2-6
試合の様子を医務室にあるモニターで観戦していた雷牙の表情は硬かった。
モニターの中では体格が試合当初よりも二倍くらいに膨れ上がった虎銅がいる。
高らかに笑う彼の前には直線に抉れたバトルフィールドがあり、再起した選手達が血まみれの状態で転がっていた。
「今のは……」
雷牙は近くにあった端末を操作してついさっきフィールドで起きた映像を呼び出す。
数秒前の映像には、虎銅が北兎達に向けて拳を放った光景があった。
と同時にフィールドが一直線に抉れ轟風にも似た衝撃波が巻き起こり、回避したはずの北兎達をなぎ倒していった。
「見る限り原理的には君の斬撃と同じだ」
振り返ってみると瑞季が映像を睨みつけるようにして見やっていた。
「ナックルダスターと自身の腕に集束させた霊力を大砲のように撃ち出している。元々あの男自身が持っている恵まれた体格と相まって、破壊力は抜群だ」
「でもあんな短時間でそれだけの破壊力を持った霊力を集束できるか? 俺だってあんなすぐには無理だぞ」
「ああ。それに関しては私も同意する。だが彼らには、妖刀の力が宿っている。それを加味すれば出来ない芸当ではないはずだ」
瑞季の言葉に雷牙は苦い表情を浮かべながらも頷いた。
一試合目の星螺も自身の体に埋め込んだ妖刀によって人間には到底不可能な、分裂という能力を持っていた。
虎銅もそれを持っているのは確実だ。
「あれだけの霊力を一瞬で集束させる能力……増幅とかか?」
「ありえるな。それなら体格があれだけ膨れ上がったのも納得だ。体だけではなく、扱う霊力すらも増幅できるということか」
「ふざけてやがるな。こっちからすれば、チート状態の敵に挑んでるようなもんだ」
「それを普通にやるのがクロガネだ」
瑞季は端末のモニタを閉じると、試合を写している方のモニタに注目する。
フィールドでは一頻り高揚感に浸ったであろう虎銅がまだ立ち上がろうとしていた北兎の背中を踏みつけにしていた。
『理解したか小僧。これが力量の差というものよ。一度立ち上がったことは褒めてやるが、所詮貴様ら如きではこの程度。いさぎよく諦めろ』
あざ笑う虎銅に対し、北兎はいたるところから出血しながらも立ち上がろうとしている。
まだ彼は諦めていない。
が、その行動自体が癇に障ったのか、虎銅は足を振り上げて北兎を思い切りけりつけた。
フィールドを激しく転がった北兎はそれでもなお立とうとしていたが、追撃するように離れた虎銅が拳のラッシュを放った。
放たれた霊力の拳は北兎の体に直撃し、彼の体を踊らせる。
『無駄だといっておろうがこのガキがぁ!! このまま殺してやろうか!』
乱打の雨に撃たれる北兎は血を撒き散らし、最後には強烈な一撃を腹部に食らって吹き飛ばされた。
彼はそのままフィールドに張られている結界に接触する。
瞬間、強烈な力によって飛ばされたためか、北兎の接触と共に結界に亀裂が入り、結界は破られてしまった。
カメラは切り替わり、場外へと飛ばされた北兎を映し出す。
誰もが今度こそ北兎が倒れたと思った。
無論、雷牙と瑞季もそうだった。
が、次の瞬間、カメラが映し出した光景に雷牙は息を呑んだ。
あれだけの乱打に晒され、結界を崩壊させるほどの一撃を食らったにも関わらず、北兎は立ち上がろうとしていたのだ。
フィールド上で虎銅は忌々しげに場外で立とうとしている北兎を睨む。
自然と拳にも力が入り、ぎりぎりという音が立つ。
「この、死に損ないのガキがぁ……!!」
腹立たしい。
今まで彼は、戦う者全てを己の拳で叩き潰してきた。
それはクロガネに所属する前も、後も同じことだった。
ゆえに彼は己の拳に絶対的な自信を持っている。
だからこそ腹立たしい。
視線の先で立ち上がろうとしている少年は、今まで戦ったどんな者達よりも弱い。
だのに彼は立ち上がろうとしている。
あれだけの攻撃を食らい、同胞が倒れる中、ただ一人諦めていない。
虎銅にはそれが我慢ならなかった。
まるで自分の力を舐められているような、馬鹿にされているような苛立ちが彼の怒りを誘っていたのだ。
「……いいだろう。そこまでして死にたいのならば……今度こそ確実に息の根を止めてやるぁッ!!!!」
拳を強く握りなおした虎銅の腕に、霊力が集束していく。
「待て、虎銅!! 殺すのは後にしろ!!」
「遅かれ早かれコイツらは殺すのだろう。ならばいつ殺そうと同じことよ!!」
荊木の声を振り払うように虎銅は一瞬にして集束させた霊力を打ち出した。
この試合で披露した乱打よりもはるかに大きな霊力は、轟音を響かせながらふら付く足で立ち上がった北兎に迫る。
巨拳は満身創痍となった北兎の命を刈り取るには十分すぎるほどの威力。
そしてついに拳は北兎へ届くと眩い閃光を放ちながら炸裂した。
スタジアム全体を揺るがすほどの震動に、虎銅は北兎が死んだことを確信したのか、にんまりと笑みを浮かべる。
が、爆裂した霊力によって生じた煙が晴れると、彼の表情は再び苛立ち交じりのものへ変わった。
視線の先にあったのは、巨大な水流の壁だった。
渦潮のように回転している壁はすぐに消え、その後ろに立っていた者の姿が露になる。
「小娘ぇ!!」
立っていたのは、燈霞だった。
彼女は背後の北兎を庇うようにして立っており、虎銅を睨みつけていた。
「貴様、試合に手を出そうというのか!!」
「……もう勝負はついているでしょう。これ以上の攻撃は無意味です」
凛とした声だったが、怒りは確実に込められていた。
虎銅はそれを無視して拳を振るおうとしたが、背後からかけられた声がそれを咎めた。
「その娘の言うとおりだ。既に試合は終わっている」
声の主は酒呑童子だった。
彼は含み笑いを浮かべており、どこか面白げだ。
「何を言っている大将! まだ終わってなどいないわ!」
「いいや、終わっている。これは試合だといったはずだ。フィールドには再起不能のガキ共、最後に立ったあのガキも今はフィールドの外だ。場外に出た時点でお前の勝利は確定している」
「……ならばあれはいいのか! 小娘のあの行動は試合に反しているのではないのか!!」
「場外に出た時点で試合が終わってるなら、その選手を過度な攻撃から守ろうとするのはいいんじゃないの?」
嗜めるように言ったのは龍子だ。
彼女は虎銅にではなく、酒呑童子に視線を向けており、彼もそれに頷く。
「ああ、問題はない。だがこちらの勝利ということは変わらんぞ?」
「かまわないわ。それよりも今は怪我人の手当てを優先したいし」
「ふん、好きにしろ。虎銅、さっさと下がれ」
酒呑童子によって呼び戻され、虎銅は拳を震わせると体躯を元の大きさに戻してからフィールドを降りていった。
フィールドから虎銅から消えたことを確認した龍子たちは、それぞれ怪我人を運び始める。
燈霞も北兎に視線を向けるが、その瞬間彼女は息を詰まらせた。
「……」
北兎は震える手で鬼哭刀を掲げようとしていた。
虚ろな瞳はもはや意識がるのかないのかわからない状態だ。
燈霞は小さく息をついてから鬼哭刀を握る彼の手を下ろさせた。
「高槙くん。試合は終わりました。だからもう、休んでください」
彼女の声は僅かに震えていた。
すると、かすかな声で北兎が答える。
「……かい、ちょ…………ごめ……なさい……」
聞こえたのは謝罪だった。
そして彼の目尻から血混じりの赤い涙が零れ落ちる。
それを見た瞬間、燈霞の体は自然と動き、彼を抱き留めていた。
「なにを謝ることがあるんですか。君は最後まで諦めずに戦った。謝ることなんてどこにもありませんよ……!!」
燈霞は自分の目頭が熱くなるのを感じ、頬を熱い滴が伝うのがわかった。
彼女自身も泣いている。
北兎をここまで戦わせてしまったことに。
守ることができなかった自分のふがいなさに。
「大丈夫、大丈夫ですから。高槙くんの頑張りは決して無駄になんてしません。だから今は、ゆっくり休んでください」
「……あり、がとう、ございま、す……」
北兎はどこか安堵したような声を漏らした。
瞬間、彼の全身から力が抜け、彼の体重がのしかかってくる。
彼女はそれを受け止めると、彼の体に霊力を注ぐ。
雷牙のように即時回復するような治癒術ではないが、燈霞はかけずにほうっておくことはできなかった。
すると、それに気がついたであろう黒羽が声をかけてきた。
「……あんま霊力消費しすぎんなや。ウチらにはまだ大物が残ってんねんで」
「わかっています。でも、今の私にできるのはこれくらいですから」
「無理、すんなや」
「はい」
燈霞の声に黒羽は大きなため息をついてから「おい、酒呑童子!」と声を荒げた。
北兎を背負いながら見ると、彼女の声に気付いた酒呑童子が小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら視線を向ける。
「クロガネのボス言うんなら、もうちょい部下の教育しとけや! まぁ、テロリストにこないなこと言うても無駄やろうけどな」
「善処しておこう。そら、次の試合の準備だ。怪我人を運んだらさっさとはじめろ」
「……クソったれ……!」
憎憎しげな声を漏らした黒羽と共に燈霞は医務室へと向かった。
その胸に酒呑童子に対する明確な敵意と怒りを燃やしながら。
第二試合を終え、観客席のムードはさらに落ち込んでいた。
ある者は封じられた天を仰ぎ、目尻から恐怖に対する涙を流す。
またあるものは肩を抱いて必死に震えを堪えている。
家族らしき者達はただ抱き合い最期の時が近づいてくることに恐怖する。
誰もが恐怖に染まっている中で、鳴秋はスタジアムの最上段でそれを睥睨していた。
くだらないものを見るような視線を送る彼だが、不意に聞こえてきた声にはかすかな反応を見せた。
「…………くそ、くそ、くそ……! ふざけんな、ふざけんなよ……!」
呪詛のように呟いていたのは中年の男性だった。
震える彼の視線の先にあったのは酒呑童子の姿――ではなく、人質を解放するために戦っていた選手達の姿があった。
どこか不服そうだった鳴秋の表情がここにきて笑みへと変わった。
にんまりと浮かぶ笑みは三日月のようにつりあがっており、彼の昂ぶりを現しているようだった。
「……いいですねぇ、実にいい感じだ……!」
満足げな笑みを浮かべた鳴秋はまるでスキップでもするように軽やかな足取りでその場を後にする。
全ては、彼が思い描いていたとおりに進んでいる――。
「はい、どーぞ」
目の前に置かれた四人分のティーカップには暖かい紅茶が注がれていた。
京極剣星を含め、彼の部下はそれに軽く会釈を返す。
すると紅茶を差し出してきた人物、天都尊幽は満足げに近くにあったソファに腰を下ろした。
「さてっと、それじゃあ聞かせてもらおうかな。どうして私を探してたの?」
コテンと首をかしげる尊幽に剣星は小さく息をつくと、彼女の燃えるように真っ赤な瞳を見ながら告げた。
「単刀直入に言います。天都尊幽さん、ハクロウ本部に戻ってきてください。これは現長官である、武蔵辰磨からの命令です」
「…………へぇ……」
剣星の声に尊幽は含み笑いを浮かべながら紅茶に口をつけた。




