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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
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5-1 顕現するは鬼狩りの刃

 島内全体を揺るがすほどの剣閃が奔る少し前。


 スタジアムで繰り広げられていたハクロウ部隊長とクロガネ幹部の戦闘は激化していた。


 全ての攻撃は必殺であり、ハクロウ、クロガネどちらも傷を負いながら戦っている。


 だが、戦況はハクロウ側が優位に立っているようだった。


 彼らを見ると基本的には最初に己が倒すべき敵だと定めた幹部連中と戦っているのだが、その対象ばかりに気を取られていないということが優位に立っている理由だろう。


 部隊長達は常にお互いの距離と戦況を確実に把握し、的確な援護と追撃を行っている。


 その連携がクロガネ側を着実に追い詰めていたのだ。


 無論、クロガネも馬鹿ではない。


 連携にはすぐに対応を見せて一時は対等にまで迫った。


 しかし、ハクロウは常に複数人で斬鬼を相手取る。


 それは部隊長も同じであり、日頃から隊を越えての連携訓練を行っている。


 仮にクロガネ側が即席で連携を見せたとしても、彼らに劣るはずがないのだ。


「クッソがぁ!! いちいち邪魔してきてこの……ッ!!」


 最も苛立った様子だったのは星螺だった。


 彼女は最初に貰った篝からの一撃以外にも負傷しており、頭髪は血でくすんでいた。


 幻影と分身を併用して戦う星螺の戦闘スタイルは確かに脅威だ。


 だが篝の死角は常に誰かしらがカバーしているため篝に対するダメージはあまりない。


 ゆえに星螺は苛立ち、そして焦る。


 卑怯なやり方かもしれないが、妖刀や斬鬼、及びそれに順ずるものにハクロウは情けも容赦もかけない。


 他の部隊長達もそれは同様で、圧倒的な連携によって戦況を優位に進めていた。


 ただ一人……いいやただ一体、酒呑童子を除いては。


「それぞれが足りないところを補っている……いや、補う以上か……」


 感心した様子で唇に指を当てた酒呑童子の前には、傷を負った狼一が立っていた。


 彼は酒呑童子の視線や動作を一切見逃さないように睨みつける。


「なるほどなるほど。実にお前達人間らしい姑息な戦い方だな」


「姑息で結構。最初から言葉の通じない鬼を相手にしてるんだ。少しでも優位に立つために協力したり連携したりするのは当然だと思うぜ?」


 狼一はやや挑発じみた声で酒呑童子に告げる。


 挑発如きで激昂したり、動きが変わったりするとは考えられないが、単純に言ってやりたかったのだ。


 ハクロウはそう簡単に潰れるほどやわではないと。


 酒呑童子は周囲を見回していた赤い瞳を狼一に向ける。


 ぎょろりと動いたそれに思わず警戒を強めるが、酒呑童子は片手で顔を覆いながらくつくつという不気味な笑い声を漏らした。


 すると、肩を震わせて笑う酒呑童子の死角から鉄杭が飛来した。


 放ったのは湊だ。


 完全な死角からの攻撃。


 音も殆どなく、殺気すら感じさせないほどの一撃。


 直撃すれば致命は確実のそれは真っ直ぐに酒呑童子に迫っていく。


 しかし、不意に酒呑童子は片腕を伸ばし、そのまま飛来してきた鉄杭を掴み取った。


 霊力も混ざっていたそれはつかまれた瞬間紫電を迸らせるも、やがて完全に握り潰される。


「いい一撃だ。感知されにくく、なおかつ速度も十分。人間や並の斬鬼程度なら致命傷だっただろうな。隙を見せた敵に対する一切の容赦のなさ、そして連携……面白い」


「ハ、さっきは姑息とか言ってたわりに評価はしてくれるってのか?」


「ああ。お前達人間が姑息なことも、意地汚いことも俺はよく知っている。だからと言って戦略を批判することはしない。敵の優位に立つのは当然のことだからな」


「そりゃどーも」


()()()もそうだった。姑息な手で俺達を……」


 酒呑童子は言葉を詰まらせた。


 いや、詰まらせたというよりは自分で次の言葉を飲み込んだというべきか。


「……どちらにせよお前達の連携そのものは見事だ。荊木達が苦戦を強いられるのも納得できる。ヤツ等にも連携の鍛錬をさせておくべきだった」


「今更後悔か? だけどもう遅い。お前はここで俺達が確実に討伐する。これ以上犠牲者をださないためにも」


 纏う雷電を強めた狼一は呼吸を整える。


 正直に言ってしまうと個人の戦力差は酒呑童子の方が上だ。


 しかし、連携を取れている今ならば彼を叩き伏せることは可能なはずだ。


「あぁいや、すまん。勘違いさせてしまったか。連携の鍛錬をさせておくべきというのは後悔じゃない。これからの教訓だ」


「なに?」


 ゾクッと背筋に冷たい汗が伝う。


 言い知れぬ不安感と怖気。


 赤い瞳が妖しい光を宿し、彼の口元が不敵に、そして傲然とした笑みに変わる。


 酒呑童子がゆっくりと持っていた刀を夜天へ向けて掲げた。


「俺が何故ヤツ等に連携をさせなかったか。その理由はな――――」

 

 瞬間、彼の全身から身の毛もよだつほどの赤黒い霊力があふれ出した。


 同時に襲ってくるのは人間種に対しての圧倒的な憎しみと強すぎる殺意。


 既に赤い瞳をより紅く染めると、酒呑童子の持つ妖刀に霊力が集束していく。


 撃たせるな。


 本能が警告する。


 あの霊力は危険だと。




 あれは――絶対破壊の一撃であると。


 


 弾かれるように雷光を纏う狼一が距離を詰めたが、それよりも早く酒呑童子が動いた。


 集束した霊力はまるで赤黒い炎のように揺らめき、空間そのものを歪めていく。


「――――この俺一人がいれば戦力など簡単に覆すことができるからだ」


 酒呑童子の口元に凶の三日月が浮かんだ瞬間、『破壊』が振り下ろされた。


 反射的に接近を危険だと判断した狼一はすんでのところでその場から飛び退いた。


 他の部隊長達も同様であったが、崩壊の剣閃は放たれてしまった。


 奔る剣閃はスタジアムの四方八方に散らばり、酒呑童子の正面にあった壁は観客席ごと細切れとなって吹き飛んだ。


 それはまさしく絶対破壊の一撃であり、戦況を一変させるには十分すぎる力を持っていた。




 そして現在、狼一の視線の先にはゆっくりと歩み寄ってくる酒呑童子の姿がある。


 その余波だけで狼一は飛ばされ、崩壊した観客席から外にまで押しだされてしまった。


「なんて威力だよ……」


 あまりにも馬鹿げた破壊力に表情をゆがめた狼一の額からは出血が見られた。


 それだけではない。


 直撃は避けたというのに、体のいたるところから出血していたのだ。


 激痛とまではいかないが、鋭い痛みを体のいたるところから感じる。


 苦い表情を浮かべていると、彼の傍らに同じように負傷した湊が現れる。


「無事?」


「それなりに。湊ちゃんは結構ダメージ大きい感じかい」


「これぐらい平気。他の皆は?」


「大丈夫だと思う。酒呑童子が攻撃する瞬間に全員が回避するのが見えた」


 瓦礫が落下したことで立ち込める砂煙は二人の視界を遮っていて思うように周囲の状況がつかめなかったが、不意に土煙が揺らめいて澪華達三人が酒呑童子に切りかかった。


 確実な同時攻撃ではない。


 それぞれの剣閃が届く時間を僅かにずらすことで、回避と防御を困難にさせる。


 初歩的ではあるが有効的な攻撃だ。


 けれど、酒呑童子は瞳を動かすこともなくそれを一蹴する。


 乱雑に振るわれた刃は三人の攻撃をいとも簡単に弾き返した。


 一瞥すらせずに弾かれたことに三人の表情が苦悶に歪むが、直接的な斬撃だけが攻撃手段ではない。


 自身の体そのものを死角として、三人はそれぞれが持つ属性による追撃を繋ぐ。


 撃ち出された流水は雷電と混ざり合い、その威力を増しながら酒呑童子へと迫る。


「くだらん」


 嘲笑しながらどす黒い霊力を放出することでそれを遮る酒呑童子。


 だが彼は一つの攻撃の意図を見落とした。


 最初に放たれたのは流水と雷電。


 二つの属性は一見すると水の通電性と流動による威力の向上が狙いだと思うだろう。


 本来ならばそういった使い方が圧倒的に多くいが、そこにもう一つ属性が加わることで別の作用を引き起こすことも可能だ。


 刹那、狼一の隣で湊が動いた。


 鬼哭刀を地面に向けて突き刺すと、酒呑童子の四方を囲むように土壁が展開する。


 すぐさま酒呑童子が反応を見せたものの、もはや遅い。


「……爆ぜて悔いろ」


 冷淡な声で翔が背後で集束させた炎塊を酒呑童子がいる土の結界にむけて放り込む。


 水は電気によって酸素と水素に分解される。


 酒呑童子の周囲には澪華が放った流水と篝が放った雷電によって酸素と水素が充満している状態だった。


 そこへ湊が壁を作り出すことで密閉することでそれぞれが空気中へ霧散することを防いだ。


 可燃性のあるガスが充満している密閉空間に高温の炎を放り込めばどうなるか。


 小学生でも理解できることだ。


 二つの物質に引火した炎は土壁の結界の中で一気に膨れ上がって爆発を起す。


 凄まじい音を立てて爆音が響くものの、湊が展開した土壁は小さな亀裂が入るだけで殆ど壊れた様子はない。


「……いいタイミングだ」


「ありがとうございます。咄嗟だったんであわせられるかちょっと不安でしたけど」


「バッチリでしたよ。密閉されているのとされていないのでは威力が段違いですから」


 攻撃を終えた三人は狼一、湊と合流して土壁を見やる。


 僅かに亀裂の入った土壁からは微かに内部の炎の光が漏れている。


 通常ならば即死級のダメージであり、生きていたとしても致命傷なのは確実だ。


 けれど、狼一含めその場にいた誰一人として勝利に浮かれるものはいなかった。


 確信があったのだ。


 あの怪物はこの程度では死なないと。




「……やったんでしょうか……」


 ポツリと零したのはアリスだった。


 雷牙が龍子を治療し始めて少し経ったあたりで目を覚ました彼女は、部隊長達と酒呑童子の戦闘を見やっていた。


 毅然としていたが、彼女は雷牙よりも年下の少女だ。


 天才だなんだと言われていたとしても、不安を感じないわけがない。


 彼女が零した言葉はその不安が思わず出てしまったのだろう。


「……わからねぇ。直感だけど、あいつはあれくらいの攻撃じゃ死なないと思う」


 こういう場合は普通なら安心させるために希望のあることを言うのが普通なのかもしれないが、雷牙はそれをしなかった。


 希望を持たせるだけ無駄とか、希望がないとか思っているわけではない。


 単純に、張り詰めた精神を緩ませないようにしたのだ。


 ここは完全な戦場と化している。


 それも先程まで相手にしていた堕鬼以上の怪物を相手にする戦場に。


「……クソ、傷が大きすぎて治癒速度が遅い……。会長、まだちゃんと意識ありますか?」


「うん、大丈夫……。すっげぇ痛いけど、死ぬ感じはない、かな……」


 ハハハと元気そうに笑う龍子だが、恐らく雷牙に心配をかけないための空元気だろう。


 出血が多くなくても体に奔る激痛によっていつショック状態となるかわからない。


 ゆえに雷牙は痛みがある程度緩和されるまで治癒術をかけているのだが、傷が大きいがゆえに治癒速度が芳しくないのだ。


 また治癒が遅いのは傷が大きいだけではなく、龍子が受けた斬撃に少なからず酒呑童子の霊力が含まれていたからだろう。


 あのどす黒い霊力が治癒を阻害しているのだ。


 だがここで焦ってはいけない。


 額に滲んだ汗を拭い、呼吸を落ち着けて再度龍子の治療に専念する。


 酒呑童子のことは気にしない。


 今は助けられる命を助けることが優先だ。


 すると、雷牙の全身から再び霊力があふれ出し、傷口へ注がれていく。


「まだこれだけの霊力を操れるなんて……雷牙さん、貴方は一体……」


 アリスが驚きの声を上げると「お待たせしました!」と燈霞がやってきた。


 彼女には起き上がったあと黒羽の搬送を頼んだのだ。


「黒羽さんはちゃんと刀狩者の方に預けました。私たちも早急にここから離れましょう」


「ですが、まだ龍子さんの治療が……」


「雷牙くん、走りながら治療することはできますか?」


「やったことはないっスけど、多分できると思います。けど、俺は……」


 龍子から僅かに視線を外した雷牙は酒呑童子が封じられた土壁を見やる。


 以前として動きはないが、雷牙は心の奥底で感じていた。


 アレはまだ生きていると。


 とてつもなく不気味な感覚があるものの、雷牙は自身の中に名残惜しい感覚があることも感じていた。


 それは母の仇を討つという使命感であったのかもしれないが、その影には確実に戦闘狂としての本心があった。


 強い者と戦いという強者追求の精神が雷牙の感覚を支配しようとしている。


 ここで治療をやめて燈霞とアリスに龍子を託すのは簡単だ。


 そうすればあとは狼一と合流して酒呑童子と戦えばいい。


 一瞬、そんな自分勝手な考えが脳裏をよぎったが、雷牙はグッと踏みとどまる。


「……んなこと、出来るわけねぇよな……」


 誰にも聞こえない声で呟いた雷牙は酒呑童子に対する思考を完全に切り離す。


 雷牙が目標にし、いずれ乗り来ようとしている光凛がこの場にいたら龍子を放っておいただろうか。


 答えは否だ。


 戦闘狂といわれていた彼女でも、自分勝手、好き勝手に暴れるようなことはしていなかった。


 本能を律することが出来ず、戦いたいから戦うのは人間ではない。


 それはもはや獣のそれであり、斬鬼となんら変わらない。


「燈霞先輩。会長を背負ってもらえますか。安全な場所に着くまで治療を続けます」


「わかりました。……それと、これはさっき刀狩者の方から聞いた話なんですが、今、新都の混乱が治まり、残りのハクロウの部隊長達がこちらに向かってきているそうです」


「じゃあ……!」


「ええ。あと少し耐えることができれば、酒呑童子……いえ、クロガネを一網打尽に出来ます。なので今は少しでも早く――――!」


 瞬間、背後で瓦礫の崩れる音が聞こえた。


 弾かれるように振り向いた三人の視線の先では、赤く熱せられた土壁の結界の中から現れる鬼の姿があった。


 その姿に雷牙は息を呑む。


「少し熱いくらいだったな。いいサウナだったぜ」


 土壁の中から現れた酒呑童子は余裕たっぷりと言った様子だった。


 それもそのはず。


 彼の体に傷らしい傷はなく、爆発による頭髪の消失もない。


 服が僅かに燃えていた程度だったのだ。


 改めてそのでたらめな強さと頑強さに驚くものの、すぐに龍子を燈霞に背負わせる。


 そのまま三人は戦場からの離脱を始める。


 恐怖で戦闘を放棄するわけではない。


 命を守るために今は撤退を選んだのだ。


 けれどその背中には酒呑童子という絶対強者による重圧が常にかかっていた。

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