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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
163/421

4-4

 雷牙が霊力を放出することに呼応するように柏原だった斬鬼が吼える。


 ぬらりと光る牙をむき出しにして、射殺すような殺意は常人であれば卒倒するだろう。


 だが、雷牙達にはその殺意は通用しない。


 むしろ憎悪に支配された様子は、恐ろしいというよりも、哀れに見えてしまうのだ。


「雷牙、あの斬鬼は柏原か?」


「アイツが斬鬼化するところを見てたのか?」


「いや、見てはいないがあの巨大な腕や、新たに生えた腕を見たらもしやと思ってな」


 瑞季の言葉に雷牙は改めて怪腕といえるほどに膨れ上がった腕を見やった。


 最初見たときはあの腕が端的に危険なものであるという印象しか抱かなかった。


 しかし、考えみれば簡単なことだ。


 柏原がハクロウをやめ、刀狩者として一線を退いたのは救助した者達から中傷を受けたこと以外にも、腕を失ったことも強いはずだ。


 片腕が残っていたとはいえそれまでどおりには戦えない。


 中傷されたことも含め、さぞ悔しかったことだろう。


 斬鬼化する際、酒呑童子の力はその悔しさを汲み取った、いいや、利用したのだ。


 それがあの以上に肥大化した腕や、新たに生えた腕だ。


「戦える腕をずっと求めてたんだな、アイツは」


「義手って言う手もあっただろうけど、生身とは違うからね。本当に優秀な刀狩者だったはずなのに、悲しいことだよ」


 龍子も今となっては取り返しがつかなくなっている柏原の姿に落胆と悲哀の表情を見せていたが、瞳には慈悲の光など宿っていなかった。


「けど、もう彼は戻らないし、戻せない。雷牙くん、前と同じだと思わないでね」


「わかってます」


 思い出すのは獅子陸黎雄のこと。


 龍子の言うとおり、彼のときとは状況が明らかに違う。


 黎雄の場合は肉体が原型をとどめていたから呪縛から解き放つことが出来たが、柏原は既に全身が変異してしまっている。


 こうなってしまえばもはや人間には戻らない。


 たとえ彼の中にまだ意識が残っていようとも。


「おい、いつまでもくっちゃべってんじゃねぇよ。ぶっ倒すんなら、前線来て戦いやがれ」


 少しだけ語気を強めたのは昴凱だった。


 確かに彼の言うとおり、敵の目の前でいつまでも話しこんでいるわけにも行かない。


 雷牙は前に立つ彼らと同じように斬鬼との距離をつめる。


「さぁてどないすっかなぁ。斬鬼相手にする頭数も実力も揃うとるし、いっそのことタイマンでやってみる?」


「馬鹿を言わないでください。鬼に身を堕としたとはいえ、相手は元刀狩者です。総力をあげて討つべきです。あと正式に言いますと、アレは斬鬼ではなく堕鬼です」


「どっちだってええやろそんなこと。倒すんは変わらんのやし」


「それに関しちゃチビと同意見だ。結局倒すなら呼び方なんてどっちでもいい」


「……もう好きにしてください。プロになった時指摘されても私は知りませんので」


 燈霞は呆れているが、戦闘態勢は一切解いていない。


 黒羽や昴凱にしてもそうだ。


 油断しているような物言いをしているが、彼らはこちらを睨みつけてくる堕鬼の行動一つ一つをよく観察している。


 少しでも動きがあれば即対応することは可能だろう。


 それを見やりつつ、雷牙は堕鬼が妙な動きを見せているのに気がついた。


 いや、正確に言うと堕鬼本体ではなく、三本目の腕がしきりに動いていたのだ。


 まるで何かを振り払うような動きだった。


 より眼を凝らしてみると、かすかにだが何かが煌めいているのが見える。


 同時に視界の端でアリスがなにかごそごそ動かしていた。


「鋼線で拘束しようとしてんのか?」


「はい。試みてはいるんですが、あまりうまくいきません。三本目の腕が仕切りに払っているのはわかりますか」


「ああ。だけどアリス、アンタならアレくらいの腕すぐに切れるんじゃねぇか?」


「普段なら、可能、です。ですがあの腕は、レーダーのような役割も担っているようで、私の鋼線に乗ったかすかな殺意や心音を察知して切断するまえに鋼線をたわませてしまうんです」


「たわんだ糸じゃさすがに斬れねぇか」


 会話をしている間もアリスの鋼線は堕鬼の体に巻き付こうとするものの、接近を察知した腕がすぐにそれを振り払ってしまう。


「動きを止めるのはほぼ無理……。となればやっぱり全員で――」


 龍子が言いかけた時だった。


 再び堕鬼が吼えた。


 同時に堕鬼の肩甲骨のあたりが盛り上りメキメキという骨が軋み、肉が裂ける音を立てながら二本の腕が生えてきた。


 刹那、黒羽と昴凱が動いた。


 本能的に危険であると察知したのだろう。


 さらにいってしまえば堕鬼は腕を生やしていることでかなり力んでいるようで、動きがとれずにいる。


 片や雷電を纏い、片や炎熱を鬼哭刀に宿しながら即座に距離をつめる二人。


 接近を察知した三本目の腕はまるで鞭のようにしなり、二人を襲い始めるものの彼らはそれを回避しながら堕鬼の首を捉える。


「そのまま動くなや!」


「そっ首落としてやるぁ!!」


 タイミングを合わせ、首を両側から挟み斬るように二人は首筋向けて刃を振るう。


 一瞬の交錯の後、聞こえてきたのは甲高い金属音。


「!?」


 表情が驚愕に染まり、二人は位置を反転させた状態ですぐさまその場から飛び退き、雷牙達の下まで戻ってくる。


 堕鬼の首を見ると変化はなく、眼光はさらに赤く雷牙達を見据えている。


「チッ! 野郎、ギリギリで皮膚を硬質化させやがった!


「硬質化?」


「斬鬼や堕鬼の中には生存本能的に首を守るヤツがいるんだよ。まぁ危険度が高くないと見れない代物だけどね」


「しかもあの硬質加減、並みの攻撃じゃ傷さえつかへんな。首落とすのはちょい難しくなったかもしれへん。しかも見てみぃあれ」


 黒羽は堕鬼に向けて顎をしゃくった。


 見ると、肩甲骨のあたりから生えた腕は完全に形を成し、感触を確かめるように仕切りに握ったり開いたりを繰り返している。


 不気味だったのはその肌の色と腕の形だ。


「なん、だアレ……」


 それはまるで人の腕だった。


 肌色の腕は異様に長かったが、関節や血管の浮き出方、そして指や爪の形は人間のそれだ。


 赤黒い体躯を持つ堕鬼の体から肌色の腕というのはなんとも不気味で嫌悪感がこみ上げてくる。


 一頻り動き終えた二本の腕は段々とその形と色を馴染ませていき、堕鬼の腕は合計で五つにもなった。


「ゲテモノ感がかなり強くなっちゃったねぇ」


「腕への執着はかなりのモンやったみたいやな。まぁ当然っちゃあ当然やろうけど」


「言ってる場合じゃありません。この感覚、やはり危険度がさらに増しています。やはりここは総力で――」


「――いや、それはやめといたほうがいいかもです」


 燈霞の声を遮ったのは雷牙だった。


「なぜですか、綱源君」


「アイツの指、見えますか」


「指?」


 全員が堕鬼の指を注視する。


 鋭い爪の生えた指はまるでなにかを数えるように、一つずつ折られていっていた。


 同時に、斬鬼の口元に浮かんでいるのはどこか悦に浸ったような不気味な笑み。


「何かを数えている……?」


「最初は俺達を一人ずつ潰していく算段でも立ててるのかと思ってた。けどそれにしちゃあ折る指の数が多すぎる」


「まさか!?」


「はい。恐らくですけど、アイツ俺達じゃなくて俺達の後ろにいる人たちを数えてる。どうやって殺すか、どれが殺しやすいかをずっと考えてる」


「だからあそこから動かなかったのか。確かに考えてみれば動けないわけではなかったものな」


 瑞季に対して雷牙は深く頷いた。


 最初、堕鬼があの場所から動かないのは、吹き飛んだダメージによるものかと思っていた。


 だが、あの指の数え方や今の表情を考えるとそうではないということがわかる。


 さらにいってしまえばあの腕。


 雷牙達を相手取るためにあえて増やしたようにも見えるが、実際は違う。


 あの変化は恐らく、雷牙達を殺すためだけではなく、一人でも多く人間を殺すために進化したものだ。


「こっちが全員でかかったとしても、どこかに隙は生まれてしまう。そこを突かれたら逃げる人たちは確実に死ぬ……」


「さっさと逃げればいいものを、何チンタラしてやがんだあいつ等」


「恐怖で足が竦んどる連中もおるんやろ。元々かなりの人数やったし、それにあの堕鬼の感じからして人が見えんくなっても、確実に追うやろな」


「なら、私たちがやることは一つだね。人を分けて戦おう。一般人の保護は防御が出来る属性を持った私と燈霞ちゃんが担当する。そしてもしもの場合も兼ねて攻撃要員として昴凱くんもよろしく」


 龍子の指示に燈霞は素直に頷いたものの、昴凱はやや不服げに舌打ちをした。


 けれど従わないというわけではなさそうで、不承不承ながらも頷いた。


「そしてあとの三人。黒羽ちゃん、アリスちゃん、雷牙くんが堕鬼の討伐をお願い。戦力は大分削られるけど頼める?」


「問題あらへん。綱源――いんや、雷牙の実力はもうわかっとるし、アリスはいわずもがなや。やってやろうやないか」


「俺も問題ないっス。いつでもいけます」


「私も平気です。必ずお役に立ちます!」


「よし、それと瑞季ちゃんだけど――」


「――避難はしませんよ。私も何かやります」


 瑞季は自分の体に治癒術をかけているようだったが、回復はあまり芳しくない。


 まだ全身打撲の影響は強く残っていることだろう。


「瑞季、あんまり無茶すんな。今は休んだほうがいい」


「馬鹿を言うな。私だって学生連隊の一人だぞ? ここでおいそれと逃げられるわけがない。第一、逃げたら私は私を許せなくなる」


「だけど……」


「それ以上引き止めるとは野暮だよ、雷牙くん。じゃあ瑞季ちゃんは私達と一緒に防御をお願い。水があれば私の力はさらに強度を高められるから」


「わかりました」


 こうして全ての役割が決まった。


 すると、それを待っていたというように堕鬼が咆哮をあげる。


「やっこさんもお待ちかねや。いくで雷牙、アリス」


「ウッス」


「はい!」


 黒羽に続いて二人が歩く。


 途中、雷牙は瑞季を見やりながら小さく頷くと、彼女も答えるように頷いた。


 すると、龍子が背後で鬼哭刀を抜く音が聞こえた。


「さぁて、こっちは全開で防御するから、存分に戦ってね。三人とも!」


 声と同時に背後には巨大な氷壁が現れる。


 気温を数度下げたのではないかと思うほどの大氷壁は避難する人々を守る城壁と化した。


 後ろは任せられる。


 なればこそ、それに答えてみせるのが前線で戦う雷牙達の役割だ。




 スタジアムではいたるところで剣戟の音が響いていた。


 隊長格はそれぞれが倒すべき相手と定めた相手と戦いを繰り広げている。


 狼一が相手取っているのは最強の斬鬼であり、クロガネの首魁、酒呑童子だ。


 繰り出される刃の一つ一つが必殺であり、即死級の一撃。


 集中を少しでも緩めれば一瞬で命を刈り取られるであろう斬撃を、狼一は見事に捌き、互角に渉りあっている。


「さすがに隊長格だな。いい動きをする」


「お前に褒められてもうれしくねぇな」


 鍔迫り合いの間も軽口を叩けるだけの余裕がある。


 けれどそれはあくまで表面上だけだった。


 内心で狼一は目の前にいる鬼のバケモノ度合いに冷や汗をかいていた。


 ――強いな。そして何より一撃が速い。


 顔に焦りは見せないが、背筋には悪寒が走りっぱなしである。


 狼一が弱いわけではない。


 単純に酒呑童子が強いのだ。


 剣速はまだ十分回避できるし、防御もできる。


 しかし、問題なのはこれが本気ではないということだ。


 あの様子からして酒呑童子はまだ本気は出していない。


 つまり剣速はここからさらに、二段階、いいや三段階は上がると考えていい。


 そうなれば正直に言って互角に渡り合うのは困難かもしれない。


「……けどそれは、諦める理由にはならない……!」


 ここで倒れるわけにはいかない。


 なぜなら目の前にいる斬鬼は、かつての憧れを殺した仇敵だ。


 そして一人の少年の母親を殺した鬼。


 許せるはずも、負けられるはずもないのだ。


 剣戟を捌きながら呼吸を落ちつかせ、精神を研ぎ澄ます。


 全ての攻撃を先読みし、確実に攻めて行く。


 負けないという強固な信念を持ちながら、狼一は酒呑童子と戦うのだ。


「ほう、さらに反応が上がったか……。面白い。しかし、ガキ共を外に行かせたのは失敗だったな」


「なに?」


「大方お前達は外にまだいる隊長がガキ共と援護すると思っているんだろう。だが、俺が信頼を置く配下がヤツらだけだと思ったか?」


 ニタリと笑みを浮かべる酒呑童子に狼一は顔をしかめる。


「まだ一人いるんだよ。まぁヤツらと比べると信頼度は低い男だがな」


 そういうと酒呑童子は耳に手を当てて命令を下す。


「百鬼、出番だ。外に残っている隊長格の相手をしろ。出来るなら殺しても構わん」


「百鬼……」


 狼一はその名前に聞き覚えがあった。


 百鬼遊漸。


 獅子陸黎雄が起してしまった事件の裏で暗躍していたクロガネのエージェントだ。


 ここに顔を出していないということは新都の方へ向かったのかと思ったが、あの口振りからしてここにきているようだ。


「さて、あの男はふざけたヤツだが、実力はそれなりだ。ガキ共は救援無しであの堕鬼を相手取る必要がある。さらには避難する者達を守りながら戦う必要があると来た。果たして無事に勝てるかな?」


 その笑みは人ではなかった。


 悪鬼、妖魔、邪鬼……人を嘲る鬼の笑みがそこにはあった。


 だが狼一の鼓動はそんなことでは乱れない。


 そればかりか彼は不敵に笑みを浮かべて酒呑童子と剣戟を交わす。


「お前こそ勘違いするなよ、酒呑童子。俺は別に外にいる隊長格に頼っているわけじゃない。彼らならあの堕鬼を倒せると思ったから向かわせたまでだ」


「ほう……」


「あまり彼らを舐めるな。彼らは、次代を担う刀狩者だ。途中で折れた刀狩者が堕ちた姿に負ける道理はない!」


 強く言い切った狼一の刃は酒呑童子の刃を弾き、押し返す。


 戦闘は続く。


 どちらか一方が倒れるまで。






『百鬼、出番だ。外に残っている隊長格の相手をしろ。出来るなら殺しても構わん』


「了解」


 インカムから聞こえてきた声にハットをかぶったスーツ姿の男、百鬼遊漸は応答した。


 通信はそれだけですぐに切られたが、彼は細い糸目をうっすらと明けて燃えている西の海岸線を見やる。


 あそこにはまだ一人、隊長格がいた。


 先程の通信はそれを相手しろという酒呑童子からのものだ。


「さぁて、ではいきますかね。多少面倒ですが、これも主のためですから……」


 ハットを押さえながら遊漸は歩き出す。


「あぁ、いや間違えた……」


 彼は思い出したように手を叩き、スタジアムとは別の方向へ視線を向ける。


 口元は三日月の形に歪み、赤い瞳は妖しい光を宿らせる。


「……今の主のため、ですね。フフフフフ……」


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