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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
162/421

4-3

 スタジアムから避難する人質の中には舞衣達と合流した瑞季の姿があった。


 当初の予定では舞衣と合流して柏原の過去の情報を教えてもらうだけのはずだったのだが、合流直後にハクロウによる避難指示が始まったのだ。


 できることならスタジアムに残りたかったのだが、避難する人の波に呑まれてしまい、外まで押しだされてしまった。


 周囲を見回すと、人質は極限状態から解放されたことで安堵の表情を浮かべていた。


 中には涙を流し、友人や家族と生きていることを分かち合っている者もいるようだったが、それを見ていた玲汰は物言いたげだ。


「さっきまで散々言いたい放題だったくせに出られた瞬間これかよ……」


 玲汰が言っているのはハクロウの部隊が乗り込んでくる直前まで起きていた人質による暴言のことだろう。


 確かに彼の言葉も最もだとは思う。


 若い選手達が死力を尽くして戦っていたというのに人質はそれを否定するかのような罵詈雑言を吐いた。


 瑞季であっても正直に言ってしまえばふざけるなと言いたいくらいだった。


 だが、それではダメだ。


 きっと柏原と同じになってしまうから。


 すると、玲汰の肩を舞衣が軽く叩いた。


「アンタの言うこともわかるけどさ、あの極限状態なら仕方ないこともあるって」


「……わかってる。けど、あーいうのを直で見ちまうと柏原みたいなヤツが出るのも当然かなって思っちまってさ」


「ですが、たとえそうだったとしても彼らに対して敵意を向けてはいけません。ですが、玲汰さんが抱えている感情を溜め込むこともいけないと思います」


「レオノアの言うとおりだな。どれだけ酷い事を言われようと、私たちがやることは変わらない。仮にどうしても我慢ができないというのなら、どこかでガス抜きをすべきだな。模擬戦なら付き合うぞ。雷牙なら大喜びだろうな」


「ハハハ、お前らとガチでやり合うのは遠慮しとく。けど、心配してくれてあんがとな」


 少しだけ肩の力が抜けたのか、気が楽になったのか、玲汰の表情は先程よりも明るくなった。


「いつもお気楽なくせにこういうとこはお堅いんだから。アンタはいつもどおりボケーッと馬鹿面晒してればいーのよ」


「あんだとぉ!? 見ろこのイケメンフェイスを! これのどこが馬鹿面だ!!」


 決め顔風で自分の顔面を指した玲汰でに対し、舞衣がしたリアクションは溜息をつくだけだった。


「おい、溜息だけとかやめろよ! もっとリアクションしろ! これでもちょっと痛いかなーって思ってんだぞ!?」


「あー、ハイハイ。イケメンイケメン」


「まーちゃん雑ぅー。大丈夫だよれーちゃん、ちゃんとイッケメェンだから」


「ああ、心配しなくていいぞ。お前はそれなりにはイケメンだ」


「……え、お前ら俺の友達だよな?」


「「もちろん」」


 フォローしているのか小馬鹿にしているのか、陽那と樹は面白げな笑みを浮かべている。


 玲汰は「くっそー、馬鹿にしやがって……」と悔しげにしていたものの、そんな玲汰の様子をどこか満足げに見やっている舞衣のことを瑞季は見逃さなかった。


「やはり幼馴染なりに気遣ったということか……」


「あの二人って実際のところ結構お似合いですよねぇ」


「そうだな。だが、私も玲汰は人間的に暗くいるよりも明るくいてくれた方が助かる」


「ですね。あ、もしも雷牙さんから玲汰さんに鞍替えするなら早めに仰ってください。すぐに私が雷牙さんと既成事実をつくるので」


 どこか黒い微笑みを見せるレオノアに瑞季は一瞬固まったものの、すぐに同じように黒い微笑を見せてやる。


「その可能性は一億パーセントありえないから安心していいぞ。それよりも君の方が玲汰に鞍替えしたらどうだ?」


「オホホ、ご冗談を。はっきり申し上げて魅力は雷牙さんの足元にも及びませんので。こういうのを日本語で月とスッポンというのでしたっけ?」


「そうかそうか。フフフフフフフ……」


「はい、そうです。オホホホホホホ……」


「あのー二人とも。私らが言うよりも玲汰のヤツが落ち込んでるんだけど……」


「やばいよー。さっきから瞬きもせずにこっちみてるよ。眼球カッサカサじゃないあれ?」


 玲汰を見てみると確かにどこか悟りを開いたような瞳で瑞季達を見やっていた。


 まるで育成校の休み時間に流れるような光景だったが、不意に瑞季は全身に悪寒が走るのを感じた。


 同時に感じたのは何者かに見られているという感覚。


 レオノアもそれを感じたようで、二人は弾かれるように感じた視線を探る。


 そして、見つけた。




 そこには赤い瞳があった。




 夜空をバックに聳える巨大なスタジアムの天蓋付近。


 大きな支柱の上に立っている異形の影を二人は捉えた。


 片方の腕が以上に膨れたそれの頭部からは一対の角が生えている。


 肌を刺すようなヒリつく感覚。


 全身を駆け抜ける怖気と殺気。


 人間のみに向けられた暴走する殺意の塊、斬鬼が立っていた。


「レオノア!」


「わかっています!」


 返答が聞こえると同時に瑞季は近くにあった街灯の上へ躍り出る。


「瑞季!」


「皆は他の人たちと共に退避を! それと刀狩者への連絡を頼む!」


 最低限のことだけを告げ、さらに空中へ跳びあがる。


 霊力を固めて足場を造った状態で再び斬鬼に視線を向ける。


 まだ遠いが、赤い瞳が動いたのを感覚で捉えることができた。


 ヤツは瑞季を見ていない。


 見ているのは彼女の真下で斬鬼の出現に恐怖し、我先にと逃げ始めた一般人達だ。


「やはり個人ではなく、人の多いほうを狙うか……!」


 瞬間、斬鬼が膝を曲げて支柱を蹴った。


 太い支柱がひしゃげるほどの力で飛び出した斬鬼は殺意の咆哮をあげて人々に迫ろうとする。


 が……。


「お前の相手は……私だ!!」


 一切の躊躇なく瑞季は斬鬼の前に立ちはだかる。


 邪魔だというように粘つく唾液で光る牙を見せながら斬鬼は吼え、鋸状の巨剣を振りかぶるものの瑞季の剣速はその上を行く。


 納刀した状態の鬼哭刀の鞘からは水が溢れ出し、彼女の周囲にも水滴が浮かび始める。


()ッ!!!!」


 静かな、しかし強い裂帛の声と共に放たれたのは容赦のない横一線。


 振り抜かれた鬼哭刀から放出された波濤は巨体を易々と押し切り、そのまま人々から離れた地面に墜落させる。


 確かな手ごたえはあった。


 けれど、本能が告げている。


 まだ終わってはいないと。


 墜落した斬鬼の様子を伺うために僅かに高度を落とすものの、舞い上がった砂礫の中で赤い光が一瞬煌めいた。


 全身に鳥肌が立つのを感じるよりも早く、瑞季はその場から退避する。


 刹那、赤い光が夜空を貫いた。


「あれは……!」


 あの光、そしてあの形状と速さ。


 瑞季には確かな見覚えがあった。


 戦刀祭の前、轟天館との強化試合の折、顕現した怨形鬼が放ったビームのような攻撃だ。


 大きさは以前のものと比べるとさほどでもなかったが、速さから見るに貫通力は凄まじいだろう。


「厄介な――ッ!!??」


 ほんの一瞬、光の軌跡を眼で追って僅かに斬鬼から視線を外した瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。


 首を動かして背後を見やると、そこには巨大な剣を振りかぶっている斬鬼の姿があった。


「ッ!」


 反射的に瑞季は生み出した水流をジェットの要領で噴射してその場から無理やり逃れる。


 態勢や霊力の量を一切調整していない回避運動は体に負担がかかったものの、命には代えられない。


 無理な姿勢で空中で回転したものの再び水流を噴射してなんとか態勢を整える。


 再び空中に立った状態で斬鬼に視線を向けると、向こうも同じように空中に留まった状態で瑞季を見据えていた。


「速いな……。そして私を排除すべき敵として見定めたか」


 赤い瞳に込められている感情は憎悪と憤怒のみだが、瑞季に対する敵対心は先程よりも上がっている。


 どうやら攻撃を防いだことと、吹き飛ばしたことで人を殺す前に排除すべき対象としてみたようだ。


「ならば好都合。お前はこのまま私に釘付けになっていろ!」


 斬鬼が対象を絞ってくれるなら戦いやすくなる。


 見たところ強さは今まで相対した斬鬼の中でも上位に入る部類だ。


 それだけの強さを備えたモノを相手取りながら人々を守るのは流石に骨が折れる。


 瞬間、斬鬼の口元が光り、霊力を高密度に圧縮したビーム攻撃が放たれた。


 それは線ではなく、弾丸のように瑞季の頭部目掛けて飛んでくる。


 けれど回避するには問題のない速さと距離だ。


 瑞季は恐れずに空中を蹴ると、飛来する霊力の弾丸を回避しながら斬鬼との距離を詰める。


 その間も連続的に光弾が射出されるものの、すべて問題なく回避できている。


「光弾だけで私を倒せると思うな!」


 構えた鬼哭刀に水流が迸る。


 一瞬だけ作り出した霊力の足場を蹴り、さらに加速。


 斬鬼はダメ押しするように連続で光弾を放つが、回避できないわけがない。


「これで、終わりだ……!!」


 迸る水流を圧縮し、流れる刃へと変化させた瑞季はそのまま巨体を切り裂こうとした。




 が、振り抜かれた刃に手ごたえはなく、水流は夜空を斬っただけに終わった。




 瑞季の表情が驚愕に染まる。


 彼女の斬撃は確かに敵を捉えていた。


 速度もタイミングも完璧だったはずだ。


 だが、現実は違う。


 斬鬼はいまだ健在で、小さく回避しただけで瑞季の刃から逃れて見せた。


 ――まさか、誘い込まれた……!?


 思い出すのは連続的に放たれた光弾。


 瑞季はそれを見事に回避しながら距離をつめたが、実際は違ったのだ。


 あえて瑞季が回避できる速度で放ち、彼女に隙が出来る場所へ誘い込んだ。


 攻撃の瞬間とは最も隙が大きく、反撃の起点にもなりうる。


 この斬鬼はそれを計算してここまで彼女を誘き出したのだ。


 普段どおりならばこの程度見破れない瑞季ではなかった。


 しかし、まだ避難している人々のために決着を早めようとした心の中にあった僅かな焦燥が判断を誤らせたのだ。


 瑞季の瞳に映るのは、まるで勝利を確信したかのような笑み。


 それはまるで人間のようで背筋には悪寒と寒気が同時に走った。


 肉を引き裂くためのみに特化したであろう鋸状の刃がギラリと光り、瑞季に向けて振り下ろされる。


「なめ、るなぁぁあぁッ!!!!」


 絶叫に近い咆哮をあげた瑞季は体を無理やり捩じって高圧水流を纏っていたままの刃を大剣にぶつける。


 直撃はできない。


 だが回避も間に合わない。


 ならば今出来ることは唯一つ。


 大剣の剣閃をそらして直撃を免れることのみ。


 うまく行くかどうかは賭けだ。


 きっと玖浄院に入学する前の瑞季であればこんなことはしなかっただろう。


 回避運動はとったかもしれないが、このような手に出るはずはない。


 これは彼の影響だ。


 不利な状況であってもあきらめず、相手に必死に喰らいつく。


 無謀な方法でも勝利のためならばめげずに実行していく姿を彼女は間近で見てきた。


「雷牙……!」


 自分には無いものを持っている少年の後姿を思い浮かべながら瑞季は食らいつく。


 ここで負けてなるものか、死んでなるものかと。


 撃音が響き、霊力同士の衝突で霊力がスパークを起す。


 斬鬼は無駄だというようにさらに笑みを強くしたが、瑞季は一切力を緩めない。


「ハアァアアアァアァァァァァッ!!!!」


 瞬間、僅かに大剣の軌道が僅かにズレた。


 それを見逃すわけがない。


 ズレた刃と鬼哭刀の刃を水流の力をもって並行にし、刃の上を走らせる。


 ギャリギャリという耳障りな音を響かせながら鋸状の刃は、地面へ向けて振りぬかれた。


 僅かに衝撃を殺したとは言ってもその威力は本物で、地面には剣閃の筋が刻まれた。


「ッ!!」


 声は上げずに瑞季は次の手に転じる。


 受け流して終わりではない。


 攻撃は最大の隙だ。


 ここで倒せないまでも、大きな傷を負わせることができれば戦いを優位に進めることが出来る。


 肉薄した状態で再び水流を刃に通そうと霊力を集めるが全身に悪寒が駆け抜けた。


 同時に水流ではなく霊力を全身を保護するように纏った。


 刹那、鈍痛が腹部に奔り、瑞季の体がくの字に曲がる。


「カハッ!?」


 苦しげな声と共に喀血する瑞季の腹部には赤黒い腕がめり込んでいた。


 腕は斬鬼のものだったが、本来ならばありえない位置から延びている。


 巨腕の肩口あたりから三本目の腕が生え、それが瑞季に叩き込まれたのだ。


 一拍置く形で彼女はそのまま吹き飛び、地面に叩きつけられ、抉りながら転がっていく。


「あ、く……!」


 最短で五体の確認をする。


 幸いなことに霊力を纏うことができたためか骨折や致命傷はない。


 しかし、全身打撲に加えて裂傷は複数個所に及んでいる。


 額からの出血もあり、彼女の視界を徐々に赤く染めていく。


 だが彼女には斬鬼の変化というか、あの体躯にどこか感じるものがあった。


「その腕……まさかお前は、柏原か……?」


 問いを投げかけた瞬間、斬鬼は一瞬にして目の前に現れ、大剣を振りかぶった。


 全身に奔る痛みのせいで反応が遅れる。


 回避も、防御も、迎撃も間に合わない。


 万事休す。


 ここで命が潰えるのかと瑞季の瞳に諦めの色が見えた。


 そして大剣は容赦なく瑞季の体を引き裂き――――。




「だらっしゃあああああああああぁああぁぁぁああぁぁっ!!!!!!」




 どこかふざけた感じのある絶叫が木霊した。


 瑞季が顔を上げると、そこには赤雷を纏った轟天館の生徒会長、黒羽が斬鬼の顔面へ向けて飛び蹴りを繰り出していた。


 まさに瑞季を殺さんとしていた斬鬼は突如として現れた黒羽の蹴撃によって吹き飛んだ。


「ちッ、なんや頭ふっ飛ばしたつもりやったんやけどなぁ! なかなかタフやないか!」


「白鉄会長……」


「あん? おう、瑞季。大丈夫かいな」


「あ、はい。おかげで助かりました」


「そかそか。ならええわ。ちょい下がっとき、アレはウチらが相手したるさかい」


「ウチら……?」


 首をかしげた瑞季だが、それに答えるように彼女の前に各校の生徒会長たちが現れる。


「おい白鉄! テメェさっき俺の肩を足場にしやがったな!?」


「ちょうどええとこにあったんや、堪忍なー」


「二人とも、今は喧嘩をしている場合ではありません。そういうのは後にしてください」


「そうです。仲良く、です!」


 現れた会長達に遅れるように、瑞季の耳には聞きなれた者の声が入る。


「大丈夫瑞季ちゃん。ここからは私たちがアイツの相手をするから」


 視線を向けると笑いかける龍子の姿があった。


 そして瑞季のすぐ前。


 まるで彼女を守るように現れた人影がもう一つ。


「わるい、瑞季。少し遅れちまった」


 申し訳なさそうに謝罪する少年の背中に瑞季はどこか安堵した。


 そして苦笑を浮かべた彼女は彼に対して「まったくだ」と呆れたような声を漏らす。


「……遅いぞ、雷牙」


「すまん。でも安心しろ。アイツは俺達がぶっ倒す!」


 鬼哭刀を抜き放った雷牙は全身から赤く染まった霊力を溢れさせながら言い切った。

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