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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
173/421

5-8

 雷牙は驚愕で声が出なかった。


 目の前にいるのは紛れもなく感応現象で見た頼光だ。


 けれど、彼が生きたのは遥か昔の話。


 いまここにいるはずがない人間のはず。


「どう、なってんだ……」


 死んでいるはずの人間と、静止した世界。


 酒呑童子との長い戦闘、感応現象による過去のフラッシュバックによって頭がおかしくなってきたのかと、雷牙は片手で顔を覆う。


 ――大丈夫か?


 凛とした声が響き、雷牙の混乱しかかった頭を少しだけ晴れさせる。


 視線の先には依然として頼光がいる。


 威圧感はない。


 雷牙は一度生唾を嚥下し、彼の瞳を見やる。


「あんたは……源頼光、だよな?」


 頼光は静かに頷いた。


 衣擦れの音も、纏っている鎧の音すら聞こえない。


「なにが起きてるんだよ、これ。今の今まで立てなかったのにどうして俺は動ける! この止まった世界は何なんだよ!」


 興奮した声音で問う雷牙。


 すると、頼光は息をつくような仕草を見せる。


 ――疑問も当然だろうな。だが、時間はあまりないのだ。


「時間?」


 ――ああ、この状態を保てるのもそれほど長くはない。次にヤツが動きはじめればもうお前をこちら側に呼び込むことは不可能だ。


 キッと頼光の眼光が鋭くなる。


 見ているのは酒呑童子だろう。


 今は雷牙と頼光以外が静止しているため、しかけてくる様子はないが、その腕には霊力が高密度に圧縮されている。


 ――だから、今はヤツを倒すことが最優先と心得ろ、雷牙。


「倒すって言ったって……!」


 雷牙は言葉をつまらせ、折れた鬼哭刀を一瞥する。


 中ほどから折れた鬼哭刀には折れた箇所以外にも刃こぼれが目立ち、切断能力はあまり望めない。


「伊達さんから託された雷電の力も使えなくなって、鬼哭刀は折れた! こんなんでどうやって戦えってんだよ……ッ!!」


 ――ならば、ここで諦めるか?


「……え?」


 ――それもまたいいだろう。ここで抗わず死を受け入れさえすれば、痛みに苦しむこともない。


 頼光の声は、決して責めるようなものではなかった。


 けれど、眼光は鋭く雷牙を見据えている。


 ――君が倒れたとしても、誰も批難することはない。酒呑童子もこれより来る鬼狩り達によっていずれは討滅されるだろう。ただ、鬼狩り達が酒呑童子を倒すまでの間、確実に死人は出るだろう。


「ッ!」


 ――その中には君の友人達も、大切な人間も含まれているはずだ。


 声音は優しくとも、彼の言葉は雷牙の双肩に重くのしかかる。


 彼の言うとおりここで雷牙が死んだとしても、いずれ酒呑童子は倒される。


 では、倒されるまでに死人が出ないといえるだろうか?


 答えは否だ。


 島にはまだ幾万もの人々がいる。


 しかも敵は酒呑童子だけではない。


 今は仕掛けてこない幹部連中も確実に戦闘に加わり、人々を殺害するだろう。


 さらに言ってしまえば、ここで倒せなければヤツらは確実に新都へ進攻する。


 そうなれば幾万どころの話ではない。


 数百、いいや数千万単位の犠牲者が出るだろう。


 雷牙の脳裏に村正の災の光景がよぎる。


 ――君はさっき満足だと言ったな。酒呑童子とここまで張り合えたのだから満足したと。だが、それは君の本心からの言葉か?


「それは――ッ!!」


 ――違うだろうな。君は決して満足などしていない。ましてや諦めてもいない。戦いたいんだろう。酒呑童子を倒したくて仕方がないのだろう? 光凛の仇というだけではない。強者であるヤツを超えたいはずだ。


「……!!」


 雷牙は心を見透かされたような気持ちだった。


 さっき雷牙は自分の心に嘘をついた。


 決してこの結果に満足などしていないのに、鬼哭刀が折れ、雷電を使えなくなったことを理由に無理やり心にふたをした。


 ――そして君が果てれば、大切な人たちが悲しみ、涙を流すだろう。それでもいいのか。


 いいわけがない。


 ここまで自分を支えてくれた友人や先輩、導いてくれた人たち。


 皆が涙を流すのだけは絶対に嫌だった。


 握る拳に力が入る。


 心の奥底からは沸々と本心、本能というマグマが沸きあがってきた。


 ――今一度問おう。我が末裔、綱源雷牙よ。君はここで諦めるのか?


 ドクン、と一際強く心臓が脈打った。


 胸を掻き毟るように乱雑に襟元を握りこんだ雷牙は、落ち込みかけた頭をグッと上げ頼光を見据えた。


「……嫌だ。俺はまだ、諦めたくない!」


 ――それは生き長らえたいが故の言葉か?


「違う、俺はアイツに勝ちたいッ!! ()()()()()()()()()()()()なんだ! 俺は酒呑童子に勝って、()()()()()刀狩者になりたい!!」


 雷牙は己の本心を頼光に向けてぶつける。


 そこには既に、本心を塞いでいた偽心という蓋は完全になかった。


 ――その言葉偽りは、ないな?


「ああ。俺はもう、自分の心に嘘はつかない! 俺は酒呑童子と戦って、そして()()!!」


 闘争心に燃える瞳。


 それを見て頼光はどこか満足したような笑みを浮かべ、自分の腰に差していた太刀の柄を雷牙に向けた。


 ――ならばこれを取れ。


「アンタの刀を……?」


 ――ああ。これを抜くことができれば、君はまだ戦える。だが心せよ、これを取った瞬間、お前はこれから先、()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()


「大いなる、宿命?」


 ――その宿命を果たす覚悟を持っているのなら、抜くがいい!


 ゴクリと雷牙は喉を鳴らした。


 目の前にある太刀があまりにも神々しかったからだ。


 見ているだけで吸い込まれるような、意識を持っていかれるような。


 それはまるで妖刀のそれとよく似ていた。


 一度深く呼吸し、雷牙は柄に手をかける。


 すると、それとほぼ同じタイミングで静止していた世界の空に亀裂が走った。


「な、なんだ……!?」


 ――この空間を保つ限界が近いのだ! さぁ早くこれを抜け、雷牙!! 


 頼光に急かされ雷牙は柄を握ると思い切り引いた。


 しかし――。


「――ぬ、抜けねぇ……!!」


 太刀は一瞬動いたものの、カタカタと震えるだけでまったく抜ける様子がなかった。


 その間にも周囲の亀裂は大きくなり、徐々に空間そのものが不安定になっていく。


 ――力で抜くのではない。己が成すべきことを想い、打ち倒すべき相手を見定めるのだ。


「俺が、成すべきこと……」


 焦る気持ちを抑え、雷牙は一度力を抜いてから再び柄を握る。


 ……俺が成すべきことは、酒呑童子を倒し、皆を守ること。そのためなら苦難や恐怖にさらされても本心に嘘はつかない。必ず打ち勝ってみせる!!


 誓いを立てる。


 自分の心は偽らないと。


 すると、大して力も入れていないというのに、太刀はするすると鞘から抜けていく。


 そして刀身が完全に抜けきった時、ついに空間全体に亀裂が広がった。


 ――よくぞ抜いた。では、もといた場所に戻るがいい。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は本当にアンタの末裔なのか!?」


 周囲の状況から察するにもう言葉を交わす時間は少ない。


 雷牙が質問をぶつけると頼光は笑みを浮かべたまま頷く。


 ――それも近いうちにわかる時が来るだろう。最後に雷牙、君にはまだ力が備わっている。その力と太刀があれば、必ず酒呑童子を打ち倒すことができるだろう。


「俺の、力?」


 疑問符を浮かべた瞬間、空間の亀裂がさらに進み、周囲の景色が真っ白な光に包まれる。


 瞬間、雷牙は頼光の言葉の意味を理解したが、その時には声を発することができなかった。


 白に飲み込まれる意識の中で、雷牙は頼光の声を聞いた。


 ――雷牙、その太刀の名は――――。






 ハッと雷牙は頭を上げると、そこは叩きつけられた場所から見たのと同じ光景が広がっていた。


 視線の先では酒呑童子が霊力を集束させ、世界が再び動き出している。


 不思議なことに傷口は既に治癒が終わっており、体の自由もある程度効くようになっていた。


「今のは……!」


「どうした、急に呆けた顔をしていよいよ気でも触れたか?」


 せせら笑う酒呑童子の声に雷牙は表情を硬くすると、先ほど持った太刀の柄を強く握る。


 が、雷牙の手の中には何もなかった。


 あの空間で確かに握り、抜いたはずの刃は影も形もなかったのだ。


「まさか、夢だったてのか……!?」


 一瞬、焦った表情を浮かべた雷牙だが、その時一際強く心臓が脈打った。


 その感覚を雷牙は知っている。


 ついさっき、止まった世界の中で酒呑童子をに勝利すると誓った時に味わったのと同じ感覚だ。


 夢じゃない。


 直感的に理解した雷牙は、周囲を探るように感覚を研ぎ澄ます。


 そして感じ取った。


 雷牙は弾かれるようにして上を見やる。


 それにつられ、酒呑童子も上空に視線を向ける。


「ッ!? な、んだアレは……!!??」


 酒呑童子の驚愕の声が聞こえる。


 けれど、雷牙にあったのは驚愕ではなく、歓喜にも似た表情を浮かべている。


 両者ともにまったく違う反応。


 無理はない。


 彼らの視線の先にあったのは夜空から落下してくる刃だった。


 神々しい光を放っているそれを、雷牙は見紛うはずはない。


 あの刃が頼光に渡された酒呑童子を倒すものだ。




 新都のハクロウ本部管制室では緊急のアラートが鳴り響いた。


 管制室にいた全員がすぐさまそれに反応すると、観測官の一人が声を張り上げた。


「五神島中央上空に霊力の歪みを感知!!」


 職員全員に驚愕が走り、辰磨も椅子を蹴り飛ばすように立ち上がる。


「歪みの規模は?」


「大きいです! 数値は……村正の災と同等、もしくはそれ以上ですッ!!」


 管制室全体がどよめいた。


 無理もない。


 島内にはいまだ酒呑童子の反応がある。


 この状態で新たな妖刀の顕現など絶望でしかない。


「モニタに写せるか?」


「いま島内の臨時作戦本部と連携して生きているカメラをさがしています……っと、来ました! 中央モニタに出します!!」


 観測官が手早くコンソールを操作すると、管制室の中央にある巨大なホロモニタに映像が表示された。


 同時に、やや薄暗かった管制室が真っ白な光に照らされる。


「この光は……」


「恐らく顕現した妖刀が発しているものだと思われます! しかし、この歪みの波長は……」


「どうした?」


「いえ、その……歪み自体は強いのですが、妖刀特有の歪みの波長ではありません。言うなれば、真逆の波長というか……」


「真逆……?」


 頷いた観測官から辰磨のデスクにあるモニタに波長が送られてくる。


 過去の妖刀顕現時のデータを呼び出し、見比べると確かに波長は真逆の形をしていた。


 思い返せばこの光も妙だ。


 妖刀の顕現時にはある程度光を発している。


 だがそれは今管制室を照らしている白い光ではなく、赤黒いような、紫のような、不気味で禍々しい光だ。


 長い間刀狩者として戦っていた辰磨であっても、このような現象は始めてだ。


「一体なにが起きている……」




 島へ向かう橋の上では、救援に向かっていた隊長陣も島を照らす光を確認した。


「あの光はなんだ……?」


 足を止めている場合でないのはわかっている。


 視線の先にある神々しい光は、思わず見とれてしまうほどの美しさだったのだ。


 しかし、信十郎を含めた隊長陣はすぐにそれを振り払い、再び足を動かす。


 危険な様子は感じられない。


 とはいえ、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。


 救援を待っている人々を助けるため、彼らは島への道を急いだ。




 当然、光の発生源の真下にある島内の避難所からでも、その様子は確認された。


 治癒術とあわせた応急処置を終えた瑞季と彼女と合流したレオノア達も島を照らす光に眼を奪われている。


 瑞季はただ無言でその光を見ていたが、ふと樹が声を漏らす。


「光の中心にあるのは、刀か?」


「そう見えますが、まさか妖刀……」


「確かに大きな霊力は感じるけど……」


「けど、妖刀はこんな光出さねぇだろ。なぁ、舞衣」


「私だってわかんないよ。ただ、不気味な感じはしない、かな……」


 皆口々に疑問を零していた。


 その中で瑞季だけは、どこか落ち着いた様子で、降下していく光を見やる。


「雷牙、君なのか……?」


 あの場所の直下はついさっきまで戦闘音が聞こえていた。


 搬送されてきた龍子の話では、雷牙は酒呑童子と戦うために戻ったらしい。


 遠すぎるために霊力の感知は難しかったが、瑞季の中にある直感が告げていた。


 あそこにいるのは雷牙だと。


 そして夜空を切り裂くように出現した刀を呼び出したのも、雷牙であると。


 瑞季は思わず足を進めようとしたが、それを静止するように背後から声がかかる。


「待った、瑞季ちゃん」


 振り返ると、副会長の三咲に方を支えられた龍子がいた。


 体には完治していない傷跡を隠すように所々包帯が巻かれており、痛々しさがまだ目立つ。


「会長……」


「今行くと多分、雷牙くんの足手まといになるよ」


「足手まといとは、どういうことですか?」


 レオノアが雷牙の身を案じるように問うと、龍子はかなり高度が下がった光を見やる。


「見てわかると思うけど、あの刀の霊力は尋常じゃない。仮に雷牙くんがアレを取ったとすると、力が大きすぎて制御できない可能性がある。そうなった時近くにいたら邪魔になるでしょ」


「そう、だとは思いますが……」


 瑞季は拳を硬く握り締める。


 瑞季もまだ本調子というには程遠い。


 外見的には問題ないようには見えるが、体の内部にはまだダメージが残っている。


 龍子の言うとおり、下手に援護に行こうものなら酒呑童子に狙われることは確実だろう。


「できることなら私だって救援に行きたい。いや、本来なら行くべきだと思う。だけど今は彼を信じてみたいんだ」


「信じる……」


「うん。救援に行くだけが信頼じゃない。時には、勝利を信じることも必要なんだよ」


 静かに告げた龍子は「まぁ、送り出した私が言えた義理じゃないんだけどね」と付け加え、少しだけ苦笑いを浮かべた。


 瑞季は彼女の言葉を飲み込み、いまだ動こうとしている足をとどめる。


 これは雷牙の戦いだ。


 邪魔することは許されない。


「……勝ってくれ、雷牙。まだ君には、伝えなきゃいけないことがある……」


 瑞季は祈るように胸に手を置いた。


 信じるのは雷牙の勝利と生還だ。


 視線の先ではついに刀がスタジアムの辺りの地上まで降下していた。






 目の前には地面に突き刺さった刀がある。


 刀というには余りに粗雑なものであり、鍔はおろか柄すらついていない。


 はっきり言ってまともな刀の形ではない。


 だが、刀そのものが纏っているオーラは酒呑童子の不気味な威圧感を感じさせないほどに神々しい。


「……」


 あまりにも神々しく輝くそれに臆することなく、雷牙は本来は柄に覆われている部分、茎に手を伸ばし、握る。


 瞬間、雷牙は刀から霊力が流れ込んでくるのを感じた。


 全身を駆け巡るそれは一瞬だけ雷牙の意識を奪いそうになるが、雷牙はすぐにそれを従える。


 そして全身くまなく霊力が行き届いたことを確認すると、握った刀を見やる。


「……やっぱりこの刀は、あの空間で握ったヤツと同じ……」


 静止した世界で頼光に抜けといわれた太刀。


 雷牙が握っているのはまさしくそれだった。


 そうだ、この刀の名前は確か――――。


「どうなっている……ッ!!!!」


 焦燥をはらんだ声が聞こえる。


 見ると、ついさっきまで霊力を集束させていた酒呑童子が、大粒の汗を浮き上がらせながら雷牙を見やっていた。


 いや、正確には雷牙を見ているのではない。


 雷牙が握っている刀を見ているのだ。


「何故、その刀がここにあるッ!! お前、なにをした……!!」


 酒呑童子の瞳にあったのは驚愕。


 いいや、圧倒的な恐怖だ。


 今まで驚くことはあれど、恐怖など微塵も感じさせなかった酒呑童子が見せる恐怖という感情。


 無理もない。


 なぜならば、この刀は酒呑童子にとって最大の()()()()なのだから。


 そう。


 この刀こそ、かつての酒呑童子の首を落とした伝説の刃。


「――童子切安綱(どうじぎりやすつな)――」

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