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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
159/421

3-6

 刀狩者蔑視と古くから言われている言葉がある。


 現在の刀狩者、及び霊脈保持者の数は総人口のうち五割、六割程度だ。


 そのほかは霊脈を持たない本当の意味での一般人。


 つまり刃災の危険から守られる者達だ。


 だが、彼らにとって霊力が扱える刀狩者とは異常な存在だったのだ。


 同じ人の形をしているのに、異形の鬼と戦う術を持ち、普通の人間ではありえない力を行使できる。


 一般人からすると斬鬼も刀狩者もまるで別の生き物に見えていた。


 ゆえにまだ刀狩者などの人口割合が少なかった頃、彼らは苛烈とも言える迫害を行った。


 それが刀狩者蔑視の始まりである。


 両者の溝は深まり、一時はお互いがお互いを潰しあいかけもしたが、どちらとしても共通の敵である斬鬼が引き起こす刃災が増加傾向にあったこともあり争いはだんだんと終息していった。


 皮肉なことにも妖刀や斬鬼の存在が分断されかかっていた人類を一つにしたのだ。


 以降はハクロウも発足し、時代の流れと共に霊力に適応する者達の人口も増えてきたことで、大きな迫害事件などは見られなかった。


 しかし。


 表面的になくなったとは言っても、人間の根底はそう簡単には変わらない。


 人種差別が根強く残っているように、刀狩者に対する差別意識は今でも一般人の心の奥底で燻っている。


 精神的な均衡が保てなくなれば、人間は簡単に己の醜い心をさらけ出してしまう。


 特にそれが生死がかかった極限状態であればなおのことだろう。


 スタジアムの人質達が受けた精神的なストレスは限界を迎えており、一人が不満を口にした時点で多くの者達がそれに同調を始めている。


 さらにはそれをなだめようとした人質と、選手達の敗北が気にいらない人質同士の小競り合いも起す始末であり、観客席は罵詈雑言がひしめいていた。


 その様子は中継によってハクロウ本部にも流れており、司令室では多くの職員達がモニタに視線を取られている。


「……」


 辰磨もモニタの映像を確認しており、表情は非常に険しかった。


 すると、カメラが酒呑童子を捉え、彼は選手達はもちろん、中継を見ているであろう刀狩者に向けるように声をあげた。


『これこそが人間の悪性であり、本質だ。自分とは違うものを恐れ、敵視し、迫害する。自分達が今までお前達に助けられたことも忘れ、恨みや怒りだけはいつまでも引き摺る。こんな醜い者達のために戦う理由があるのか?』


 彼の言葉に観測官の中には動揺する者の姿もみえた。


 確かに、人間とはそういう生き物だ。


 ハクロウに所属していれば多かれ少なかれ助けた一般人から罵られることはある。


 いくらある程度の理解が出来始めたとはいえ、人はそう簡単には変わらない。


 守るべき者に罵倒され、中傷される。


 自分はなんのために戦っているのか、彼らのために戦うことが果たして正解なのか……。


 優秀な刀狩者であればあるほどこの矛盾に苛まれ、最終的にはハクロウを去って行く。


「……そうか、だから貴様はクロガネと手を組んだのか」


 辰磨が呟くと、バトルフィールドに鳴秋が降立った。


 どこか満足げな表情を浮かべていることからして、彼があの状況を作り出したかったのは間違いなさそうだ。


 そこにクロガネが同調したか、それともクロガネに利用されているだけか。


 真意はまだ定かではないが、どちらにせよ辰磨にとって彼の行動は許せるものではなかった。


 大方、鳴秋はこれで選手達が大きく動揺し、クロガネに流れるものだと思っているのだろう。


 仮にそうだったとすれば、浅はかにもほどがある。


「時には、子供達のほうが我々以上に悟っている。もしも貴様がこの程度で彼らを篭絡できると思っているのなら、舐めない方がいい」


 不適な笑みを浮かべる鳴秋を見据えた辰磨は、すぐに立ち上がるとモニタに気を取られている観測官たちに声をかける。


「中継にばかり気をとられるな。新都の状況はどうなっている?」


「は、はい! 斬鬼に変貌した鬼刃将の対処は終了しており、残るは一般隊士達が相手にしている人工斬鬼複数体、及び救出作業と消火作業、医療作業となっています」


「斬鬼の対処には隊長格数名を向かわせろ。被災者の救助と手当ては迅速に済ませろ。消火作業は水の属性持ちが中心となって進ませるように。通信の方はどうだ?」


「もう少しで復旧できるとの報告が来ています」


「いいだろう。では、斬鬼の対処が終了次第、隊長格はスタジアムへ向かわせるように指示をだしておけ」


「わかりました! 八獄の警備は強化しておきますか?」


「用心に越したことはない。副隊長達を配置しておけ」


 全ての指示を終え、観測官が再び動き出す。


 絶望にはまだ早い。


 それはきっとスタジアムにいる選手達もわかっているはずだ。


「頼むぞ、龍子」


 愛娘の名前を呟いた彼は、眉間の皺を深くして中継モニタに視線を向けた。






 罵詈雑言がひしめくスタジアムの観客席の階段付近では舞衣達が身を隠すようにして様子を伺っている。


 最初に男性が不満を口にして以降、選手達の頑張りを称える側と、状況に不満を漏らす側で口論が起き始め、現在ではそれが殴りあいに発展してしまっている。


 今の状況は決して普通ではない。


 刀狩者の関係者だとわかれば彼らの矛先はこちらに向いてくる可能性もある。


 だから舞衣達は目立たないように身を隠しているのだ。


「ちっくしょう、言いたい放題言いやがって。先輩達は守るために戦ってるってのによぉ……」


「この状況じゃ仕方ありません。生きるか死ぬかの瀬戸際で、人質のメンタルへのダメージが限界でしょうし」


「だが、この状況はさすがにまずいぞ。下手をすれば人質同士の殺し合いにも発展する」


 樹の言うとおり、放っておけば暴動はさらに激化するだろう。


 最悪の場合彼ののいったとおり、人質同士の殺し合いになるか、あるいは刀狩者の関係者が殺される可能性もある。


「もう少ししたらここも離れる必要がありそうだねぇ。そういえばまーちゃんなんか思い出した?」


 陽那が壁にもたれかかるようにして立っている舞衣に問うものの、彼女はその姿勢で固まったまま動かない。


 どうやらかなり集中しているようだ。


「あの状態に入るとてこでも動かなくなるからな。って、あの野郎……!」


 舞衣を一瞥した玲汰は、視界の端に何かを捕らえたのか少しだけ語気を荒くした。


 見ると、バトルフィールドに鳴秋の姿があった。


 ニタリとした嫌な笑みを浮かべている彼は、倒れている直柾と雷牙達に向けて語りかける。


「どうですか? これがこの世界の真実です。貴方達が守ろうとしていたものは、こんなにも醜く歪んでいる。守り、助け、救ったというのに。その恩を忘れ、私たち刀狩者を道具としか見ていない!! こんな屑共を守る必要など微塵もありはしない!!」


 彼の声には純粋な怒りが込められていた。


 失った腕を抑えているのは古傷が疼くからだろうか。


 すると、考え込んでいた舞衣が玲汰の頭を押しのけるようにしてフィールドに視線を向けた。


「……そうだ。やっと思い出した。アイツがハクロウを辞めた理由」


「そんなん怪我で戦えなくなったからじゃねぇのかよ。片腕がないんじゃ刀狩者としちゃ絶望的だろ?」


「まぁね。片腕がなくてもハクロウでなら活躍はできる。だけど、アイツはそれを選ばなかったんだよ。いや、選びたくなかったんだよ」


 舞衣の瞳にはいくばくかの憐れみがあり、先程まで鳴秋を睨んでいた様子とは少し違う様子だった。


「柏原は優秀な刀狩者だった。けど、数年前に起きた刃災で要救助者を斬鬼の攻撃から庇おうとした時に腕を失った。だけど、庇った被災者にもダメージがあった。幸いなことに被災者の命に別状はなかったんだけど、脳にすこしだけ後遺症が残ったみたい」


 記憶の引き出しを探りながら彼女は鳴秋引退の理由を語る。


「だけど、助かったのならばよかったのでは?」


「確かにね。でも、被災者とその家族は柏原を許さなかった。もっと早く救助していればこんなことにはならなかったとか、命をかけて守っていれば障害は残らなかったとか、障害を持って生きるなら死んだほうがマシ、役立たずの刀狩者、死んでわびろとか……。そういった暴言をずっと浴びせられたみたい」


「それは……」


「その直後、彼は精神を病みハクロウを逃げるように辞めて行ったらしいよ。こればっかりは正直同情したくなるけどね」


「なるほど。だからあの時、守るべき者に裏切られる、と言っていたのか」


「うん。柏原にとっては必死に守ってきた相手に中傷され、裏切られた気持ちだったんだろうね。だからその時自分が味わった気持ちを雷牙達にも味わわせるためにクロガネと手を組んだ。ってとこかな」


 舞衣が語ったことにその場にいた誰もが一瞬声を失った。


 こんな非人道的な行いをしてきた敵である鳴秋の過去に驚いているのは勿論、その時に彼が味わった胸中を想像すると言葉に詰まったからだ。


「……でもよ……!」


 口を開いたのは玲汰だった。


 彼はフィールドに立つ鳴秋を睨みながら拳を硬く握りしめていた。


「助けた相手にどんなにひでぇこと言われたとしても、クロガネと手を組んでこんなことをしていい理由にはならねぇだろ! 辛いってのはなんとなくしかわかんねぇけど、アイツがやってんのはただの八つ当たりだ!」


 玲汰の言葉は決して間違ってなどいなかった。


 そうだ。


 鳴秋は辛かったかもしれない。


 だとしてもクロガネと組んで大勢の罪のない人々を巻き込み、未来ある若者を危険に晒していい理由には決してならない。


 これはきっと彼にとっての復讐なのだ。


 けれど、こんなことを正当化していい理由にはならない。


 だからこそ許すべきではない。


 どんなに悲しくて、辛いことがあったとしてもこんなやり方は間違っているのだ。


「君たちがどんなに必死に戦ったとしても、全て意味はないんだよ! そればかりかこの連中はお前達をバケモノ呼ばわりと来た!! 私の時だってそうだ! この腕を犠牲にして助けてやったっていうのに、後遺症が残ったから慰謝料を払えだの! 役立たずの刀狩者だのとのたまいやがって!! こっちは命を懸けて戦ってやってるんだ!」


 彼の声はまるで悲鳴のようだった。


 蔑視され、活躍を認められなかったがゆえの復讐。


 わからなくはない。


 誰もが一度は味わう世界の理不尽というやつだろう。


 鳴秋は倒れている直柾の顔を踏みつけ、今まで以上に感情を露にして叫び続ける。


「私はもっと賞賛されていいはずだ! 感謝されてもいいはずだ! そのために刀狩者として命をかけてきたのだからな! 今まで死んでいった刀狩者が哀れでならない。道具として利用され、命を使い捨てにされてきたんだからな! そうだ! こいつも、そして今まで負けてきたあいつらも! 結局すべて無駄死に――――!!!!」




「――黙れぇ!!!!!!!」




 咆哮にも似た声と共に放たれた拳によって鳴秋が吹き飛ばされた。


 見ると、直柾を守るようにして雷牙がやや興奮した様子で肩を上下させていた。


 彼の声は人質達すら黙らせ、静寂がスタジアムに蔓延った。


「雷牙さん……」


 レオノアが呟きながら雷牙に視線を向けるが、それは彼女だけではなく今スタジアムにいる全員が彼に注目しているようだった。




「ぐ……! こいつ……!」


 殴り飛ばした鳴秋が立ち上がるのを確認した雷牙は大きく息をつくと、彼に向けて人差し指を真っ直ぐに向けた。


「お前が……! お前なんかが、今まで戦ってきた選手を……刀狩者を語ってんじゃねぇ!! お前は、勝手に逃げて、勝手に絶望して、勝手にそれを人に押し付けただけの身勝手野郎だろうが!!」


「違う! 私はこの世界を変えようとしているだけだ! 刀狩者が迫害されず、蔑視されない世界を作るためにクロガネと協力している! 霊力を持たぬものを守るのではなく、我々刀狩者が管理する世界をつくるために、これは必要なことなんだ!!」


「なにが世界を変えるだ! 結局は自分の都合のいい世界にしたいだけだろうが!! 関係ない人をこれだけ巻き込んで傷つけて……! その先にどんな世界があるってんだよ!!」


 雷牙の声はスタジアムに木霊し、自然と皆彼の声に聞き入る。


「あとお前言ってたよな。今まで死んでいった刀狩者が哀れだとか、無駄死にだとか! ふざけんじゃねぇよ!! 無駄なわけがあるか、哀れなわけがあるか! 今の世界があるのは、刀狩者やそうでない人たちが必死に戦って、いろんな人たちに託してきたからだ! それをテメェの勝手な尺度で測るな!!」


「この大局の見えんガキがぁ……! なぜわからない! このままの世界では刀狩者は正当に評価されないばかりか、道具として使い捨てに――!!」


「――それが間違いだって言ってんだよ!! ある人が言ってた。刀狩者は感謝されるために戦うわけじゃないってな! 刀狩者は……俺達は人を、そして世界を守るために戦うんだ! だからこんなことをするクロガネやお前が許せない。たとえお前がどれだけ辛くて苦しい思いをしてたとしても、こんなことをするヤツに新しい世界なんて作れるわけねぇんだよ!!」


「そこまで否定し、わからないというのなら、今ここでお前の息の根を止めてやるっ!!」


「否定や中傷をうけようが、役立たずと罵られようが戦い続けるのが刀狩者だ。そんなこともわからなくなったようなヤツに俺が負けるか……!!」


 瞬間的に二人は戦闘態勢に入った。


 周囲では酒呑童子やクロガネの幹部連中が面白げにそれを見やっている。


「新たな世界の礎となれ、小僧……ッ!!」


 怒りの炎を燃やした鳴秋が一歩足を踏み込んだ――。




 ――刹那。轟音が大気を揺らした。




 黄色い眩い光が上空からスタジアムを照らし、自然と皆の視線が上に向かう。


 そこには巨大な雷電があった。


 結界と衝突するそれは周囲に激しいスパークを齎している。


 だが、音はそれだけではなく、周囲四方向からも同時に凄まじい音が聞こえる。


「……結界、損害、甚大。維持、不可能」


「……来たか」


 かすかに聞こえたのは金熊の声と、どこか面白げに口元を歪めた酒呑童子の声。


 雷牙がそれに反応したのも束の間、天を覆っていた忌々しい結界に亀裂が入った。


 それはやがて結界全体に及び、結界が亀裂で埋め尽くされそうになった時、ついにそれは起こった。


 まるで巨大なガラスが割れるような破砕音を立てながら、結界が破られ、雷鳴を伴いながら閃光が飛来した。


 雷牙と鳴秋のちょうど中心に飛来したそれは、周囲に激しく放電しながら掻き消え、光の中からは一人の青年が現れた。


「……間に合った。雷牙くん、よく吼えた。君は決して間違っていないよ。俺が、保証する」


 かすかに笑みを浮かべて立っていたのは、龍の紋獣を腕に掲げたハクロウの刀狩者。


 斬鬼対策課第八部隊部隊長、伊達狼一だった。


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