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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
168/421

5-3

 赤黒い光を放つ剣の雨は地面に突き刺さったあともその姿を残していた。


 まるで剣の墓標がたつ墓場のような光景だ。


「く……。馬鹿げた攻撃してきやがって……!!」


 いまだ赤黒く発光している刀を忌々しげに見やる狼一の額には大粒の汗が浮かんでいた。


 立ち上がった彼の肩口には霊力で出来ている刀が突き刺さっており、大量の出血が見られた。


 雷光を纏った状態で動いたのにも関わらず、降り注ぐ刃を回避し切れなかったのだ。


 痛みと出血で微かに視界がぼやけるが、そんなことよりも狼一は自身の体に異変が起きていないか、感覚を研ぎ澄ます。


「……斬鬼化の兆候は、なしか……」


 ひとまず安堵した狼一は刺さった刃を引き抜いた。


 傷を負ったことで最も懸念していたのは鳴秋のように堕鬼へと変貌することだった。


 引き抜いた刀も、周囲に突き刺さっている刀も、全て酒呑童子の霊力によるものだ。


 もしも彼の霊力そのものに他者を斬鬼化させる因子があるとすれば、傷の大小問わず人間にとっては致命傷となる。


 どうやら酒呑童子が施す斬鬼化は彼の血や体の一部が必要となるようだ。


「って、安心できるわけじゃねぇんだけどな」


 嘆息しつつ治癒術を傷口に付与するも、正直に言って気休め程度にしかならないだろう。


 斬鬼化はしないとはいえ、あの刃には少なからず瘴気の類も混じっている。


 それを取り除くか、自身の霊力で上書きしない限り完全な治癒までにはかなりの時間を要するはずだ。


「狼一、生きてる?」


 不意にかけられた声に反応すると、湊が立っていた。


 負傷らしい負傷はないが表情にあまり余裕は見えない。


「おう、生きてるよ」


「ならよかった……ってわけでもなさそうね」


 心配をかけないように軽めの口調で答えてみたが、やはり肩の傷が目立ってしまったようだ。


「まさかアンタが負傷するとはね」


「いやー、何気に範囲広くてね。死角からこうグサッと。けどまぁ動けるから……」


「……」


「……あー……なに?」


 無言でかけられる圧力に首をかしげると、湊は小さく息をついた。


「……アンタ、もう霊力大して残ってないんでしょ」


「どうしてそう思う?」


「傷口。瘴気の影響を受けてるとはいえ治癒速度が遅すぎる。酒呑童子と戦う前からの大技の連発に加えて、常時雷電を纏った状態。元々霊力の保有量が少ないアンタの限界が近いことなんてすぐわかるわよ」


 狼一は見抜かれていたことに苦い表情を浮かべる。


 彼女の言うとおりだ。


 狼一は部隊長という肩書きにはあるが、霊力の保有量は全部隊長の中でも最低と言っていい。


 ゆえに長期戦は彼の得意とするところではないのだ。


「参ったね。なんでそうすぐばれちゃうんだか」


「……学生のころからの付き合いなんだから当然でしょ。さっさと下がりなさいよ」


「嫌だね。まだ、安全を確保できてないのに、下がるわけにはいかねぇ」


「そうだけど……」


「戦わせてくれよ。湊」


 いつものような軽い口振りではない。


 表情も笑みが消えた狼一の声は、鋭くそして重いものだった。


 湊は一瞬迷ったようだったが彼の意思を汲んだのかそれ以上はなにも言わなかった。


「……さんきゅな」


「別に。ただ、他の隊長達に見抜かれても私はフォローしないわよ」


「いいさ。その時はなんとか口説き落とす」


 肩の傷を抑えながら湊と砂煙の向こう側にいる酒呑童子を見据える。


 姿は見えない。


 だが、その不気味かつ圧倒的な存在はヒシヒシと感じている。


 動く気配はない。


 殲滅したと思っているのだろうか。


 様子を窺っていると、耳に入れてある通信機から澪華の声が聞こえた。


『二人とも無事ですか?』


「はい。狼一が負傷してますけど、本人はまだ戦えるって言ってます」


『そうですか。伊達隊長、無理はしないように』


「了解です。ところで澪華さんはどこに?」


『貴方達から見て左にある瓦礫の影に鞍馬隊長と共にいます』


 狼一と湊は左方向にあった瓦礫の影にいる澪華と翔を確認する。


『私も負傷はしましたが、戦闘続行は可能です。朔真隊長、そちらは?』


『問題はない。負傷も最低限ですんでいる』


『わかりました。増援が到着するまでもう少しです。それまでここを死守します――』



「――死守、できるかねぇ」



 部隊長の間でしか行われていない会話に突如として割って入ってきた声。


 それは紛れもなく酒呑童子のものだった。


 決して大声ではなかった。


 通信で聞き取れる程度の声のトーンだったはずなのに、何故会話の流れを読み、介入することが出来たのか。


「どうした。急に黙っちまって。話は続けてていいんだぜ?」


 濃い砂煙の向こうから声が聞こえる。


 得体の知れない感覚に隣にいる湊が喉を鳴らした。


「けどまぁアレだけ降らせて全員生き残るとは、やっぱり部隊長ってのは違うな。普通ならアレで終わってるはずだが……本当に楽しませてくれる」


『貴様、どうして私たちの声が……!』


 僅かに上ずった篝の声が聞こえた。


 怒声にも似ていたが、張り上げるような声ではない。


 押し殺しながら出すようなものだ。


「さて、どうしてだろうな。教えてほしいか?」


『ふざけているのか……!?』


「お、心音が少しばかり早くなったな。苛立ち、焦燥によるものか」


 くつくつと笑う酒呑童子の声に狼一の背筋にも嫌な汗が伝う。


 監視。


 真っ先に浮かんだのはそれだったが、果たしてこの状況でどうやって。


 狼一は視線を酒呑童子の気配を感じる方から外し、周囲を見回す。


 退いたと思った幹部連中がどこかで状況を監視しているのかと思ったのだ。


 けれど、どれだけ視力を強化したとしても、見えるのは瓦礫の山と地面に突き刺さった赤黒い刀――。


「――刀……?」


 思ってみれば不可解だ。


 敵を攻撃することだけが目的ならば、既にこの刀の役目は終わったはずだ。


 あとは空気中に霧散させるなりした方が酒呑童子としても楽だろう。


 なのにこれを残しておく意味は……。


「これは索敵用の……!!」


「気付いたヤツがいるな。声の感じからして、俺と戦っていた部隊長か。いい洞察力だ」


「各員、今すぐ近くの刀を破壊しろ!」


『これが私たちの場所を――!?』


「――今頃気付いたところで…………」


 一瞬、酒呑童子の声が途切れるが、次の瞬間、狼一達に戦慄が走る。




『……遅いんだよ』



『ッ!!??』


 酒呑童子の声と同時に聞こえたのは篝が息を呑む声だった。


 その直後。


『あぐ……ッ!!??』


 通信機に入ってきたのは篝の苦しげな声と、グチリという湿った肉が裂けるような音。


「あ、あぁあぁああぁあぁああぁぁっ!!??」


 詰まった声は叫びへと変わり、もはや通信機でなくとも聞き取ることが出来た。


 弾かれるように狼一と湊は悲鳴が聞こえた方へ向かう。


 途中、澪華と翔とも合流して篝の声がした場所へやってくると、皆は息を呑んだ。


「あ、が……ぎ……!」


 篝の腹部からは酒呑童子が持つ妖刀が突き出ており、彼女の背後にはニタリと悦に浸った鬼の顔がある。


「いつ聞いても人間の悲鳴ってのはいいなぁ。胸がスッとするぜ」


 彼は刺し貫いていた篝から妖刀を引き抜くと、彼女を狼一達にむけて思い切り蹴り飛ばした

 

 飛ばされた彼女を受け止めると、腹部だけではなく肩、胸、足などからだのいたるところから出血しているのがわかる。


「朔真隊長!!」


 澪華が呼びかけるが彼女からの返答はない。


 辛うじて意識は残っているようだが、大変危険な状態だ。


 すぐにでも手当てをしたい状況ではあるが酒呑童子という難敵を前に隙は作れない。


「貴様、一体どうやって我々の声を……!」


「教えてやってもいいが……そっちの隊長はもうわかってるんだろう。さっき索敵がどーだか言ってたろ」


 鋭く光る赤い瞳が狼一を捉える。


 狼一は眉間に深く皺を寄せると、一度小さく頷いてから先程導き出した仮説を告げる。


「お前が俺達の声を聞けたのは、地面にささってるこいつのせいだろ」


 手近にあった霊力の刀を粉砕しながら言うと、酒呑童子は楽しげな笑みを浮かべた。


「こいつは言うなればレーダーだ。近くにいる人間の脈拍から、声の質、心理状態まで細かく図れる精巧な索敵機みたいなもんだろ」


「ご明察。確かにお前の言うとおり、ここらに刺さっている刀は索敵をするためにレーダーの役割を担っている」


「……これだけの数があるのにピンポイントで誰がどこにいるのかわかるというのですか……!」


「俺は鬼の首魁だ。それぐらいできて当然だろう?」


 自分の胸に手を置いた酒呑童子の声には嘘偽りは感じられない。


 真実なのだ。


 桁外れの力を持つだけではなく、無数に散らばっている刀の中から対象に最も近いものを選び出す繊細な技術まで持ち合わせている。


「……最強の斬鬼って言われるだけはあるか」


「ふざけたことしてくれるよ本当に。増援がくるまでまだ時間があるってのにさ」


「だけど俺達がやることは変わらないだろ。篝、ここで待ってろ」


 狼一は抱いていた篝を近くにあった瓦礫に背中を預けさせる形で座らせると、再びその身に雷電を纏う。


 同時彼は酒呑童子に悟られないように湊を含めた全員に視線だけで指示を出す。


 そしてあえて仰々しく鬼哭刀をふるって告げる。


「必ずお前を倒す。この命に代えても!」


「命に代えても、ね。格好いい台詞だな。無駄死ににならなきゃいいが……」


 鋭利な歯が覗く口元が嘲笑に歪んだ刹那、狼一は一瞬にして酒呑童子との距離を詰めた。


 その速度たるや瞬きよりも早く、酒呑童子であっても僅かに反応が遅れるほどだった。


 彼だけではない。


 動けない篝以外全員が酒呑童子を叩くためほぼ同時に動いたのだ。


 完全に酒呑童子を包囲しての一閃は確実に酒呑童子を捉えていた。


 逃げ出すことはほぼ不可能。


 回避運動を取る方向を確実に潰してある同時攻撃


 だが、腕に帰ってきたのは肉を引き裂く感触でも、骨を断った手ごたえでもない。


 四つの剣閃と四つの属性による攻撃は虚しく空を斬っただけだったのだ。


「一人が一気に距離を詰めることで俺の意識をそちらに向けさせ、残った三人で退路を断つ。連携としては定石だな」


 声は狼一の背後からだった。


 弾かれるように視線を向けると、酒呑童子は瓦礫の山の上に悠然と佇んでいた。


「だが結局それも無意味だ。お前達程度では俺の相手にはならん」


 スゥッと酒呑童子の瞳に暗い影が落ちる。


 同時に四人の体にのしかかる暴力的な殺意の塊。


 逃げろ。


 本能が告げた瞬間、四人の脳裏によぎったのは死のイメージ。


「く……ッ!!」


 目を合わせただけで死を連想させられたことに怖気を感じながらも、酒呑童子から視線ははずさない。


 だからこそ見えてしまった。


 彼の姿が陽炎のように歪んだ瞬間、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様子を。


「な……に……!?」


 霊力による身体強化ではない。


 雷電属性がもつ高速移動能力でもない。


 全く別の、()()()()だということだけはわかった。


 そして視線の先で酒呑童子が消えると同時に、その気配が自身の後ろに現れたことも。


「……!」


 視線だけをそちらに向けると、笑みもなく冷徹、冷淡、冷酷な様相の酒呑童子が音もなく三人を圧倒していた。


 禍々しく煌めく刃は三人を瞬く間に切り付け、狼一にも迫っている。


 しかし、狼一は無理やり体を捩ることでそれを回避して見せた。


「ほう……」


「な、めんなぁ……!!」


 咆哮と同時に放ったのは酒呑童子の首を狙った横一閃。


 無理な体勢と無理な回避の影響か体の中からブチブチという筋肉が引き千切れるような嫌な音が聞こえたが、そんなことを気にしている余裕はない。


 ――体のことは後回しだ! 今はこいつの首を……!!


 どれだけ強い斬鬼であれ、首を刎ねれば殺せる。


 このチャンス、逃してなるものか。


 バチバチと激しいスパークを発生させながら首へと迫る雷閃。


 スパークによって照らされた酒呑童子の表情は…………笑っていた。


 まるで無駄な足掻きと嗤うように。


 刹那、雷鳴を轟かせながら放たれた一閃は虚空に煌めく斬閃を残した。


 けれどそこに酒呑童子の姿は、ない。


 驚愕に顔をゆがめたのも一瞬、狼一は腹部に走った鋭い痛みに表情をゆがめた。


「が、あ……!?」


 腹からは禍々しい霊力を放っている刃が突き出ていた。


 同時に耳元で戦慄の声が囁いた。


「お前達の負けだ。無駄な戦い、ご苦労さん」


 突き刺された妖刀が引き抜かれ、狼一が態勢を崩した瞬間、背中を袈裟斬りに切り付けられた。


 鋭い痛みが走り、空中に鮮血が舞う。


「……ひか、り……さん……」


 今は亡き憧れの人物の名を呼んだのを最後に彼はその場に倒れこんだ。






「なんだよ……これ……!」


 雷牙は驚愕に表情をゆがめていた。


 それもそのはず。


 彼の視線の先では、今まさに四人の部隊長が酒呑童子によって倒されてしまったのだから。

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