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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
174/421

5-9

 童子切安綱。


 その名を聞いた瞬間、酒呑童子は雷牙から距離を取った。


 なにかされたわけではない。


 条件反射で体が動いてしまったのだ。


 酒呑童子にとって安綱は頼光と並ぶほどのトラウマといえる。


 最初はなにかの間違いであって欲しいと願った。


 けれど、自分の首を落とした安綱の刃紋を忘れられるはずがない。


 自然と妖刀を握っている腕が震え、カタカタと音がする。


「この俺が、恐怖だと……!!」


 信じないというように彼は震える腕を無理やり止めた。


 しかし、腕の震えと止めたからと言って己の中にある恐怖がなくなるわけではない。


 安綱だけであればここまで動じることもなかっただろう。


 問題なのはあれを握っている雷牙の存在だった。


 雷牙を見ると、彼の姿が忌々しき怨敵、源頼光の姿と重なるのだ。


 完全に瓜二つというわけではないが、安綱を持っていることによってありもしない幻影がちらついている。


「く……ッ!! 死してなお俺の邪魔を……ッ!!!!」


 もはや頼光はこの世界にはいない。


 だが、彼の血脈は現代まで途絶えることなく続いていたのだ。


 そして今、彼の末裔は彼が握っていた刀を手に目の前に立っている。


 頼光に対する憎しみ、首を斬られたことによる恐怖が己の中で入り混じる。


「クソがああぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 己の内にある怯えを振り払うように、喉が裂けんばかりに叫ぶ。


 叫び終えた酒呑童子は肩で息をしながら雷牙を睨みつける。


 交錯した瞳は頼光と同じだった。


「その眼で俺を見るなッ!!!!」


 瞬時に腕に集束させた霊力を撃ち放つが、雷牙はそれを難なく回避して見せた。


 それすらも今の酒呑童子には腹立たしい行為であり、彼の憎悪を加速させる。


 酒呑童子はしばし雷牙を鼻息荒く雷牙を睨みつけていたが、不意に口元に笑みを見せた。


「……どうあってももう一度俺を殺したいか、頼光。ならば今度は俺が貴様を殺して因縁に決着をつけてやろう……!!」


 深紅の瞳が怒りに染まった。


「簡単なことだ。童子切ごとそのガキを殺せば済む話……!」


「……俺はもう、テメェには負けねぇよ」


 雷牙の言葉は酷く冷淡であったが、確固たる自信も感じられた。


 瞳は頼光とそっくりに輝き、まるで酒呑童子の心中を見透かしているかのようだ。


「大きく出たな。頼光の力を手に入れてイキッているガキがよ……!!」


「イキッてるかどうかは、お前の目で確かめてみろ。酒呑童子」


「上等だ。ここでお前を殺し、俺は今度こそ因縁から解放される!!」


 酒呑童子は自分の腕に霊力を集束させ、夜空目掛けて撃ち放った。




 夜空に向かって放たれた霊力は、剣の形をとって雷牙へと降り注いでくる。


 雷牙は酷く落ち着いた様子で、降りかかってくる剣の雨を次々に回避し、叩き落していく。


 その間も酒呑童子の姿を見失わないように常に動きを追っていた。


 そして剣の雨と酒呑童子の姿が僅かに重なった瞬間、姿が消失した。


 ……来る……!


 酒呑童子が有している転移能力。


 消えると現れるがほぼ同時のあの能力は確かに脅威だ。


 だが――。


「フッ!!!!」


 雷牙は自身の背後に向けて安綱を振るう。


 刹那、響いたのは激しい金属音だった。


 見ると、雷牙の放った斬撃を酒呑童子がすんでのところでとめている。


 状況からさっするに雷牙の方が早かったようだ。


「お前、どうして……!!」


「あれだけ見せられてれば慣れてくる。それにこの刀を握ってるとわかるんだ」


「わかる? 何がだ……!!」


「……お前が頼光や安綱に抱いてる恐怖心ってヤツがだよ」


 静かに告げると、酒呑童子は怒りの表情を露にして力任せに周囲をなぎ払った。


 雷牙は瞬時に回避すると、安綱を構えなおして酒呑童子を見据えた。


「……殺してやる。殺してやるぞ、ガキ」


 酒呑童子の瞳が赤く発光した瞬間、ピリッとした感覚が走った。


 同時に彼の周囲におどろおどろしいなにかが集まっていく。


 一瞬霊力かとも思ったが、どうやらそうではない。


 頬を掠めながら酒呑童子に集束していく黒い影に触れると、雷牙は眉をひそめた。


「これは……」


「クハハハハ!! 我ら鬼が操るのは霊力だけではない! お前達人間が宿している暗い感情すら破壊のエネルギーとして還元できる!!」


 人間が誰しもが持っている負の感情。


 恨み、妬み、怨嗟、憎悪、そして無意識の中にある破壊衝動。


 これらは妖刀顕現の際に重要なファクターとなるが、酒呑童子はそれをエネルギーとして集束させているのだ。


 人間から直接集めているわけではない。


 この島はハクロウとクロガネの戦場と化しており、島全体には逃げる一般人の恐怖や、戦いの果てに散っていった刀狩者の悔恨や、怨嗟が染み付いている。


 言うなれば人々の残留思念。


 それを自らの糧としているのだ。


「戦場やら災害現場なんてのは特に負の感情が集まりやすい。本来なら連鎖顕現を能動的に起してやるところだが、お前は俺の手で殺さねば気がすまないんでなぁ……!!」


「そうかよ。けど、殺されてやる気はない。俺は勝って皆を守ってみせる!」


「ほざけガキがァ!!!!」


 唾液を撒き散らして吼えた酒呑童子が腕を突き出す。


 同時に、腕に集束していた負のエネルギーと霊力が混ざり合い、深黒の球体が現れる。


 雷牙は放たれる前に距離を詰めようとしたが、視線の先で酒呑童子の表情が愉悦に染まった。


 ハッとして振り返ると、そこには赤黒い霊力の球体が浮かんでいた。


「転移できるのが剣の先だけとは言っていない……!!」


 瞬間、酒呑童子が振り返った雷牙の目の前に出現する。


 即座に距離を取るため地面を蹴った。


「もう遅い! 回避も防御も不可能だ!!」


 ほんの数メートル離れた瞬間、黒いエネルギーの塊が解き放たれた。


 瓦礫を削り、空間そのものを塗りつぶしながら突き進んでくる圧倒的な力。


「クハハハハ!!!! これで終わりだ、なにもかも!! 俺と頼光、そしてお前との因縁も!! 全ては俺の勝利で終わるのだッ!!」


 勝利を確信したのか、どこか狂気染みた笑い声が聞こえる。


 確かに、端から見れば雷牙の劣勢は否めない。


 だが、雷牙の心中はいたって冷静であり、怯えも恐怖もありはしない。


 あるのはただ酒呑童子を倒すというシンプルな覚悟。


 地面に立った雷牙は深く息を吸ってから安綱を構える。


 構えは霞。


 轟音を響かせながら迫り来る力と対峙する。


 口元に浮かぶかすかな笑みはいつも彼が強者と戦う時に不利に見える状況で浮かべるものだった。


 そして黒く巨大な力が雷牙を飲み込もうとした瞬間、彼は安綱を振り下ろす。



(ザン)ッッッッ!!!!!!」



 裂帛の声と共に放たれた一閃は、黒い力に一筋の光を作り出し、そのまま一直線に駆け抜けていく。


「な、なに――ッ!!!???」


 斬閃は黒影を両断し霧散させながら、驚愕に顔を歪めた酒呑童子すら飲み込んだ。


 駆け抜けた巨大な刃は海岸線まで到達してようやく止まったが、視線を戻した雷牙の正面には鋭利な刃でえぐられたような地面があった。






 遠くで駆け抜けた白い光を瑞季達も見ていた。


 いや、彼女達だけではない。


 救助を待っている多く避難民がその光に眼を奪われていた。


「あれは……」


 瑞季は雷牙の姿を思い浮かべる。


 直感ではない。


 白い光が駆け抜けた瞬間、はっきりと雷牙を感じたのだ。


「ついに覚醒に至ったみたいだね、雷牙くん」


 どこか満足げな龍子は口元に笑みを浮かべていた。


「覚醒……まさかそれは――!」


「うん。今瑞季ちゃんが想像したとおり、雷牙くんは属性覚醒を果たしたんだよ。それも、私と同じ番外属性にね」


 その場にいた全員が驚愕と歓喜が入り混じったような表情を浮かべた。


 が、瑞季はどこか複雑そうに眉をひそめている。


「ですが会長、雷牙の覚醒した属性とはなんですか?」


「そういえば皆にはまだ説明してなかったっけ。ちょうどいい、ちょっとこれを見てくれる」


 龍子はおもむろに携帯端末を操作すると、瑞季達に見えるようにモニタを展開する。


 映っていたのは選抜トーナメントの時の映像だ。


 試合は雷牙対直柾のもので、終盤の渾身のぶつかり合いのシーンだった。


「スローで再生するからよくみてて、このあたり」


 全員がモニタを覗き込むと、直柾が六つの風の刃を同時に放った瞬間、雷牙の体が霊力によって一瞬煌いた。


 同時に、直柾が展開していた六つの刃が掻き消えている。


「霊力を消し飛ばしている……? これが雷牙の属性ですか?」


「半分正解って感じかな。これは確かに雷牙くんの覚醒の片鱗なんだけど、消し飛ばしたって感じじゃないんだよね」


「え、でも風の刃が消滅しているようにしか見えませんけど……」


「うん。確かに結果としては消滅してる。けど、肝心なのはその直前、ほら、ここだよ」


 龍子が指し示したのは、風の刃が掻き消える直前だった。


 眼を凝らしていると瑞季は思わず「あっ」と声を漏らした。


 彼女はそのままモニタの一点を指差す。


「小さいですがこれは剣閃です、よね」


「大正解。これは雷牙くんが無意識で発生させた属性の能力の一つで、それによって直柾くんの攻撃が断ち切られた」


「もったいぶってないで何の属性なのか教えてくださいよ!」


 情報を小出しにする龍子に玲汰が我慢できない様子で声を上げたが、彼女は指を軽く振って答える。


「もうすぐだからちょっと待って。雷牙くんは剣先から霊力を放出することを主な攻撃手段にしてるよね。そしてその霊力には斬撃の能力が付与されている。これは斬撃(ざんげき)っていう属性を有していると現れる現象ね」


「じゃあ、雷牙の属性は斬撃!?」


「私も最初はそう思ってたけど、雷牙くんの場合もう少し特殊でね、これを見て」


 次に彼女が表示させたのは戦刀祭一回戦の様子。


 優雅との試合だ。


 速攻で勝利をもぎ取った雷牙だったが、彼女は雷牙が剣閃を放ったところで再生を止める。


「ここ、くっきり空間に剣閃が残ってるでしょ」


「これがどうかしたんですか?」


「ここが問題なんだよ。これは一見すると雷牙くんの霊力がそこに留まっているように見えるんだけど、実際は()()()()()()()()()()()()んだよ」


「空間を――!?」


「――斬っているぅ!?」


 龍子が明かしたことに玲汰と舞衣が素っ頓狂な声を上げた。


 だが、その反応も無理はないだろう。


 どんな刀狩者であったとしても、空間を斬るなんてことはできないからだ。


「斬撃属性を極めていったとしてもここまで到達することはできない。仮に直柾くんの攻撃をかき消すにしても、あんなふうに霧散させることは無理なんだよ」


「じゃあ、雷牙の属性とは……?」


 首をかしげる瑞季に対し、龍子は薄く笑みを浮かべる。


「恐らく雷牙くんの属性は、斬撃属性の上位に位置する属性である断切(たちきり)。万物を断ち切ることの出来る力だよ」


「万物を断ち切る力……」


「す、すげぇ……!」


「じゃあさっきの光はその力で雷牙さんが酒呑童子を倒したんでしょうか!」


 レオノアは僅かに頬を綻ばせるが、龍子は「いや……」と表情を硬くする。


「恐らくまだ決定打にはなってないと思う。雷牙くんの覚醒は上から降って来た光が関係しているはず。それにさっきの力の加減からして……」


「まだうまく制御ができていない、ということですか?」


「うん。だから、完全に安心するのはまだ早いかな。でも勝負がつくのは近いと思うよ」


 龍子が浮かべた笑みにつられ、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


 雷牙が命を落とさないという絶対の確証はないが、少なくとも断切という属性に目覚めたことで、技の一つ一つの威力は向上しているはずだ。


 瑞季は戦っている雷牙に今一度思いを馳せ、彼の無事を祈るのだった。






 目の前に広がっている巨大な斬痕に雷牙は驚いていた。


 安綱を握る直前、自分の中で新たな力が目覚めたことには気付いていた。


 それが属性覚醒であるということはなんとなくわかっており、今の一撃はその力を乗せて放ったものだ。


「ここまでとはな……」


 黒い力さえ斬れればいいと思っていたのだが、実際はそれを超えて海岸線まで一直線に斬撃の痕が刻まれている。


 自分の中に宿った新たな力を確認するように拳を握る雷牙だが、彼はすぐに視線を正面に戻した。


「ぎ、ぐが……!!」


 雷牙の正面には右半身を断たれ、左足一本で立っている状態の酒呑童子の姿があった。


 絶命する頭だけは回避しようとしたようだが、あの様子ではどちらにせよ虫の息だろう。


 斬撃の影響によるものなのか、すぐに再生するはずの傷は再生が非常に遅くなっている。


 その表情に初めて明確な死の恐怖が浮かぶ。


「くぞ、があああああ!! 荊木!! どこだ、荊木!! 星螺、金熊、虎銅!! なにをしてる! 早く俺を助けに来いいいいいいい!!!!」


 血反吐を吐きながら半狂乱になって叫ぶその姿は見るに耐えなかった。


 もはやバランスを保つことも出来なくなったのか、彼はそのまま仰向けに倒れこむ。


 この好機を逃す手はないと、雷牙は酒呑童子との距離を詰め、首に安綱の刃を這わせた。


「く……!!??」


「終わりだ、酒呑童子。お前はここで倒す」


「ふざ、けるなぁッ!! 俺は鬼の首魁、酒呑童子だぞ!! こんなところで、またしても同じ刀にそして頼光と同じ血が流れる者に敗れるというのか!!??」


「そうだ。お前はここで負ける。俺に首を落とされてな……!!」


 雷牙は酒呑童子の首を刎ねるため安綱を振るう。


 外すことはない。


 これで全ての因縁に決着がつく――。




 ――しかし、返って来た手ごたえは首を落とした感触ではなく、金属を打った音だった。




「危ない危ない。もう少しで死ぬところでしたねぇ、ボス」


 どこか不気味な声は正面からだった。


 見ると、真っ黒なスーツにハットをかぶった糸目の男がすんでのところで安綱を受け止めていた。


 反射的に雷牙はその場から飛び退くと、安綱を止めた男を睨みつける。


「お前は、百鬼遊漸……!!」


 名を呼ぶと、遊漸はどこか面白げに口角を吊り上げる。


「こんばんは、綱源雷牙くん。お元気そうで」


 仰々しく挨拶をするその姿に雷牙は言い知れぬ不気味さを感じるのだった。

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