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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
172/421

5-7

 視線の先にいる酒呑童子に雷牙は思わず生唾を飲み込む。


 肌をヒリつかせる殺気は今までよりもさらなる鋭さを感じさせ、不気味さも不快感もよりいっそう強くなった。


「……ハッタリじゃねぇってことか」


 強くなった威圧感に呑まれないように一度深く息をして鬼哭刀を握る腕に力を込めなおす。


 同時に纏っている雷光を強めようとするが、僅かに彼の表情が曇る。


 視線をめぐらせると、僅かだが弾けている雷電のスパークが弱くなっていた。


 霊力がなくなってきたわけではない。


 単純に狼一から受け取った雷電属性の火種というべき霊力が弱まってきているのだ。


 雷牙の霊力で底上げしているとは言っても、元々は狼一から与えられたものだ。


 大元がなくなってしまえば、いくら膨大な霊力でブーストをかけたとしても使用できなくなる。


 つまりは時間が経過するにつれて雷電を扱えなくなる危険が高くなっている状態だ。


 幸いなことに酒呑童子はそれに気付いていないようだが、感づかれる可能性は十分にありうる。


「……だけど、まだ闘える……!」


 狼一は自分を信じてこの力を託して逝った。


 酒呑童子と闘えるだけの力を与えてくれた。


 ならばここで怖気づくわけにはいかない。


 キッと雷牙は酒呑童子を睨みつける。


 すると、交錯した赤い双眸はどこか面白げに歪んだ。


「光栄に思えよ、ガキ。斬鬼として顕現して以降、この姿をみせるのはお前が最初だ」


「そうか。だったら、俺で最初で最後にしてやるよ。ここでお前を倒してな」


「ふん、随分と威勢よくなったもんだな。本当に忌々しい。ヤツと同じ眼をしやがって……」


 血よりも赤い瞳に宿る憤怒がより強くなった。


 来る。


 雷牙は腰を低くしたまま臨戦態勢を取ると、それとほぼ同時に酒呑童子が動いた。


 間髪いれずに雷牙も雷光を纏い、光の尾を引きながら疾駆する。


 二人が、いや、一人と一体が激突したのは、両者のちょうど中間地点。


「シャアッ!!!!」


「羅ァッ!!!!!」


 どちらも裂帛の声を上げて放たれた刃同士の激突は、周囲に黒と黄色のスパークを散らした。


 バチバチと激しく弾ける霊力の中で、両者は鍔迫り合いとはならず、そのまま斬撃を連ねていく。


 だが、刃を交える中で雷牙の脳内に妙なイメージがフラッシュバックする。


「ッ!?」


 最初は薄ぼんやりと。


 攻撃を重ねていくにつれてそれはノイズ混じりの映像へと変化していく。


 ……なんだ、これ……!


 痛みはないが、刃が衝突するたびに映像が脳裏をちらつく。


 映像には鎧を纏った武将のような人物がいた。


 顔までは明確に見えないが、軽く髪を結った二十代くらいの青年だろうか。


「なんだ、このイメージはッ!! なぜこんなものを今更……!!」


 いらだった様子で攻撃を放ってくる酒呑童子。


 言動から察するに、彼も雷牙と同じ状態にあるようだ。


 ふと、雷牙は以前奥多摩で鬼獣を倒したことを思い出す。


 あの時、鬼獣の霊力と雷牙の霊力が激しく衝突することで、雷牙は一種の夢のようなものを見た。


「霊力同士の、感応現象ってヤツか」


 鬼獣と戦った時に見たのは完全に意識を失った状態だったが、恐らく今見ているものも感応現象の一つだろう。


 けれど、そうなってくるといささか疑問が残る。


 感応現象は特定の霊力同士が衝突することで過去に体験した出来事の映像やイメージが流れる。


 即ちそれは因縁のあるもの同士の間でこそ起こりうるものだ。


 雷牙と酒呑童子の場合、十五年前の刃災がその因縁にあたるだが、今見せられている映像には鎧を纏った武将がいた。


 つまりはもっと過去の出来事ということになる。


「……いったいどうなって――ッ!!??」


 疑問を口にしようとした瞬間、強烈な剣閃が放たれた。


 すんでのところでそれを回避し、酒呑童子と距離を取る。


「本当に忌々しい……!! なぜ今更貴様の姿を見なければならん!!」


 赤い瞳はよりいっそう赤熱し、憤怒を超えた激昂が見え、周囲へ向けて滅多やたらに剣閃を放っている。


 さっき回避した斬閃以外は殆ど雷牙を狙っておらず、まるで脳裏に走る映像を必死に振り払おうとしているように見える。


「やっぱり今のはアイツと因縁があるヤツってことか……俺の中でも少しうるせぇが、おかげで隙ができた」


 雷牙は地面を蹴りつけ、酒呑童子との距離を詰める。


 どうやら酒呑童子にとってあのイメージや映像は相当頭にくるもののようだ。


 とはいえ完全に周囲が見えていないというわけではないようで、ぎょろりと動いた赤い瞳が再び雷牙を捉えた。


 同時に放たれた刃からは、雷牙を両断せんと巨大な霊力が迫りくる。


 しかし、それが回避できないほど雷牙は弱くはない。


「遅ぇッ!!!!」


 霊力と衝突する瞬間、雷牙の姿が閃光を伴って消えた。


 黄色い燐光を弾かせ、次に雷牙が現れたのは酒呑童子の目の前だった。


「チィッ!!」


 鋭利な爪による抜き手を繰り出されたが、僅かに首をひねることで回避する。


 頬が裂け、鮮血が散る。


 だが構うものか。


 ここまで接近できたのだ。


 たとえ重傷を負ったとしても、このまま切り抜ける。


「オオオォオォオォォオオォッ!!!!」


 咆哮と共に雷牙は刃を立てる。


 狙うは一点。


 災厄の権化を仕留めることのできる首だ。


 脳裏では未だにイメージがちらついており、その中には血まみれの酒呑童子の姿があった。


 その前では先程の青年らしき人物が、清廉な雰囲気をもつ太刀を構えている。


「いい狙いだが、忘れているな! 俺には転移の能力がある!」


 裂けた口元を不敵に歪めた酒呑童子の姿が一瞬掠れるが、雷牙はそれを許さないというように全身から雷撃を放った。


 もはや自然の雷にも等しいそれをほぼ零距離で喰らった酒呑童子は僅かに体を痙攣させた。


「ぐぅぅぅっ!!?? 小賢しいマネを……!!」


 苦々しい表情を浮かべる酒呑童子に転移の兆候は見られない。


 雷電の属性には麻痺効果も含まれている。


 もちろん出力にもよるが、これだけ接近した状態であれだけ大きな雷撃の直撃を食らえば全身の麻痺は避けられないだろう。


「これで終わりだ、酒呑童子……!!」


 ギチリと歯をかみ締め、雷牙は鬼哭刀を首目掛けて振るう。


 刃は何者にも邪魔されることなく、ただ一直線に首へ向かっていく。


「おのれぇ……! この俺が敗れるというのか、頼光(よりみつ)の時のように……!!??」


 もはや回避も防御も間に合わない。


 いや、間に合わせなどしない。


 雷光を纏った鬼哭刀は酒呑童子の首を完璧に捉え、その首を斬り飛ばす――――。




 ――はずだった。




 パキン。


 聞こえたのは甲高い金属音。


 瓦礫の落下した音。


 否。


 酒呑童子の皮膚の硬質化。


 それも否。


 では、なんだ。


 雷牙は振るう鬼哭刀、兼定が僅かに重くなったことを感じた。


 そのまま振るわれた刃は確かに酒呑童子の首を薙いだ。


 しかし、手ごたえはない。


 肉を裂き、骨を断つ独特な手ごたえがまるで感じられなかった。


 振り抜かれた鬼哭刀を見やる雷牙の顔には驚愕と焦燥が入り混じった表情があった。


 先程聞こえた金属音。


 あれは瓦礫の音でも、硬質化した皮膚と激突する音でもない。


 鬼哭刀が折れた音だったのだ。


 瞬間、背筋に怖気が走る。


 すぐさまその場から跳び退こうとするものの、上から降って来た強靭な力で地面に押さえつけられそれはかなわなかった。


「がはッ!?」


 肺の空気が押し出され、雷牙は息を詰まらせたが、息つく暇なく頭を掴み上げられる。


 頭を上げると、そこには悦に浸った酒呑童子がいた。


「ククク、まさかここまで俺を追い詰め、最後は天に見離されるとはなぁ。哀れなものだ」


「黙、れ……ッ!!」


 痛みを我慢して顔面へ向けて蹴りを放ったが、それは易々を避けられる。


「なるほど、見たところ霊力による磨耗で折れたか。だが、それも今考えてみれば当然だろうよ」


「なんだと……!」


「お前たちが使う刀、鬼哭刀と言ったか。それは個々の能力に応じて調節して造られているんだろう? なら、そこに全く別の霊力が加われば、劣化が激しくなるのは当然のこと」


「……!」


「いやいやまったく、さっきは本当に肝が冷えた。だが、どうやら俺は天に愛されているようだ!」


 興奮した様子で嗤う酒呑童子が妖刀を突き出し、雷牙の腹を抉る。


「ぐ……っ!?」


「ハハハハ! これでお前の努力もあの男の死も! すべて無に帰したというわけだ!!」


 一転優位に立った酒呑童子はそのまま雷牙の腹部へ向けて、さらに妖刀を突き出す。


 鋭利な痛みにさらされながらも治癒を施すが、瘴気の毒素も含まれているのか思うように治癒が進まない。


 すると、満足したのか気が晴れたのかわからないが、酒呑童子による刺突が終わる。


「それにしても、何たる僥倖。まさかこんな場所で頼光の氏族に出会おうとはな」


「なにを、言ってる……?」


「うん? お前、自分がどういう生まれなのかわかっていないのか」


「俺の、生まれ……?」


 酒呑童子の言っている意味がわからなかった。


 すると、酒呑童子はニヤリと下卑た笑みを浮かべ、雷牙を掴んでいる腕に霊力を込めた。


「気になるならば見せてやろう。俺の霊力を浴びせてやれば、多少なりイメージが浮かぶだろう」


「あぐ……っ!?」


 浴びせられた霊力に雷牙は一瞬苦しげにうめくものの、すぐに脳裏には先程と似たようなイメージがフラッシュバックする。


 見えたのは先程と似たような風景。


 鎧具足を纏った青年と、血まみれの酒呑童子。


 イメージは紙芝居のように進み、やがて青年の振るった太刀が酒呑童子の首を刎ねた。


 これは酒呑童子が打ち倒された時の出来事のようだ。


 やがて視点は青年の方へ寄っていくものの、彼の顔が映った瞬間、雷牙は息を呑んだ。


「こ、れは……俺……?」


 掠れる声で漏らした雷牙の脳裏に移ったのは、雷牙と非常によく似た青年だった。


「お前が見ている男の名は(みなもと)頼光(らいこう)。かつて平安の世に実在した武将であり、この俺を退治し首を落とした張本人だ」


「源、頼光……」


 聞いたことはある。


 四天王と呼ばれる部下と共に怪異や鬼、妖の類を相手取ったという鬼狩り。


 それが源頼光だ。


 だが頼光と自分に血縁があるとは知らないことだった。


 雷牙自身、親族は父と母の二人だけであり、先祖のことなど調べる気もなかった。


 信じられない。


 けれど、感応現象によって写しだされた彼の姿は瓜二つといかないまでも、雷牙と非常によく似ている。


 頭の中が混乱しているが、不意に聞こえてきた声で現実に引き戻される。


「俺が察するに、お前は頼光の直系だろう。いやはや、俺は本当に運がいい。何せ――」


 瞬間、雷牙は酒呑童子の腕から脱し、回避運動をとろうとした。


 しかし、それよりも先に強烈な拳打が鳩尾に叩き込まれた。


「かは……っ!?」


 体をくの字に曲げて苦悶にうめく雷牙はその場に膝をついてしまう。


「――鬼だったころの因縁と、この角を切断された時の因縁、両方に決着をつけることができるんだからな」


「先祖のことなんて、知るか……! 俺は、お前を――!!」


 雷牙は痛みを堪えて再び雷電を纏うが、一度全身を包んだ雷光は次の瞬間にははじけて消えてしまった。


「ッ!!??」


「どうやら雷電の属性も限界のようだな。いくらお前が増幅したとはいえ、火種がなくなれば使うことはできん」


「まだ、俺はやれる……!!」


 足を踏ん張り、雷牙は立ち上がるものの、再び腹部に鋭い痛みと衝撃が走る。


 腹部には酒呑童子の妖刀が鍔の部分まで刺さっていた。


 そのまま持ち上げられ、全体重が傷口にのしかかる。


「あぐ……!」


「頼みの綱の雷電も使えない状態でなにが出来る? 最初に戻っただけ、いや現状としては最初よりも悪い。あきらめろ、お前の負けだ」


 諭すような声で言われるが、雷牙は酒呑童子の腕を強く掴む。


 瞳には酒呑童子の言葉に対する否定があった。


 そのまま雷牙はゆっくりと折れた鬼哭刀を上げる。


「……これはなんの真似だ?」


 折れた鬼哭刀は酒呑童子の顔には届くことはない。


 それでも雷牙は斬るように鬼哭刀を力なく振るう。


「無駄なことだとわからんか。目障りだ」


 瞬間、乱雑に振り払われた鬼哭刀によって雷牙は腹部を裂かれながら瓦礫の山へ叩きつけられた。


 意識はまだはっきりしている。


 だが、傷口から入り込んだ瘴気が全身の動きを阻害している。


「これでようやく俺は過去の因縁から解放される。死ぬがいい、頼光の末裔よ」


 酒呑童子の腕に霊力が集束する。


 大きさからして怨形鬼が撃つような熱線といったところか。


 回避運動をとろうともがくが、やはり体が動かない。




 ……ちくしょう、負けるのかよ。


 視線の先で集束していく破壊の一撃を見やる雷牙の瞳から段々と力が薄れていく。


 ……すみません、伊達さん。力を分けてもらったのに、俺は結局……!


 目尻には涙が浮かび、口元は僅かに震えている。


 悔しくてならない。


 託してくれた狼一に申し訳なく、母の仇も取れない。


 ただただ悔しくて、自分の力量のなさを思い知る。


 脳裏に浮かぶのは、瑞季や友人たち、そして鍛えてくれた師の姿。


 ……師匠、ごめん。俺、勝てなかったよ……。だけど、最強の斬鬼にここまでやれたんだ……もう、満足だ。


 雷牙の目尻に溜まった涙が地面に落ちる。


 ――あきらめるのか?


「え……?」


 突然聞こえてきた声に、雷牙は弾かれるように顔を上げる。


 するとどうしたことだろう。


 目の前で集束していた酒呑童子の霊力が動きをとめている。


 それどころか、周囲全てのものの時が止まってしまっていた。


「なん、だ……これ……?」


 突然起こったことに周囲を見回すものの、答えらしきものはみつからない。


 ――ここで諦めて、君は本当に満足なのか?


 再び聞こえてきた声に雷牙は振り返る。


 そこにはついさっき酒呑童子との感応現象で見た青年、源頼光が立っていた。 

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