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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
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エピローグ 新たなる黒影

 零部隊は尊幽がいた山を下り、隣国のハクロウ支部にまでやってきていた。


 剣星はというと支部にある通信端末で本部にいる辰磨に連絡をとっていた。


「……ですので、明日の深夜には新都に到着することができるかと」


『そうか。わかった、引き続き任務を継続してくれ』


「了解。……長官、一ついいでしょうか」


『なんだ?』


「新都と五神島での戦いはどうなりましたか」


 鋭い眼光をモニタの向こうにいる辰磨に向ける。


 宗厳が剣星達と接触したことは知っていたのか、辰磨はそこまで驚いた様子は見せなかった。


 彼は巌のような表情を崩すさずに告げる。


『襲撃事件は粗方終息した。襲撃の規模は大きなものだったが、建物の倒壊はごく僅かで済んだ』


「学生達は?」


『……島を襲撃していたクロガネは殆どが討伐及び、捕縛された。斬鬼・村正……いや、酒呑童子を名乗っていたクロガネの首魁は幹部と思しき男と共に逃亡した』


「逃亡……ですか?」


『ああ。交戦中に深手を負わされ、仲間と共にいずこへと姿を消した。霊力の名残を負って捜索を試みてはいるが、発見は難しいだろうとのことだ』


「酒呑童子は隊長格の誰かが傷を与えたんですか?」


『……いいや。酒呑童子に対し深手を負わせたのは、綱源雷牙だ』


 思わず剣星は立ち上がってしまった。


 驚愕の表情を浮かべたまま、剣星はもう一度辰磨に確認する。


「本当に雷牙くんが……?」


『ああ。詳細は不明だが、生きていた監視カメラからの映像を見るに彼で間違いない。……すまん、日本政府側との会議が始まってしまう。詳しい話は戻ってからしよう』


「わかりました。では」


 通信は辰磨から切られた。


 小さく息をついた剣星は、酒呑童子を逃亡にまで追いやった雷牙のことを思い浮かべる。


 彼に力があることはなんとなくわかっていた。


 しかし、まさか酒呑童子を倒しきることが出来なかったにしろ、逃亡にまで追い詰めて見せるとは。


「……まったく、貴方の家系はどうなってるんですか。光凛さん」


 苦笑を浮かべると、剣星は待たせている部下達の下へ戻っていく。


 待たせているホールへ戻ると、天音たちは適当なソファに腰を下ろしていた。


 その中には宗厳と尊幽の姿もある。


「報告は済んだのか?」


「ええ。襲撃事件のことも聞いてきました」


 ピリッと天音達が纏う空気が張り詰める。


 襲撃事件が起きてから既に数時間。


 彼女らも新都がどうなっているのか気がかりなのだろう。


「結論から言うと、新都及び五神島襲撃事件は収束。現在は事後処理を行っているようです」


「ってことは、ハクロウ側の勝ち?」


「うん。そういうことになるね」


「……ッシ!!」


 鋼一朗はグッと拳を握り締め、天音と汀も安堵した様子を見せた。


「じゃあ酒呑童子も倒したってことですか?」


「残念ながら酒呑童子を倒すまでにはいかなかったらしい。ただ、深手を負って現在は逃亡中みたいだよ。傷を負わせたのは――」


「――綱源雷牙、でしょ」


 剣星が言い切る前に、ソファに寝転がっていた尊幽が得意げな笑みを浮かべながら告げた。


「なぜそれを?」


「んー、まぁ簡単に言うと直感なんだけど……。実はさっき星霊脈の流れを治したとき、なんか大きな力を感じたんだよね」


「大きな力……」


「宗厳だってわかったでしょ?」


 尊幽が髭を撫でている彼に問うと、宗厳は静かに頷いた。


「ああ。力自体は感じた。だが、まさかあれが雷牙だったとはな」


「あの力、妖刀にも似てるけど、なんか違ったんだよね」


「それってどういうこと?」


「今は言葉通りとしか言えないねー。まぁ私としては新都に戻る楽しみができたからいいけど」


「いきなり勝負事を吹っ掛けるなよ」


「アンタの弟子じゃないんだからそんなことしないってーの」


 宗厳は彼女の答えに肩を竦めた。


 尊幽ならやりかねないと思っているのだろう。


「ところでさ、ここまで降りてきて聞くのもなんなんだけど……。あの霊穴っていうか星霊脈、放っといて平気なの?」


 天音が窓の外にかすかに見える数時間前までいた山を見やった。


 宗厳が現れた後、剣星たちは尊幽が見張っていた大霊穴を縮小させるため、活動を停止した霊穴を再開させた。


 方法としては割と単純でそれぞれが担当する霊穴に全員で一斉に霊力を流し込み、同じタイミングで大霊穴から尊幽が霊力を流し込むといったものだ。


 大霊穴からあふれ出す霊力は尊幽の霊力と反発を起こし、逃げ場を求めてかつて活動していた霊穴へ通じる道を走る。


 剣星たちが霊力を霊穴に向かって注ぐことでそれ自体が呼び水となり、道を辿ってやってきた霊力がそのまま吹き出すというわけだ。


 天音の心配は再開した霊穴が再び停止しないかということだろう。


「それは多分へーき。流れ自体は出来てたし、なにより協力してくれたあんた達の腕がよかったからね。誰かが下手なことしない限りはもう止まらないよ」


「一応こっちの支部にも定期的に観測はしてもらえるようにしたから、その辺りは平気じゃないかな」


「ならいいけど……」


「んじゃ、心配事もなくなったわけだしひとまずホテルにでも案内してくれない? しばらくぶりに都会に降りて来たもんだから疲れちゃってさー」


 尊幽は疲れをアピールするように肩を軽く叩いたが、宗厳は小さく笑みを浮かべていた。


「ババくさいのう」


「あぁん? なんだって? もう一度言ってみなさいな、坊や」


 ぎろりと凄まじい剣幕で睨みつける尊幽だが、宗厳は「はっはっは」と茶化すばかりで相手にする様子はなかった。


 そのまま宗厳に噛み付きそうな尊幽だったが、天音と汀に諭されてなんとか事なきをえる。


「柳世さんも新都へ戻るということでよろしいですね?」


「ああ。辰磨に話もあるからのう。それに、懸命に戦った愛弟子を労ってやらんとな。いろいろと知りたいこともあるじゃろうて」


「そうですね。そのほうが彼も喜びますよ。では、飛行機の時間までホテルで休みましょう」


「さんせー。正直ここにいると息詰まりそうでさー。支部の職員みんなこっちチラ見してくるし」


「小娘がいればそうなるじゃろう」


「だぁれが小娘だってぇ……?」


「……面倒くさいのう、お前」


 宗厳は年齢関連のことになると食って掛かってくる彼女に呆れ、立ち上がりながら溜息をついた。 


「ホテルの場所はわかっている。先に行くぞ」


「あ、ちょっと待ちなさいっての!!」


 もはや天音達も止める気がうせたのか、尊幽は前方を行く宗厳を追いかけていく。


 その様子は孫と祖父と言った具合だが、実際は尊幽の方が年上だというのだから彼女には謎が多い。


「……なんなんだろうな、あの子っていうか、あの人……」


「実力が凄まじいのはなんとなくわかるけど。いまいち存在がつかめないって感じよね」


「それにあの刀……鬼哭刀っていうよりは、妖刀に近いような……」


 山から降りる途中も彼女は自身の身の上を話そうとはしなかった。


 たとえ聞いたとしてものらりくらりとはぐらかされ、彼女の正体は掴めていない。


 宗厳も多くは語ることはせず、「戻ればわかるだろう」の一点張りだった。


「まぁ少なくとも敵ではないと思う。話したくないのかもしれないし、これ以上の詮索はやめておこう」


「それもそうかもね。じゃ、私達もホテルに行こうか。いろいろあって疲れちゃったし……」


 尊幽に対する疑問はまだ残っているが、詮索しすぎて彼女の機嫌を損ねるわけにもいかない。


 せっかくハクロウに帰還する気になっているのに、ここで下手を打ったら全てが泡と消える。


 剣星達は先を行く二人を追いかけ、支部側が用意してくれたホテルへ向かった。




「……宗厳。アンタ気付いた?」


 剣星達から少しだけ離れたところで食って掛かっていた尊幽が声のトーンを落として問うた。


「何にだ?」


「とぼけてんじゃないわよ。星霊脈の流れを正常に治した時、アンタの弟子の力以外に変なのが混じってたでしょ」


「……ああ。それに関しては気付いておる。何かどす黒い、影のようなものを感じた」


「うん。場所がどこなのかはわからないけど、星霊脈のもっと奥に何かがいるって感じだったわよね」


 宗厳は静かに頷いた。


 彼女の言うとおり大きな力を感じた直後に星霊脈の中から黒いなにかを感じた。


 感覚的には妖刀に近いが、どこか違う雰囲気も持っていた。


 それはすぐに感じられなくなり、星霊脈の流れは正常となった。


 しかし、圧倒的な穢れとも言うべき感覚は、はっきりと二人に刻み込まれている。


「宗厳、アンタは何かを追ってるらしいけど、もしかしてさっきのヤツ?」


「恐らくな」


「あいまいね。名前とかわからないの?」


「……」


 宗厳は一瞬言いよどんだものの、逡巡した後静かに告げる。


「儂が追っているのは、禍姫という存在だ」


「禍姫……?」


「独自に調べたところ遥か昔に存在した神だとか、神が作りし者という記述があった」


「神って……。まさかそんな……」


「本物の神であるかどうかはわからん。存在自体もまだ曖昧なものだ」


「あの妙な気配が別のヤツの可能性もあるってことね」


 あくまで禍姫の存在は伝説上のモノでしかない。


 しかもその伝説も非常に空漠で、記述も僅かにしか残っていない。


 まるで存在そのものをなかったことをするかのように。


「気配が感じられなくなったってことは、休眠状態とかなのかしら」


「だろうな。あれは一時的な覚醒だったのやもしれん」


「なるほどね、大きな力につられたって感じか。まぁなんにせよ、ヤバげな敵なら倒すまでだけど」


 尊幽は自信たっぷりと言った様子で拳を握った。


 その仕草に宗厳は小さく笑みを浮かべるが、彼はすぐに空を見上げて雷牙のことを思い浮かべる。


 ……力だけに反応したわけではあるまい。雷牙の中にある頼光の血にも反応したというのか。


 宗厳は雷牙の家系のことも知っている。


 頼光は鬼だけではなく、数多の妖怪、怪異を四天王と共に葬ってきた男だ。


 最強の怪異殺しとも呼ばれる彼の直系である雷牙に禍姫が反応を示す。


「……禍姫にも頼光と因縁がある、というのか……?」


 ありえないと断言は出来ない。


 禍姫に関してはまだわかっていないことが多すぎる。


 もしかすると頼光は数多の鬼を屠る中で禍姫すら相手取っていたのかもしれない。


「……もう一度調べ直す必要があるな」


 宗厳は妙な胸騒ぎを感じ、新都に戻り雷牙の様子を確認し次第、禍姫を探ることを決めたのだった。






「起きろ。酒呑童子」


 聞こえた声にピクリと体が動く。


 徐々に体の感覚が戻っていく感覚を確かめながら、酒呑童子はゆっくりと上体を起した。


「ここは……」


 周囲を見回すと、見覚えのある空間が広がっていた。


 クロガネの本拠地にある、酒呑童子の玉座がある部屋だ。


 体を確かめると、雷牙に断ち切られた半身は辛うじて再生している。


 力が入らないところを見ると、体内の組織までは再生が行き届いていないと見るべきか。


「俺にここまでの傷を負わせるとは……綱源雷牙、必ず殺す……!!」


 怒りに燃える酒呑童子だが、雷牙に向けられた怒りは一瞬ですぐに赤い瞳は暗闇に潜む別の人物へと向けられた。


「百鬼、そこにいるな……!」


「目覚めて早々殺気を飛ばしてくるとはな。綱源雷牙に殺されそうになっていたところを助けてやったのはこの俺だぞ?」


 暗闇から現れたのは、いけ好かない笑みを浮かべた遊漸だ。


 その口調や声音に酒呑童子に対する敬意はなく、嘲笑と蔑みが含まれていた。


「そう睨んでくれるな。こっちはちゃんとお前の配下もここに連れてきてやったんだ、感謝の一つ暗いしてくれよ」


「なに……!!??」


 周囲の暗がりを見ると、そこには気を失っている四人の幹部達がいた。


「貴様、俺の配下に何をした!!」


「少しばかり眠ってもらっただけだ。これからする話にあいつ等は余計なんでね」


 遊漸は肩をすくめると、酒呑童子とある程度の間合いを取った状態で歩きはじめた。


 何をしようというのか、警戒を怠らずに彼の動きを見ていた酒呑童子だが、誰もいない玉座の前に彼が立った時、思わず息を呑んだ。


「なん、だ……あれは……」


 酒呑童子の視線を追った先、玉座のさらに奥の空間には、繭のようなものが浮かんでいた。


 淡い光を放っているそれは四方に伸びている霊力の糸のようなもので支えられている。


「心して見るがいい。あのお方こそ、我らの真の統率者だ」


「あの、お方……?」


 酒呑童子は眼を凝らし、繭を見やる。


 そこには女と思しき影があった。


 繭の隙間から僅かに見える顔は端正で、とても美しい。


 一種の芸術品とも言えそうなその姿に酒呑童子はごくりと生唾を嚥下する。


 人間に見えるが、何かが絶対的に違う。


 尚且つ鬼でもなければ、妖怪や怪異の類でもない。


 酒呑童子であっても彼女の正体は掴めなかった。


「彼女こそが我らの統率者にして生みの親。そして人間を殺戮することを許された存在――」


 狂笑を浮かべた遊漸は大きく手を広げて玉座の間に響き渡る声で告げる。




「――禍姫神(マガツヒノカミ)だ」




 その名が告げられた瞬間、禍姫を包む繭が胎動した。


「おぉ、覚醒まで今しばらくといったご様子……。お目覚めの時まで、今しばらくの休息を……」


 敬意をはらうように腰を折った遊漸だが、酒呑童子は遊漸を訝しげに睨み付ける。


 彼の言動を信じないとでも言うように。







 繭の中で禍姫は僅かに瞼を開ける。


 鮮やかな深紅の瞳に映っているのは、自身に敬意を表している遊漸。


 僅かな敵意と疑念を浮かべている酒呑童子。


 それらはあくまで瞳に映っているだけで、彼女は彼らのことを見てなどいなかった。


 見ているのはただ一人。


 己の存在を脅かしかねない、たった一人の少年。


「――綱源雷牙――」


 彼の名前を呟くと同時に彼女は再び瞼を閉じた。


 けれどその胸中には、恐ろしいまでの憎悪と怨念が渦巻いていた。




 一つの闇を退き綱源雷牙は新たな力を手にした。


 だが、真なる闇は静かに脈動を始める。


 この世界に生きる人間という存在を一人残らず抹殺するために。

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