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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
167/421

5-2

 自分の背後で雷牙達が撤退を始めたのがわかった狼一はひとまず胸を撫で下ろす。


 内心、光凛の子供だけあって無理にでも戦おうとするのではとヒヤヒヤしていたのだ。


 だが彼はそれをせず龍子の治療に専念することを選んだ。


「いい状況判断だ」


「ええ。光凛と同じだったらどうしようかと思いました」


 隣にいる澪華も「ふぅ」と息をついた。


 現役時代の光凛の無茶振りを知っているからこそ、彼女も雷牙のことを案じていたのだろう。


 走り去っていく雷牙の背中を見やったあと、狼一は結界から出てきた酒呑童子に視線を戻す。


 内側が赤熱した土の結界を断ち切る形で出てきたその体に負傷らしいものは一切ない。


 あるのは服の破れ程度。


 刃を交えていた狼一は彼の強固さにも気付いてはいたが、まさかあれほどの爆発でも効果がないとは。


「さすがに最強の斬鬼って言われてるだけはあるか……」


 隊長格が連携した攻撃でもダメージが与えられていないというこの状況は端から見れば絶望的だろう。


 だが狼一はまだ絶望も諦観もしていない。


 酒呑童子の片方の角は欠けている。


 それも折れたというよりは鋭利な刃物で断ち切られたような形で。


 つまりあれは以前誰かに斬られたということだ。


 角を切断できたという事実がある以上、倒せる可能性はある。


 それが万に一つ、億に一つの可能性であったとしても、彼らは諦めない。


 背中に背負っている何万という人間の命、そして次代を担う子供達の未来を守るために。


 深く呼吸した狼一は攻撃をしかけるため腰を落とすが、その瞬間耳に入れてある通信機がノイズを発する。


 それは他の隊長達も同様だったようで、通信に耳を傾ける。


『…………各部隊長、聞こえますか!? 聞こえていたら応答を!』


 声は臨時本部で新都本部との通信の復旧作業をしていた観測官のものだった。


「こちら真壁、聞こえています。なにかありましたか?」


 すぐさま答えたのは総隊長である澪華だった。


『はい、つい先程新都本部との通信が回復しました! 隊長達には最初にお伝えするべきだったのですが、酒呑童子が発する霊力が濃い影響なのか少々通信がつながり難く……!』


「その話はこの際問題にはしません。それよりも本部はなんと?」


『は、はい! 本部からの通信によりますと新都でもクロガネの襲撃があったようです。しかし、現在はほぼ鎮圧され、残りの部隊長と隊士達がこちらに急行しているとのことです!』


「到着までの時間は?」


『……最短でもあと二十分近くとなるそうです。それまで何とか持ちこたえてくれと』


「わかりました。続けてなにか通信があった場合は連絡をお願いします」


 澪華が命じると観測官は『了解』と短い返答をしてから通信を切った。


 通信を終えた澪華は狼一達に視線を向ける。


「聞いてのとおりです。本部からの応援がきてくれています。ただ、到着まではまだ時間がかかるようなので、その間私たちはここをなんとしても死守しましょう」


 彼女に対して皆は無言で頷いた。


 言葉など不要。


 やることは唯一つしかないのだから。




 隊長達の様子を窺っていた酒呑童子にもなにが起きているのかは凡そ理解できた。


 すると、彼の背後に気配が四つ現れる。


「荊木か」


「はい、遅れて申し訳ありません。お手数をおかけしました」


「構わん。お前達の負傷の具合はどうだ?」


「私と金熊はまだ戦闘続行は可能です。しかし、星螺と虎銅は負傷が大きく足手まといになるかと」


「そうか……」


 酒呑童子は冷淡な視線で二人を見やる。


 二人は血の滴る体をビクリと震わせた。


 斬鬼や妖刀の力を与えているとはいえ、彼らはまだ完全な鬼ではない。


 再生能力こそあるが隊長格との戦いで負った傷はそこまで早く回復はできないのだろう。


「……わかった。ならばお前達は一度後退して体を休めろ」


「よろしいのですか? ハクロウ側はまだ五人の隊長格が健在ですが……」


「問題ない。俺一人で事足りる。お前達はこのあとに備えておけ」


「……ありがたきお言葉。それともう一つ、申し上げにくいことが――」


「新都の制圧は叶わず、ハクロウの増援が迫っている。か?」


 荊木は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに頷いて状況を説明した。


「おっしゃるとおりです。新都に潜ませている密偵からの報告によると、隊長格と隊士がこちらに出陣したとのことです」


「所詮は足止めだからな。いい報告など期待していないさ。しかし増援は本当か……厄介といえば厄介だが、まぁ問題はないだろう」


「ボス、やはりここは我等がヤツ等の相手をし、貴方は増援を叩くほうを優先されては……!」


「荊木、荊木荊木荊木。そういうところがお前の駄目なところだ。俺に任せておけばいい。それともお前達のボスの実力が信用ならないと?」


 細められた赤い眼光が荊木を睨む。


 すぐさま荊木は「め、めっそうもございません!」と頭を下げて口をつぐんだ。


「心配性も度が過ぎると相手を苛立たせる。俺が下がれと言ったのだからさっさと下がれ。邪魔なだけだ」


 溜息交じりに告げた酒呑童子は幹部連中に背中を向ける。


 数瞬遅れる形で背後から気配が消えた。


「……名前は与えてやっても所詮は偽者だな。あいつ等のようにはいかないか……」


 虚空を見上げる酒呑童子の心中にあったのは、かつての同胞の影だった。


 荊木達に不満があるわけではない。


 鬼刃将と違って使い捨ての道具というわけではないし、それなりに信頼も置いている。


 だが、酒呑童子からすると彼らも結局は紛い物なのだ。


 大きく溜息をつく酒呑童子だが、視界の端で黄色い閃光がきらめいた。


 妖刀を握る腕を乱雑に振ると、金属の擦れあう耳障りな音が響いた。


「人が思い出にふけっている時に手出ししてくるなよ」


「思い出? 斬鬼にそんなもんがあるのかよ」


「あるさ。言っただろう。俺は酒呑童子、かつて存在した実際の鬼だ。その時の記憶ももちろんあるのさ」


 酒呑童子はグン、と力を入れて狼一を押し返す。


 彼はそのまま後退していき距離を取る。


 他の隊長達もしかけて来る気は十分のようで、明確な殺意が伝わってくる。


「……面白い」


 ニタリと歪む口元からは凶悪な牙が覗く。




 視線の先では酒呑童子が不気味な笑みを浮かべている。


 すると、彼は妖刀を天に掲げ全身から霊力を放出した。


 もはや暴力にも等しい霊力は部隊長であっても接近を許さない。


「まさかもう一度あれをやろうっての!?」


 若干焦った様子で湊が先程酒呑童子が見せた大範囲攻撃を懸念する。


 確かに霊力の放出具合から見るにアレが思い浮かぶ。


「いや、多分違う」


「え?」


「さっきの攻撃は妖刀に霊力が集中してた。けどあれは妖刀というよりはあいつの背後に集まっているみたいだ」


「……ああ。まるで何かを形作るかのようだ」


 翔の言葉は正しかった。


 放出される霊力は徐々に形を成して行き、それは現れた。


 現れたのは巨大な鬼だった。


 酒呑童子の霊力で造られた半透明の鬼が、彼の背後で憤怒の形相のまま狼一達を睨みつけている。


「なんて禍々しい……!」


 篝の声は微かに震えていた。


 だがそれも無理はないだろう。


 アレは霊力でもあり、酒呑童子がもつ人間に対する殺意の具現だ。


 強大な斬鬼であればあるほど人間に対する殺意は大きくなり、人間を震え上がらせる。


 我慢していたとしても体が自然に反応してしまうのだ。


 ゆえに篝の声が震えるのも無理はない。


 現に狼一も腕も震えており、先程から鬼哭刀が「カタカタ」と震えっぱなしである。


 ――武者震いって言いたいけど、さすがにそれは無理か。


 自分の体のことは自分がよくわかっている。


 これは体が勇み立ってる震えではない。


 本能が発する危険信号だ。


「ほう。これを出してもその程度で済んでいるか。精神的にもよく鍛えているな」


 酒呑童子は妖刀を手の中で回しながら値踏みするような視線を向けてくる。


 彼は不気味な笑みを浮かべたまま回していた妖刀を握り直した。


 来るか、と全員が身構える。


「そら、行くぞ――!」


 刹那、酒呑童子は握った妖刀を天高く放り投げた。


 なにをしているのかと疑問が浮かんだのも束の間、彼の背後にいた鬼の影が吼えるような仕草をした後急に体を膨らませた。


 限界まで肥大化したそれは次の瞬間には音もなく爆散する。


 最初は巨大な爆発でも起こるのかと思われたが、音もなく掻き消えたそれに狼一は疑問を浮かべる。


 不発だったのか? と思わず勘繰ってしまうが、酒呑童子の表情から察するにそれはない。


 すると視線の先で嘲笑交じりの声が響く。


「降り注ぐ刃の雨をどこまで避けられるか、見ものだな」


 刃の雨。


 その言葉を聞いた瞬間、全員が空を見上げる。


 夜空には星空に紛れて無数の赤黒い光が散らばっていた。


 それは命を刈り取る凶星の輝きであり、今まさに降り注がんとしている。


「鬼の影はただのブラフ……!?」


「俺達の意識をアレに集中させるためか!」


 戦闘経験を積んだからこそ陥る殺意への反応。


 自分達に向けられた圧倒的な殺意を感じれば、人間を含め動物はそちらに意識を向けてしまう。


 空に浮かぶ無数の刃は意識の外にあった。


 悔しげに歯噛みするが、狼一達はすぐさま回避行動に入る。


 だがそれすら無駄だといわんばかりに刃の雨はその光を徐々に強めながら地上に降り注ぐ。



「――貫き裂けろ『剣星雨』――」



 冷淡な声と共に刃の雨は狼一達を逃さないとでもいうように地上へ突き刺さっていく。


 それはもはや刃というよりも隕石のそれに近かった。






 刃の雨が降り注ぐ光景は病院近くまでやってきた雷牙達からも見えていた。


「あれはまさか酒呑童子の……?」


「でしょうね。あんな禍々しい霊力を出せるのはあの斬鬼だけでしょう」


 立ち止まり、背後を見やる燈霞とアリスはどちらも難しげな表情を浮かべていた。


「隊長達のことが気がかりではありますが、私たちは今やるべきことをしましょう。病院まであと少しです。行きましょう」


 二人は龍子を送り届けるため再び走り出そうとするが、雷牙は赤黒い光が降り注ぐ光景を睨みつけるように見ていた。


「雷牙くん、早く!」


 走りださない雷牙を燈霞が呼ぶものの、雷牙は動かない。


 ただジッと酒呑童子がいる方角を見やっている。


 彼の姿は龍子にも見えており、彼女は燈霞の肩越しに彼を見ていた。


 雷牙は拳を強く握り締めており、微かに震えているようだった。


 恐怖ではない。


 ましてや武者震いでもない。


 あれはきっと悔しさだろう。


 龍子はそんな彼の姿に小さく息をつくと「燈霞ちゃん、ちょっと降ろして」と声をかける。


 怪訝な表情の燈霞に降ろしてもらった龍子の体にはもう殆ど傷は残っていなかった。


 あれだけ大きな傷も既に止血は終わっており、今は少しだけ皮膚に切れ目が入っているのみだ。


 ただ、万全に回復しているわけではないので顔色はあまりよくないし、呼吸もやや荒めだ。


「雷牙くん、ちょっとこっち来て」


 龍子の声にようやく雷牙が反応して駆け寄ってくる。


「会長。大丈夫ですか?」


「うん。治癒術のおかげで大分楽になったよ。だから雷牙くん、もう行っていいよ」


「え?」


「戦いに行きたいんでしょ。君の状態を見てればすぐにわかるよ」


 笑いかけると雷牙は表情を曇らせる。


 葛藤があるのだろう。


 ここで龍子を任せることは自分がやるべきことを放棄するのではないのか、それは刀狩者として失格の行為ではないかという葛藤が。


「迷うのはわかるよ。だけど君はもう十分私を安全圏まで運んでくれたし、ここまで治療もしてくれた。大丈夫、君は斬鬼なんかと同じじゃないよ」


「会長……」


「それに君の目標はなんだっけ。お母さんを、光凛さんを超えることじゃないの?」


 彼女の言葉に雷牙はハッとしたように顔を上げた。


「だったら、その手始めにアイツを倒しちゃいなよ」


「酒呑童子を俺が……」


「君にはそれをしていい理由があるし、なにより私は信じているよ。君がアイツに勝てるってね」


 正直、根拠を示せと言われるとかなり苦しい。


 だが龍子の中にはあったのだ。


 雷牙ならきっとなんとか出来るはずだという、希望のような何かが。


 すると雷牙は逡巡する様子を見せたあと、龍子の目を真っ直ぐと見てから深く頷いた。


 それに答えるように龍子も頷くと、檄を飛ばすように声を張り上げる。


「行って来い! 綱源雷牙!!」


「はい!」


 踵を返した雷牙は戦場へ向かって駆けていく。


 遠くなる後姿を見つめながら龍子の表情には笑みがあった。


 それは雷牙の勝利を信じているからこそ零れ出る笑みだ。


「……確信はあるんですか?」


「ないね。でも彼なら出来るって信じてる。どんな逆境であっても、あの子乗り越えられるよ」




 降り注ぐ光の雨を目指し、雷牙は駆ける。


 その瞳に迷いはなく、ただ眼前にある敵を倒すことのみに集中していた。


「必ず、倒す……!!」


 決意を胸に雷牙は再び戦場へ戻る。


 まだ幼かった頃の因縁との決着をつけるために。

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