。


 自然と視線が戻ると、『あ、見てください!』とリポーターが興奮した様子で告げる。


 カメラがリポーターの指した方を写すと、そこには()()()()()()()があった。


『ものすごく大きな亀裂です。これも酒呑童子が抉ったものなのでしょうか……。だとすると、十五年前にあれだけの刃災が起きたのも頷けてしまいます』


「ちがう……!」


 少女は縁側から這うように移動し、テレビに噛り付く勢いで密着する。


 破壊されたスタジアムからやや離れた場所に刻まれていた剣閃は海岸まで一直線に伸びていた。


 距離にして約数キロメートルはあろうかというほどの巨大な刃の痕。


 少女の瞳にもそれははっきりと見えていた。


 だが、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それは残留している酒呑童子の霊力を切り裂くようにして残っている霊力だ。


 眩い光の刃とでも表現すべきそれは、酒呑童子の霊力は一切寄せ付けていない。


 そればかりか黒い霊力が神々しい光を放っている霊力と重なった瞬間、黒い霊力は一瞬にして搔き消えた。


「なにこれ、すご……っ!」


 驚愕する少女はまじまじと光の剣閃を見ていたが、不意にその霊力に見覚えがあったの思い出す。


 そうだ、あれは確か学生達と四人目の幹部の戦いの終盤だ。


 部隊長達が乱入してくる直前、ハクロウを裏切っていた柏原という男を殴り飛ばした学生がいた。


 彼のことは少しだけ覚えていた。


 完全に無名ながらもトーナメント一回戦で格上と見られていた相手を一撃で倒していた彼。


 通っている学校は玖浄院(くじょういん)で、今年入学したばかりの一年生。


 そうだ、名前は確か綱源(つなもと)――。



「――刹綱(せつな)!」



「ひゃい!?」


 背後から急に名前を呼ばれ、彼女は飛び上がる。


 恐る恐る振り向くと、そこには料理で使うおたまを持ったエプロン姿の母がいた。


 母はやや怒っている様子で、視線には威圧感があった


「ま、ママ……!」


「テレビを見るならちゃんと足を拭いてから上がりなさい。畳に水滴がポタポタ垂れてるじゃない」


「え゛。あ、あー……」


 確かに這って来た畳や縁側に水滴の跡が残っている。


 刹綱はテヘっと愛らしい仕草をして許してもらおうとするものの、母にその攻撃は通用しなかったようでおたまの一撃が脳天に炸裂した。


 パコン、と小気味良い音がしたものの、音に反してかなり痛い。


「いったぁ!? そんな金属の塊で殴らなくてもいいじゃん!」


「高校生にもなって居間を水で濡らすようなはしたない娘には十分よ。それにホラ、そろそろおじいちゃんのところに行く時間じゃないの?」


 ヒュッと母がおたまで指した時計を見ると、確かに出かける時間が迫っていた。


「うっわ、やば! すっかり忘れてた!!」


 すぐさま部屋に戻って仕度しようとしたものの、母に首根っこを掴まれる。


「その前に出しっぱなしの水桶の片付けと濡れた畳をちゃんと拭いていきなさい。あとその足も」


「えー! ママやっといてよー!! 一生のお願い!」


「アンタの一生のお願いは聞き飽きましたー。あ、それとこれおじいちゃんに渡しておいてね」


 ちゃぶ台に包みとタオルを置いて母は「さーてお掃除お掃除ー」と消えてしまった。


 若干むくれた様子を見せる刹綱だが、急がなければいけないのも事実。


 手早く水桶の水を流し、縁側と畳の水滴を拭き取ると一目散に部屋で飛び込む。


 外出着を適当に決めて仕事道具を引っ掴むと、そのまま階段を駆け下りて母が置いていった包みを持って自転車に乗り込む。


「いってきまーす!」


 外に出た瞬間、ジリジリと焼け付くような日差しが照りつけたが、彼女は嫌な顔せずに自転車を走らせる。


 しばらく走ったところで、彼女は「あっ」と思い出したような声を上げた。


 脳裏に浮かんでいるのは先ほど見た輝く剣閃と、母に呼ばれる直前まで出掛かっていた少年。


 そうだ、確か彼の名前は……。


綱源(つなもと)雷牙(らいが)くん、だっけ」


 なぜあの光を見て彼のことが思い浮かんだのかはわからない。


 だが無関係ではないはずだ。


 霊力には個人によって千差万別。


 似たものはあってもまったく同じものはない。


 刹綱の瞳はそれを見分けることが出来る。


「っと、もうちょっとペース上げないとやばいかな。おじーちゃん時間にうるさいし」


 彼女はペースをやや上げてギアを上げた。


 目指すのは少し離れた竹林の先にある祖父母の家。


 夏休みの今、彼女はそこである物を作っている。


 鬼を屠るための刃であり、人々を守るための刀、鬼哭刀(きこくとう)を。


「今日こそおじーちゃんに私の実力を認めさせてやる!」


 やる気十分と言った具合で刹綱――大原(おおはら)刹綱(せつな)は駆けて行った。


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