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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
155/421

3-2

「宗厳さん、貴方がどうしてここに……?」


 驚愕混じりの声を上げたのは剣星だった。


 すると、尊幽から視線を外した宗厳の瞳が剣星を捉えた。


「京極の小僧か。久方ぶりだな」


「あ、はい。お久しぶりです……じゃなくて! どうして貴方がここにいるんですか」


「なに、お前と殆ど変わらん。この娘っ子をいい加減戻らせようと思ってな」


「今娘っ子とか言った? 私より年下の癖によく言うじゃん、なんなら昔みたいに稽古つけてあげようか?」


 カチンと来た様子の尊幽は食って掛かったものの、宗厳はそれを軽くいなす。


「では、長官が言っていた貴方が探しているものとは、彼女のことだったんですか」


「いやこちらはあくまでついでだ。儂が探しておる者は他にいる」


「他?」


「ああ。それよりも今は尊幽を戻すべきじゃろうて。そら、さっさと身支度整えて日本に戻らんか」


 宗厳はペシリと尊幽の頭を軽めに何度か叩いた。


 が、彼女は大きなため息をついてからジト目を向けた。


「だぁかぁらぁ、そんなに軽々しく戻れないんだってば。ここは大霊穴の近くだし、ほうっておいたらここら辺斬鬼だらけになっちゃうでしょうが」


「そんなことくらい知っておるわ。だが、これだけの手練れが集まった今、その心配もないとおもうがな」


「ギク……っ」


 長い髭を撫でる宗厳の瞳に尊幽は若干バツが悪そうに表情をゆがめた。


 二人の様子に天音達が首をかしげたが、剣星が思い出したように声を漏らす。


「活動を停止した霊穴……」


「隊長?」


「いや、さっき彼女はここの大霊穴が周囲にある霊穴が活動を停止したことで出来たと言っていた。だからもしかすると……」


「左様。今お前が考えておるとおりだ、京極よ。活動を停止しているとはいえ、星霊脈自体はまだつながっておる。少しばかり外部から手を加えてやれば活動を再開させることは可能じゃ」


 宗厳はどこかに立ち去ろうとしていた尊幽の首根っこを掴みながら剣星の考察に頷いた。


 考えてみれば単純なことだったのだ。


 星霊脈とはその名の通り星の中を循環する霊力の流れだ。


 明確な道があるわけではないが、道は確かに存在する。


 霊穴が活動を停止したと言っても、道自体が閉じたわけではないのだ。


 外部から刺激を与えてやればそれが呼び水となって再び他の霊穴から均等に霊力が吹き出すはずだ。


「でも、どうしてそれを黙ってたわけ?」


 天音が首をかしげながら問うと、退路を断たれている尊幽の肩が震えた。


「ふん、お前達は知らんだろうから無理もない。こやつは昔から面倒くさがりでのう。基本的には何もしたくない女なんじゃよ」


「言い方! それだとただのズボラ女みたいじゃん!」


「似たようなもんじゃろう。ともかくじゃ、あまりここで悠長に構えてる余裕もないのでな。さっさとすませるぞ」


「急ぎの用事でもあるんですか?」


「うん? なんじゃ、お前達知らされていないのか?」


 首をかしげる宗厳に対し、剣星達の方も疑問符を浮かべた。


 すると、彼は懐から端末を取り出して若干拙い操作でモニタを投影する。


 瞬間、剣星達の表情が曇る。


「新都が、燃えている……!?」


「どういうことです、柳世さん!!」


 写しだされていたのはいたるところで炎が上がっている新都の中継映像だった。


「その様子から察するに本当に知らされておらんようじゃのう。辰磨め、尊幽の方に集中させるためにあえて連絡を入れなかったのか……」


「新都では何が起きているんですか?」


「儂の付き人からの情報によれば、クロガネの実働部隊に新都、及び五神島が襲撃をうけているらしい」


「五神島って言えば、戦刀祭の真っ最中じゃねぇか! 警戒してたはずだろ!?」


「ああ。だが、クロガネも馬鹿でないようでな。スタジアムの方では参加選手含め、多くの人質をとって立てこもっているらしい。そしてこの映像はスタジアムの中で行われている試合の様子だ」


 宗厳が見せたテレビ中継に剣星達の表情がいっそう強張った。


 バトルフィールドでは今まさに試合が行われようとしている最中だった。


 学生達の前に立っているのは一人の男。


 だが、画面越しからでもわかるほどの濃密な殺気をまとっているのがわかる。


「まさか試合というのは……!」


「ああ。スタジアムに現れたクロガネの幹部連中と、学生達との間で行われる戦いだ」


「馬鹿げてる! 学生達が対処できるわけないじゃん!! 特に偉そうにふんぞり返ってるアイツ! 私たちが出張る案件だって!」


 天音が指差したのはフィールドの外でどこからか持ち込んだであろう豪奢な椅子に腰掛けた男性だった。


 剣星もそれに関してはまったくもって同意する。


 が、どこか懐かしい雰囲気もあり、なんとも奇妙だった。


「やばいっていうか、コイツ……斬鬼じゃないの?」


「え?」


「ほら、ここ角あるじゃん。かたっぽ欠けてるけど」


 尊幽が指差した男性の頭部を見ると、確かに人間にはないねじれた角が生えていた。


 片方は鋭利な刃物で断たれたようになっている。


 映像が少し荒れているためか見落としたようだ。


 が、片方欠けた角を確認すると同時に剣星の中で思考がスパークする。


「片方の角が欠けた斬鬼……。まさかコイツは……!!」


「……今お前が想像した通りよ。この男はクロガネのボスを名乗ると同時に、もう二つ名乗りを上げた。一つは自身が平安の世に生きた酒呑童子であるということ。そしてもう一つは――――」


「――――斬鬼・村正……!!」


 振り絞るような声を漏らした剣星の腕は震えていた。


 それは恐怖ではない。


 あるのは酒呑童子に対する明確な怒りの感情だけだ。


 怒りに燃える彼の全身からは霊力があふれ出し、霊力同士の衝突にとって彼の周囲では霊力光がしきりにスパークしていた。


「落ち着け、京極」


「……貴方は落ちつけるんですか、コイツはあの人を殺したばかりか、彼女の息子すらも人質に取っているというのに……!!」


「わかっている。だがいくらここで騒ごうとスタジアムの状況は変わらん。それよりも目の前にある問題を片付ける方が先ではないか?」


「……すみません。少し頭を冷やします」


 剣星は腰を折ると何度が深呼吸して心を落ち着ける。


 宗厳の言うとおり、ここで怒りに燃えたとしてもスタジアムの状況が好転するわけではない。


 雷牙の安否が心配なところだが、今は自分の任務を遂行するほうが先決だろう。


「大丈夫ですか、隊長」


「……うん、ごめん不甲斐無いところを見せたね。もう平気だよ」


 心配そうに顔を覗き込んできた汀に答え、尊幽に視線を向ける。


「天都さん。ハクロウに戻ってください。これは長官命令です」


 凛とした声音で告げる剣星に対し、尊幽は一瞬辟易した様子を見せたものの、逡巡したのちに大きなため息をついた。


「……わかったよ。というか、こんな状況見せられたら流石に我侭いってらんないしね。でも、霊穴のことは協力してもらうよ」


「はい、こちらとしても最初から協力するつもりです」


「よろしい。宗厳、アンタもだからね」


「わかっておるわ。しかし、長旅のせいで少しばかり疲れておってな。出来れば一番近い霊穴がいい。あの山の頂付近に一つあるだろう?」


 宗厳はわざとらしく腰の辺りを叩く素振りを見せた。


「ったく、こんな時ばっか年寄りアピールして……。まぁいいわ、隊長さん部下の人たちは端末出して。霊穴の場所を教えるから」


 言われたとおり、端末を起動してマップを表示すると、彼女はそれぞれの端末のマップに赤いマーカーをセットしていく。


「じゃあ皆よろしく。タイミングが大事だからやるときは端末の回線開いといてね」


「わかりました。じゃあ皆、行こう。霊穴についたら連絡することを忘れずにね」


「了解」


 剣星達はそれぞれ別方向へ向かって走り出す。


 最も離れている霊穴で十キロ先だが、到着にはさほど時間はかからないだろう。


 剣星の中では酒呑童子に対する怒りがまだ燻っていたが、一旦それを捨てて霊穴へ向かう足を速めた。




 剣星達を見送った後、宗厳も「さて」と近場の霊穴へ向かおうとした。


 が、尊幽がそれを許さなかった。


「ちょい待ち。聞きたいことがあるんだけど」


「なんじゃ?」


「確かアンタ、一人だけ弟子を取ってたわよね。綱源って子」


「……ああ。それがどうかしたか?」


「いや、ちょっと気になってさ。あの子元気でやってる? 最後に会ったのは二十年くらい前だったけど、今は隊長になってんの?」


 興味津々と言った様子で首をかしげる尊幽であるが、宗厳の表情は硬かった。


 そうだ、彼女は知らないのだ。


「私の勘としてはあの子が零の隊長をやってるもんだと思ってたんだけど……って、どうかした?」


 流石に宗厳の反応が薄かったことに気付いたのか、尊幽は不思議そうに首をかしげた。


「光凛ならば、もういない」


「え? それってハクロウを辞めたってこと?」


「いいや、あやつはもう生きてはおらん。十五年前に死んだ」


「……」


 光凛の死を告げると、尊幽の表情が一瞬固まった。


 けれど彼女はすぐに視線を泳がせると、何事もなかったような声を上げた。


「ふぅん、そっか。原因は?」


「先程も京極が言っておっただろう。光凛は、斬鬼・村正の災の折、わが子を守るためにその身を犠牲にした」


「じゃあさっきの雷牙ってのがあの子の子供?」


「ああ。光凛の死後、儂が引き取って育てた」


「今スタジアムにいるみたいだけど、その子は大丈夫なわけ?」


「そんな甘っちょろい鍛え方はしとらん。それに雷牙は光凛とよく似ておる」


 空を見上げた宗厳の瞳はひどく優しいものだった。


 すると、それを聞いていた尊幽が口元に指を当てて数回頷いた。


「期待してるんだ。その雷牙って子に」


「おうとも。アレは本当に強くなる子じゃ。もしかするとお前さんよりも強くなるやもしれんぞ」


「へぇ、それは結構楽しみ。ハクロウに帰っても退屈しなさそうでよかった」


 フッと笑みを浮かべた尊幽に宗厳もまた硬かった表情を崩した。


「雷牙もお前という存在を知ればすぐにでも食いついてくるだろう。なにせあやつはあの戦闘狂、綱源光凛の息子だからのう」


「そう。じゃあ、私も大霊穴に行くから、あんたもさっさと準備しておいてよ」


「おうとも」


 踵を返して消えた尊幽に続いて宗厳も霊穴へ向かう。


 その途中で宗厳の口元には自然と笑みが浮かんだ。




「……そっか、あの子。死んじゃったのか……」


 宗厳とわかれた尊幽は大霊穴の端に立って少しだけ俯いた。


 瞳はかすかに潤んでおり、次の瞬間には一滴の涙が頬を伝った。


「……どれだけ生きてても、一緒に居て楽しかった人がいなくなるっていうのは悲しいなぁ……。できればもう一度だけ会いたかったけど……」


 悲しげに呟く尊幽はゆっくりと大霊穴の中心へ向けて歩き出す。


「刀狩者なんかいつ死んだっておかしくない仕事だから、あの子が死んだのもしょうがないこと……。けどさ……殺されたって聞いて、ムカつかないってことじゃないんだよね」


 顔を上げた彼女の眼光には静かな怒りの炎が宿っていた。


 その瞳はここからでは見えない悪の首魁、酒呑童子のことを見据えているようだった。


「仇は、討つよ」

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